百七十六夜 リブート
「キャ――――ッ!」
「ちょいとどうしたんだい、突然大きな声を出して」
巨大な鳥の影が上空を横切り、仕事をしていた使用人が見上げる。
確認する間もなく風切り音を立て、男性が降ってきたのだ。
「いっ今その男が……その方が上から、墜ちて……っ!」
「妙なことをお言いでないよ、どこの窓から飛び降りたってんだい」
男性は連なる棟の間にあった、小さな広間の真ん中に伏している。窓は侵入者を防ぐ鉄格子がはまっており、渡り廊下からも遠い。
空でも飛ばないと、とても降り立てそうにはなかった。
「そっそうですよね、でも……いえごめんなさい、見間違えたようです」
「ほらあんたも大丈夫かい? 気分が悪いんなら手を貸そうか、見たとこ晩餐会の準備に呼ばれた商人のようだけど」
使用人が優しく背をさすり、チャンドラはどうにか上半身を起こした。
「えっええ申し訳ありません、どこか身を隠せ……日陰になるところへ」
「――また投石機を撃ちこまれた!? いったいどこから……誰か説明しろ!!」
「ふざけるなっ攻撃などされるものか! ここをどこだと思って――~…っ!?」
小さな広間に飛びこんできた衛兵が脚を止める。
何度か見かけた商人と、助け起こしている使用人に注視した。
「なんだ先ほど因果伯様といた商人ではないか。この辺りで騒ぎがあったはずだ、知っていることを報告しろ!」
「嘘偽りなどを申すなよ、手枷をつけ地下の牢獄に幽閉するぞ!」
衛兵はここぞとばかりに声を荒げる。
先日より因果伯が集結し、城は異様な気配に包まれていた。我知らず体が震え、家畜も落ち着きがなくうろたえている。
想像外の騒ぎに当てられ、心身ともに参っていたのだ。
「そっそれが向こうの厩舎へ、魔獣が飛んでいったのです! 襲撃かと取り乱し、因果伯様ともはぐれ……どっどうかお助け下さい!」
彼を知る者であっても騙されたに違いない。
「綺人」の影響で痺れる手足を巧妙に見せ、怯える商人を見事に演じたのだ。
「魔獣が飛んでいっただあ? 軽口を利く相手を間違えるなよ、商人ふぜいが!」
「口を慎め! 帝都が魔獣の襲撃を受けたなど、めったなことを口走るな!」
「ひっひい! もっ申し訳ございません――~」
チャンドラを取り囲んだ衛兵がさらに詰め寄った。
語気を強め追いこんだが、もろ手を上げ伏されてはさすがに詰問し難い。互いに顔を見合わせ面倒だと息を吐く。
「ちっふざけた作り話だが放ってもおけん、詰め所に連絡して応援を――」
「おっおい待て! これって申し送りされた、アレの件じゃないのか?」
「アレ? ……あっ!」
昨日皇宮に現れた「魔獣」に関しては、すでに注意勧告がされている。
言葉を濁してはいても、明らかに因果伯を差していた。ゆえに本当の魔獣より、危機感をもって対応しなければならない案件。
けっして無下には扱うな、地位以上に気を遣えと引き継ぎされていたのだ。
「いっいやしかし……いや衛兵としては、見分せねばならん……のか?」
「うっうむ正直かかわりたくは……いや喜んでお出迎えすべきだろう。おい商人、彼の方が墜ちた場所まで案内いたせ!」
「はっはい――あっ! もっ申し訳ありません、すっすぐに……っ」
チャンドラがこれ見よがしに膝を揺らし、立ち上がろうとして腰を抜かす。
手を貸して立たせるが、歩くのすらままならない様子。焦れた衛兵が苛立たしく体を揺らし、足踏みが甲冑を鳴らす。
「ああっもういいもういい厩舎だったな、急がなければ不敬になるやもしれん!」
「そうだな、商人は部屋で休んでいろ。落ちついたら因果伯様が集っておられる、居室へと連れていってやるから」
「これ以上余計な詮索をするなよ! それだけで処罰の対象だぞ!」
念を押した衛兵が隊伍を組んで駆け出す。
昨日二人の魔獣に心臓をつかまれた衛兵もいて、再び畏怖に包まれていた。
