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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第三章 新王都アムリタ
102/189

九十九夜 狼口を逃れて竜穴に入る

「お前たち「イザングランの尻尾」どもは、何人飼われてる?」

「なんだそれは!? 調子に乗るなよ小娘――ぐっ!」

 突っ込みは誘拐犯一味へつけたあだ名か、人数を訊かれた件か。私は御者をする男の太ももに剣の柄を叩きつけた。

 誘拐は例え未遂でも足の切断刑、知ってか知らずか男は急激に青ざめる。

「……9人――ほっ本当だ! 俺をふくめて9人しか見たことがねえっ!!」

 再び足に振り落そうと、上げていた剣を降ろす。

 誇張して脅しをかけてる気配はない、ならば伏兵を想定すれば10数人。

「どのみち1人で殴り込むには、いささか無謀かなあ」

 町民はさして珍しくない、木炭の藁束を積んだ荷馬車を二度見する。通り過ぎるまで口を開けて見守り、顔を見合わせフラリと後を追った。

 御者の男は顔半分を血で濡れた布で覆い、足をチェーンで縛られている。

 隣に座る行商人風の美少女は、抜き身の剣を男に突きつけていたのだ。

 ゆっくりと、見せつけるようにゆっくりと、馬車は橋を渡り水車小屋へ向かう。

 (さら)った獲物は――ユーパは拘束して荷馬車に押し込め、水車小屋に運び監禁する手筈だと聞き出した。

 それだけでバックに領主が控えてるのが、ハッタリではないと確定する。

 水車小屋は領主独占の施設。脱穀や製粉に染料の加工まで、水車動力は最先端の「工作機械」なのだ。

 生活必需品に携わる重要な役割を担っており、領主の館近くに建てられるほど。

 粉ひき職人は領主に直接雇われ、様々な特権を有すことができた。

 町民は頭を下げて使用を乞うしかない。権力を笠に着て利用料を着服したりと、傍若無人な振る舞いをした話をよく耳にする。

「まさしく「領主の手先」……ね。さて素直な私が、ルナールになれるかなあ」



「狐物語」

 悪巧みに長けた狐ルナールを中心に、狼イザングランとの深い確執、ライオンのノーブル王による裁判。

 擬人化した動物が人間さながらに生活し、愚かにも騙し傷つけ合う……封建社会の宗教や政治などの矛盾を揶揄し、笑い飛ばした風刺作品である。

 民話として口承し、写本により記され……12世紀後期に複数の書き手により、編修された約30編の物語。

 ファブリオと違い登場人物が動物で、より寓話感が増さっている。

 主人公の名「ルナール」が、「狐」を意味するほど広く世に親しまれた。



「――ではウダカとの間にある村から、我らを監視していたのか!」

 早朝の忙しさが収まり、影のかかる路地にだけ別種の闇が広がっていた。

 親方は男の袖を無造作に破り、斬られた頬に巻きつけながら質問する。別にお礼ではないだろうけど、男はふて腐れた口調で大人しく答えた。

「ああ、この町はウダカや新王都絡みの過客が多い。経由する村で獲物を物色し、先回りして宿を突き止めるのが俺の仕事だ」

