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百七十九夜 羊

「ロックさま~♡」

「なんですか? トンちゃ……トゥバー様」

「あのねえ、ん~……どうしよっかな~♡ ナイショなんだけど~?」

「内密の話でしたら、私は聞かないほうがよろしいのでは」

「んもうロックさまったら~すねないでよ~♡ あのねぇじつは――」

「――そこまでだよトゥパー! 余計なことをおいいでないよォ!」

「やだ~コウモリがふたりの道を引き裂く~♥ 寒の海にイっちゃえ~♥」

「やっやめなトゥバー! このスットコナース!」

「……?」




「――そして犬、猿、(きじ)をお供にし、鬼ヶ島に向かったわけです」

「動物など役には立たん、政略に活かせるとも思えんが」

「これは寓話なんです、動物の特殊能力とは仲間の長所を指すんですね」


「――ほう海賊の陰謀に戦いか、どこの国も争いが絶えぬものだ」

「そして間一髪ウェンディを救出し、フック船長とのラストバトルに突入です!」

「空を自由に飛ぶなど神の領域だ、因果伯とはいえ誇張しすぎではないか」


「――ならば曹操(ソウソウ)は抹殺してしまったのか? 能力のある者は配下にすべきだ」

「諸説ありますね、肯定も否定も同じだけ説得力はあります」

「だがその呂布(リョフ)も慢心があった。どれほど膂力に自負があろうと、見据えるべきは戦地ではなく戦域でなければならない」

 なるほど因果伯らしい観点だ――。

 ユースティティア殿下が馬上で目を細め、並走する少年は違和感を覚える。


 年間を通して最も寒い二月上旬、街道に軍馬のひづめが鳴動していた。

 帝都を発った軍勢は、騎士をふくめた騎兵三百に従士四千二百。さらに数倍する商人の荷馬車が後続に連なっている。

 皇太子直属の騎士団、「カエルレウス騎士団」による大規模な行軍であった。

「くうう……っ寒ィ! なんでこんな時期に……くそっ」

 だが従士の表情は押しなべて暗い。

 雪こそ積もる地域ではないが、乾燥した風は肌を切り裂いていく。演習ではなく遠征と聞かされ足も重い。

「はっ畑はどうするんだ……春んなっても、食うもんがねえぜ!」

帝国(ウチ)で戦わないだけ、荒らされずにすむってか……けっ」

 声にこそ出さなくとも、四千人の怨嗟が天に渦巻いていた。

 震える肩を抱き、歯の音が止まらず、白い息が唯一の暖房。生きては帰れぬかもしれない故郷を、幾度も振り返って目に焼きつける。

「しっ信じられん……俺は夢を見ているのか、皇太子殿下が……」

「あの皇太子殿下が、だっ大道芸人に笑いかけておられる……っ」

 そんな中で近衛騎兵だけは、凍てつく寒さを忘れ主君に見入っていた。

 誰もが名誉と重圧を背負い近衛兵の門をたたく。のちにプールヴァ帝国を統べる皇太子殿下の盾となれるのだ、なんと誉れ高き務めであろうか。

 警護にいっそう力がこもり、そして理解する。

「皇太子殿下の視界に、我々が映ることはない……」

 諸侯や騎士団を擁する貴族しか映さない瞳。

 臣民に使用人に兵士に、近衛兵にはお声がかかることすらない。我らを文字通り武具(たて)として見ているのだ。

 破損すれば交換するだけ――。

 罪悪感も謝意もふくまぬ黒き穴、だからこそ皇族なのか。


「ユースティティア殿下は、ただお独りで紺碧を飛ばれるのだ」


 そう達観するまでが近衛兵の常だった。