「またアレと、相対するのかよ……」
「ほらここにいろ商人、ウロウロすんな!」
「辺り一面珍しいだろうがな、手え出したら斬り落とすぞ――!」
「はっはい」
衛兵に肩を借りながら、商人は簡易的な部屋に通される。
石壁に囲まれ明かり取りの窓しかない二十畳の部屋。飾り気のなさの穴埋めか、紋章の入った盾が複数掲げられていた。
簡素な机にコップを置くと、二人の衛兵は大笑いしながら部屋を出て行く。
「ふう……まいったな、『バルチャス』になじみ過ぎた。にしてもズキンちゃんとばったり鉢合わせするとは、我ながら運がねえ」
衛兵の気配が遠ざかり、チャンドラに素顔が表れた。
「O属性でも『風舌』使いでなければ、気配の光を見るのは苦手だと聞いている。まあエルフのねーちゃんが正しければだが、今は信じておきたいもんだ」
どうにか因果伯をやり過ごし、脱出しなければならない――。
ちゃんと光を遮ってくれよと、期待をこめて石壁を軽くたたく。
「主命はキールティ公爵の精査だ、深くかかわり過ぎたな。
どうやらプールヴァ帝国の立太子殿は、かなり利己的な考えをお持ちのようだ。
弟殿がどこの国の王配に迎えられるのか気にもしていない。来春ヴィーラ王国へ侵攻すれば、どう考えても立場が危うくなるというのに。
足の引っ張り合いに泥仕合、王族も一枚岩ではないってことか。
弟殿にしても、誰もがうらやむ皇位継承の身であるはずだ。ところが小国と揶揄される国の婿に入ろうとしている。
上にいる兄が邪魔だと、公爵の高い矜持が傷つくのか。
王位継承権を持つ血統の争いか……公爵が所領を空けっ放しにしている原因は、この辺りにあるのかもしれん」
性急すぎるが放置してはおけない予感。
敵対者の「力」も把握したいが、この情報を持って帰らねばならん。万が一にも捕縛されるわけにはいかなかった。
チャンドラの意識が濃くなると、不自然に硬直した体が自由を取り戻す。
「そして何より、アユムの現状を伝えねえとな」
椅子に座り、スローイングナイフの柄部分に糸を補充する。
コップに気がつき手に取ると、ワインが注がれていた。驚きを隠せず軽く振り、苦笑してからひと口ふくんだ。
「帝国の衛兵は懐が深いねえ」
侵略者は人非人の集団でいてくれよ。
命がけの務めと腹をくくって潜入すれば、泣き笑いする普通の奴らだった。まあ中にはどうしようもねえのもいたが、それはヴィーラ王国だって例外じゃない。
酒を酌み交わせる奴らがなんで敵になんだろうな。
「ははっ……人のことを言えんのかい、今までどんだけ手を染めたと思ってんだ」
『盗賊に襲われたのも身の上話も、すべて偽りだったのですか? バルチャス! 答えなさいバルチャス――っ!!』
令嬢の叫びが心にこだまする。
薄闇の中でコップを捧げると、小さなつぶやきがもれた。
「……悪いなあ、フェスティーナ嬢」
「――くそっ! なんだあの狼どもは、なんでこんな目にっ!」
「いいから閉めろ! 早く閉めろ――っ!」
「ギャン!」
ふいに廊下で騒ぎが起こり、案内してくれた衛兵が慌てて飛びこんでくる。
即座に扉を閉めると、狼の腕が挟まれて鳴き声が上がった。衛兵は強張った顔で扉を押さえ、暴漢の侵入を阻止する。
「どっどうされたんです、なぜ狼が! まさか皇宮では放し飼いに!?」
「するかバカ、襲いかかられて逃げるしかなかった! 死にたくなきゃ手を貸せ、バリケードを作る!」
扉の前に机を並べ、長椅子を上に重ねて重しとした。
そうこうしている間にも騒ぎは大きくなる。扉越しに爪で引っ掻き体当たりし、騒ぎからいって一頭や二頭ではない。
装飾のない鉄の蝶番がゆがみ、木がたわんで木屑が舞い散った。
「まさか俺をあぶり出すため、皇宮に狼を解き放ったのか!?」
なんて無茶苦茶なんだ、無差別殺人を起こすつもりか――。