「単身なのか複数なのか、荷の種類や商売上のつき合いを前以って聞き出せれば、以後の動きも予想しやすかったでしょうね」

 そんなことだけは頭が回るんだ――皮肉を込めた呟きを、男は顔を伏せ流した。

 お世話になった村を思い出す。さすがにこんな「有事」は想定してないだろう、犯罪者に利用されてるなんて不快でしかない。

 炉を囲み談笑してた行商人の中にこの男はいなかったか。藁を貰いに出た時に、妙な気配を感じなかったか……。

「へっ街道や村落道で通りかかるのを待って追いはぎするより、よほど確実な稼ぎになるのさ。おい大人しく話してるんだ、その物騒な小娘を近づけるな!」

 傷が痛むのか男はうつむいて呻く。あるいは状況の打開と打算に、頭をフル回転させているのだろう。

 この場で真偽を問うても確証は得られない、しかし以後の交渉には役立つ。

 開き直った物言いに少しばかり頬が引くつくけど、今は流してあげる。

「身包み剥ぐか奴隷商に売り飛ばす、金持ちや貴族なら(さら)って身代金を要求する。俺は獲物を見張る下っ端だ、本当にこれ以上は知らねえ!」

 小さい子供が3人いるんだ、頼むよ見逃してくれ――目に涙さえ光らせ、なにやらグダグダと悲惨な身の上話を披露し始めた。

「脅迫が通じないと情けに訴える、小悪党が取る常套手段ね」

「うっ……」

 記憶を探るもまだ分からない点があり、無傷な頬に剣を突きつけ迫る。

「お前はお嬢様の親(・・・・・)と吠えた。さして儲けてなさそうな行商人――卸売り商人を、なぜ貴族であると看破したのか!」

「はあっ!?」

 ……あれ?

 疑問というより呆れた表情の男に、若干だが覇気が緩む。

「小娘ってめえのどこが商人だ! どっからどう見ても平民の生活を見物にきた、世間知らずの貴族様だろうがっ!」

 当たり前とばかりに断定され、己の姿を見直す。親方のボロい貫頭衣に比べて、お父様に頼み設えた布地は簡素だが上質。

 冒険を夢見て大切にしまっておいたので、擦り切れも色褪せもなく新品同様。

 私にとっては当たり前だったから、問われるまで気がつかなかった。

「ええっ? ひと目で貴族だって、分かったの!?」

 すれ違う人や宿のおばさん、個人に関心を持たない者なら気にしないだろう。

 だけど会話を交わしたり、少しでも興味が沸けば気がついて当然。

 思えばユーパは私を「姉様」と呼んでいたし、いくら偽名でも――いやそもそも平民が、貴族の名や爵位号を知ってる方が稀。

 さらには堂々と佩刀しており……これだけそろえば、バレない方がおかしい。

「そういえばプレマは様付けだったし、木炭職人もお嬢様って呼んでた……」


 冒険譚に憧れ、世界の名物を食べ盗賊を懲らしめ、想像の中で幾度も旅をした。

「現実」の皆にとって、より「違和感」のある存在は……むしろ私の方。


「親方ぁ! なんでバレるよって教えて……えっ親方も気づいてなかったの?」

 軋む風車みたいに親方を見れば、呆然とした顔に若干だが照れも滲んでいた。

 もしかしたら親方も、いい身分の出身なのかな?