 だが昨年の暮れより、そばに小さな(ツバメ)がまとわりつくようになる。あろうことか皇太子殿下が、大道芸人を近習に拝命したのだ。

 誰が聞いても首をひねる事態に、帝都の空気は一変した。

 皇宮では道化師を雇用しているし、式典に楽師はかかせない。けれど殿下個人は大道芸人をはべらす方ではない。

「なにやら皇宮を揺るがす、陰謀が秘められているのではないか?」

 まことしやかに流布される権謀術数。

 派閥争いや宮廷闘争に尽力する諸侯たちには、けっして保留(スルー)できない噂だった。

 大道芸人の素性を内偵し、どうにか取りこもうと暗躍する。水面下では大規模な内部抗争が勃発していたのだ。

 殿下のご落胤ではとの怪情報まで出る始末。

 数々の流言飛語はなかば笑って流されてはいた。とはいえ自分たちは盾なのだと吹っ切っていた近衛兵にとって、歓迎できる事態ではない。

「恐れ多くも彼の方の瞳を独占するなど……っいや、私心ではない!」

「そっそうだ我らは近衛兵として、面従腹背のある者を放置はできない!」

 数人が真相を確かめるべく、晩餐会を口実に大道芸人を呼び出す。

 地下の牢獄で秘密裏に遂行された、質問とは名ばかりの詰問。翌朝になっても姿を現さない近衛兵に、やり過ぎだと笑いながら呼びにいった同僚は息をのむ。

 全員が牢内の壁にたたきつけられ、うめき声を上げていたのだ。

 主君と親しげに話す大道芸人への嫉妬は、この一件以降完全に勢いを失う。

「だからやめておけと、忠告したのに……」

 奴らは「魔獣」だと、注意勧告されていた衛兵がポツリとこぼす。


此度(こたび)の異様な遠征は、例の大道芸人が一枚噛んでいるのは真実(まこと)か?」

「死と再生の象徴(シンボル)……大道芸人はあの奇天烈な服から、(ツバメ)と呼ばれているそうだ」

「神の恩寵を受けた守護鳥が戦争を運んでくるとは、皮肉もいいところだ!」

 晩餐会(・・・)に参加しなかった近衛兵は、最後の意地とばかりに陰口をたたく。

 当てこすりではあるがある意味で事実だった。戦争が常の帝国兵士にとっても、冬季の進軍など視野にすら入れない事態である。

「ゴホン……ん"ん"っだが此度(こたび)の行軍、俺は食事が楽しみでなあ」

「それな! これは本当にパンなのかと、しばし見入っていたぞ!」

「なっなっだろう!? あんなに甘くて軟らかいパンは、食べたことがない!」

「それに昨夜配られた、何かをつけて焼いた鶏肉は至高だ!」

「いや待て、エール片手に肉を入れた平たいパンは究極だぞ?」

 ソーセージをはさんだパンは、行軍中でも手軽に食えて――。

 言い難くも口の端に上げられた食事の評価。

 相槌が重なり思い出しては喉が鳴る。これも大道芸人が一枚噛んでいるのだが、表立っての賞賛は控えられていた。

「気楽な奴らだ……」

 近衛騎兵が少し離れた馬上で 同僚の軽口に呆れている。

 だが此度の遠征が快適なのは否めない、食事以外にも「通い箱(コンテナー)」と呼ばれている輸送法は革新的だった。

 同サイズの木箱にすることで、積み下ろしの手間が驚くほどかからない。

 どこに何が収まっているのか、何が足りないのかひと目でわかる。物資の算出が目を見張って速く、商人も利便性に感心していた。

 補給と撤収が楽におこなえ、荷の運搬が中心(メイン)の輜重兵に笑顔が絶えない。

 戦争の形が変わる――。