チャンドラとて惨劇に慣れているわけではない。こうなってしまうと素直に出ていったところで、狼の暴走は止めようがない。
衛兵とは別の意味で、冷たい汗が背をつたう。
「そうかっ戦獣部隊の狼だ、獣舎から逃げたんだ! 役に立たねえ訓練士どもめ、次に会ったら落とし前をつけてやる!」
「いや、それどころじゃない……」
「あっ!? これ以上何があるってんだ、いい格好してんじゃねえぞ!」
石壁に囲まれ逃げ場はなく、絶望的な状況に衛兵の混乱は収まらない。
焦りを隠せない一方が大声で罵倒する。もう一方は恐怖に奥歯を鳴らしており、扉を睨んだまま微動だにしない。
「ちくしょう三十数頭はいやがった! あの数に襲われたら骨も残んねえぞ!」
「それどころじゃないんだ、お前は見なかったのか? 群れの奥で目を光らせてる魔獣がいただろう、しっしかも甲冑を着ていやがった!」
「なっ……魔獣!?」
喉につっかえていた疑惑が声になり、滝の汗が流れる。
「みっ見間違いでは? 皇宮が魔獣の襲撃を受けたなど――」
それは衛兵のセリフではなかったか。
チャンドラは少し前に己が眺めた光景を思い出す。
『本物を見るのは初めてです、あれが魔獣なんですか? いえその旅の最中には、あまり出会いたくないですなあ』
そうだ皇宮に魔獣はいなかった、獣舎にいたのは――。
「うおっ!?」
木に斧を穿つ固い音が響き、衛兵が扉の前から飛びのく。片刃で幅広の刀身――刀剣が振るわれると、木屑を撒き散らして扉が裂けた。
甲冑を着こむ二足歩行の獣がノソリと立ち入り、ハイエナの口が牙をむく。
「いたのは亜人だっ! 狼のリーダーまで、追跡に放ちやがったのか!」
――「ノール」は社会性もった亜人である。
知性は低くとも会話がなりたち、獣を従えることもできた。何より二メートルを超える長身と恐れ知らずの性分は、兵士として得難い気質である。
扉を打ち破り現れたノールは、通常よりもさらに巨体を誇っていた。
「コノ匂イ……デス、逃ガスネエダロ……デス」
意思の虚ろさは「綺人」の影響がうかがえる。チャンドラを視界にとらえると、鼻の動きがピタリと止まった。
俺を見つけたのだ。
「なっなんだって魔獣が! このクソ、どっから現れやがった!」
「帝国に逆らうつもりか! 只人様を舐めやがって――!!」
衛兵が剣を振り上げノールに挑みかかる。
その間にも扉の隙間から狼が侵入しようとしていた。部屋は大立ち回りが可能な広さであり、多勢に無勢では勝ち目がない。
「ノールだけでも先にっ……おらあ!」
「ちょこまかとっこの! くたばれ――!」
衛兵は幅広の刀身を避けあるいは弾き、隙を見て斬りつける。
ノールは剣の有効距離を見定め、離れた距離を保ちながら戦っていた。俊敏さはハイエナゆずりか、二対一でありながら余裕すらうかがえる。
「テメエラジャマダ……デス、面倒クセエ……デス」
「くおっ!」
刀剣の一撃に衛兵の膝が揺れ、体力と気力まで奪われた。
ノールの視線は常に、衛兵の後ろついたチャンドラに向いている。隙を見つけて逃走したくとも、意図を読んで回りこまれた。
時間を稼がれついに扉が半壊する。
「殺ス……デス」
狼が部屋に雪崩れこみ、獣の殺意が部屋に充満していく。
「くっ来るぞ! 商人は椅子でもなんでも盾にして、どうにか身を守れ!」
「ボヤっとしてるんじゃねえ! そっちまで手が回らん!」
「はっはい!」
さて、どうしたものか――。
ノールと複数の狼相手に、衛兵は健闘したと言っていい。
だが数で圧倒され、壁に押しやられると剣を振るのも難しかった。甲冑のお陰で致命傷はまぬがれても、しだいに石畳が血に染まっていく。
「まずい状況だ、悪化の一途をたどってる。だがよりによって他国の衛兵の前で、正体を明かすわけにもいかん」
チャンドラの主戦場は狭い廊下や部屋の中である。
炎の糸で巣を張り巡らし行動の自由を奪う。敵を打ち倒すのではなく、弱体化に特化した「力」だった。
