百七十四夜 バルチャス
「魔獣部隊を組織すれば、それだけ陛下の兵を損なわずにすみます。崇高な理念の下に命をかけたのです、そうも責められては彼らも神の国で嘆いているでしょう」
シト卿、メンス卿、サーナ卿……かつて仲間だった三名。
コルポレが両手を広げ、憂いをこめたまなざしを天に向けた。獣舎の前に天使の梯子が降り、スポットライトに照らす。
「天に召されたかはわかんないけどね~♥」
「むしろ帝国の部隊を商人に評価されるほうが、いささか鼻につきますね」
遠くで混ぜっ返したトゥバーを聞き流し、秘書は疑惑の視線を向ける。
訓練士は矛先が向かないよう、コッソリと獣舎に消えていった。
「こっこれは申し訳ありま――…」
「私が呼んだのですわ、不手際でしたら私が責を負います!」
コルポレはバルチャスに不信感を持っている――フェスティーナは肩を持つ必要もないのに、一歩前に出て盾となる。
気にしないでと、商人に笑いかけた。
「啓いている商人の代表として、実績を上げる必要があるのです。まずは最前線で絶対的な危機におちいり、九死に一生を得てもらわないといけないのですから」
「えっ? えっあの最前……九死、に?」
「……ィーナ!」
「それでこそ『カルマ』を啓けるのですわ! がんばって死にかけましょうね!」
「はっ……はあ」
啓かなかったらどうなるんだろう――。
満面の笑みで発破をかけられ、うっかり頷いた商人の頬に汗がつたう。
「因果伯とはかくあるべしか、フェスティーナ嬢も例外ではありませんでしたね。権謀術数を図ろうとも、軽々と虚をつかれてしまう」
彼も身のほどをわきまえ、放逐されたほうが無難だったでしょうに――。
秘書の口元が緩み、必死に笑いをこらえていた。
張りつめた空気が吹き飛ぶ。令嬢が地獄の励ましをくり返し、レンテがどうにか抑えようとしている。
「商人をして密偵に見立てる――『斥候部隊』の隊長に、期待していますわ!」
「――密偵?」
それは自分も内心で叫んだ妄想。
ふいに始まった喜劇に、コルポレの思考が導かれた。
だがあるいは――。
「そうか私は、バルチャス君に密偵であってほしかったのか」
「仁王」に助けられた商人と、「詩聖」の従者を名乗る少年。モルディブの樹海にあったとされる黒い大理石に、因果伯二人でも太刀打ちできない真の魔獣。
西方にある小国、まだ見ぬヴィーラ王国が燃えていた。
前哨戦と称して誰も眼中にしていない戦のはず。この不測の事態は偶然なのか、すでに必然と呼ぶべきではないのか。
『帝国を勝利へと導く、提案がございます』
そうしなければ敗北を喫っすと、彼の少年は懸念していたのではないのか。
「事実密偵ならば捕縛し、投獄すればいい。獅子身中の虫だけでもケリがつけば、内憂外患に憂うこともなく遠征に尽力できる……と」
そうであってほしかったのだ――。
我がことながら短絡すぎて、はからずも自嘲の笑みを浮かべる。
「コルポレ……卿?」
秘書が口を押さえ止まってしまい、フェスティーナが首を傾げていた。
「いえ……そうだバルチャス君、遠征に向け貨物輸送用の荷馬車を新調しました。『通い箱』の件もありますし、ぜひ商人の意見を聴かせてください」
自己嫌悪から回復すると、新鮮な空気を吸い胸を張る。
テキパキと指示し、鋭い眼光と薄い唇が冷酷な秘書の雰囲気を取り戻していた。
「は……はっ! ええ私でよければ喜んで」
「感謝します。軍議が始まるまであまり時間はないが、段取りをつめておきたい。オーランドゥム卿も待っています、いっしょに来てくださいますか」
十三番目の因果伯候補として――。
令嬢はとっさに止めようと手を伸ばし、微かにほほえむ秘書と目が合う。
それだけで理解できた、商人への疑念は解消されたのだ。
「ええ私どもも、すぐに向かいますわ!」
フェスティーナが二人を見送り安堵に包まれる。
当然のように背後を守っていたレンテに視線を移し、温かな光が舞う。