 これも彼の大道芸人が一枚噛んでいると聞く。どこからか現れて帝国の中枢まで到達せしめた燕は……はたして死をもたらすのか、再生をもたらすのか。

「遠征はかんべん願いたいが、行軍だけならもう少し続いてもいいかな」

 早く食事にならないかなと、お腹の音まで聞こえそうだ。

 とても戦場へと向かう、道中の会話ではない。ある意味重く沈んだ従士の方が、まっとうな姿ではないのか。

 悪意(せんそう)の恐怖を善意(パン)が隠してしまう。 

「まさに、L'enfer est plein de bonnes volontes ou desirs……だな」



「――ハッハッハッ羊飼いこそが、唯一にして欠くべからざる存在だろう」

 オルロックが行軍の慰みか、ユースティティア殿下に英雄論を説いていた。

「狐物語」さながらに羊を擬人化させて。

「ですが安全な住処や効率的な狩り場など、羊も自分で考えて行動すべきでは? 追従するだけではなく、多種多様なタイプがいてもいいと思うんですけど」

「オルロックは若いな、まだ世の理を理解していない。羊は強要されてはおらぬ、臆病ゆえに自ら群れるのだ。

 だが群れを大きくしようと、そのままでは烏合の衆でしかない。

 規律を作りこれを管理し、猛獣と戦い支配せし者。世には君臨する羊飼いが――杖を振る絶対的な指導者(リーダー)が必要なのだ。

 羊飼いの統治の下でしか、羊は安心して草を食べられぬ。

 羊飼い(おれ)としては羊の牧草地が広すぎだと、抜本的な改革を考えぬでもないがな」

 若きころさながら、騎士道を唱えていても立ちゆかん――なにか覚えのあるのか若干眉をひそめ、殿下が相棒の軍馬を見つめた。

 少年は皇宮で貴族にも訊いおり、同じような感想が返ってくる。

『羊飼いに反する!? そのような不遜、説話であっても許されません!』

『いっいや殿下のお考えとおりにいたすべきと、なにか不敬をいたしましたか?』

『私は帝国に身命を賭しております! 誤解を受ける物言いをされますな!』

 やけに焦って首を振られ、そんなつもりはなかったと謝罪した。

「世の理……こちらの、常識ですね」

 かつて同じ問いを誰かにもした気がする。

 立場は違えどやはり近い認識になるのだ。幾度となく脳裏を巡った想いなのか、なつかしさに灰色の空を見上げた。

「それでオルロックは――」

 北風に重なり、かすかに剣の鞘走る音がする。

 少年は喉元に当たった冷たさを、最初は晩冬の冷気と勘違いした。

「――それでオルロックは、その説話をもって我が帝国を愚弄しているのか?」

 殿下が揺れる馬上にもかかわらず、抜刀してのけたのだ。

 胸をすく笑い声から一転、狙い違わず白く細い首に切っ先が光る。遅まきながら気がついた近衛騎兵は、覇気にあてられ馬の脚を引く。

 選択を間違えれば死――だが少年は平然と反論した。

「滅相もありません、ただの一般論でございます」

 死神の鎌をものともせずニコリと笑う。

 喉を震わせることもなく、つまらせることもない。当たり前に屈託なく返され、釣られた殿下が口角を上げる。

「ふっ……やはりおまえは剣だ」

 表情を悟られたくないのか、納刀すると背を向けた。

「諸刃の……な」

 殿下は騎乗したまま、振り向かずに背で語る。少年はマントの中で引き抜いた、スタングレネードのピンを戻していた。

 親しげな会話の影でかわされた、薄氷を踏む意思疎通(コミュニケーション)

