百七十五夜 群狼
「チャンド……あら、彼がペールですわ」
「フェスティーナは黙ってろ!」
頬をふくらませるフェスティーナを見もせず、ルーシーは臨戦態勢に入る。
レンテには緊張が伝わったのか、言い返そうとする令嬢を巨漢の影に隠した。
「場所も時間もどうでもいい、ここでケリをつける! また逃げようってんなら、こいつに墓穴を掘らせるぞ!」
切迫した空気を読まず、エクスは抱えた荷物を放り落とす。
チャンドラは木製ではなく、鉄の手枷で拘束されている。蝶番も南京錠もなく、上下に分離する部分も見当たらない。
一体成型で妙な光沢を放つ鉄に、居合わせた者は察していた。
「エクスも黙れ! いいからそのまま押さえてろ、そいつを絶対に逃がすな!」
「うへェ……さすがは積日にわたり、帝国に仕えておられる方ですねえ――そんなこたあてめえの従者に言え、こっちゃあ商人の一人や二人どうだっていいんだ!」
「ちっ違うそうじゃない! そいつは……っええいクソ、とにかく押さえてろ!」
チャンドラが膝を立て起き上がる。それを見たルーシーの異常なまでの焦りは、誰にも理解できない。
理解できないまま、因果伯としての危機感が行動を選択させた。
「どういうこったい、ペールじゃないのは確かだけどねえ」
「ウケる~♥ あの顔はサッカーできそうにな~い♥」
「彼はバルチャスやが。だけどルーシーの様子から、どうも裏があるようやけど」
ふうンなァるほどねえ――。
ドルミートがドクロつきの教鞭で指すと、ボヌスーとトゥバーが左に回りこむ。
正面には「詩聖」、右には「仁王」が控え半包囲を敷く形となった。エクスには敵対した行動に見え、獣の気配が濃くなっていく。
「おうっモテる男はツライねえ! 『詩聖』に『仁王』に『三悪党』までいらあ、こいつァは引く手あまただ……まとめて相手んなるぞっ!!」
狼の咆哮に空気が震え、誰もが強制的に引きつけられる。
因果伯の意識がエクスに向く――その一瞬を、チャンドラは見逃さなかった。
「――っ!」
淡き光が瞬き両腕がかき消える。
金属が断裂音を奏でて引きちぎられ、鉄の手枷が吹き飛んだ。それは腕だけの、一点集中型の肉体強化。
すかさずブーツからナイフを取り出し、獣舎の屋根に打ちこむ。
いつから啓いていたのか、張られた糸が燃えて赤き線を引いた。引かれる勢いのまま屋根まで飛び上ると、即座に隣の棟にナイフを放ちスイングする。
騎士なら批判されただろう、チャンドラはなりふり構わず逃げたのだ。
「ちっなんだあの野郎、啓いてやがったのか」
「なっ……逃がすなオルロック、チャンドラを捕らえよ! 場合によっては帝都を半壊させてもかまわんっ!!」
「かまうでしょう」
「ようロックちゃん、本来の『力』ってのを見せてくれよ」
停止の意識を刷りこませる間もなく逃走され、ルーシーは遠ざかる影を指差す。
オルロックがきびすを返そうとする前に、狼が立ち塞がった。
「エクス様、今は――」
「てめえらの都合なんか知ったことか――『邪土』!」
エクスが前腕をクロスさせ、「力」ある言葉を放つ。両拳の前に三〇センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。
右腕のブレスレットに埋めこまれた、白い鉱石が呼応し脈打った。
「おお――――らあっっ!!!」
術を開放しないまま、獣の素早さで襲いかかってくる。
少年は予想していたのか黒い警棒を抜き、鉄が相撃つ衝撃が響く。突きこまれた右の拳は直前で防いだ。
だが文様に触れた少年の右腕に、妙な光沢を放つ鉄がわき出した。
「えっ……!?」
「てめえは逃がさねえってんだろ!」
驚いて警棒を手放し飛びのくが、二の腕まで装甲が張りついていく。
関節はなく動かせない一体成型のガントレット。鉄の重りでバランスが取れず、たたらを踏んで耐える。
