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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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二十一夜 因果伯

 ジャーラフは三角錐の屋根に体をあずけ、息も絶え絶えに喘いでいた。

 全市民に「風舌(ふうぜつ)」を使う暴挙、次いで因果伯の五名に状況を示唆した時点で――精神が悲鳴をあげていたのだ。

「市民への避難指示……因果伯へ、最短の接触地点は伝えた……あとは……」

 主塔の屋根まで走ったときすら、深呼吸で整った動悸が乱れている。四つん這いになって脂汗を滲ませながら、耐えるほかなかった。

 たった一人の意思が触れるだけで、脳が違和感に苦痛を訴える。

 大多数と同調した彼女は、末端神経にいたるまでマヒしていた。全身麻酔が抜けきらない体は、屋根瓦が脚を裂こうと気がつかない。

「だが……不幸中の、幸いだったな」

 皮肉にも市民の少なさに助けられた、もっと多かったら「生死の順位(せんたく)」しなければならなかったのだ。

 しかし懸念もあった。

 監視対象であるアユムの光は、例の公衆浴場付近。信じられないがこの状況下でのんびりと歩いている。

 かといって放っておくわけにもいかず、怒りで獣耳が後ろに反った。

「あの顔を十字裂きにして、ナディ川にたたきこんでやる……っ!」

 なぜ指示通り城で大人しくしていない、髭もないガキが手間取らせおって!

 怒気を原動力に、なんとか裸足に力をこめる。

 視界が揺れて感覚が壊れかけ、尻尾までダランと垂れていた。もう光を「視る」ことすらできない。

 直接出向いて首根っこをひっつかまえるしかなく、正直丸くなって寝ていたい。

「殿下ァ、ご褒美になでてほしいにゃ――~…」

 蒼白の表情に「風舌(ふうぜつ)」の使用限界が近いのを理解している。

 敬愛する殿下から任務を託された、それだけが体の支えだった。



 ☆



「ジャアアアア――――ッ!!」

 もう少しで敵を……捕らえた!

 眼下で逃げ惑っている一匹に、バジリスクは「舌なめずり」して喜んだ。

 牙に欠けるかブレスでいたぶるか。苦しませてやりたいが面倒な(やから)がいるので、即座に始末したほうがいい。

 敵の真上から喰らいついて牙にかけ、頭を半回転させる。

 周囲の建物が軽々と吹き飛んだ。石壁が屋根が上空に舞いあがり、隕石になって降り注ぎ地響きをたてた。

 鎌首をもたげて誇り、屠った一匹を吐き捨てる。

 バジリスクは愉快だった。

 舌を出して最後の一匹を探す、少し離れているしブレスで――。

「――っ!?」

 尻尾に鈍い痛みが走る。

 体が進まなくなりイラだつ、何が起こった?