 一触即発が回避され、息をもらす間もなく近衛騎兵の動悸が上がる。すでに何に驚けばよいのかわからない。

 少年の頬が恍惚に染まり、血をぬぐった指をおいしそうに舐めていたのだ。

 事態をのみこめない近衛騎兵は、見ぬ振りで通り過ぎた。少年を晩餐会(・・・)に誘った近衛騎兵は身を低くし、どうにか隠れようとしている。

 長蛇に連なる行軍のさなか、皇太子の周囲だけ異質な空気が流れていた。


「孔子曰く……民はこれに由らしむべし、これを知らしむべからず」

 為政者は民衆を服従させればよく、理由を理解させる必要すらない……奇しくも「我が闘争」でも、大衆には知性を求めず思考停止させよと説いている。

 トップに座る者にとって、そのほうが都合がよいのだ。

 人類の歴史は、ほとんどが独裁体制下によって築かれてきた。であるなら我々が望んで得た制度ではないのか。

 たった一人の英雄が、人心を掌握するカリスマが必要なのだ。

 その事実は否定しようもない。そして臆病な羊にとって、羊飼いに導かれたほうが安心して暮らせるのも事実だ。

「ユースティティア殿下が政権を担えば、臣民は救われるのではないか……」

 オルロックは思考停止気味な考えに首を振る。一朝一夕に導かれる「答え」など存在しない、わかっていながらため息が出た。

「私は、なにを焦っているのだろう」


「我らは羊か……さて若さに似ず、妙なことを考えるものだ」

「いつもってわけでは、ありませんが」

 オルロックが主君の軍馬に追いつくと、前を向いたまま笑われる。

「残念だが猛獣に育つ羊もいる、強権なくして集団は成り立たん」

 剣の握りがくぼむほど鍛錬を重ねた日々。

 ユースティティア殿下は事実として、猛獣(ひつじ)を狩り続けてきたのだ。何者にもその歩みをうかがい知ることはできない。

「帝国が植民地を統治し経済的に従属させねば、限られた食料を奪い合うだけだ。餓死を望むものなどいないのだから」

「奪い合うのではなく、食料を作り育ててはいかがでしょう?」

「耕作している間は食わずにすむのならそうする」

「……っ」

 虚を突かれたのか、剣にもひるまなかった少年が息をのむ。 

「オルロックは裕福な貴族の生まれだろう、それは飢えたことのない者の傲慢だ。食わねば死ぬ者に、育てよと麦を渡してどうする」

 少年は己を恥じて小さく顎を引く。

 明日の花より今日の種――この時代は常に飢えに窮している、幾度も自問し自答したはずではなかったか。

「死が迫った者に明日を視る余地はない、ゆえに力ずくで今日を奪う。奪われたくなければ命がけで守れ、歴史はそうして繋がっている」

「でっですがその結果何百年も殺し合いを続けるのです。技術の発明は戦争から、進展は戦争の道具から……そうして明日には何十万人をも殺せる兵器を生み出し、血で血を洗う今日を迎える……愚かだとは思いませんか」

