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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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二十六夜 蛇の卵

 それは「偶然」だった――。


 他国の霊山とされるモルディブへの遠征。

 魔獣が徘徊する樹海での探索など、楽しかろうはずもない。

 だが武力をもって統治するプールヴァ帝国にとって、軍令は絶対だった。

 因果伯として確約された地位はあっても、軍属であるに変わりはないのだ。

 他国の霊山モルディブにおける、魔獣の生息分布と規模の実態調査。

 そして「実験」は、長くて半年にもなる予定だ。

 想像もしたくない長期の部隊行動。

 因果伯から二名、戦獣部隊の部下四名、護衛の兵二十四名を含めた小隊を編成。

 小隊長の私が三十名を従え、行商人の肩書を偽造しヴィーラ王国へ潜入した。

 山脈に広がる果てのない樹海を前に、誰もが一度遠い故郷を振り返る。


 モルディブの昼なお暗い樹海を鉈で切り開き、荷馬車を通す。

 極秘のため大っぴらにはできず、さらに神経をすり減らした。

 小型の魔獣と数度の遭遇戦。

 兵士が盾を構え押し止めている隙に、「カルマ」を啓いて精神を支配する。

 獣を操る「戦獣部隊」にとっては日常の作業。

 剣と槍にクロスボウ、甲冑や盾は商売品に隠し持ちこんでいた。

 しかし樹海のなかいつ襲われるとも知れず、前後左右と上下まで気を配る。

 さらに幾度か魔獣と戦闘をくり返し、傷を負いながらも調査を遂行していく。

 休まることのない疲労を皆で享受し、小隊の意識は高まっていった。

 無事に任務を終え、国へ帰って祝杯を傾けよう。


 そして全身毛におおわれた巨人――トロルとの死闘。

 幾度剣で斬り槍を突き刺そうと、見る間に再生して襲ってくる。

 私の活躍により難を逃れたが、大切な兵士が幾人もケガを負ってしまった。

 意気消沈する隊に朗報が届く、なんと文明の形跡を発見したのだ。

 モルディブに街があったとする記録はなく、当初は偽装を疑う。

 しかしトロルの縄張りで、偽装工作をおこなえるだろうか?