爪を立て引っ張り、隙間に指をこじ入れてもビクともしない。
「こんな『力』の使い方が……っ確かにこれなら、観られてもかまいませんね」
S属性の肉体強化でも使わないと、とても剥せる強度ではなかった。
自身にではなく敵に拘束具をまとわせる。触れられたら終わり、対策しようにもすべての攻撃を避けきるなど不可能。
エクスが目と鼻の先で、狼の笑顔を浮かべた。
「甲冑の彫刻にして、ホールに飾ってやるぜ……っ!」
「差し迫った場でなければそれも乙なんでしょうが……勝負の件に関しては本当に申し訳なく、もはや弁解の余地もありませんね」
自分で蒔いた種とはいえ、荒れすぎました――。
「ちっ……あのバカ狼め! こんな時になにをじゃれてやがるんだっ『綺人』――ダメだ遠すぎる! 声が届かないっ!!」
福音を宣べてる間もなく、ルーシーは舌打ちを隠せなかった。
「ドルミートもフェスティーナもペールと間違えたくらいだ。チャンドラのことを知らなくては、「力」の効果は薄い!」
O属性が三人もいて逃がすなど、なんて無様なんだ。
いやそれより、どれだけの情報が洩れた!? 遠征の時期を把握され防御を固められては、短期決戦など実現できない!
遠征が失敗する、選択を間違える――。
「誰か止めろっ止めてくれ! あいつは……っチャンドラは――…」
『止まりなさい……っバルチャス!』
フェスティーナが見慣れない文様に向かって叫ぶ。
盗賊に襲われ唯一生き残った商人、貴族にはわからない平民の生い立ち、小国の経路を導き地図を製作し、新たな斥候部隊の立案――。
知れば知るほど、バルチャスを信じていたのだ。
チャンドラの体が不自然に硬直し、入り組んだ建物の陰に墜ちていった。
「盗賊に襲われたのも身の上話も、すべて偽りだったのですか? バルチャス! 答えなさいバルチャス――っ!!」
「……ィーナ」
フェスティーナは表情を見られたくないのか、足元を凝視して叫び続ける。
心情を察したレンテが声をつまらせた。
「効いた!? よっよし捕らえるぞフェスティーナ! 何があったのか知らんが、奴はヴィーラ王国の因果伯だ!」
ルーシーは指示をすると後ろも見ずに駆けだす。
窮地に立っているのは、「盗賊」風の男か「密偵」風の女か。かつてとは立場が入れ替わっていても、張り詰めた危機に違いはない。
「西征先の……っそれは確かですの!? なっならば商人としての立場も、小国の経路もすべてが虚言だったのですか!?」
「落ちつけ、こうしているうちにもチャンドラと距離が空く! 今は取り押さえることだけに集中しろ、わかったな! オルロックっ気配の光で奴を捜せっ!!」
「……っ」
フェスティーナが歯を食いしばって脚を動かす。
わだかまりが消えぬ令嬢の背を、レンテが守りながら追従していく。
「申し訳ありませんがどうぞお先に、すぐに追い駆けます」
従者の拒否に主人は横目で睨み、状況を察すると歯ぎしりが強くなる。
「このクソっ……どいつもこいつも! さっさとケリをつけてこい!」
「ズキンの姉御、貴族令嬢がそのような言葉使いをしてはなりません」
「やかましい! ――っ『風舌』!」
ルーシーの前方に三〇センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。
相棒のズキンガラスに、八つ当たりぎみの指令が飛んだ。
『おい聴こえるな緊急事態だ! ジジイに状況を……ええいっどうにか伝えろ! こちらへ向かうよう誘導しろ、なんとかしろ――っ!!』
「ヵアア――~!?」
皇宮の一角で、困惑したズキンガラスの鳴き声がこだました。
「ちょいと訓練士たち、顔をお貸しよォ」
「へっ? あっ……あっはい!」
「詩聖」と「仁王」が駆け去り、なんの騒ぎかと訓練士たちが覗いている。