「愚かだな」

 意外な即答に少年のほうが驚いた。

「そのような兵器を生み出したのなら、なぜ先に使用し殺しつくさなかったのか」

 皇ならば迷わずそうすべきだ――。


 遠くに薄い影となって、人工の山が見えてくる。

 広大な耕作地に、麦が小さな緑の葉を覗かせていた。まだ修復跡も新しい市門と市壁に囲まれた中都市は、数か月間にも訪れている。

 ようやくたどり着いた宿営地に、野宿せずにすむと安堵の白い息が包む。

「ここしばらくオルロックと問答し、どうやら真理を得たようだ」

 己が陥落させた都市、そして実弟をその手にかけた地。いやおそらくそれすら、ユースティティア殿下の目には映っていない。

 オルロックは遅まきながら、その思考プロセスを理解する。

「問答など、剣の前には無力ということだ」

 鷲はすでに、新たな戦場の空を旋回しているのだ。

 それが本心かどうかはわからないが……。

「見事なご慧眼でございます」

 少年の喉についた真新しい切創がうずく。

 だけどぼくは話がしたい、それが難しい時代であれど――心の奥底に光が灯り、誰かがささやいていた。

 市壁上には軍旗がはためき、角笛(ツィンク)が鳴り響いて皇太子殿下を出迎える。

 すでに先行した因果伯が集結しているはず。低く長く息を吐いて気を引き締め、(ツバメ)はふたたび空を舞う。

 此処(ここ)ではない何処(どこ)かの戦場へ――。

「ユースティティア殿下、私にも帝国を勝利へと導く、提案しかございません!」



 ☆



 ――プールヴァ帝国の南西に位置するディスケ公爵領。

 帝都と港湾都市の交点にあり、物資の輸送などで商業が盛んな中都市である。

 しかし昨年、領主が謀反を画策し争いとなった。さらに討伐の御恩に拝領された伯爵の家系が断絶し、神に見放された地として忌避される。

 そこへ皇太子殿下が側近を遣わし、暗い影を吹き払ったのだ。

 直属の「カエルレウス騎士団」が到着したとの知らせに、大通りに集った市民は笑顔と拍手でむかえ大いに沸いた。

 人々はパンを与えてくれる者をこそ為政者と呼ぶ。


「でっでは! では『三悪党』と『仁王』が……っ独断専行したのですか!?」

 華やかな市井と異なり、領主の館のホールには暗雲が漂う。

 ダイスの上にしつらえた椅子に、ユースティティア殿下が座っていた。ひじ掛に体重をあずけ、その表情は読めない。

 横に控えるオルロックの声だけが響き、「双璧」が(ひざまず)いて頭を下げている。

「ヴィーラ王国には件のマナスルの他に、大都市が二か所あると特定したようだ。ここより南にある海港から、船に乗って回りこもうともくろんでいる」

「サーガラを『三悪党』が、ウダカを『仁王』が担当して奇襲を遂行すると……っ殿下! 抜け駆けを見抜けず、申し訳ございませぬ!!」

 指揮権の濫用、越権行為、無断離隊――どう取り繕おうとも規律違反。

 同じ直属の家臣とはいえ、「双璧」は先達として自ら責務を化している。抑制できなかった不備に、蒼白となって目を伏せ続けた。

「城壁もなく警備の手薄な埠頭から奇襲……騎士団や傭兵がいずとも、少数精鋭の因果伯なら制圧は可能……でしょうか」

 オルロックはよろめくのをどうにかこらえる。

 なぜこのような事態になったのか、これにいたった経緯を反芻した。



「――マナスルは堅牢な城郭都市です、籠城されると手を焼くでしょう」

 そこで――。

 外郭十二門会議で発せられたオルロックの提案に、場は騒然となる。

「そこでヴィーラ王国への侵攻は、来春ではなく二月を提案します」

「ばっばかな二月だと!? 冬の寒さが激しい時期に、行軍などおこなえない! ましてや攻城戦など自殺行為でしかない!」

 冬は戦争を避けるのが常識だった。

 行軍の汗は冷たく、甲冑は容赦なく体力を奪う。街道は氷が張り補給路が崩れ、荷馬車は動かず調達事態が困難となる。

 力を取り戻すパンは歯が立たず、暖を取る薪は氷柱と化した。

 長期の遠征は足をいっそう重くする。耕地を振り返る農民兵の士気は上がらず、脱走があいつぐ。

 勝利の雄すら凍てつくのだ。

 直接経験はなくともその惨状は想像に難くない、春の収穫後や農閑期となるのは当然とも言えよう。

「と――敵方も想定しているでしょう、冬は戦をしないと」

「……っ!?」

 疑問が詰問に変わる前に、オーランドゥムが代表して激しく糾弾した。

 糾弾が怒号に変わる前に、オルロックが平然と反論する。

「ですが不戦の習慣など暗黙の了解です、神に定められた配剤ではございません。ゆえに破ろうと、何者にも裁かれることはないでしょう」

「社会通念の話ではない、現実としての問題だ!」

「それに行軍が遅くなるのは双方に当てはまります。十分な派兵準備を整えられる帝国と異なり、敵方は早期の援軍に期待できないのです。それがどれほど有効か、説明の必要はないでしょう」