 事実として目の前には、石畳に酷似した「道」の断片が通っている。

 それだけで兵の顔に安堵が訪れ、負傷兵の膝に力がよみがえった。

 街跡でもあれば最適だ、行動しやすく少しでも安全を確保できる。

 石畳のパンを目印に拾い集めていくと、突如樹海に光が射す。

 打ち捨てられた古城と周囲の街並み、樹海に侵食された廃墟を発見した。


 朽ち果てた異形な建造物は、妙に規則正しく建ちならんでいる。

 錆びて崩れた馬車に酷似した乗り物、やけに軽い鉄。

 一枚岩(モノリス)がなかば崩れ苔むしていた。

 時代もわからぬ理解不能な世界に、幾度も首を傾げる。

 幸い周囲にさしたる危険はなく――いや、今思えばなさすぎた。

 人が暮らしていた跡だ、住むに適した空間や水場がある。

 歪んでいるとはいえ道が舗装され、動物も魔獣も動きやすい。

 廃墟を陣営と定めたとき、最初にそういって警戒を呼びかける。

 しかしそれでも、人の手による「文明」は心休まる光景だった。


 陣地を改築し、本格的に操作実験を開始する。

 そして魔獣は、想定以上に「綺人(きじん)」が効いたのだ。

 驚くべきことに知能の度合いによっては、人間並みに操れた。

 鋭く太い角を持った雄牛――ボナコンに、地を均させる。

 キノコに手足の生えた――マイコニドに、雑用や荷を運ばせた。

 従順となったトロルが命令に従い、陣営の修復や改築に怪力を発揮する。

 未知なる脅威など恐れはしない、我らの英知は魔獣をも手懐けられるのだ。

 新たな部隊の立ち上げに現実味が帯びた。

 実験の成功に気をよくし、あるいは早期に帰れるのではと希望を持つ。

 気が緩んでいたのだ。


「その卵」は――我々には、豪華すぎた。


 兵が古城の一角から見つけ、先駆けだ自分の手柄だと運びだす。

 獣の生態に詳しい部下に調べさせると、蛇の卵に酷似しているとのこと。

 しかし通常の蛇なら五~十個以上の卵を産む、一個だけ放置はされない。

 ましてや人の肩幅の大きさであるはずがない。

 なにやら思い立ち震えだす部下に、可能性でいいからと疑惑を耳打ちさせる。

 私を含め因果伯はわかっていた、卵でありながら発する「カルマ」の異様さを。

 蛇の卵に酷似……もしそう(・・)であるならと、卵の保存を完璧にさせた。

 誰にも触れさせぬよう陣営深くに納め、監視に一個分隊十二名を配置。

 横取りするのかと騒ぐ兵に、軍隊行動なのを忘れては困ると優しく諭す。

 兵士の功績は分隊長のもの、分隊長の功績は小隊長のもの。


 もしこれが「蛇の王」の卵ならば。

 世界のあらゆる国家や軍隊を、敵に回そうと物の数ではない。

 最強の「魔獣部隊」の誕生である。

 O属性である小隊長の私は、文字通り王となるのだ――。


 卵を産んだ「蛇の王」がなぜそばにいなかったかは、今さらどうでもいい。

 餌を探していたか、抱卵しない蛇や放棄する蛇もいるそうだ。

 魔獣の理など理解できるわけがないのだから。

 重要なのは、我々が逆鱗に触れてしまった点だ。

 残響が遠くからこだまし、徐々に廃墟をなぎ倒す雷鳴に変わる。

 捕らえていた魔獣が術もとかぬのに、怯えて震えだした。

 やにわに巨大な魔獣が鎌首をもたげ、天を突いて出現したのだ。

 卵がある時点でなぜ親がいると察せなかったと、部下を叱責する。

 この廃墟は、「蛇の王」の縄張りだった。


 怯え立ちすくむ兵士に、訓練通り術者(わたし)の盾になれと鼓舞する。

 混乱して暴れるトロルに命令し、ほかの魔獣も解き放って迎撃に向かわせた。

 見事な采配――最強の「魔獣部隊」のお披露目に相応しい局面ではないか。

 監視の一個分隊十二名は、魔獣ごと一合で吹き飛んだ。

 絶望した、功を焦った兵のせいで全滅する……神に慈悲はないのか。


 しかし仲間の因果伯が「綺人(きじん)」を放ち、「蛇の王」の動きが鈍った。

 なぜすぐに行動しないのかと呆れるばかりだ。

 私の見せ場だ下がっていろと指示はした、だが状況を察すればわかるだろう。

 同じ因果伯でありながらなんと愚鈍か。

「蛇の王」の意識が移った隙に卵を奪取させ、兵を盾に死に物狂いで後退する。

 私の果敢なる献身により、卵は奇跡的に守られた。

 鈍くはあるが仲間の「力」で、どうにか「蛇の王」も大人しくなる。

 私は頭上の王冠に足をかけて立ち、誇らしげに卵を掲げた。

 下々に王の降誕を称えさせてやってもよいであろう。

 国家存亡危機と年代記に記される、「蛇の王」を手駒にしたのだ――。

