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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第五章 プールヴァ帝国
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百七十四夜 バルチャス

「魔獣部隊を組織すれば、それだけ陛下の兵を損なわずにすみます。崇高な理念の下に命をかけたのです、そうも責められては彼らも神の国で嘆いているでしょう」

 シト卿、メンス卿、サーナ卿……かつて仲間だった三名。

 コルポレが両手を広げ、憂いをこめたまなざしを天に向けた。獣舎の前に天使の梯子(ハシゴ)が降り、スポットライトに照らす。

「天に召されたかはわかんないけどね~♥」

「むしろ帝国の部隊を商人に評価されるほうが、いささか鼻につきますね」

 遠くで混ぜっ返したトゥバーを聞き流(スルー)し、秘書は疑惑の視線を向ける。

 訓練士は矛先が向かないよう、コッソリと獣舎に消えていった。

「こっこれは申し訳ありま――…」

「私が呼んだのですわ、不手際でしたら私が責を負います!」

 コルポレはバルチャスに不信感を持っている――フェスティーナは肩を持つ必要もないのに、一歩前に出て盾となる。

 気にしないでと、商人に笑いかけた。

「啓いている商人の代表として、実績を上げる必要があるのです。まずは最前線で絶対的な危機におちいり、九死に一生を得てもらわないといけないのですから」

「えっ? えっあの最前……九死、に?」

「……ィーナ!」

「それでこそ『カルマ』を啓けるのですわ! がんばって死にかけましょうね!」

「はっ……はあ」

 啓かなかったらどうなるんだろう――。

 満面の笑みで発破をかけられ、うっかり頷いた商人の頬に汗がつたう。

「因果伯とはかくあるべしか、フェスティーナ嬢も例外ではありませんでしたね。権謀術数を図ろうとも、軽々と虚をつかれてしまう」

 彼も身のほどをわきまえ、放逐されたほうが無難だったでしょうに――。

 秘書の口元が緩み、必死に笑いをこらえていた。

 張りつめた空気が吹き飛ぶ。令嬢が地獄の励ましをくり返し、レンテがどうにか抑えようとしている。

「商人をして密偵に見立てる――『斥候部隊』の隊長に、期待していますわ!」


「――密偵?」

 それは自分も内心で叫んだ妄想。

 ふいに始まった喜劇に、コルポレの思考が導かれた。

 だがあるいは――。

「そうか私は、バルチャス君に密偵であって(・・・・・・)ほしかった(・・・・・)のか」

「仁王」に助けられた商人と、「詩聖」の従者を名乗る少年。モルディブの樹海にあったとされる黒い大理石に、因果伯二人でも太刀打ちできない真の魔獣。

 西方にある小国、まだ見ぬヴィーラ王国が燃えていた。

 前哨戦と称して誰も眼中にしていない戦のはず。この不測の事態は偶然なのか、すでに必然と呼ぶべきではないのか。

『帝国を勝利へと導く、提案がございます』

 そうしなければ敗北を喫っすと、彼の少年は懸念していたのではないのか。

「事実密偵ならば捕縛し、投獄すればいい。獅子身中の虫だけでもケリがつけば、内憂外患に憂うこともなく遠征に尽力できる……と」

 そうであってほしかったのだ――。

 我がことながら短絡すぎて、はからずも自嘲の笑みを浮かべる。

「コルポレ……卿?」

 秘書が口を押さえ止まってしまい、フェスティーナが首を傾げていた。

「いえ……そうだバルチャス君、遠征に向け貨物輸送用の荷馬車を新調しました。『通い箱』の件もありますし、ぜひ商人の意見を聴かせてください」

 自己嫌悪から回復すると、新鮮な空気を吸い胸を張る。

 テキパキと指示し、鋭い眼光と薄い唇が冷酷な秘書の雰囲気を取り戻していた。

「は……はっ! ええ私でよければ喜んで」

「感謝します。軍議が始まるまであまり時間はないが、段取りをつめておきたい。オーランドゥム卿も待っています、いっしょに来てくださいますか」