ドルミードは馬場に散らばった鉄の手枷を拾う。つまんで見ていたかと思うと、訓練士に声をかけ獣舎へと向かった。
「ドルミード様、何をするがけ?」
「バルチャスでもチャンドラでもいいけど、確かに何か裏がありそうだ。それでもこンな迷路であっちだこっちだと、アタシャ捜し回る気にはならないねえ」
後ろをついてきたボヌスーに、コウモリマスクがニヤリと笑う。
恩は売れるときに売っとくもンさ――。
「ドルミート様がんば~♥」
「アンタも来るンだよォトゥバ――っ!!」
☆
「――すぐに追い駆けるか、オレも舐められたもんだ」
「そんなつもりはございません」
エクスが黒い警棒を拾い、鼻を近づけ品定めをしていた。
カーボンスチールにアルミ合金、グリップは合成皮革を使用している。この時代では絶対にお目にかかれない素材。
予備は召喚しておらず、オルロックは軽くなった腰に心細さを感じた。
「誰を相手にしてるかわかってんのか、笑わせてくれるなオイ。せいぜい努力してオレを喜ばせてくれや」
「……本当に、困った方ですねえ」
狼が警棒を放ってよこし、少年は左手で受け取る。
雷の剣の脅威は一度見せていた。その威力を身に受けてはいなくとも、未知の武器に恐れ以上の興味を抱いているのだ。
存分に使い抵抗してみせろと。
けして手かげんできる相手ではない。全勢力をもってどうにか退けるべきだと、汗でにじむ手に警棒を握りこむ。
「次はどこを彫刻してほしい? 左腕か脚か……威勢のいい鳴き声を奏でる頭は、最後にとっておくか? 選ばせてやるよロックちゃん!」
「私としては『逃げるに如かず』を、選びたいんですけどね」
二足歩行の狼が前傾姿勢のまま弾けた。
左拳に浮かぶ文様が淡く発光し、テールランプとなって尾を引く。触れるだけで危険な「力」が襲いかかり、意識が凝縮していく。
少年は警棒のスイッチを入れて振り払う。
しかし閃光よりも早く横っ跳びで避けられ、返す刀で蹴りが飛ぶ。半身になって受けると重い打撃音が響いた。
右腕は一体成型のガントレットで半固定されている。
重いだけの飾りが皮肉にも鉄の盾になってくれた。体ごと吹き飛ばす衝撃を踏ん張って耐え、再びスタンガンを構える。
連続して光が弾け、空中放電が間近で破裂した。
警戒心がマヒしているのか、うろたえない狼が口惜しい。残念だが放電の威嚇はもう通じない。
「逃げるがっ勝ち、とも! 言います、よっ!」
瞬きする間もない攻防に、軽口すら途切れがちになる。
「示威に使えないのでは、雷の剣は単なる警棒と化してしまう」
一瞬の接触では効果が薄いのだ。他に何かないかとマントの中で装備を手探り、安全に息をするを手繰り寄せた。
だけどこの速さで跳び回る相手には使用できない。
足取りによってはガスが流れ、自分の首を絞める。ボーラも同じく、避けられてしまう可能性が高い。
「ならば効果が期待できるのは、真なる神の名か!」
とはいえ仕切りのない外部では花火の威力。
せめて目の前で起爆させたいけど、投擲してもかわされるに違いない。馬場には狭い通路などなく、素直に止まってくれるはずもない。
「個人を相手にこうまでしないと、無力化できないなんて……っ」
「てめえ一人にこうまでしななきゃ、ケリをつけれねえとはなあ」
エクスが似たような感想を落とす。
ところが右から聞こえていた声が、ふいに左から聞こえだした。少年が幻聴かと耳をすますと、違和感が大きくこだまとなる。
「コスイ盗賊をぶち殺すのも、膂力を誇示する騎士を薙ぎ倒すのも楽しかったが、あいつらはしょせん俗人だ。
かなわないと見るや捨て鉢になるか、なりふり構わず命乞いしやがる。
だがどんだけ叩きのめされようとも、目の光が消えねえ獣がいる。あきらめずに立ち向かってくる奴がいる。
何匹も魔獣を掃討してきた、オレだからわかる! ロックちゃんは強え!!