 なんだか逆切れっぽいし、これ以上は怒鳴れない。凄く恥ずかしくなったけど、着替えはないし脱ぐ訳にもいかない。

「ああ……思い返しても村で子供らに、商店やウダカ城の話をしちゃってた。自ら平民とは違うと、宣言していたんだわ」

 つまりウダカの内側都市部を知っており、城に招かれる上流貴族だと。

「えっ小娘……お嬢様は、城に上がれるほどの爵位なんですかい?」

 さっき思いっきり、伯爵令嬢だって叫んだでしょうが。

 けど貴族とは分かっても、話を盗み聞きして爵位まで知ってた訳じゃないんだ。

 ――だったら村で感じた妙な気配は、やっぱり親方? この男を追った俊敏さがあれば、路地に潜むのも可能だったろう。

 思いついた疑惑に親方を見る、心を読んだのかふいに視線をそらした。

 答えを得たも同然、親方は密かに私を護衛していたのだ。

「はぁ黙ってたのはムカつくけど……お父様に色々言いふくめられたんでしょ? 悪い虫がつかないようにとか、行商人の厳しい現実を見せ諦めさせてくれとか」

「……なんのことでしょう」

「確信が持てたし今更だからもういいわ、だけど護衛失敗でお払い箱でしょうね」

 親方は私の断定に観念したのか、苦笑を浮かべた。

 私には分からない立場もあるんだろう、宿の焦った大声に免じて許してあげる。

 あれこそが親方の、本心だったと思うから。

「あっそうだ! それじゃあ私と、新たに契約しない?」

 影が降りる路地に光が射したのか、突然の申告に親方が目を細め見上げた。

「仕事は弟ユーパの奪還! 報酬はそうね……世界に名を轟かせる私の冒険譚に、登場させてあげるわ! 親方――じゃない、名前はなんていうの?」

 すでに商談をまとめたとばかりに、決定事項として宣言する。

 その時私はなぜか理解していたのだ、親方は絶対断らないと。陰湿で胡散臭く、無口だけど素敵な声で、ひょろ過ぎるけど以外に強い。

 ストレートの銀髪が揺れ、決意をこめた瞳で少しだけ微笑んだ。

「契約などしなくともそのつもりでした……ソーマと申します、ビハーラ嬢」

「共通の目的を持った、これもパーティよ! 短い間だけどよろしくソーマ!!」


 それが後に長いつき合いになるなど、その時の私には知る由もない。



 ☆



 人目を引いた馬車が石畳の道をそれ、川に沿った水車小屋につく。

 草の生えない空き地を選び、手前で止めさせた。十分に宣伝効果があったのか、川の対岸には何事かと野次馬(かんきゃく)が集まっている。

 使用料のかかる橋を渡る者はいなかったが、巻き込まないで済むし丁度いい。

 見れば石畳の最奥、さらに進んだ先には領主の館が建っていた。地位を誇示した大きな館は他者の目が届きやすく、ここからでも見通せる。

「会合や面談などで町民の出入りも激しい。少なくとも日中は「商売」に使用した荷馬車の出入りを、避けたいでしょうね」

 水車小屋の内部を探れる者はおらず、一時的な監禁場ならうってつけだろう。

「ついたぞ……ぎゃっ!」

 御者台から蹴り降ろされた男が声を上げ、悲鳴が危機を伝え周囲に響く。

 水車小屋の内部で、人の気配が強くなった。私は重荷となる鞘を馬車に置くと、抜き身の剣を持ったまま降りてひと呼吸。

「――イザングランの尻尾ども! 人の言葉が分かるのならば、出てこいっ!!」

 集まった町民に聞こえるよう、さらに多くを集めるよう大声を張り上げる。

 気分は野外劇場、満を持して主役の登場であった。

 水車小屋の扉が音を立てて開き、屈強な端役(おとこ)どもが舞台袖から現れる。

「ふ~ん7人(・・)ね」

 丸腰だが信じる者はいないだろう、脇やベルトの後ろが不自然に膨らむ。

 小屋の隙間から見ていたのか、仲間がとらえられているのに表面上焦りはない。

「これはこれはお嬢様、身分ある方が訪れる場所ではありませんよ。なにやら誤解があるみたいですが――」

「冗長な場面転換につき合う気はない、今すぐ弟を開放しろ!!」

 足をチェーンで縛られ、情けなくもヘタリ込んだ男の首に剣を当て軽く引く。

 さすがは兄様から貰った剣、それだけで鮮血があふれた。

「たっ助けてくれ! この小娘無茶苦茶やりやがる、本当に斬りやがった!!」

 男は息も荒く泣き叫び、その拍子に顔を覆った布が落ちる。取れかけた耳と未だ血が流れる頬の傷、これは縫わないとダメだろうなあ。

 尻尾どもはたたらを踏んでたじろぎ、その目は私に対し怯えにまみれ――。

「なんだかとっても失礼ね、自分らの行いを鑑みたらどう?」


「――ちっ!」

 一瞬で漂った不穏な空気は、掻き消えることなく剣呑な空気へと変わる。

 尻尾の1人が対岸の町民たちに気がつき舌打ちし、馬車を背にした私とヘタレを半包囲すべく広がり始めた。

 なにが(・・・)起こっても、見えないように――。

『嬢ちゃん黙ってた方が身のためだぜ、状況分かってんのか? こっからひと声でもかけりゃあ、弟と気がつかねえツラにしてやるぞ!』

『オイまずは剣をよこしな、(なぶ)り殺されたくはねえだろうが……ああ?』

『商人の真似事がしたかったんだよな、よし商談に入ろう! 悪い取引じゃない、お嬢様や貴族からすれば端金だ』

 脅し、威嚇し、妥協を装ったセリフが上滑りし、私は深く息を吐く。

「仕入れで分ったわ、交渉は主導権の取り合い。騒がれるとまずいから「黙れ」、抵抗されると面倒だから「武器を放せ」、惑わせたいから「悪い話じゃない」……言うことを聞けば日常に戻れると希望を持たせ、有利に進める話術」