 十三番目の因果伯候補として――。

 令嬢はとっさに止めようと手を伸ばし、微かにほほえむ秘書と目が合う。

 それだけで理解できた、商人への疑念は解消されたのだ。


「ええ私どもも、すぐに向かいますわ!」

 フェスティーナが二人を見送り安堵に包まれる。

 当然のように背後を守っていたレンテに視線を移し、温かな光が舞う。

「なにやらケリがついたようだけど、こっちはどうするンだい?」

「うっ……」

 場の空気も読まず、正気に戻ったドルミートが令嬢の背に声をかけた。

「仁王」の精神は再び戦いの場に戻ったが、いささか戦況は苦しい。己の「力」の足りなさ、そして魔獣への嫌悪感。

 必要だと頭では理解できても、抵抗感が勝ってしまう。

「フフッ落ち着きなよォ『仁王』さン。狼への信頼度、サッカーのチームプレイに魔獣への耐性。アタシとしちゃあもう勝負はついてるって、気がするけどねえ」

 令嬢と巨漢が心で身構えたのを察し、コウモリマスクが手を挙げる。

 ドクロつきの教鞭を軽く振り、簡単に間合いに入っていく。

「だが同じ『王の属性』と謡われる者として、因果伯として引けないってのも……これまたわかるってもンさァ」

 そこで――。

 コウモリマスクがニヤリと笑い、後ろにいた長身の影を前に出す。

「そこで――ちょいと耳をお貸よォ、ウチのがイイ落としどころを見つけたンだ。アタシもタダで譲られるってのは嫌だしねえ」

「お互いにこのダラな騒ぎを、止めるべきやて思うがいちゃ」

 ボヌスーが絵画的な地図を出し、全員の前に広げて見せた。

 それはヴィーラ王国の都市を記した地図。令嬢が持参した経路を目に焼きつけ、自前の地図に書き足したのだ。

 ペストマスクの計画を聞き、「三悪党」と「仁王」の瞳が輝きだす。



「――どこだここはっ!」

 聞き覚えのある声が大騒ぎしながら向かってくる。

 獣舎の前で肩を寄せ合っていた「三悪党」と「仁王」は、思わず視線を向けた。

「やっと菜園から抜け出せたってのに、なんで厩舎に来ちゃうんだ!」

「ですからズキンの姉御、あの通路を曲がるべきと何度もお教えしましたのに」

「だっだって目の前に居館見えて……っえいいルーシー様と呼べ!」

 ルーシーとオルロックが皇宮で迷い、汗を落としていた。

「ロックさま~♡」

 すかさずトゥバーが駆け寄って抱きつく。

「げえっ? またあんかい、こんなところで何をやってんだ」

「ウチも逢いたいとおもってたんだ~♡ ツーカ~? アウン~?」

 すでにあきらめているのか、ルーシーは声を荒げない。少年も抵抗せず苦笑し、まとわりつかれるままになっている。

 トゥバーがいるなら、「三悪党」もそろってるはず――。

 向けた視線の先には「仁王」もいて、角を突き合わせていないので首を傾げた。

「そういえば部隊を画策したのはフェスティーナだっけ。後でもめるのも面倒だ、こっちにも筋を通しておくか」

 ルーシーが少年に目配せすると、一つ咳払いして喉を整える。

 わかりやすく笑顔を張りつけ、親しげに手を挙げて歩きだした。

「よ~うフェスティーナ嬢、元気そうでなによりだ。……ところで話は変わるが、件の行商人が困った事態になったゾ」

「どうかされました?」

「いやどうヤラ、昨夜のうちに姿を消しタヨウダ。どこへ行ったか私ハ知ラナイ、なあオルロック?」

「はい、私たちは知りません」

「平民が貴族にまじって怖くなったんだろう。逃げた行商人なんか放っておいて、別の奴を探したほうが早い気がするゾ」

 なんなら協力してやってもいい――。

 意外な人物に意外な説明を受け、フェスティーナのほうが目を瞬く。

「あら……ですがさっきまでここにいましたわ、ねえレンテ」

「なっ……!?」

 令嬢が背後の巨漢を見ると、確かにと頷かれる。


「意見を聴きたいとコルポレ卿が連れていかれましたわ、どうなさったの?」

「コルポレが連れていった!? ペール……くそっあのバカめ! だからさっさとプールヴァ帝国から出ていけと、忠告したのにっ!!」