……嬲り甲斐があるぜェ!」
「お褒めにあずかりと、感謝すべきでしょうか」
人間大の狼が手強い獲物を前に、双眸を燃え上がらせた。影が残像すら起こし、群れとなって襲いかかる。
常人の目では捕捉が困難な速度。
変なモノ越しに気配の光をとらえ、かろうじて対応はできた。だがこのままでは体力が続かない、右腕が重く息が上がる。
ましてやさらに装甲を張りつけられては手詰まり。
「因果伯の地位は、伊達ではないってことか――ふっ!」
肺から息を吐き切り、尾を引く光りの先を予測する。
背後に感じた気配に体を反転させ、鉄の盾で受け止めた。狼の左拳に輝いていた文様に触れ、妙な光沢を放つ鉄が張りついていく。
二度の開放に、右腕が名状しがたい形に膨れ上がる。
「ちっ!」
左腕を狙っていた狼が苛立たしさに一瞬硬直した。
少年は重さの増した右腕に振り回され、バランスを崩してよろける。目算だけでスタンガンを突きこんだ。
「があっ!? ぐぅおっ……おおおおっっ!!」
エクスの腹部にスタンガンが接触していた。
頭部が肩が弾けて小刻みに震えている。モーターが低いうなりをあげ、数千匹の羽虫がけたたましく飛びかう。
甲冑など身につけてはいない、生身に未知の攻撃をくらったのだ。
痛みを越えた衝撃が、文字通り気を失う衝撃が襲っているはず。にもかかわらず狼は笑みすら浮かべ、打突部分を握りしめた。
「エっエクス……様?」
「っ……二っ匹のウサギを、一度におっ追いかけるべきでは、ない――ってな」
むしろオルロックがたじろぎ、スイッチを切ることもできず見入ってしまう。
狼の頬をつたった汗が放電パネルに触れて蒸発する。
「ロっロックちゃん狩りを、したこたァあるかい。夢中になって気がついたら……闇に包まれ、かっ狩られる番になった恐怖は?」
警棒を捻り上げられ、少年は無理やり跳び下がって距離をとった。
攻撃を受けたのはどっちだったのか。少年は荒くなった息を隠せず眉根を寄せ、狼はスタンガンを握った左手を振る。
痺れは残るが無事を確認すると、たいしたことはねえと口角を上げた。
「そうよ『カルマ』を啓いたモンは、誰でも万能感に酔っちまう。
大層な勘違いしちまうんだ、この世に己より強え奴はいないってな。黒い警棒は確かにすげえ『力』だが――。
「獲物をえりごのみできるわけねえだろ! そういうのを舐めてるってんだっ!」
二兎を追う者は一兎をも得ず――欲張って二つのことを成そうとすれば、結局はどちらも成功しない。
察せられていたのかと、オルロックは真摯に謝罪する。
「……そうですね、見苦しい姿をお見せしました」
『皇宮に連れて来られたのは、ペール殿ではなかったか?
因果伯の皆様はなぜかバルチャスと呼んでいた。ズキンの姉御は目を見開いて、チャンドラと叫んでいる。
言葉少なだが確執がうかがえた、いったい何が起きているのか』
少年の意識は、たびたび後方へ向けられていたのだ。
手かげんできない相手だとわかっていながらの醜態。結果として状況は悪化し、反省するには十分な痛手を受ける。
右腕は支えなければ動けない重りと化してしまった。
「くっくっ……まったく、どうかしてやがる」
「はい?」
「外郭十二門会議で見たとき、潰しておかなきゃいけねえと背がざわついた。
なのにロックちゃんを片づけ、『双璧』が出っ張る前に残りの因果伯ともケリをつけようなんて、えりごのみしていたんだ。
嬲るだあ? 虫のいい話をしてんじゃねえぞ!