「なにやらケリがついたようだけど、こっちはどうするンだい?」
「うっ……」
場の空気も読まず、正気に戻ったドルミートが令嬢の背に声をかけた。
「仁王」の精神は再び戦いの場に戻ったが、いささか戦況は苦しい。己の「力」の足りなさ、そして魔獣への嫌悪感。
必要だと頭では理解できても、抵抗感が勝ってしまう。
「フフッ落ち着きなよォ『仁王』さン。狼への信頼度、サッカーのチームプレイに魔獣への耐性。アタシとしちゃあもう勝負はついてるって、気がするけどねえ」
令嬢と巨漢が心で身構えたのを察し、コウモリマスクが手を挙げる。
ドクロつきの教鞭を軽く振り、簡単に間合いに入っていく。
「だが同じ『王の属性』と謡われる者として、因果伯として引けないってのも……これまたわかるってもンさァ」
そこで――。
コウモリマスクがニヤリと笑い、後ろにいた長身の影を前に出す。
「そこで――ちょいと耳をお貸よォ、ウチのがイイ落としどころを見つけたンだ。アタシもタダで譲られるってのは嫌だしねえ」
「お互いにこのダラな騒ぎを、止めるべきやて思うがいちゃ」
ボヌスーが絵画的な地図を出し、全員の前に広げて見せた。
それはヴィーラ王国の都市を記した地図。令嬢が持参した経路を目に焼きつけ、自前の地図に書き足したのだ。
ペストマスクの計画を聞き、「三悪党」と「仁王」の瞳が輝きだす。
「――どこだここはっ!」
聞き覚えのある声が大騒ぎしながら向かってくる。
獣舎の前で肩を寄せ合っていた「三悪党」と「仁王」は、思わず視線を向けた。
「やっと菜園から抜け出せたってのに、なんで厩舎に来ちゃうんだ!」
「ですからズキンの姉御、あの通路を曲がるべきと何度もお教えしましたのに」
「だっだって目の前に居館見えて……っえいいルーシー様と呼べ!」
ルーシーとオルロックが皇宮で迷い、汗を落としていた。
「ロックさま~♡」
すかさずトゥバーが駆け寄って抱きつく。
「げえっ? またあんかい、こんなところで何をやってんだ」
「ウチも逢いたいとおもってたんだ~♡ ツーカ~? アウン~?」
すでにあきらめているのか、ルーシーは声を荒げない。少年も抵抗せず苦笑し、まとわりつかれるままになっている。
トゥバーがいるなら、「三悪党」もそろってるはず――。
向けた視線の先には「仁王」もいて、角を突き合わせていないので首を傾げた。
「そういえば部隊を画策したのはフェスティーナだっけ。後でもめるのも面倒だ、こっちにも筋を通しておくか」
ルーシーが少年に目配せすると、一つ咳払いして喉を整える。
わかりやすく笑顔を張りつけ、親しげに手を挙げて歩きだした。
「よ~うフェスティーナ嬢、元気そうでなによりだ。……ところで話は変わるが、件の行商人が困った事態になったゾ」
「どうかされました?」
「いやどうヤラ、昨夜のうちに姿を消しタヨウダ。どこへ行ったか私ハ知ラナイ、なあオルロック?」
「はい、私たちは知りません」
「平民が貴族にまじって怖くなったんだろう。逃げた行商人なんか放っておいて、別の奴を探したほうが早い気がするゾ」
なんなら協力してやってもいい――。
意外な人物に意外な説明を受け、フェスティーナのほうが目を瞬く。
「あら……ですがさっきまでここにいましたわ、ねえレンテ」
「なっ……!?」
令嬢が背後の巨漢を見ると、確かにと頷かれる。
「意見を聴きたいとコルポレ卿が連れていかれましたわ、どうなさったの?」
「コルポレが連れていった!? ペール……くそっあのバカめ! だからさっさとプールヴァ帝国から出ていけと、忠告したのにっ!!」
「三悪党」はバルチャスのことを詳しく知らなかった。
焦りだしたルーシーの意図はいまいちわからない、それでも知っている行商人の名が出て関心が向く。
「なンだいペールも来てンのかい、そういやルーシーの御者をしていたっけねえ」
「たとえペールでも、平民をいたずらに皇宮へ呼ぶのはどうなんやろ」
