十夜 その塊を投げ入れろ!
「わ――~っ! 小さな川だ――!!」
子供たちが側溝に「塊」を投げ入れ、流れるお湯といっしょに走っていた。
排水力は十分あるようだ。
「あっそういえば、水を止めるの忘れてた!」
出しっぱなしになってる、水道料金がとんでもなく……いや、かからないのか。
「じゃあどうせだから、側溝のチェックをしよう。ねえウールドも――…」
後ろを歩いていたウールドに、なぜか凝視される。
「……ちっ」
目があうと舌打ちしてそらされた。
口を開け閉めして、何を言おうか迷っているみたいだ。お湯で「塊」を流す――ぼくの解答が意外すぎたのかな。
「あっここの通り、石畳は硬いし砂利が多いしで泣きそうでした」
「このちょっとした段差が意外に手ごわくって、どうしたものかと悩みましたね」
「そうそうここは雨が降って、お互い悲惨な姿になりましたっけ」
部分的に波打っていたり、水が吹き出している。土が盛り上がっているのかも、あとで突き固めておかなくちゃ。
「……全部覚えてんのか?」
「記憶力はいいんですよ、すっべすべの柔らかい手をしてますけどね――~」
ぼくの軽口に以前の発言を思い出したのか、ウールドの口角がやっと上がる。
苦労した場所のほうが覚えてるな、そんなことを考えていた。
「苦労したとこなら、覚えてるんだけどな」
ウールドが同じ感想でうれしく、掘ってきた通りを二人でゆっくりと歩く。
「あんなにたいへんだったのに、歩くとすぐですね」
あっけなく内側市壁が見えてきて、ウールドに笑いかける。
まったくだな――そんな声が聞こえそうだった。
側溝が終わりお湯があふれ、内側市壁の排水溝に流れている。ぼくは手前にある積みあげた土と、緩い坂道を指さす。
「ここに、下水処理設備を設置します」
「ゲスイ……ショ―リ?」
聞き慣れない名称に、言外で「なんだそれ?」と問うていた。
「汚物を一時的に貯める貯留施設です、直接川に捨てると汚染してしまうので」
まずは簡易的な下水処理設備でいい。斜面を利用して固形物と液状物を分離し、沈殿をくり返し簡易沈殿法で浄化する。
汚泥を利用した活性汚泥法のマネごと、まあやらないよりはマシだ。
「今は自然の自浄作用に、期待するほかないんですけどね」
「……今いちわからんが、さしあたりそれで完成なんだな?」
なぜかわからない、ウールドはさっきから何かを取り繕っていた。
ぎこちなさの混じった、彼らしくもない引きつった笑み。
「と~んでもない、まだ始まったばかりです!」
ぼくはあえて、おどけてみせた。
「側溝と言ってもただ掘っただけ、石畳用に踏み固められてたからマシですけど。このまま使い続けたら周りを削ってしまい、別の問題が発生します」
「追跡不可能な動物はいない」――彼のシートンの言葉である。
幼いころから野生動物の生態を研究し、生涯をかけて追い続けた。あきらめずに「最後まで手をつくした」からこそ、彼の後ろに道が生まれたのだ。
「ぼくはやっと、小さな一歩を踏み出しただけです」
「側溝による効果を実証できれば、木製の枠を作って長期利用の側溝が作れます。より生活を快適にするインフラ――公共設備や、施設も整えていけるでしょう!」
――城に割り当てられた部屋。
そして立ち入りを許可された厨房を、ぼくは徹底的に清掃した。害虫の侵入繁殖を防ぐには、清潔を保つのが最大の防御なのだ。