この場でこそ真価を発揮できるのだが、因果伯だと露見しては問題となる。
椅子を手に狼を牽制するしかなかった。
「衛兵がさっさとくたばってくれなきゃ、ジリ貧だ!」
「ちっクソが、このままじゃ全滅するっ! おい商人っどうにか突破口を開ける、お前だけでもここから逃げろ!」
「……え?」
「他の衛兵に逢えたらでいい、状況を伝えてくれ! ……生き延びろよ!」
「なっおい待て! まっ――」
チャンドラが止める間もあらば、衛兵がノールに突進する。
「おらああああっっ!!」
「うおおおお――っ!!」
衛兵の放った渾身の一撃に、ノールの刀剣が折れた。
刃先が銀の魚となって宙を泳ぐ。ノールは表面上はためらいも見せず、握りだけとなった刀剣を未練なく捨てる。
獣の爪が鉄の光沢を放ち、薄暗い部屋で鈍く輝いた。
「やっ……」
口角を上げた衛兵の首を目掛け、五本の光が尾を引いて流れる。
「――っバカが!」
チャンドラの右腕が淡き光にかき消えた。
銀のスローイングナイフが炎を引き乱反射する。石畳を弾き石壁を削り、狼の間を縫って飛び回った。
ノールの爪も振り落ろせずに絡め捕られ、衛兵の喉元で瞬いている。
「なっなんだこれ……炎の、糸?」
「どうなってる、なぜ……こんな」
突如として衛兵の前に現れた炎の巣。
疑問に顔を見合わせ、呆気にとられて振り向く。妙に礼儀正しい商人は、すでに部屋から消えていた。
狼が何者かを追い、部屋の前から遠ざかっていく。
「ガルゥゥ……オオオオオゥオゥオゥ追エ――ッデス!!」
廊下の隅では使用人が身を伏せている。
狼はけして吠えず他の者には見向きもしない。チャンドラだけを標的とさだめ、執拗につけ狙っていた。
「きっちり統率してやがる、ノールが狼を率いるってのは本当みてえだな」
城門は遠い、建物が隣接している出撃口から逃げるしかない。
壁を駆けて天井の梁を支点にスイングし、跳びかかってくる狼を蹴る。ほとんど地に降りず跳んでかわし、牙と爪の濁流から逃れていく。
狼の全力疾走は時速七十キロメートル、S属性でなければ対処は不可能。
連なる穀物庫と貯蔵庫を駆け抜け、使用人居住区の屋根にナイフを放つ。炎の糸に引かれるまま壁を駆け上り、屋上にたどりつく。
階下では跳び上れなかった狼が壁にぶつかっていた。
あと一足跳びで城壁上の歩廊にたどりつける。狭間胸壁の間から、まだ見慣れぬ帝都の街並みが見渡せた。
疾走の余韻に弾む息を吐き、商人は苦笑をもらす。
「まったくこのバカが、ガラにもねえことするから」
坊主の甘さがうつっちまったか――。
「ほうらごらンよォ! 迷路をさまよって闇雲に捜すより、文字通り鼻の利く奴に命じて追い立てさせりゃあいいのさァ!」
ドルミートがチャンドラの匂いを覚えさせた、鉄の手枷を放り捨てる。
歩廊に帝国の因果伯六名が立ち並び、今や遅しと待ち構えていた。
☆
「迷路の出口で、待つってアイデアは……っ私のだゾ!」
ルーシーはトゥバーにおんぶされ、息も絶え絶えに強がる。
盲目的に走っていたところを拾われ、三悪党の計画には乗った。しかし決定権は自分いあると譲らず、真ん中に立って指を突きつける。
「はあはあ……っ立場が逆転したな、チャンドラ――!」
使用人居住区の周りは狼がひしめき合い、下りて姿を隠すことはできない。
さらにチャンドラの後ろに影が浮かぶ。ジェヴォーダンが爪をピッケル代わりに壁を登り、いち早く追いついてきたのだ。
前方には「三悪党」と「詩聖」と「仁王」、確認するまでもなく袋の鼠だった。
「……わかりましたわドルミート嬢。今件のように魔獣を登用するしか戦獣部隊を活かせないのであれば、三悪党にお任せするしかないようですわね」
「まだ後ろ髪を引かれてたのかい、あいよォ任せてもらうさ」
お姫様抱っこされたフェスティーナがレンテのから降り、表情を隠して告げる。