「どうだ蛇公! 動けねえだろっ!」

 胴体部ほど太くない尻尾を、ガントレットで「串刺し」にして石畳に固定する。

 建物の破片をぶつけられ尻尾に打たれても、ウールドはバジリスクに刺した短剣を離さず、ここまで引きずられてきたのだ。

「好き勝手暴れやがって、どうやって倒すだァ!?」

 叫んで己を鼓舞した。

 全身打撲、擦過傷だらけでも瞳の力は衰えていない。

「殴るしかねえだろっ――『邪土(じゃどう)』っ!!」

 再び文様に腕を通し、妙な光沢を放つ鉄のガントレットを軋ませる。

 ダメ押しとばかりにもう一度突き刺す。

 尻尾が細いとはいえひと抱えあるのだ。クロスボウを弾き鉄の落下を受け止める強度のウロコを貫いてみせた、異様な膂力と体力。

 ウールドはS属性である。

「利剣により心を断つ」――土壌にふくむ構成元素を返還し、鉄の武装へ見立てる「邪土(じゃどう)」を得意としていた。


「ジャアアアッッ……!!」

 敵を前に文字通り縫い留められ、バジリスクの不快は頂点に達した。

 コンプレッサーの振動がわき立ち、大気と共振してうなりをあげる。蛇と同じく声帯はないが、それはまさしく雄たけびだった。

「うおっ……なんだあ!?」

 突き刺した左腕に固定され、ウールドの体が跳ね上がって踊る。

 バジリスクは大きく振り返り、尻尾にまとわりつく面倒な輩に頭突きをかます。

 いい加減うんざりだ、あと一匹なのだ邪魔をするなと。


「ぐっ!? おお――っ!!」

 ウールドは右腕で頭突きをカバーするが、圧倒的質量を止められるわけがない。

 突き刺したガントレットを残したまま、無理やり左腕を引き抜かれた。

 脳内に石を砕き木を折る音が響き、激痛に意識が遠くなる。弾き飛ばされ石壁でバウンドして道を転がり、建物の壁にたたきつけられた。

 手もつかず、石畳に頭から崩れる。

「こん……のおっ」

 残った右腕のガントレットが衝撃に耐えかね、砕けてこぼれ落ちていく。

 S属性といえども無敵なわけではない。さすがのウールドも息がつまり、痛みを耐えるのに時間を要した。

「ジャ――――ッ!!」

「っやべえ!」

 バジリスクが(あご)を開き、黒に近い緑のブレスを吐きだす。

 石畳にへばりついたウールドの頭上をかすめ、黒い濁流が建物に風穴を開ける。

 なぎ倒された建物が周囲を巻きこみ通路が開通。火種があったのか爆発が起き、今度は前方に向かい炎の竜巻が荒れ狂った。

 ウールドは天を焦がす炎に翻弄され、石畳を転げまわる。

「まったく……ヘビーじゃねェか」

『毒性もあるのか昏倒している人がおり――』

 即座に息を止めていたが、背に腕に針を刺す激痛と熱波が襲う。

 歯を食いしばり炎が収まるのを待つウールドの横顔に、影が射す――。

「なっ……!?」

 バジリスクが炎を飲む勢いで、咬みついてきたのだ。

 片膝を立て飛び退いたが間にあわず、接触して吹き飛ぶ。建物の壁にたたきつけられなかば埋まり、破片といっしょに落下する。

 崩れ落ちた石煙のなかで、右手をついて座りこんだ。

「ジャアアアッッ……!!」

「蛇公が……器用なマネを……」

 左腕は動かず鼓動をくり返し、体が悲鳴をあげ、血が己の影に落ち地図を描く。

「へっ……だがなあ、奇天烈なガキが言ってたぜ……」

 眼前には自分をひと口で飲み干せる魔獣の敵意。喘ぎながら上半身を持ち上げ、隙なく睨むバジリスクと相対する。

 ウールドは不敵にも、赤く染まる口角を上げた。

「自分でやれることは、やらないとっ……てっ」

 荒い息に血を混ぜながら、膝に力を入れ立ち上がる。

「羂索により心を強靭にする」――体内の血液に鉄を含ませ、筋肉の肥大、耐久力の増加、肺機能の向上、スタミナの上昇を必要時、無意識におこなう。

 ウールドに言わせれば「気合入れるとなんか調子いい」となるが……。