オレはいつの間にか因果伯の地位に、あぐらをかいてたんだ。舐めて悪かった、こっからあ潰しあいだ!」
心残りにならんよう徹底的にな――。
どこまでも自分中心で自由な狼の謝罪に、少年はあっけにとられる。
「ではお互い様と言うことで、窮鼠猫を……窮兎狼を、噛ませてもらいます」
「ほざきやがれ!」
「いえいえ、お手柔らか――にっ!」
言葉尻に合わせ、少年が黒い警棒を投げつけた。
狼は大袈裟なほど跳び離れ何事かと目で追ってしう。放電の痺れが記憶に残り、過剰な危機感をもっている。
警棒は数度転がり、パタリと倒れた。
「……はあ!?」
「ですが主命なんです、さっさと勝負をつけなくっては」
予想通りにかわされ、少年はマントから円筒形の筒を取り出していた。
歯でピンを抜くと自分の足元に転がす。意味の分からない狼が声を発する前に、筒から煙が噴き出し周囲をおおいだす。
「発煙弾」である。
二重の城壁に遮られ無風状態で、黒煙はまたたく間に視界を遮っていく。
立て続けになされた理解のともなわない行動。眉間にシワを寄せた狼の視線に、獣舎へ駆けていく少年の背が映った。
「雷の次は煙か、そんで狼を開放し混乱させるか? ロックちゃんのやることに、もう驚きゃしねえよ!」
狼が煙を割って突き進む。
スタンガンの影響はないのか、その姿は速くとらえきれない。しかし今度は煙で舗装されており、巻き上がる黒煙が場所を知らせてくれる。
少年は再び筒を取り出し、襲いくる狼との接点に弾く。
古城に、昼なお眩しい閃光と爆音が轟いた。
「――っっ!!?」
エクスの足元で、煙に隠れたスタングレネードが起爆する。
一〇〇万カンデラの強烈な閃光、一八〇デシベルの爆発音をもろに受けた狼は、それでも倒れることなく仁王立ちしていた。
弾かれた黒煙がふくれて広がり、薄く世界を包んでいく。
狼は反射的に防御姿勢を取らず意識も失っていない。目は見えず耳も聞こえず、感覚を失った体だけが座すのを拒んでいる。
耳栓をつけたオルロックすら、衝撃に耐えなければならない至近距離だった。
だが終息に息を吐いた少年は我が目を疑う。
「おっお……おおおおおっ『邪土ォォォ』っっ!!」
右腕のブレスレットに埋めこまれた、白い鉱石が呼応し脈打った。
狼の右拳に再び文様が啓いたのだ。淡い光が爪となり雄たけびは鋭い牙となり、肉食獣の衝動に突き動かされ襲いかかってくる。
「まったく……この方はっ」
圧倒された少年は、むしろ笑いが込み上げた。
この方はまるで――。
「野生の獣……いえ、魔獣ですねっエクス様!」
振りかぶられた狼の右拳が頬をかすめる。
妙な光沢を放つ鉄がわき出し少年の頭を包み隠す。フルフェイスのヘルメットが張りつき、視界を完全に遮った。
バイザーに覗き穴がなく、暗闇の中で少年は天を見上げる。
「どうだロックちゃん、動けねえだろっ! ……なに!?」
狼は発動の手ごたえを感じたが、右腕を何かに挟まれ戸惑う。
少年は獣舎の石壁を背にしていたのだ。殴り飛ばした石壁に風穴を開け、落ちる瓦礫に挟まれていた。
普段ならどうということはなくても、目は見えず全身の感覚も鈍っている。
「四君子には『偸金』を使える方がいるのですね。たいへん申しわけありません、また生成してもらってください」
伸び上がった少年がブレスレットに頭突きをくらわせた。