ドルミートはふに落ち、ボヌスーは苦言を呈す。
「あら皆さんはパズー……バル、ス……ペールの素性をご存じですの?」
「……チャス」
「なんですレンテ、先ほどから」
「ご存じご存じ~だってウチら、いっしょにサッカーをやった仲なんだよね~♥ ティナたんまたまたおっくれってる~♥」
「ええっサッカーを!? いつの間にそんな……っ」
何やらもめだした集団を視野にも入れず、ルーシーは居館を見上げた。
「オルロックっ軍議の居室まで案内しろ、急げ! どうにかペールを引き離す!」
直属の家臣である「双璧」に目をつけられては手遅れ。
だが昨夜に己の手で突き放したのだ、選択した以上は放置できなかった。
「間にあうか……っあの方からは逃れられんゾ!」
「――ズキンの姉御っ!」
オルロックが駆け出そうとした娘を組み伏せ防御姿勢を取る。変なモノ越しに、急速に接近する光をとらえたのだ。
高い建物も石壁も一切を無視し、降ってくる異常な気配。
「ひゃあ!?」
風切り音の一瞬後、人の大きさをした砲弾が目の前に着弾する。
踏み固められた馬場に小さなクレーターが穿たれた。少年は即座に警棒を抜き、悲鳴をあげた娘を守り盾となる。
こんな無茶をする方は一人しかいない――。
しかし土埃の中に浮かんだ影は動かず、今度は襲いかかってこなかった。
「ここまでコケにされたのは初めてだ、なあロックちゃん」
エクスが笑顔すら浮かべ、平然とたたずんでいる。
そして小脇には、唖然とするバルチャスを抱えていた。
「ちょっとエクス殿!? ペールは死にかけてもらう大切な商人ですのよ!」
「……ルチャス!」
「えっペールはどこにいるンだい?」
「因果伯で対抗戦やろうよ~♥ 優勝の恩賞はロックさまの子種がいい~♡」
「エクス殿が抱えとるのは、さっきまでいたバルチャスでないがけ?」
「チャンドラ――――っっ!!?」
ルーシーが喉を震わせ絶叫する。
☆
「あの……『詩聖』様は、軍議に呼ばれておられるのでしょうか?」
「おや、バルチャス君は面識がありましたか? いいえルーシー嬢は外郭十二門の構成員ではなく、軍議に参画する義務はありません。以前呼んだのは――」
従者の本質を見極めるため――少年の顔が浮かび、コルポレは言葉を濁す。
もしかしたら彼の少年に関しても、取り越し苦労だったのか。ふいに懸念が顔を覗かせ、どうにか自虐を呑みこむ。
商人に悟られないよう、髪をかき上げ息を吐いた。
「とはいえ『通い箱』の発案者として、オルロック君にも意見を聴きたいですね。いずれ参画ができないか調整してみましょう」
「……そうですね、意見のすり合わせも必要でしょうし」
とりあえず今回は避けられたか、だがこのままではいずれ――。
チャンドラは追従しながらも、秘書に悟られないよう息を吐いた。迷路と化している皇宮を、似た表情の二人が歩いていく。
「狙ったのか偶然か、ズキンちゃんは帝都の宿屋で寝泊まりしているらしい」
笑みを浮かべたまま、チャンドラは独語していた。
「貴族の屋敷なら潜入は難しくとも、軒数は限られている。
だが街の宿屋は百軒を超えており、とても訊いて回れない。二人とも気配の光を視ることができるし、尾行も気づかれる恐れがあり断念したが……」
気を許している瞬間――暗殺に適した瞬間を、定めることができなかったのだ。
チャンドラの目に黒き光が宿る。
「アユムは従者の立場だ、ならば街の宿屋に泊まると決めたのはズキンちゃんか。たとえ帝都であっても居場所を特定させないため、警戒しているのだとすれば……いったいどれほどの場数を踏んでいるのか」
ウダカ城でも修羅場をくぐり抜けた気配があった。
しかもアユムを操っているO属性、あのとき処分しなかったのが悔やまれる。
「だが一応の収穫はあったな。帝国には十一人なのに『外郭十二門』と呼ばれる、因果伯の部隊――皇太子直属の家臣団があった」