 けれど結局は、さらに状況を悪くしてるだけ――。

 なにを言い出したのかと、尻尾どもは不審がって眉を寄せる。

「剣を向ける者を、信じるか――――っ!!」

「うおっ!?」

 銀の波が弧を描き、後一歩で組み伏せれる距離から飛び上がって尻尾を巻いた。

「こっこのアマ……っ」

「私が従ったら人質が2人に増えるのよ、弟だけ殺される方がまだマシ(・・・・)だわっ! 人質を開放した証拠をしめすとか、交換条件じゃなきゃ意味がない!!」

 剣と共に睨みつけ、瞳で尻尾どもの意志も叩き斬る。

 この私を悲劇に泣き崩れる、ただの美少女だと思うなよ――。

「ちっ分かった分かったこっちのガキは町中に離す、それでいいだろ。こっからは水車小屋(なか)で交渉を詰めようじゃねえか」

「なにも分かっていないようね。あなたたちが誘拐したのは、伯爵家(・・・)の嫡男よ!」

 具体的な爵位が出て、そこまでは知らなかった尻尾どもがざわつく。

 侯爵に続く爵位であり、中都市を所領し他の貴族を庇護下に納める伯爵の位。

「町」程度の領主が、どれほど後ろ盾となり得るのか。尻尾どもは捨てられた子犬ほどに狼狽え、不安気に顔を見合わせる。

「しかしなにより――こんな輩にまんまと(さら)われた、ユーパこそが悪い!!」

「なっ……ええ?」

 私の宣言は、周囲の町民をも巻き込んで爆発した。

 観客どもよ、この主役に注目なさい!