石壁とヘルメットに挟まれ、白い鉱石が砕け散る。言い知れぬ気配を発していた鉱石が瞬き、宙に霧散していった。
「っ……ざけんな!」
狼が見えぬまま右腕を振り回し、瓦礫が散弾となって飛び散る。
少年はすでに離れており、取り出したボーラを頭上で回転させた。ヘルメットの中で気配の光をとらえ狙いをさだめる。
聞き慣れぬ草笛の音が狼をとらえた。
「これが日中の、私本来の『力』です」
「無敵に思えるS属性ですけど、数度の返還を可能にさせる鉱石は、唯一と言っていい弱点でしょうか」
「こん……のおっ」
エクスはザイロンで何重にも巻かれている。
細い紐にしか感じないのに強靭で千切れない。見えぬ目が恐怖を増幅させても、けっして膝だけは折らなかった。
逆にオルロックは膝を折り、黒煙に包まれた足元を探っている。
「そういえば帝国では、鉱石を使う方を見ませんでした。発生させた鉄を繰り返し変転させる、再利用するように『力』を調整していましたね」
コンコルディア翁はマントに鉄を仕込んでいる。トンちゃ……トゥバー様は砲とプレートアーマーを含め、4種に変転させていた。
「偸金」の使い手が少ないのは頷ける。
得難き「力」――S属性が啓いたなら、攻撃か防御に特化するのは当然だろう。
「プールヴァ帝国では、変転が当然となっているのでしょうか。ヴィーラ王国とはまた違った『力』の使い方で、発展していったのは面白いですね」
……なぜ私は、他国がそうではないと知っているんだ?
ふいにわいた疑問に頭を振ると、石とは違う手応えを感じて警棒を拾いあげた。
「よかった壊れてない……ではエクス様、私はこれで」
狼に接近を許せば詰み、動きを止めるにはどうすべきか。
まず発煙弾で位置を把握し、煙に隠してスタングレネードを起爆する。ボーラで拘束して自由を奪い、念のためブレスレットを砕く。
スタングレネードをモロにくらって、まだ動けたのは想定外だった。
『相手が何をしたいのか、調べ推測し裏をかく。先読みや心理戦が――ムの持ち味なんじゃねえの? 体を張るのは俺らにまかせときな』
湯気の中で誰かが笑う。
「さてとズキンの姉御はどちらに……目を凝らしても見えるわけないか、手探りで追うしかないな。せめて頭部だけでも解除を願うのは、侮辱になるかなあ」
幸い城にいる兵士と使用人の光で、どうにか建物の形状はわかる。
動かせない右腕を抱え駆け出した矢先。太いゴムチューブの千切れた音が轟き、狼を縛っていたザイロンが微塵に弾け飛ぶ。
少年の背後に鉱石以上の、言い知れぬ気配がふくれ上がった。
「ガァガァガァ――! ガァガァ――!」
「おっお主は儂を監視しておったのじゃろう? 今までつかず離れずおったのに、いったいどうしたというんじゃね」
皇宮の一角で奇妙な騒ぎが起き、渦中のコンコルディアは面食らっていた。
ズキンガラスが渡り廊下のヘリにつかまり、強く警戒を叫んでいる。注目を浴び慣れない老人は汗を落とす。
カラスと対話を試みる姿に、使用人が遠巻きに眉をひそめていた。
「ア"ァア"ァア"ァァ……」
「しかしまいったのう、ルーシーの身に何かあったのじゃろうか。のうお主の……名くらいつけてやってもよかろうに、お主の主人のもとへ連れてってくれんか」
「ヵアア!? ァアア――~!」
どうにか伝わったと、ズキンガラスは胸をなでおろす。
「いかがした、コンコルディア翁」
使用人の垣根が割れ、現れた青年が老人に声をかけた。