ドルミートは意外なまでの頑固さに笑い、真摯に挨拶を返した。
「こいつは亜人ですよご令嬢、さすがに魔獣扱いは酷いですね」
どこにそんな余裕があるのか、商人がにこやかに弁舌をふるう。
「ときにプールヴァ帝国では、ほとんど亜人を見かけませんでしたな。兵士として徴用すらされていないのはある意味意外です。亜人は魔獣と同じ扱い……この理の違いをもって、他国と敵対する理由となっているのでしょうか」
「どちらも只人に災いをもたらす、忌むべき存在ですわ! 汚らわしいっ!」
商人の軽口を、令嬢が食い気味にたたき切る。
「トっトンちゃん気にせんとかれよ、商人を取り押さえないといかんがやし」
「ええ~べっつに~♥ ざぁ~このたわごとなんか気にしな~い♥」
閉口したのはむしろボヌスーだった。
令嬢の返答にトゥバーの意識が陰を背負い、面倒になりそうだと取り持つ。
「いえ……いえそんなことは、どうでもいいのです! 私は汚名を返上しなければならないのですから!」
炎をロープに見立てる『炎生』使い。啓く「力」によどみは感じられなかった、よほど慣れているのだろう。
彼を襲った盗賊にどこか違和感はなかったか。
むせかえる血の匂いに消され、焦げた跡を見逃してはいなかったか。そうでなくともS属性なら、二十数人程度物の数ではない。
手間をかけ因果伯に救助させ、まんまと陛下のお膝下へ忍び寄らせてしまった。
「私はこの命を賭し、伏してお詫びしなければなりません。ですが貴方だけは――チャンドラだけは、許しておけませんわ!!」
フェスティーナの口元に、見慣れない文様が浮かび淡く発光する。レンテの覇気が上がり、甲冑が歓喜の歌を鳴らす。
「そうは問屋が卸さないンだよお! 今こそ皇太子殿下に名を売るチャンスさァ、きばってイクよ――っ!」
ドルミートが一歩引きボヌスーとトゥバーが身構え、操られたジェヴォーダンが無造作に間を詰めていく。
「異郷の地で闇に葬られるがいいゾ、チャンドラ――っ!!」
狂気をひらめかせ、ルーシーが嗤う。
古城に、昼なお眩しい閃光と爆音が轟いた。
「なっ……レっレンテ、あれはなに!?」
「……ィーナ! コッチヘ!」
「なンだか、嫌な予感がする光だねえ」
「あの異様な光は、見覚えあるが」
「さきにイっちゃいそう~♥」
スタングレネード――その名称を知る者は、この時代にはいない。
距離があり衝撃は受けずとも、建物を影に染める見たこともない光と音。あれは先ほどまでいた獣舎の方向ではないのか。
ではオルロックが使用したのか。
因果伯の意識が引きつけられる――その一瞬を、チャンドラは見逃さなかった。
一切を無視して風切り音もたてずに跳躍したのだ。意識を逃走の一点に集約し、六名の頭上を飛び越えていく。
「二度までも、無様な姿をさらすと思うなよ!」
そして真なる神の名を知る、ルーシーの意識も奪われてはいなかった。
弧を描いて跳ぶチャンドラに向け、巾着袋から取り出していた安全に息をするの照準を合わせる。
旅で使い慣れたトリガーを引き、噴出したガスは狙い違わず商人に命中した。
「っ……うぐ!?」
体を包んだ未知の衝撃に、叫ばなかったのは称賛に値する。
チャンドラはあふれる涙に視界を奪われ、喉の刺激に息を吸うのも困難となり、突き刺す肌の痛みに体を丸めた。
感覚だけで銀のスローイングナイフを投げ、街の建物に打ちこむ。
伸びた糸に炎が走り、商人の体が引っ張られていく。
「ここまできて逃がすか! 『綺じ――…』へぇあ!?」
「逃がさないぞ~♥ あっ手がすべっちゃった~♥」
トゥバーがおんぶしていたルーシーを、フェスティーナに放り投げた。
「……ィーナ!」
「ぶぎゃ!」
レンテが宙を飛ぶルーシーをスパイクで弾く。
誰にとっての幸運か、娘は放物線を描いて商人へと肉薄していく。
『っ――蜘蛛の巣』!