「ユーパは伯爵家の嫡男! 立場も義務も忘れ、商人の真似をするとは何事か! 恥を知りなさい恥を!!」

「じょ、嬢ちゃんも同じ服を――」

「だけど安心なさい、誘拐犯相手に立派に戦ったとお父様にはご報告してあげる。私は無惨に殺された弟を前に復讐を誓い、見事討ち取ってウダカへ凱旋する!」

「殺しちゃいない! 俺らはなにも知ら――」

「後はこの件(・・・)を聴かれた者の処遇をどうするか……誘拐犯のいる小さな町ぐらい、伯爵の名で磨り潰すなんて訳ないわ!」

 対岸の町民までふくめ、下目遣いでねめまわす。

 あんたが勝手に話し出したのでは……理不尽だと訴える、心の叫びが響いた。

「嫡男の不在と貴族に相応しき矜持! ここまでお膳立てすれば、無理矢理にでも女系継承の規定を認めさせ――伯爵家を牛耳るのも容易いでしょう!!」

 私の貴重な踏み台(けいけん)となりなさい――水車の音を掻き消す、高笑いが木霊する。

「こいつならやり兼ねないのでは」

 失礼な視線に声を荒げる前に、水車小屋の二階にある戸板が吹き飛んだ。

「っ今度は、なんだあ!?」



「――領主が主犯だと想定するなら、確かに衛兵はあてになりません」

 ソーマの呟きに肯定の瞳を返す。

 町で雇う兵士は領主と直接雇用契約を結ぶ、私兵と呼ぶべき集団。

 実情をどこまで知らされているか分からないけど、敵の根城にノコノコ出かけて訴えるなんて不毛もいいとこ。

 通常犯罪行為は領主が裁判を行う、最悪交渉にすらならず闇に葬られるだろう。

「だから住民の前で直接訴え、この犯罪行為を白日の下に晒す必要があるわ」

 どちらに非があり誰が正しいのか、説明せずとも理解できるように。

「私が伯爵令嬢だと名乗り誘拐犯の拠点に殴り込む。ソーマは騒ぎに乗じ、密かにユーパを奪還して欲しい!」

「いけませんビハーラ嬢、この件(・・・)にこれ以上巻き込めません! そのような危険な役は私が勤めます!」

「商人に荒事なんて無理だ――とは、言わないんだ」

 上げ足を取って笑うと、少しだけ怯んだ顔を見せるのが可愛い。

 この件(・・・)ね……外見から判断できない膂力、どこからか取り出した鉄のチェーン。

 なにやら彼は、他にも秘密を持っているようだ。

「……貴女(あなた)をこの場に拘束してでも、私1人で救助に向かうのが得策です」

「残念ながら悪手よ、この男の他に誘拐犯一味が潜んでないとは言い切れない」

「……っ!」

 チェーンを片手にソーマが周囲に気配を飛ばす、頬に一筋汗が落ちた。

「でっですが……」

「まず危険な状況にあるユーパの確保、パーティの合流が第一! それには路地裏を走り回れる脚力と、影に潜めるソーマが適任よ!」

 この私に黒子は似合わないでしょ――髪をかき上げようとしたのに、帽子(バレット)に詰め込んでいて手がスカる。

「それに矢面に立つのは、私でなければならない」

 美少女が屈強な男たちに絡まれ、しかし昂然と胸を張り正しさを主張する。

 捕まえた男は「今まで感づいた奴等もいた」と脅迫に利用した。だったら同様の誘拐事件がこの町で、周辺の農村でも起きていると見るべきだ。

 か弱き乙女が御旗となって鼓舞するからこそ、立ち上がる被害者もいるはず。

「それは後の裁判で、重要な証拠をもたらす証言となる!」

「……ビハーラ嬢」

「私だって後先考えないで飛び出してる訳じゃないわ。伯爵家ともなれば、世間に向けて貴族の名誉を誇示する義務があるのを知ってる」

 どうやらソーマも知ってるみたいだけどね――顔を近づけて追及したんだけど、無言と能面で流された。

「……どうか無茶をせず、ご自愛を約束してください」

「そうか傷だらけの美少女の方が、吟遊詩人のネタ的に萌え――冗談だってば! だけど私ね、今日のために剣を習ってきたんだと思う。それにケガの一つくらい、冒険者の勲章だってむしろ誇れるんだけどな」