最初は領主のお客であり、噂ながらヴィーラ殿下が招いた少年である。
奇妙だけど合わせてくれたのだ。だが実地されると体調がよくなり、荒らされる食料の量が格段に減った。
『なんだか霧が晴れたみたいに、空気が澄んでます!』
『いやまいった、害虫をみかけないなんて……ここまで違うとはなあ』
『ほかにもありましたら、なんなりと申しつけてください――』
「完成が見えない」事業には二の足を踏み、参加しがたいのは当然である。
しかし実地されたデータを見せれば、心を揺らせる者も出てくるのだ。
「お風呂が――水が怖いならこだわらなくてもいい、生活排水用でもいいんです。住居を清潔にし、道の汚物をなくし、文字通り街を磨きあげるわけです」
我が主君の下知――「一年半でヴィーラ王国を磨きあげろ」
なんだかうまいオチがついてしまい、自分で笑ってしまう。
「ウールドも最初は意味がわからなかったのでは? でも今はどうでしょうか」
「そりゃまあ、なあ……」
口ごもりつつも側溝を見ると、汚物の塊が流れてきて排水溝に広がっていた。
「――っかしなあ、一歩を踏み出すにしたってだっ!」
ウールドが頭をかき心情を吐きだす、ずっと言いたかったようだ。
「佩刀してりゃほかの奴だって気づいてる、おまえが貴族の坊ちゃんだってな! ほどこしのつもりか知らんが、なにも自分でやるこたあねえだろ! 職人雇うなり命令するのがてめえら貴族どもの……クソっ!!」
「ウールドには本当に感謝しています」
「違うっ! もっと楽に、早くやれただろうって言ってんだ!!」
ぼくの胸に指を突きつけ、強くつめ寄ってくる。
抗えるわけもなく、手を上げて降参した。
「そう言われても、ぼくはまだ何者でもないですから~」
「はあっ?」
眉間にシワを寄せ、剣呑な表情にひるまず続ける。
「貴族の……騎士としての俸給は受領できても、所領はありません。親方が王国のトップなだけで、給料で働く弟子と変わりませんよ」
たまに忘れるけど騎士だったっけと、佩刀していた剣をなでた。
「費用はすべてヴィーラ殿下から、信用はすべてマナスル伯爵から。
高貴な方々におんぶに抱っこしてもらってるんですよ。これ以上何から何まで、頼るわけにはいきません。
できることは、自分でやれることはやらないと!」
実のところ資金もなく信用もなければ、何年の事業になったのか。
下手をすれば今も「側溝が必要な理由」の説明に、奔走していたかもしれない。
「王国の命運をかけた無茶苦茶な主命、期待に応え見事にこなせば――ご褒美に、踏んでいただけると思いません?」
「ごまかすなっ! そもおまえは、唯一無二のアラ――…っ」
ウールドは無理やり言葉をのみこみ、頭を振って地面を蹴りつけた。
「まあ向こうの世界育ちが有効なら、利用させてもらいますけどね」
日が傾き、突き刺してあった「バールのようなもの」が光沢を放つ。
遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえる。どうやら見える範囲の「塊」がなくなり、木片を流して遊んでいるようだ。
それは小川でやるべきだろうなあと、光景をイメージして頬をかく。
「……っおまえ」
召喚がはたされた件は極秘としなければならない。謁見の間に集った諸侯にも、殿下が招いたと曖昧に公表されている。
なぜ自分に話す!?