 体の内(・・・)から、淡い光がうっすらと立ちのぼっていく。

「――ってこたあ、まだやれるっ!!」

 肉体が強化されていた。


「ジャッッ!!」

「があああっっ!!」

 自分の縄張りから出ていけとばかり、相撃つ蛇と狼の遠吠え。

 建物ごと吹き飛ばすバジリスクの突進を、横っ面を殴った勢いで避ける。

 間髪入れず胴体部がうねり迫ってきた。短剣を刺し再び危険なロデオに挑むと、体を半回転され振り落とされる。

 渦を巻き返ってくる牙を短剣で弾き、(あご)から逃れると同時に地を蹴った。

 足元の瓦礫が蛇の胴体に巻き絞られ微塵と化す。ブレスを回避するには接近しかないとはいえ、ひとときの油断もならない攻防。

 狼と大蛇が建物に囲まれた密林で雌雄を決する。

「おらあっ――『邪土(じゃどう)』っっ!!」

 短剣の白い鉱石が呼応し、小さく脈打って影に包まれ崩れて消えた。

 文様が右腕にのみガントレットを形成する。突進するバジリスクの鼻先にお株を奪う頭突きをかまし、空中で半回転。

 全身をしならせ、眉間を狙った一撃に手ごたえがあった。

「や……っ!」

 だが頭部の王冠で止められ、振り払われた勢いで宙に舞う。

 落下を待ちもせず、バジリスクは顎を開き伸び上がる。

 ウールドはガントレットをたたきつけて強引に避けた。しかし胴体部で弾かれ、建物の間をピンボールさながら転げ回る。

 石畳の上に落ち喉から血がこみあげ、息を吸うだけで全身に激痛が走った。

「……かわいげのねえ、ちったあ効きやがれよ」

 路地から見上げれば、砂埃を撒きあげ鎌首をもたげるバジリスク。

 ウールドは短剣にこめられた鉱石が消えたのを確認している。元王都のマナスルは路地まで石畳、郊外でもなければ土を得るのは難しい。

 こんな化け物相手に狼の牙(たんけん)は一本、「邪土(じゃどう)」はもう使えない。

「しんどいねえちくしょう、こりゃあ……勝てねえ」


 バジリスクはやっと足を止め、しかしまだ動く輩に注視する。

 こいつの牙は鋭いが小さい、気にするまでもないがやたら素早く頑丈だ。また懐に飛びこまれないよう、首を低く伸ばし狙いを絞った。

 ブレスを直撃させ、不快な気分に止めを刺す。

「ジャア――――~…アアアッ!!」

 地面から生じた威嚇が小石が飛び跳ねさせる。遠く離れた城にまで咆哮が響き、兵が市民が身震いした。

 吊り上がった口角が淡く発光し、黒に近い緑の煙をくゆらせ――。

「ジャッ!!」

 渾身のブレスが面倒な輩を、影も残さず消し飛ばす。

 追わねばならない敵はあと一匹残っている。しかしバジリスクは痛快な気分に、しばし空となった路地にたたずむ。


「――俺独りじゃな」

 ふいに聞こえた、ほかの生物が発する「声」と呼ばれる振動。

 意識の霧が晴れ、バジリスクの瞳孔が世を鮮明に映し出す。面倒な輩はなぜか、変わらず路地にいるではないか。

 確実に屠った、手応えもあった……なぜだ!?

 疑問がバジリスクを、数舜石化させる。

「ハッ……ハァ都合のいい、夢は視れた……っ!?」

 イーシャ卿が突き立てた錫杖にもたれ喘いでいた。見えぬ目で走って追いつき、バジリスクに幻影を視せたのだ。

 錫杖に灯った文様が瞬いている。

 ダークブラウンの髪が乱れ、汗で顔や首筋にまとわりつく。薄紫のコタルディはあっちこちが破れ、手のひらや膝がすり剝けて血が滲んでいた。

「そっちのほうが美人だぞ」

 以前本心で告げたのだが酷く罵倒され、ウールドは言葉にせず頭をかく。

 彼とて学習はするのだ。

「――~…っ!」

 バジリスクがまたしても(たぶら)かされたと、怒りに振るえる――前に。

 低くしていた(あご)の下に灼熱の衝撃が走り、首後ろに突き抜けた。

 流れ出す液体と耐えられない痛み。目の前の面倒な輩ではない、赤く大きな牙で咬みつかれたのだ。

白無垢鉄火ペインテッド・ヴェール』……!