「敵の援軍が……来ない?」

 攻城戦は長期にわたる、敵方の補給を断ち我らは挟撃の警戒をせずにすむ――。

 戦術が頭を駆け巡り、意識が「聴く」ほうへと傾く。

 場が整ったのだ。

「まずは夜間に東のナディ川の対岸に陣を敷き、軍勢を見せつけます。正面対決と見せかけ、敵兵の意識を釘づけにするのです。

 このさい宣戦布告は省略しましょう。

 帝国の軍旗が取り囲めば、自主的に門を開け放つ可能性すらあります。戦争にもならないかもしれませんね。

 そして北西のウッティ門から、因果伯が雪崩れこむのです。

 一騎当千を誇る皆様の奔流は、何者にも止めることはかないません! 攻城戦は即日に終結を見るでしょう!」

 だが少年の提案した用兵術は、あまりにも予想外だった。

「双璧」は二の句が継げず、「四君子」は口笛を吹きかけ、「三悪党」は感心して手をたたき、「仁王」はなにが問題なのかわからない。

 十人十色のモザイクが居室に浮かび上がっていた。

「冬も悪い状況ばかりではないのです、此度(こたび)が――」

「いくら小国とはいえ、宣戦布告の使者も送らず夜間に……さらに奇襲だと!? それは騎士の振る舞いではありませんっ!!」

「そっそうですわ! 誇り高き帝国の、我らの矜持はどうなるのです!」

 コルポレが激昂して立ち上がり、フェスティーナが便乗して叫ぶ。

 因果伯は個別で行動するため、集団戦を遂行したことがない。そうですわねと、レンテにこっそりと聞いてはいたが。

 通常攻城戦は宣戦布告の交渉から始まる。

 名誉ある戦であり、非合法ではないと使者に宣言させたのだ。交渉が合意すれば城は明け渡され、決裂すれば城壁をはさんでの戦闘に移行した。

 レンテはそのとおりとうなずく。

「此度があくまで前哨戦ならば、騎士団の兵力を損なわずにすみます。兵の消耗を抑えての連戦には、最適解かと自負しております」


「それに矜持は問題ありません、宣戦布告は果たされた(・・・・・)のですから」

「なん……ですって?」

 毒気に当てられ呆然とするコルポレに、さらなる追い打ちが重なった。

「使者を送り交渉したが決裂したと、公文書に記録するのです。プールヴァ帝国の正式な国史ともなれば、それこそが事実となります」

 歴史は勝者が記す――。

「勝てばよいのです、敗者の戯言など誰も聞きません。わずかに残ったとしても、後世の歴史家が苦悩するだけでしょう」

 侵攻し、蹂躙し、征服してこそ絶対的な覇者たる帝国の根幹。かといって堂々と虚偽を勧められては承服しがたい。

 壁にオルロックの影が浮かび上がり、言い知れぬ気配を漂わせていた。

「奇襲が上等のうえに因果伯が殺到しちゃあ、死体蹴り(オーバーキル)になっちまわないかい? その分お宝もわけなくちゃならないし、しぶちんな展開だねえ」

 黙って聞いていたドルミートが教鞭を上げ鼻で笑う。

 言い分は盗賊のそれであったが、あらためて突っ込みは起こらなかった。

「元王都とはいえマナスルの領民は三千人ほどです、元々実入りは少ないですね。領民三万人の大都市もありますが、今回はお控えください」

「へえ……小国にしちゃあ、そいつァ豪気だねえ」

 コウモリマスクの瞳が揺れたのを、確認できた者はいたのだろうか。

「援軍の影も見えないうちにマナスルを陥落させ、堅牢な拠点を手に入れます! まさに一合で屠る、短期決戦にふさわしいでしょう!」

 エクスをして狂っていると評する提案。

 その日の外郭十二門会議は、得体のしれない不安と共に散会となる――。



「そういえば帝都を出立するさい、トゥバー様が何やら口にふくんでいた」

 因果伯の自由奔放さ(むちゃくちゃ)は十分見てきたはずだ。制御不能なのは理解していたのに、大人しく集結していると楽観視していた。

 にしても、こんな突拍子もない手に出るとは……。

 狙いはお宝の眠る大都市か、余計な情報まで説明していたんだ――オルロックはどうにか納得しようと、ため息を無理やり深呼吸に変える。

 どこか不十分な予感はあったのだ。