ウールドは虚をつかれたのか、そんな顔で言葉につまっていた。
「そういったわけなんですよ、ウールド――伯爵?」
「なんで知って……っくそ、M属性の予感か!? てめえいつの間に『カルマ』を啓きやがった、そんなことまでわかんのか!」
笑って訊いた推測に咬みつかれる、それはすでに答えですね。
「M属性? そういえば召喚の間でも、属性はなんだと問われていましたっけ」
さらなる軽口に、ウールドの視線が殺気を放って揺らめく。
両手は腰の短剣に近い、でもぼくに恐怖心はなかった。
そもウールドが言ったとおり、佩刀が許可されるのは兵士か貴族である。どちらにも見えないけど、彼が立場ある方だとわかっていた。
そして側溝掘りで見せた、体の内から立ちのぼる淡い光。
さらにぼくは彼に名前を教えていない、まあ意図したわけではないんだけど。
これだけそろえば推測もつく。
あんな魔法みたいな「力」を持つ方と街で偶然出会い、はからずも気が合って、たまたま名前も知っていた。
そんな可能性はかぎりなく低い。
彼は最初から、ぼくが向こうの世界から来たのを知っていたのだ。つまり召喚の間にいたフードの一人、ヴィーラ王国の重臣である――。
「あ――…っ初めまして、アユム卿」
観念したのか狼が空を見上げ、吠えこそしないがひと息つく。
頭をかいて仕切りなおし、ぼくに向きなおる。
「俺はムカッシュヴァナーサナ伯爵……長ったらしいんで爵位名で呼ばれると少しムカッとする、これ持ちネタな。一応、因果伯の一人だ」
腰に手を当て頭を振る。
ため息をついたおかげで豪胆さが戻ってきたのか、口角が上がっていた。
「名はウールドヴァ、気に入った奴にはウールドって呼ばせてる」
よかったらこれからもそう呼んでくれと、ぶっきらぼうに笑う。
重臣である――やっぱり、話に聞いた因果伯でしたか。素性のわからないぼくを野放しにはしない、きっと護衛か監視をつけると思っていた。
でも因果伯は仰々しいんじゃないかなあ。
「初めまして、アユム・カベウラです。ご存じのとおりアラヤシキから来ました、ぼくもアユムと呼んでください」
仕切りなおしたし、ここは握手かなと手を差し出す。ところがウールドは不思議そうに見ると、バールを拾い屋敷へ歩きだした。
後ろをついて歩き、彼の協力は本当に助かったと息を吐く。
偉そうに言ったけど、一人で掘ってたらいつまでかかったかわからない。
感謝していると、広い背中が「ぶっちゃけちまった――~…っ」と嘆いており、若干うなだれていた。
「性格的に隠し事とか、苦手そうだよねえ。因果伯は召喚に携わるほどの立場だ、守るべき義務があって当然だろう」
それなのに手伝ってくれたんだ、何か喜んでもらえそうなお礼は――…。
「あっそうだ! 半バーガーをずいぶんと気に入ってましたし、領主用の白パンを因果伯にも回すよう料理長に通しておきますね!」
「――っ!?」
ウールドがものすごい形相で振り向き、おおいかぶさって抱きしめられる。
「心の友よっ!!」
ごめん、殺されるのかと思った。
☆
「あ――~…お風呂、最っ高ぉ……っ」
スーリヤさまがお湯につかり存分に手を伸ばす、耳までピンと立ち震えていた。
「気に入っていただけて幸いです、でも一杯だけですからね? お風呂での飲酒は血圧が低下し、低血圧症を起こしやすく危険なんです。それに――」
「は―い、わっりましたアユムさまァ――~…かあああ~おいしい―っ!」
ぼくからエールをひったくると、ひと息で飲み干す。
「……まったくもう」
「なんだかいつもよりおいしい気がする、これお風呂との相乗効果かなあ!」
さらにねだるので、ぼくがいないときは飲まないと約束させもう一杯進呈。
エールは上面発酵のビールでホップはなく、短期間で発酵する。成分の九割が水であり、どれだけ重要か言うまでもない。
エールの醸造所は修道院が中心の施設である。
かけ合って蒸留水を試行してもらうと、試飲で感激していた。次回の製造以降、マナスル産のエールは別格になるに違いない。
「年齢的に飲んだことはないけど、火照った体にエールはおいしいんだろうな」
浴室の外でなら、少しの飲酒は許可しようか。
――城の居館にもお風呂を増設した。