 幸運どころではない、桁違いの僥倖。

 私の功績に陰口をたたく者もいたが、貧者の妬みは富者の称賛にほかならない。

 仲間の肩をたたき、部下や兵士も悪いようにはしないと寛大に振る舞う。

 降ってわいた財宝に小躍りした、栄華が見えた。

 ――それだけだ。


 少しでも「綺人(きじん)」を緩めれば暴れだす。

 ブレスを吐かれ、松明に引火して数人が爆発に巻きこまれた。

 逃れた者まで昏倒し意識不明となり、翌日を待たず絶命。

綺人(きじん)」の即効性は捨て、操作深度を深めて長時間持続させる。

 ローテーションを組み、くり返しかけ続けるほかなかった。

 抑えこめるだけで命令が効くわけではないのを、死の数で理解する。

 仲間の「邪土(じゃどう)」使いが攻撃し傷を負わせると、酸の体液をまき散らす。

 防具が腐食し近寄れなくなり、苦労して負わせた傷が翌日には治っている。

 実験場は樹海であり、「炎生(えんじょう)」使いは連れてこなかった。

 クロスボウ程度ではかすり傷もあたえられない。

 ドラゴンすら射落とすといっていた武器職人を、呪いたい衝動にかられる。

 苦痛による調教は、不可能だと悟った。

 欲に目の眩んでいた部下や兵士は、この事態に恐れおののく。

 今のうちに「蛇の王」を殺すべきだ、無理なら逃げようと意見がでる。

 確かにこのまま無為に手間取り、兵の命を無下にはできない。

 だが殺すのはいつでもできるし、逃げ出す不名誉を受け入れる部下はおるまい。

 実験の成功を遂げてこそ、没した仲間の弔いになるのだ!

 私の切なる説得の時間こそが無下にされた。

 O属性の仲間が「カルマ」の限界に達し、倒れて失明したのだ。

 そもそも「綺人(きじん)」を使うべきではなかった、ほかにも方法はある。

 責任を感じてくれたのか、より多く「力」を行使していた矢先だった。

 なんと惰弱との誹りもあれど、弱者を責めるのは酷であろう。


 旗色が悪く、卵を持っての退陣。

「蛇の王」は無理でも、産まれた仔を調教すれば私の手柄となる。

 金になる、地位も名誉も――大手を振って凱旋できるぞと賛同を得た。

 だが「蛇の王」は何も食わず眠らず、まさしく一心不乱に追い迫ってくる。

 陣営の修復で使った紐で縛り、動きを止める?

 どこに縛るのだ? 巨木が尻尾のひと振りで、小枝みたいに倒されるのに?

 馬鹿の考え休むに似たりだな。

 荷馬車に使用してる革紐もつかえ、策を弄すには労力を惜しんではならん。

 数時間は持つ、うまくいけば追跡を防げるではないか。

 この程度の知恵を称賛され、むしろ愚者には呆れてしまう。

 目の前で革紐が糸同然に千切られ、無駄な労力に徒労感だけが増した。

 だから無理だと言ったのだ、「蛇の王」を束縛するのは不可能だと。

 自分の責任だと認めない不満気な兵士には、心底うんざりさせられる。

 なぜ指揮官である私の、思ったとおりに進まないのか。


 愚か者どものせいで荷馬車が使えなくなり、馬に積んで全員が徒歩となった。

 盲目となった仲間を置いてはいけないが、部下と兵の命を守らねばならない。

 上に立つ者は情で動けない、因果伯ならわかってくれる。

 泣きながら別れを告げた、憎むべきは「蛇の王」だ。

 行軍スピードは上がったのに、「蛇の王」の補足は難しくなった。

綺人(きじん)」を警戒し、距離をとるようになったのだ。

 ……学習された。

 行く手をさえぎって木を倒され、行動も困難にされてしまう。

 数を頼みに隙間を探し道を切り開いても、連日の強行軍で一人減り二人減り。

 兵が甲冑ごと咬み裂かれ絶叫し、骨の砕ける音が耳にこびりつく。

 発狂乱になり逃げ出す部下を、「蛇の王」は見逃さない。

 数日後進行方向(・・・・)に、全身の骨が砕かれた屍が横たわっていた。


 このまま手段も講じずでは、国へ「死」を誘導することになるのでは?

 部下が確認するまでもない当然の主張をする。

 しかし城の武器や攻城兵器でなら倒せよう。

 ましてや国の要である仲間の因果伯もいる、返り討ちにしてくれるわ。

 城を目指す、それが最善の選択だった。

 いくら優秀とはいえ、私だけ苦労するのは間違っているのだ。


 そうしてやっと部下から、卵を手放すべきではと意見が出る。

 私は最初からずっとそう主張していた。

 それなのに無能な部下が没した仲間の弔いだと、指示を受けなかったのだ。

 だがこんな何もない場所にポツンと卵を捨て、別の魔獣が殺したらどうなる?