「なぜだか私、子供の頃から傷の治りが早いの!」



「うわあああああ――――っっ!!」

 男が絶叫と共に二階から落下し、地面で跳ねた振動が土埃を生む。

 ユーパの監視に1人残ってたのだろう、突如の展開に尻尾どもは唖然とする。

「ヘタレをふくめてこれで9名、どうやら嘘は言ってなかったようね」

 てっきり伏兵が潜んでると思ってたのに肩透かしだ。ヘタレは司法取引目当てで仲間を売っておきながら、媚びを売って私を見上げた。

 誘拐犯の肩を持つ気はさらさらないけど、眉をひそめたくはなる。

「ご無事か、ビハーラ嬢っ!!」

「見ての通りよ、ホーイホ――ッ!」

 二階の窓から、ユーパを抱えたソーマが顔を覗かせた。

 軽く手を振り無事を伝えると、心底安堵した表情を作る。比べユーパは先ほどの問答が聞こえたのか、信じられないと私を凝視していた。

「……いっとくけどルナールの悪巧み、時間稼ぎのお芝居だからね?」

 ソーマが自分に注意を向けさせるため、派手に窓から飛び降りる。抱きかかえたユーパの重さを感じさせない身のこなしに、思わず口笛を一つ。

 しかしそんなことをせずとも、切り札を奪われた尻尾どもは我を忘れ殺到する。

「てめえガキを返しやがれっ!」

「調子に乗ってんじゃねぞコラ!!」

 腰裏から胸元からナイフを取り出し、ユーパを取り返そうと雄叫びを上げた。

 内2人が私を代わりの人質にと思ったのか、振り返って無造作に詰め寄る。

「オイ嬢ちゃん、大人しく……」

「ぎゃっ!」

 私は馬車を背に後方を防御し、ヘタレを思いっきり蹴り飛ばし1人を遮った。

「これで1対1! やあああ――っ!!」

「おい絶対に逃すな! 小娘の爵位が本当なら、下手すりゃ騎士団が出てくる!」

「くそっ……楽な商売って話だったのに!」

 尻尾の武器はナイフ、リーチは剣の私が完全に上。だが筋力の差か一撃が重く、さらに手数もあって思うように剣が振るえない。

 数合切り結んだが、衣服を裂き剣の腹で打ち、決定打を遠く感じる。

 尻尾も人質にと思っていて強攻はしない。だけど命を奪えるナイフが鈍く光り、肌をかすめるたび精神が吸い取られた。

 鉄を弾き火花が散り、擦りつける耳に響く異音。

 両者息が上がり睨み合いが増え、ついにヘタレの時間稼ぎが終了。

「痛え痛え――っ! おい早く、早く鎖をといてくれ――~っ!!」

「ちっこの……うるせえ! 邪魔だどけ!!」

「ぎゃっ!」

 固く結ばれたチェーンはそう簡単にとけない、後回しと諦めて放りだされる。

「はぁはぁ……っこれで、1対2……っ!!」

 先にこちらだけでも、片づけておきたかった。

 突き込んだ際2人目に袖を取られ、どうしてだか無理矢理引き剥がせる。帽子(バレット)にナイフを受け、詰め込んでいた長い髪が舞う。

 尻尾たちに困惑の表情が強く浮かぶ、なぜこんな小娘が捕らえられないのかと。

「この……手加減してやってりゃ、いい気になりやがって!」

「死にてえのか小娘っ!!」

「やってみろっ! あんたらにはおよびもつかない兄様に、鍛えて貰ったのよ!」

 剣を握る感覚はすでに消え、己の呼吸音しか聞こえない。

 練習とは違う実戦の緊張感に疲労が早い。霞む意識の中で、ラクシュミー兄様が剣の手ほどきをしてくれる。

『ビハーラは俺より筋がいい、続ければひとかどの剣士になれるだろう』

 褒められたのが嬉しくって、この時がずっと続けばいいのにと願った。

 幾度か体感したのだ、この……体から溢れる万能感。心が魂が燃えて炎を放ち、光となって外へ外へと湧き上がる。

「――なって、見せるっ!!」

 体の内(・・・)から、淡い光がうっすら立ち上っていた。

「ちっ……もういい、殺れっ! 何もなかった(・・・・・・)ことにしろ――っ!!」

 3人目が駆け寄り、苛立った銀に光るナイフが私の胸に吸い込まれる――。


「ビハーラ嬢――『――…』っ!!」

「ぎゃっ!」

「ぐっ……!?」

 怒号に掻き消されてソーマの声はよく聞こえなかったが、突如私の足元へ大きな壁が3枚降って尻尾3人を弾き飛ばす。

 それは鉄製の「スクトゥム」――重装歩兵を代表する、長方形の巨大な盾。