「三悪党」はバルチャスのことを詳しく知らなかった。

 焦りだしたルーシーの意図はいまいちわからない、それでも知っている行商人の名が出て関心が向く。

「なンだいペールも来てンのかい、そういやルーシーの御者をしていたっけねえ」

「たとえペールでも、平民をいたずらに皇宮へ呼ぶのはどうなんやろ」

 ドルミートはふに落ち、ボヌスーは苦言を呈す。

「あら皆さんはパズー……バル、ス……ペールの素性をご存じですの?」

「……チャス」

「なんですレンテ、先ほどから」

「ご存じご存じ~だってウチら、いっしょにサッカーをやった仲なんだよね~♥ ティナたんまたまたおっくれってる~♥」

「ええっサッカーを!? いつの間にそんな……っ」

 何やらもめだした集団を視野にも入れず、ルーシーは居館を見上げた。

「オルロックっ軍議の居室まで案内しろ、急げ! どうにかペールを引き離す!」

 直属の家臣である「双璧」に目をつけられては手遅れ。

 だが昨夜に己の手で突き放したのだ、選択した以上は放置できなかった。

「間にあうか……っあの方(・・・)からは逃れられんゾ!」

「――ズキンの姉御っ!」

 オルロックが駆け出そうとした娘を組み伏せ防御姿勢を取る。変なモノ(サングラス)越しに、急速に接近する光をとらえたのだ。

 高い建物も石壁も一切を無視し、降ってくる異常な気配。

「ひゃあ!?」

 風切り音の一瞬後、人の大きさをした砲弾が目の前に着弾する。

 踏み固められた馬場に小さなクレーターが穿たれた。少年は即座に警棒を抜き、悲鳴をあげた娘を守り盾となる。

 こんな無茶をする方は一人しかいない――。

 しかし土埃の中に浮かんだ影は動かず、今度は(・・・)襲いかかってこなかった。

「ここまでコケにされたのは初めてだ、なあロックちゃん」

 エクスが笑顔すら浮かべ、平然とたたずんでいる。

 そして小脇には、唖然とするバルチャスを抱えていた。

「ちょっとエクス殿!? ペールは死にかけてもらう大切な商人ですのよ!」

「……ルチャス!」

「えっペールはどこにいるンだい?」

「因果伯で対抗戦やろうよ~♥ 優勝の恩賞はロックさまの子種がいい~♡」

「エクス殿が抱えとるのは、さっきまでいたバルチャスでないがけ?」


「チャンドラ――――っっ!!?」

 ルーシーが喉を震わせ絶叫する。



 ☆



「あの……『詩聖』様は、軍議に呼ばれておられるのでしょうか?」

「おや、バルチャス君は面識がありましたか? いいえルーシー嬢は外郭十二門の構成員(メンバー)ではなく、軍議に参画する義務はありません。以前呼んだのは――」

 従者の本質を見極めるため――少年の顔が浮かび、コルポレは言葉を濁す。

 もしかしたら彼の少年に関しても、取り越し苦労だったのか。ふいに懸念が顔を覗かせ、どうにか自虐を呑みこむ。

 商人に悟られないよう、髪をかき上げ息を吐いた。

「とはいえ『通い箱』の発案者として、オルロック君にも意見を聴きたいですね。いずれ参画ができないか調整してみましょう」

「……そうですね、意見のすり合わせも必要でしょうし」

 とりあえず今回は避けられたか、だがこのままではいずれ――。

 チャンドラは追従しながらも、秘書に悟られないよう息を吐いた。迷路と化している皇宮を、似た表情の二人が歩いていく。


「狙ったのか偶然か、ズキンちゃんは帝都の宿屋で寝泊まりしているらしい」

 笑みを浮かべたまま、チャンドラは独語していた。

「貴族の屋敷なら潜入は難しくとも、軒数は限られている。

 だが街の宿屋は百軒を超えており、とても訊いて回れない。二人とも気配の光を視ることができるし、尾行も気づかれる恐れがあり断念したが……」

 気を許している瞬間――暗殺に適した瞬間を、定めることができなかったのだ。

 チャンドラの目に黒き光が宿る。

「アユムは従者の立場だ、ならば街の宿屋に泊まると決めたのはズキンちゃんか。たとえ帝都であっても居場所を特定させないため、警戒しているのだとすれば……いったいどれほどの場数を踏んでいるのか」