 バクティ卿はS属性である。

 愛用の片手剣(エストック)には、柄の部分に赤い鉱石が埋めこまれていた。細身で軽い刺突用の剣に「力」を通し、三メートルの巨大な炎を刃に固定する。

炎生(えんじょう)」を得意としていた。

 潜りこんで突き上げ、バジリスクの顎下から焼きえぐったのだ。

 体液さえも蒸発させる熱量、高温の油に水の跳ねる音が響き渡る。


「遅えぞォてめえら」

「っ黙れクソ狼! 突っこんでくしか脳がねえのかボケェ!!」

「イーシャ卿……因果伯の立場を考え、もう少し言葉を選びたまえ」

 バクティ卿が脅威を前に、大胆にも深いため息をつく。

 こちらはある意味場違いな姿だった。

 シミ一つないオレンジのプールポワンを、長めの腰ベルトで留めている。動きに合わせてベルトが踊り、優雅ですらあった。

 若干巻き毛の焦げ茶の髪を一ヵ所だけ三つ編みにし、赤いリボンが揺れている。

「これでは、ムカッシュヴァナーサナ卿が二人いるようだ」

「どういう意味だコラっ!」ですかっ!」

 二人のツッコミがジャムった。

 バクティ卿は無造作に剣を引き抜き、返す刀でもう一撃。

 胴体部――ウールドがガントレットが突き立てた場所を、的確にえぐり焼く。

「――――~ッ!!」

 ウロコが脆くなっていたのか、三分の一も千切れかける。さらなる激痛が胴体部を襲い、バジリスクは悶えて天に伸び上がった。

 赤い牙が届かぬ上空から、バクティ卿を視界にとらえて睨む。

「俺から意識が移った――今っ!!」

 ウールドは生じた隙を逃さず、石畳を殴り肘まで突き刺す。

 ガントレット越しに伝わる土の冷たさ。

『らああっ餓狼伝説(ホワイトファング)』っっ!!!

「力」を発すると石畳を蹴り砕いて弾け飛ぶ。二度の開放、バジリスクに勝るとも劣らぬ牙が右腕に顕現していた。

 人間大の狼が影を引き、バジリスクの体を駆け上がる。

 気合が体から虹の光を放ち、持てる力を握りこみ右拳が振りかぶられた。

「ジャッッ!!」

 己に迫る危機を察したのは魔獣の本能ゆえか。頭部から血と黒煙をあげたまま、バジリスクの(あご)が再びウールドに向かい開く。

 世界を染める鮮紅と、たゆたう黒に近い緑の煙、杭と見紛う白い牙。

『っごくな爬虫類!!』

「穿てっ! ムカッシュヴァナーサナ卿!」

 イーシャ卿の錫杖に固定された、見慣れない文様が薄く消えていく。

 バクティ卿の放った、数本のスローイングナイフが炎をまとい突き刺さる。

「力」が届いたのか、炎のナイフに意識が散ったのか。バジリスクが数秒硬直し、口内のブレスだけ怪しく揺れた。

 跳躍した狼が空気を弾き、マナスルを歪ませて建物を市民をたたく。


 ウールドの一撃が光を放ち、バジリスクの下顎と牙を一本粉砕する。


 バジリスクは霞む意識のなか、起こっていることが信じられなかった。

 意思を奪う妙な「力」に、混乱と不快が高まって怒りが収まらない。たたきつけても潰れず、ブレスで屠ったのに生きている。

 (ウロコ)をここまで痛めたことはない、赤い牙を突き立てた輩はどこから現れたのだ。

 なぜ、こんな。

 こんな面倒なだけの輩どもに、追いつめられたのか……っ追いつめられた!?

 バジリスクは何度目かの驚愕を感じ、それを自ら更新する。

「ジャアアア――…ッッ!!!」

 尻尾を自切し、路地にそって逃げたのだ。

 逃走は長い命のなかで初めての選択だった。あと一匹を屠り、大切な生命を取り返さなければならない。

 舌を出し匂いを探る、そこにいるのだ、急がなければ時がきてしまう――。

 バジリスクは、焦って(・・・)いたのだ。


「おい……かんべんしろよぉ」

 驚いたのは集った因果伯も同じである。

 もし魔獣(バジリスク)が避難地へ雪崩れこんでいたら、発生したパニックを抑えるため満足に戦うこともできなかった。

 市民は眼中になく、まして目の前の敵すら放っておくほど優先すべき目的――?