元王都だけあり、マナスル城はかなり巨大な造りである。設置場所を求めて探索していたら、朽ちた桶の墓場を発見した。
「二人は入れる大きな桶……これはおそらく、『木桶風呂』じゃないかなあ」
「木桶……あのこれがどうやって、蒸し風呂になるんですか?」
時代的には貴族でも楕円の木桶が浴槽とされる。
天幕をたらして仕切り、ぬるいお湯に入ったのだ。居館の建造中はそこまで忌避されていなかったのではないか。
案内をしてくれた使用人さんは、何かわからず首をかしげていた。
「次第に利用者が減り、人が入れ替わって記憶の伝達が途切れる。すでに城内の者ですら意図がわからない……まさしくトマソンか」
かつては使用されど、無用の長物となった建築物を指す。
部屋には排水溝があり、隣に水道も通っている。設備は整っているといえよう、徹底的に掃除して再び利用する運びとなった。
こちらは一人用の桶に布を敷いて完成。
直径一二〇センチ高さ六〇センチで、ゆっくり体育座りができる。掃除など取り扱いが手軽だし、実際こちらのほうが効率的ともいえた。
屋敷の公衆浴場は視覚効果的に、演出と見栄えを気にしたのだ。
市民には縁のない大理石の浴槽につかれる。それだけでも圧倒的存在感があり、開放感は格別だろう。
そして嗅覚も利用する。
お湯から優しい香りが立ちのぼり部屋を包んでいた。カレンデュラオイルを少し入れると、肌がしっとりするので入浴剤にも使えるのだ。
特に乾燥している時期には最適。
「万能ハーブの面目躍如か、カレンデュラオイルも常備決定――っと!」
まずは「入浴は気持ちがいい」と認識してもらう。
世の常識を変えるのだ、簡単ではないがまずはそこからだ。
「ほんとういい香りよねえ、なんだかずっと浸っていたい……」
「石畳の端を掘ってるって聞いてたから、アラヤシキの奇妙な生態かと思ってた。こんな気持ちのいい設備のためだったんだね」
「奇妙な生態……」
部屋や厨房の掃除も、そう思われていたのかな。
見せたほうが早いと、あまり説明はしなかった。領主であるスーリヤさまには、話しておくべきだったかなあ。
「薪の財産だっけ……? ああいえ、ボイラーね。だけどお湯で水を温めるって、ややこしいことしてるんだよね。直接お湯を沸かしたほうが楽なんじゃない?」
「一人ならそれで十分ですね。でも公衆浴場に必要な大量のお湯を、絶えず沸かし続けるなんて現実的じゃありません。薪ボイラーならパイプを通るうちに、適度なお湯になってくれるんです」
薪のコストばかりではなく、人件費も考慮しなければならない。
「それでお湯がぬるくならなくって、体の芯まで温まれるんだ! 薪をあますことなく活かせる、財産と呼ぶにふさわしい設備だわ!」
うまくできてるもんねえ、さすがはアラヤシキ――。
スーリヤさまが感心して何度もうなずく。
向こうの世界が褒められると、なんだかぼくまでうれしくなる。五右衛門風呂の手もあったけど底部を鋳鉄製にせねばならず、また底板が必要。
せっかくの大理石が活かせないので、今回の公衆浴場には見送った。
使用人さんが隣の部屋で、薪ボイラーの管理をしてくれている。手を振って薪の供給と給水の停止を知らせた。
頬を染めて準備に走ると、白いエプロンが舞う。
「うん薪ボイラーは順調に稼働していますね。問題はないようなので、城の兵士や使用人さんに開放してもよろしいでしょうか?」
「うむ、よきにはからえ――~…」
桶の縁に頭を乗せ、ふんぞり返って返事をする。
実は城に「奇妙な設備」を設置することに、大臣格や有力貴族から反対の陳情が山と積みあげられていたのだ。
悲壮感すら漂わせた、断固たる拒否。
曰く……「湯につかるなど精神の堕落だ」「我が国へ悪しき慣習を持ちこむな」「領主は神への冒涜を看過するのか」云々。
月に一度の清拭――タオルで体をこするだけで、十分との方もいた。
面と向かって批判に晒されたことはない。けれど城や居館ですれ違うときには、あからさまに睨まれたり舌打ちをされる。
『ハッ……掃除をすれば、害虫が減らせるんだとさ』
『そんな簡単に病気を防げるのなら、聖職者の方々が広めてるだろ!』
この地域ではぼくの想像以上に、入浴は眉根を寄せる行為だった。