「仁王」の令嬢は気配の光が視えている、巨漢の甲冑は「邪土」か。
「双璧」に俺の光が視えたそぶりはなかった、二名ともS属性とみていい。
「三悪党」は先ほどの話が偽りでなければ、コウモリマスクだけがO属性。
「四君子」の狼はおそらくS属性、だが残りの三名は姿も確認できていない。
「マジメに軍議に参画してくれよ、まったく密偵も楽じゃない!」
チャンドラは石畳を蹴りたい衝動をなんとか抑える。
「確認できただけでO属性は三名もいるのか。『綺人』が使えるかはわからんが、可能性があるってだけで脅威だ。
ズキンちゃんは外郭十二門に含まれていない。
ならば他にも、啓いている者がいるかもしれん。因果伯は少なくとも十二名だ、今後を思えば一人でも減らしておきたいところだが」
手の届く範囲にコルポレの無防備な首筋がある。
皇宮の衛兵は因果伯に失礼にならないよう離れていた。アユムとは違って秘書は殺気をとらえられまい、S属性といえど致命傷を負えば――。
「行き掛けの駄賃としては、でかすぎる手柄だな」
「どうかしましたか?」
「いえ、帝国の皇宮を歩いているのが今だ信じられず。なんの巡り合わせなのか、あるいは思いがけない幸運なのかと」
「命がけで演じき……っいや賭けに勝った報酬なのだと、誇ってもよいでしょう。まさしく因果に恵まれたのでしょうね」
「因果……ですか」
コルポレが振り返って微かに笑う。「カルマ」を啓き因果によって敵対している両者が、今だけは肩を並べ歩いていた。
チャンドラは奇妙な感覚に笑顔で応じる。
『帝国の「力」を把握したいが潮時か。このままではいずれ身元が明らかとなり、捕縛されかねん――』
「――そうだコルポレ様、今使っている木箱が荷馬車に置いてあります。比べればよりわかりやすいですし、持参しましょうか」
「ああそれはいいですね」
「ひとっ走り持ってきます、居室の場所は覚えていますのでお先にどうぞ」
チャンドラは返事も待たずに駆け出す。
見納めとばかりに、居館の廊下から街を見下ろした。
「おう、いたいた」
狼が鼻をひくつかせながら、やけに楽しそうに廊下を歩いてくる。
「エっエクス様!?」
「これはエクス殿、今日は無事に参画できそうですね。他の『四君子』はすでに、居室に向かわれたのですか?」
対峙したチャンドラは驚いて足を止め、コルポレは苦笑を返す。エクスは口角を上げながら無言で距離をつめた。
派手な音すら立て、狼は商人と肩を組む。
「ようまた会ったな、この関係もねえ商人を気のすむまでボコる……ってセリフに聞き覚えはあるよなあ?」
「はっ? いえ……その」
「なあ――『邪土』!」
爪が食いこみ身動きできない商人の背後で、淡い発光が放たれる。
背に回した両腕が完全に拘束された。「力」の発動は感じれてもどうやったのか理解できず、なかば本気でにうろたえる。
「なっなにを……わっ私はしがない商人です! コっコルポレ様お助けを~っ!」
「恨むんなら、ロックちゃんを恨むんだな」
「っエクス殿! 皇宮で軽々しく『力』を使うなど、不敬でありましょう!」
狼が成人男性を軽々と小脇に抱え、気がついたように秘書に向きなおる。
「コール姐、ちょいとこの商人を借りてくぜ――っ!」
さして助走もつけず、居館の窓に足をかけ飛び出す。
弾き散らなかった窓枠を褒めるべきか。居館が砲撃の衝撃に震え、仕事中だった使用人が小さく悲鳴をあげて伏す。
「なっ……エクス殿!?」
伸ばした手が虚空をさまよった。秘書の叫びも届かず、小さくなっていく人影が城内の一角に着弾。
砂埃が舞い振動とざわめきが波紋となって広がる。
「ああっもう、なんてことを! 下に誰かいたらどうするのですか!」
砲弾となったエクスへの心配は皆無だったが。
「チャンドラ――――っっ!!?」
ルーシーが喉を震わせ絶叫する。
ヴィーラ王国のウダカ城で敵対した盗賊。忘れたくとも火を見るたび、心に体に刻まれた火傷の傷跡がうずいた。