「――っしゃあねえ! 蛇公の目的がなんであろうと、ケリをつけるぞ!!」

 ウールドは体液を避け倒れていたが、気合を入れて立ち上がる。

 しかし右腕のガントレットが砕け散っていく、相打ちだったのだ。手負いの獣を放置はできない、霞む意識に発破をかけ無理にでも力をわかせた。

「それほどの魔獣を、卿は独りで留めていたのか……」

 バクティ卿が城から辿りつく交点を見極め、被害の拡大を最小限に防ぐ。

 ウールドの短剣から白い鉱石が消えている。全精力で「力」を行使しなければ、抑えこむこともできなかったのだ。

「卿でなければ、なし得なかっただろうな!」

 バクティ卿は背からジャマダハルを引き抜く。

「H」の形をした握り部分に、拳から両刃の刀身が伸びる特殊な短剣。殴り刺して甲冑すら貫通できたとされる。

「使いたまえ! 卿ならば剣より、こちらのほうが適している!」

 見事に使命を果たした仲間に対し、心よりの称賛と熱き想いをこめて差しだす。

「お~う、サンキュ――!」

 ウールドが知らん顔して受け取ったので、少しばかり当ては外れたが。

『っ……炎生(えんじょう)』!

 ジャマダハルを握り、形を見定めいったん精神を集中。前方に二〇センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。

 柄に埋めこまれた赤い鉱石が呼応し脈打った。

 ジャマダハルを文様に通しても炎をまとう程度。同属性だが得手不得手がある、バクティ卿ほどの「力」をしめせないのだ。

 自切されて残った尻尾から短剣を探す余裕はない。

 バジリスクの体液は鉄をも溶かす、素手で攻撃しないだけありがたかった。

「アユムの推測通り、蛇公のブレスには引火性がある。万一があってもコレ(・・)なら、どうにかなんだろ」

どうにか(・・・・)されては殿下のお怒りをまねきかねません。さっ乗せてくださいませ、因果伯六名を滞在と命じられたのです! 私も再戦(アンコール)につき合いますわ!!」

 イーシャ卿が震えよろけながら錫杖を手にする。

「あ――~…ねーちゃんは寝てろ、もう無理だ」

「っお黙りなさい! 『綺人(きじん)』を喰らわせましてよ!」

 気丈に吠えても、錫杖の輪から文様が消えているのすらわからない。

 体に力は入らず、錫杖にしがみついてやっと上半身だけ起きている。盲目の身でバジリスクを制止させ続ける、精神的圧迫と圧力……限界だった。

「イーシャ卿わきまえなさい。ムカッシュヴァナーサナ卿の、因果伯としての覚悟を無下にすべきではない」

 バクティ卿に諭され、イーシャ卿が唇を噛みしめる。

「すまない餓狼……頼む!」

「おう、ちょっくらいってくるわ!」

 ウールドは振り返らずに答えて走りだす。

「っ――帰ったら(・・・・)、お説教ですからね!」

「おうっ!!」

 一歩ごとに激痛が襲い血が止まらず、歯を食いしばりながらも口角を上げた。

 背に守るべき仲間がいて帰るべき場所がある。それだけで力がわいてくるのを、実感していたのだ。

 渡されたジャマダハルが灯火となって瞬いた。

「へっ説教は遠慮しとく……まあ相打ちくらいには、持ってってやるさ!」

 バジリスクの体液が石畳を焼き燻らせ、異臭を放っている。

 この先に――。


 バジリスクの頭部が爆ぜ、巨大な影が視界を遮って立ち上がった。



 ☆



「にゃっ!?」

 ジャーラフの猫の耳がくるりと半回転し、爆発音をとらえる。

 振り返った瞳が驚愕に見開かれた。

 消えゆく夕日に逆光となり、一本の線のごとく浮かび上がった蛇。バジリスクの頭部が爆ぜて胴体を引き上げたのだ。

 いっそ美しいとさえ思える光景。

 次いで重力に従い落下し、胴体が波打って周囲の建物を半壊、倒壊させる。

 振動が地響きとなり、城郭都市を震わした。

 城で子供をあずけ、頬をたたいて力をこめる。脚を引きずりながら取って返す、あの辺りにはアユムがいたのだ。

「――よう、ご苦労さん」

 建物の残骸になかば埋まり、燻る魔獣の横にウールドが立っていた。

「っ何があった!?」

 ジャーラフが疲労困憊の上に悲壮感を張りつけ、詰問する勢いでつめ寄る。

「わからん、俺も追ってきたんだが突然爆発した。色男が顎下をえぐったからな、ブレスを吐こうとして自滅したか」

 使わずにすんだなと、ジャマダハルから木片に火を移し黒猫に振り向く。

「で――何があった?」


「アユムが? ここにっ!?」

「子供を探しにきていた、足をケガして動けない状態で……子供を託された」

「アっアユムがこのでっけえ蛇公を、倒したってのか!?」

 蛇公は爆発して吹っ飛んだ、俺がやろうとしてたことをアユムがやった!?