チャンドラは空を切り裂く音で、何かが接近するのを察した。
のどの痛みを耐え、左手で黒のスローイングナイフを投擲する。迫りくる何かがぶつかるより早く、チャンドラの背後に炎の巣が張り巡った。
「ぎゃあ――っ!!」
ルーシーがまともに突っこみ、マントが斬り裂かれ燃えあがる。
「ボヌスー! や――っておしまい!」
「了解――『黒い絨毯』!」
ドルミートの発破に、ボヌスーの背に赤黒い六本の触手が生えた。
ぞれぞれが独自に動き、関節まで連想させる細長い炎の槍。チャンドラに目標をさだめると一斉に発射される。
何かすら退けた炎の巣を、炎の槍はすり抜けて着弾した。
「っ……が!」
「炎は……鉄よりも、壊れんが……」
ボヌスーがボヤくようにつぶやく。
チャンドラの背中に、六つの赤黒い穴が穿たれる。それでも「力」は解除せず、炎の糸に吊られ街の中へと墜ちていった。
『ジェヴォーダン、狼を率いて奴を捜し出しな! もはや生死は問わン!』
「了解……デス、ガウウゥ――オオオオオゥオゥオゥ!!」
「兄さんずいぶんと酔っちまって、愚者の祭りにゃ気が早いぞ――!」
商人が脚を引いて歩き、からかう声がかかる。
放っといてくれと手を振り、どうにか路地に転がりこんだ。幸いと言えるのか、焼き突かれた傷口から目立つ血は噴き出ていない。
催涙スプレーで目は見えず、遠く市井の喧騒だけがこだましていた。
「これ……まで、か」
すでに体の感覚はなく、「カルマ」を啓くだけの精神維持が困難なのだ。S属性であろうと「力」が使えなければ、身体的には常人と何ひとつ変わらない。
チャンドラの体を、死が徐々に蝕んでいく。
「――おい、おい大丈夫か!?」
商人の様子に気がついたのか、若い声の男性が路地に入ってきた。
「っなんだこの傷は!? 槍じゃねえどんな武器で……いっいやとにかく治療を、待ってろすぐに助けてやるからな!」
救われたと感じるより、商人には困惑が勝っている。
「俺に手を貸せば、この青年にあらぬ疑いがかかるのではないか?」
すでに追手がかかっているだろう。
入り組んだ都市部も皇宮と同じ、狼は俺の場所をすぐに嗅ぎつける。巻き添えをくった衛兵の、逃げろと叫んだ衛兵の姿がよみがえった。
「ちょっと、酔っぱらっちまっただけだ……ほっといてくんな」
「おっおい動くな、いいから寝とけ!」
「っさわんじゃねえよ、ほっとけってんだ! どっかいけようぜえ!!」
俺の匂いがうつる前に離れてくれ――。
どれだけこの手で人を殺めてきたのか、最後に善人ぶって人助けのつもりか。
己に向けた冷笑に霞がかかり、意識が暗闇に沈んでいく。
「なんだ目が見えてないのか、じゃあこのほうが早いか――あっ! ヴィーラ殿下のローブをまくった変態坊主っ!」
「……え?」
大声で叫ぶと、ペールは面白そうにニヤリと笑う。
十七人目の――。
古城に異音が轟き、巨大な氷の影が視界を遮って立ち上がった。
「お~いイきてる~? かわいそ~♥ 」
トゥバーが城壁上の歩廊から声をかける。ルーシーは空堀で大泣きし、半狂乱でわめき続けた。
「なっなんで毎回毎回酷い目にあうんだ! わっ私がなにか悪いことをしたか? こんなにも真面目に生きてるのにぃ――~っ!!」