 ウダカ城でも修羅場をくぐり抜けた気配があった。

 しかもアユムを操っているO属性、あのとき処分しなかったのが悔やまれる。

「だが一応の収穫はあったな。帝国には十一人なのに『外郭十二門』と呼ばれる、因果伯の部隊――皇太子直属の家臣団があった」

「仁王」の令嬢は気配の光が視えている、巨漢の甲冑は「邪土(じゃどう)」か。

「双璧」に俺の光が視えたそぶりはなかった、二名ともS属性とみていい。

「三悪党」は先ほどの話が偽りでなければ、コウモリマスクだけがO属性。

「四君子」の狼はおそらくS属性、だが残りの三名は姿も確認できていない。

「マジメに軍議に参画してくれよ、まったく密偵も楽じゃない!」

 チャンドラは石畳を蹴りたい衝動をなんとか抑える。

「確認できただけでO属性は三名もいるのか。『綺人(きじん)』が使えるかはわからんが、可能性があるってだけで脅威だ。

 ズキンちゃんは外郭十二門に含まれていない。

 ならば他にも、啓いている者がいるかもしれん。因果伯は少なくとも(・・・・・)十二名だ、今後を思えば一人でも減らしておきたいところだが」

 手の届く範囲にコルポレの無防備な首筋がある。

 皇宮の衛兵は因果伯に失礼にならないよう離れていた。アユムとは違って秘書は殺気をとらえられまい、S属性といえど致命傷を負えば――。

「行き掛けの駄賃としては、でかすぎる手柄だな」

「どうかしましたか?」

「いえ、帝国の皇宮を歩いているのが今だ信じられず。なんの巡り合わせなのか、あるいは思いがけない幸運なのかと」

「命がけで演じき……っいや賭けに勝った報酬なのだと、誇ってもよいでしょう。まさしく因果に恵まれたのでしょうね」

因果(うんめい)……ですか」

 コルポレが振り返って微かに笑う。「カルマ」を啓き因果によって敵対している両者が、今だけは肩を並べ歩いていた。

 チャンドラは奇妙な感覚に笑顔で応じる。

『帝国の「力」を把握したいが潮時か。このままではいずれ身元が明らかとなり、捕縛されかねん――』

「――そうだコルポレ様、今使っている木箱が荷馬車に置いてあります。比べればよりわかりやすいですし、持参しましょうか」

「ああそれはいいですね」

「ひとっ走り持ってきます、居室の場所は覚えていますのでお先にどうぞ」

 チャンドラは返事も待たずに駆け出す。

 見納めとばかりに、居館の廊下から街を見下ろした。


「おう、いたいた」

 狼が鼻をひくつかせながら、やけに楽しそうに廊下を歩いてくる。

「エっエクス様!?」

「これはエクス殿、今日は無事に参画できそうですね。他の『四君子』はすでに、居室に向かわれたのですか?」

 対峙したチャンドラは驚いて足を止め、コルポレは苦笑を返す。エクスは口角を上げながら無言で距離をつめた。

 派手な音すら立て、狼は商人と肩を組む。

「ようまた会ったな、この関係もねえ商人を気のすむまでボコる……ってセリフに聞き覚えはあるよなあ?」

「はっ? いえ……その」

「なあ――『邪土(じゃどう)』!」

 爪が食いこみ身動きできない商人の背後で、淡い発光が放たれる。

 背に回した両腕が完全に拘束された。「力」の発動は感じれてもどうやったのか理解できず、なかば本気でにうろたえる。

「なっなにを……わっ私はしがない商人です! コっコルポレ様お助けを~っ!」

「恨むんなら、ロックちゃんを恨むんだな」

「っエクス殿! 皇宮で軽々しく『力』を使うなど、不敬でありましょう!」

 狼が成人男性を軽々と小脇に抱え、気がついたように秘書に向きなおる。

「コール姐、ちょいとこの商人を借りてくぜ――っ!」

 さして助走もつけず、居館の窓に足をかけ飛び出す。

 弾き散らなかった窓枠を褒めるべきか。居館が砲撃の衝撃に震え、仕事中だった使用人が小さく悲鳴をあげて伏す。

「なっ……エクス殿!?」

 伸ばした手が虚空をさまよった。秘書の叫びも届かず、小さくなっていく人影が城内の一角に着弾。

 砂埃が舞い振動とざわめきが波紋となって広がる。

「ああっもう、なんてことを! 下に誰かいたらどうするのですか!」

 砲弾となったエクスへの心配は皆無だったが。



「チャンドラ――――っっ!!?」

 ルーシーが喉を震わせ絶叫する。

 ヴィーラ王国のウダカ城で敵対した盗賊。忘れたくとも火を見るたび、心に体に刻まれた火傷の傷跡がうずいた。

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