 アラヤシキの「力」!? いったいどうやって……っいや、足をケガしてた?

 瓦礫がバジリスクの巨体をなかば埋めている。

 周囲の半壊している建物が今にも崩れ落ちそうだ。なにより……と夕日を見る、すでに半分以上が沈んでいた。

 すぐに暗闇となる、隣に立つ者の顔も視認しにくい。

「ここに、いたってのか!?」

 疑問さながら自問をくり返す。

 探すのか? この、惨状(なか)から――。

 思う間もなくウールドは松明を突き立て、瓦礫におおいかぶさる。

「やせっぽっちのガキが無茶しやがって! アユム――っいるなら返事をしろ! できなきゃ何か合図を送れっ!!」

 木材をどかし、石壁を放り、瓦を投げ捨て手あたり次第掘り返した。

 血に塗れた動かぬ左腕がもどかしい、全身を使って柱を持ち上げ大声で叫ぶ。

「お前なら何か手を考えつくっ! まだ始まったばかりなんだろ!? やっと一歩踏みだしただけって、言ってたじゃねえかっ!!」

 知り合ってからまだ月日もたっていないのに、得ていた信頼度。

「何かある、考えろ! アユム――!!」

「無理だ……こんな、どうし……よう」

 ジャーラフが力なく座りうな垂れる。

「アユムはアラヤシキから来た奇天烈な奴だ! そう簡単にくたばるかっ!」

 希望ではない、絶対に生きているのだと自分に言い聞かせた。

 呆然としていたジャーラフに聞こえたのか、弾かれたように手を組む。瞳を閉じ意識を集中し――「風舌(ふうぜつ)」を使おうとしたのだ。

「――っ!? 馬鹿野郎!」

 気がついたウールドが飛びつき、強引に目を開けさせる。

「真っ青な顔して何しやがる! 壊れっちまうぞ!?」

「黙れェ! 生きてると言ったじゃないか、なら光を探せる!!」

 押さえるウールドを振り払おうと暴れるが、力を感じれなかった。

「殿下とのお約束なのだ! お役に立てるなら、ボクにゃんか――…」

「てめえと同じことぬかしてぶっ壊れた奴! いただろうがっ!!」

「――っ!」

 追憶に息を呑んだジャーラフの青い瞳から、涙があふれて伝う。

 ウールドは見ないように顔をそらし、再び瓦礫を掘り返す。

「まだ殿下の役に立ちてえんなら、下らねえ手間を取らせるなっ! 掘れェ!!」

「……わかァっでる、バーカバァカ」

 泣きながら瓦礫を掘るジャーラフを、苦笑して見返す――…。

 領民のいない街中に、小さな影が動いた。夕日はすでにか細い糸となっており、バジリスクの巨大な牙が日没を告げ瞬く。

 影が射し白と黒が転化する、異界へと転ずる狭間――。

 ウールドは小さな影を凝視したまま立ち上がり、猛然と駆けだす。残骸を下から持ち上げ、何か(・・)を引っ張り上げる人影。

 微かな光ではあったが赤い…――。


「アカーシャ――っ!!」

 シュールコーはいたるところが破れ、土と木片にまみれて赤黒くなっている。

 両手は変色して古木となり、肌か破片か見わけがつかない。血に染まった指で、奇天烈な少年を抱きかかえていた。

「お前なんでこんなとこに……っ偉いぞよくやった! よくがんばったなあ!!」

 アカーシャはボロボロの顔で、「にへら~」としか形容できない笑みを見せた。

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