 地面に突き立った鉄の盾が、私と尻尾を隔てたのだ。

「はぁはっ……なに、っこれ……?」

 どこからこんなものを――理解がともなわず一瞬呆然とするが、荒い息が身体の疲労を思い出し膝が揺れる。

 剣を杖に座るのを拒む、今気を抜いたら立ち上がれそうになかった。

 耳だけは嫌でも周囲の音を拾い、気がつけば争う声は呻き声に変わっている。

「――っ!?」

 盾に誰かの手がかかり隙間を開けた。

 反射的に身構え――そこに現れたのは、見慣れた旅のパーティメンバー。

「遅くなり、申し訳ございません」

「ビハーラ姉様、ごめんなさい――っ!!」

 ユーパが抱きついてくる、ああもう危ないなあ。

 ソーマは尻尾から奪ったナイフで、立ち回っていたようだ。

 ユーパにはかすり傷すらついていない。もし保護する対象がいなければ、もっと早くに制圧していたのだろう。

 以外に強いとは思ったけど、想像以上に凄まじい護衛だった。

「……悔しいけどこの章は、ソーマに持っていかれたわね」

 剣を馬車に置き、代わりに弟を杖代わりにする。

 二つの鼓動が重なる、暖かい杖。

「ビハーラ嬢には、とても及びません」


「誘拐犯9名、これで全員捕らえれたのかな……主犯(・・)は別にしてね」

 チェーンを巻きつけそこいらに転がってるだろうヘタレに、いじわるな笑み。

「うう……っクソ! 若造と思って油断した!」

「俺らの後ろに誰がいるか聞いて、腰抜かすなよ! 思い知らせてやる!」

「遠吠えなら裁判で為さい! 多くの証言者も、期待してることでしょう!」

 川の対岸で立ち回りは終わったのかと、安堵する町民。そして橋を渡り、石畳の道から遠巻きに見ていた町民。

「……ちっ!」

 ここまで目立つ活劇を繰り広げてしまったのだ。周囲から疑惑の目で凝視され、悪態が沈んでいく。

 視線を巡らすと倒れ呻いてる尻尾どもの間に、異質な輝きを見つける。

 手の平サイズのトゲ付き鉄球……幾人かはこれを踏み、足を押さえていた。

「突如出現した盾に鉄球、どれも妙な光沢を放ってる。これって一体――」

「姉様っ!」

 馬車の影から男が1人飛び出す。

 顔を半分布で覆っている、なんとかチェーンをとき隙を窺っていたヘタレだ。

「てめえら俺にこんなことして、タダで済むと思うな――っ!!」

 状況が分かっているのかいないのか、捨て台詞を吐きながら逃げだした。

 手にはいつの間にかナイフが握られており、狙いは遠巻きに見ていた町民!?

「なっなにをしてるの!? 早く、早く逃げなさいっ!!」

 しかしナイフを振り回し迫る暴漢に、誰も反応せず立ち尽くしている。

 ここから見ても目を見開き怯えているのに、それでも動かない。

「なぜ……っソーマ! あいつを捕まえて!!」

「――しっしかし!」

 ソーマは私を振り返り、周囲にも注意を向ける。尻尾どもは気絶している訳ではないのだ、完全に拘束するまで油断はならない。

 2人の側を離れる訳にはいかない、ソーマの瞳が訴えていた。

「そっそれは分かるけど、放っといたら関係もない住民に被害がでる!」

『っ……邪土(じゃどう)』!

 ソーマがナイフを投げ捨て、足元に手をつき「力」をこめた言葉を放つ。地面に30センチほどの見慣れない文様が浮かび、淡く発光する。

 文様からチェーンが生まれて走り、ヘタレに追いつくと巻きつき駆け上った。

「ぎゃあっ! ちっちくしょう――~っ!!」

 町民まで後数メートル、再びチェーンにとらえられもんどりうって倒れる。

 今なら分かる、路地でも同じ現象が起きたのだ。地面から出現したチェーンは、やはり妙な光沢を放っていた。

 ヘタレがまたもやなにか懇願している、しかし私の意識は元親方から離れない。

「ジャ……ジャドウ? ソーマ……あなた、いったい」


「これはこれは、その不思議な御業は因果伯殿とお見受けします」

 先ほどは微動だにしなかった町民が割れ、完全武装の兵士10数人が進み出る。

 真ん中には厳格な髭を蓄えた老人が騎馬していた。物言いや風格から一見して、この町の領主だと匂わせる。

 この老人を守るため盾となった? いや老人が、使用人を盾にしたのか!