 結局「蛇の王」の怒りは、我々に向けられるのではないのか。

 どれだけ正道を説こうと、目先のことしか考えられない者には無意味である。

 ではどうするのですかと開きなおり、あろうことか私を批判する始末。

 なぜこいつらはこうまで人のせいにできるのか。

 卵を持ってきた愚か者は、すでに土の上に骸をさらしているのだ。

 失態したまま、おめおめと国へ帰るのですか?

 失態とはなんだ、小隊長に対し失礼な物言いをするな!

 ……帰れるんですか?

 卵さえあれば万事うまくいく、黙って指示に従っておれ!

「蛇の王」を手懐ければ騎士団総長も望める。

 豪語していた仲間の「邪土(じゃどう)」使いは、背骨が捻じ切れて二つになった。

 足止めさえも困難になる。


 おっとり刀で洞窟に逃げこみ、入り口を睨んで背水の陣を布く。

「蛇の王」の餓死を待つどころか、こちらが兵糧攻めにされた。

 周囲には狩りのできる動物どころか、「蛇の王」を恐れて魔獣すらいない。

 そも少数になればこちらが狩られる。

 飢えをしのぐため木の実を取りにいかせても、殺されて洞窟前に重ねられた。

 食い扶持も確保できないとは、心底呆れるほかない。

 なぜ私がこんな奴らに、振り回されねばならないのか。

 腐敗していくかつての部下や兵士、仲間の目が次はお前だと訴える。

 誰かが気が触れて飛び出し、翌日には上に重ねられた。

 食料がつき、万策もつきた。


「蛇の王」は我々の匂いをけっして忘れない。

 もう何日こうしているのか、数えるのも億劫になった。

 洞窟のなかで雨露をすすり、コケを食う。

 私はすでに死んでいるのでは……妄想を振り払う。

 無駄メシ食らいに足を引っ張られ朽ちるなど、あまりにも哀れだ。

 神はなぜ私に、このような試練をお与えになるのか――。

 全員で四方に飛び出せと、「綺人(きじん)」で命令する。

 私の寛大さにも限度があった。

 蜘蛛の子を散らし駆けだす、役立たずどもが狩られている隙に逃げる。

 足手まといのせいで私が犠牲になるなど、許されざる損失。

 いや国の要となる貴重な因果伯の囮となれるのだ、喜んで奉仕すべきだ。

 一心不乱に逃げて、敵対する城郭都市に辿りつく。

 逃れたのは三名だけだった。


 街にはアラヤシキから来た少年がいると、噂になっていた。

 信じてはいなかったが、対処できるのなら譲ってもよかろう。

「蛇の王」とて生物だ、いつ失ったのかわからぬが左目の光がなかった。

 ケガをするのだ、弱っているのだ、これぐらいどうにかしろ。

 弓折れ矢つき、ここまで戦い抜いた私に報いてくれてもよかろう。

 数千人はいる中都市、卵を放置して逃げれば……助かるかも。

「蛇の王」の目的は明白なのだからと、残った役立たずが下らん指図をする。

 俺に対する鞘当てだ、知ったことかと叫んだ。

 何度同じ議論をするつもりだ。


 二人はどこかへ逃げ、ちりじりになった。

 仲間を見捨てるとは、なんと非道であろうか。

 切羽つまる、いやすでにつんでいたのだ。

「蛇の王」はこの街にも追ってきたのだから。

綺人(きじん)」を使おうにも、すでに限界近いのはわかっていた。

 一番最初に卵を廃墟に投げ出し、逃げればよかったのだ。

 自分の尻に火がついて、やっと理解できた。

「蛇の王」はまだ俺の卵(・・・)を追ってくる。

 独りになって、本当にわかった。

 すべて捨てるから。

 だからどうか、俺だけは助けてください――。

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