 ゆえに見落としてはいないか幾度も検証した。なのにまさか敵ではなく、身内の行動で見通しが狂うなど誰が想定するのか。

「……『四君子』の皆様は、着いて行かれなかったのですね」

 (ひざまず)く「双璧」の後方に、「四君子」が所在なげにたたずんでいた。

 自分たちは知らなかったし誘いにも乗っていない。叱責されるいわれはないと、ふてぶてしい態度をつらぬいている。

 ある意味、因果伯にふさわしい姿勢ともいえた。

「ああそいつは――…いやいや、なんでもねえよ?」

 なにか答えようとしたエクスは、二人に睨まれとぼけて返す。

「私どもは皇太子殿下の命を順守するばかりでございます」

 パルウロールムはしおらしく挨拶(カーテシー)で応じる。

「殿下には元主君がずいぶんと、世話になった(・・・・・・)ことですし……おっと失敬失敬」

 オーレをおんぶしたウェリタースは、挑発的な言葉と視線で受けた。

「四君子」の不遜な態度に、「双璧」が気配だけで警告する。殿下の前でなければお説教がはじまったのは、火を見るより明らかだった。

「ハ――ッハハハハハッ! クックックッ……ハッハッハッハッハ――ッ!」

 張りつめた空気を、豪勢な大笑いが割る。


「ククククッこっこれは傑作だ、オルロックが困惑している! 俺はまた貴様が、何やらたくらんだのかと勘ぐったぞ!」

「……殿下、人聞きの悪いことをおっしゃらないでください」

「ハッハッハッハッ褒めているのだ、胸を張ったらよかろう!」

 ユースティティア殿下が大口を開けて笑う。

 横に立つオルロックが額を押さえ、長年仕える家令の様相を見せた。

「オルロックの望みどおりではないか、因果伯こそが多種多様なタイプの羊だ! それでこそだと誇るがいい!」

「できれば彼の方たちこそ、牧草地に繋ぎ止めておきたいものです」

「双璧」が「四君子」が、エクスすら驚愕して口を開ける。

 皇太子殿下の演技とは思えない笑顔。因果伯(なかま)の軍紀違反すら取るに足らないと、ありえない光景をただ見つめていた。

 それを引きだした少年は、一人戦場の展開を推移する。

「因果伯の分散は……正直予想外だった。敵が連携を取れていない現状を利用し、全戦力を集中して各個撃破していく戦術は……もう使えない」

 ですが――。

 雇える兵士も多くなく、嵩を増すため農民を徴募した時代。豊かな国でなければ遠征すること自体が難しい。

 奇襲のためとはいえ、大規模な別働隊を編成する余裕はないのだ。

「ですがそれは、一般的な兵力の場合。因果伯による奇襲――これはある懸念を、払拭できはしないか?」

 少年は半信半疑ながら、どこかで光明も見出していた。

「フッ……そう気にするなオルロック、『カルマ』は天災のようなものだ。確かに得難き『力』なのはわかる、だがあまりにも啓ける者が少ない。場当たり的にしか活用できないのであれば、槍の柄を長くする方がマシだ」

 洪水の後に富める地があるのも事実だがな――。

 笑いの治まった殿下の瞳は、やはり虚空に向けられている。

「これまでの会話でも節々で感じていた。もしかしたらユースティティア殿下は、因果伯がお嫌いなんだろうか?」

 (L')獄は(enfer)善意や(est plein)欲望で(de bonnes)満ちて(volontes)いる(ou desirs)

 悪意は善意によって隠されている。たとえ善意でなされた行為でも、意図しない結果におちいる場合があった。

 永世中立国として百年の平和、治政の安定化がもたらした危機感の欠如。

 奴らの望みどおりにしてやろうではないか。平和を求めた王族の善意によって、ヴィーラ王国は亡国となるのだ。

「帝国の旗の下に集ってこそ、臣民は地獄から救われるのだ!」


「おおおおおおお――――~っっ!!!」

 ナディ川の対岸で、カエルレウス騎士団が怒号のごとき雄たけびをあげる。

 ヴィーラ王国に、青き鷲が舞った。

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