 しかしそれより、発せられた名称に驚きが隠せない。

「インガハクって、あの因果伯? ソーマ……あなたが?」

 いくつもの冒険譚に登場し、危機に際し颯爽と現れ、領民を助けるヒーロー。

 その力は一騎当千であり、国家の要と称される存在。私の疑問にソーマはただ、表情を隠し返答を避けた。

 私の戸惑いを他所にいつから準備していたのか、兵たちは予定調和よろしく次々と尻尾どもを捕縛していく。

 約束が違う、裏切ったな、俺らは言われた通り――そんな呪詛もどこ吹く風。

「なっ仲間を、売ったのか!?」

 倒れていたヘタレはどの口で吠えれるのか、髭領主は視線も合わせず黙殺する。

 平然と切り捨てたのだ……そんな現場を直接私たちに、そして町民に見られても一切気にしていない。

 分かっている(・・・・・・)のだ、自分の地位は万全だと、領主の身は揺るがないと。

 平民にどう思われようと、どのような主張があろうと物の数ではない。それらを証明するみたいに、町民は領主の姿を認めると視線を落とし表情が消える。

 裁判で証言を求める計画が、破綻したのを感じていた……。


「先ほどのご令嬢の演説、真実(まこと)に結構。貴族家の嫡男が平民の真似事など、決して許されざる不名誉! 御父上に顔向けできぬ汚名となりましょう」

 髭領主が下馬し、嘆きの表情と共にわざとらしく盗み見た。

 ユーパが汚れた貫頭衣を見返し、雷に打たれて泣きそうな顔になる。私は繋いだ手を熱く握りしめ、顔を上げろと諭す。

「なにご心配なさらなくとも、この件(・・・)を口外する者は何処にもおりません」

 幸いですなあ――老人とは思えない健脚で私にすり寄り、釘を刺す。

 駆け引きをしている訳ではない、自分の主張が正しいのだと傲慢な髭が訴える。

「しばし拙宅で過ごされるといい、貴族の嗜みをお教えいたしますよ。いや配偶者に先立たれましてな、ご令嬢ほど見目麗しい方なら後添いに迎えたいほどです」

「……大変ありがたいお話ですが、私は件の通り伯爵家(・・・)を手中に収めたいので」

 ピクリと……髭が跳ねる。ウダカの晩餐会で末席にいたこの老人を思い出した、たしか子爵だったはず。

 ことさら身分を笠に着る性格、明確に「家名が下」だと宣言してやったのだ。


「イザングランの尻尾を操る狼……ノーブル王と呼ぶには、貫録不足ですわね」

「ではローカァ伯爵令嬢はルナールですかな? いやこれはお遊びが過ぎました」

 やはり私の爵位号を知っている、それでいて頭を押さえようとしていたのだ。

 ノーブル王はたてがみと覇気を持つ、ラクシュミー兄様こそが相応しい。

「あまり悪巧みが過ぎますと御母上の出自が疑われましょう……やはり血筋かと」

 耳元に口を近づけ、呟くように発せられた揶揄。

 目の前が真っ赤になった。弟だけならまだしも、お母様――ひいては兄様まで、侮辱すると言うのか!

 まだなにか吠えているが、怒りが体を震わせ思考が白熱している。剣を手にしていれば、一刀のもとにそのシワだらけの首を刎ねてやるのに!!

 ソーマが剣を置いた馬車の間にたたずみ、小さく首を振ると鞘に納めた。

「感情に任せた行動は悪手、それは分かるけど……分かりたくないっ!」

 私の激高は収まらず大地にも伝わり……いやこれ本当に、揺れてない?

「なっ……なんだ!?」

「きゃあ――っ!」

 振動はさらに大きくなり、町民の中には座り込む女性も現れ――。

 石垣を組んだ立派な市壁が、一部盛大に吹き飛んだ。

「なっなっなんだ、なにが起こった!? 盗賊の襲撃か? 他国の侵略か??」

 厳格な領主に初めて驚愕の表情が浮かび、髭で隠れていた口を最大限に開ける。

 ざまあみろと大笑いする間もなく、次いで領主の館が吹き飛ぶ。黒い穴が空き、赤い魔獣が現れ咆哮が町中に轟く。


 それが後に魔獣暴走(スタンピード)と呼ばれる事案とは、その時の私には知る由もない。

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