「フランス王ルイ一四世が入浴したのは、生涯において二度」――そんな話も信じられるほど、完全否定が突きつけられたのだ。
「沐浴はするけど、お湯に入る? そういえば東方へ、母をたずねて旅した記録があったわね。火山国では暖かい池につかるって、見聞きしたそうだけど……」
説明を受けたスーリヤさまも、最初は息をのんで二の足を踏む。
「ジョン……マンジロウって騎士だっけ、東方へ何十年も旅行したとかなんとか」
「閣下っ! そのような蛮族の習いを、領主が自ら認めるなど――」
「――いえ! いいえ殿下が招いた方の風習よ、試さずにはおれないでしょう!」
「おおっ閣下! そこまでの覚悟をお持ちで……っ!」
未知なるアラヤシキを、少しでも体験せねば――。
領主の責務とばかり、スポットライトを浴びお風呂場の扉を開けられたのだ。
入浴後……どれだけ気持ちいいか頬を染め力説し、カレンデュラの香りを周囲に漂わせ、輝く蜂蜜色の髪を見せつけた。
どんなに懐疑的な者でも――特に女性は、髪の美しさに速攻で心を揺らせる。
領主が気に入らなければ、設置の撤廃だって十分ありえた。許可証の件といい、実際スーリヤさまには助けていただいてるのだ。
「ボイラーの熱湯はそう早くは冷めない、ぼくもあとで入らせてもらおうかな」
「それじゃあムカッ……パラ~あのガキ大将とは、初対面ってことにするのね?」
「はい、ウールドの様子から、そのほうがいいのかと。因果伯だとも聞きました、もし立場などで憂慮がありましたら、便宜をはかっていただけないでしょうか」
ぼくは頭を下げてお願いする。
「ハァあの貴族嫌いがねえ、ずいぶんと丸くなったことで。よっぽどアユムを気に入ったようね、まあいいわ~了解」
「ありがとうございます! ……でもあれで、丸くなったんですか?」
心当たりが浮かび冷や汗が出てしまう。
側溝掘りに協力してくれた方たちばかりではない。理解不能な工事にイラだち、頭ごなしに絡んできた者もいた。
『おいてめえらっ! 誰に断って勝手なマネしてやがんだ!』
『酒が不味くなる、責任者出てこ――~いっ!!』
いきなりからまれ困っていると、ふいに背後から狼の気配。
威勢よくつめ寄っていた男たちは、それだけで口を閉じ蒼白となっている。
『あ"? 文句あんなら相手んなるぞ』
有無を言わせず、ひと睨みで追い返す眼力に恐怖した。
まあやり方はどうあれ、ウールドにも感謝しきりだ。
「以前だったら確実に手が出て、何人かは教会や修道院のお世話になってるわね。誰にでも咬みつく、口輪のない狂犬だったし」
あの膂力でそれは……平和主義者のぼくとしては、想像したくないなあ。
「まっまあとにかく、よろしくお願いします。でもご返事をいただくのは、お風呂あがりでよかったのですが……」
ご機嫌うかがいにエールを待っていったら、早く飲ませてとせかされたのだ。
領主が入浴中に入室する、それは殿下を怒らせた以上の騒ぎではないのか。
「だってエール飲みたかったし……それに召喚の間ではアユムの裸見てるでしょ。私も肌着姿を見られちゃって、なんだかいまさらじゃない?」
ぼくの葛藤など露知らず、飲み干したコップの雫まで舐めとり、残ったパン粉を名残惜しそうに指でつまんでいる。
この時代エールやワインにいたるまで、スパイスを入れるのが一般的。
「現代でも混浴場はあるけど覗きは犯罪だ。国によって守るべきTPOは異なる、これも常識の違いか……」
まあお風呂の率直な感想が聞けてよかった。
「アユムだってほら……妙齢の女性が全裸でいるのに、平然としてるじゃない? ここは照れるとかする場面でしょう!」
「へえ胸って浮くんだ、まあ脂肪だしね――とか思っていました」
姉か母親、身内の裸を見ている感じしかしない。
少しは恥じらいを持ったほうが……と続けようとしたら、スーリヤさまは大きなため息をつきお湯に沈んでいく。
「わかってるんだ、要するに皆が求めるのって……領主の地位なのよね。私自身はそういう対象にならないの、フフッ……」
なぜだかすごくガッカリして笑っていた。
「なに言ってるんですか、領主ではなくスーリヤさまがステキなんですっ!!」
「――っ!?」
城の女官や侍女、使用人さんからスーリヤさまの批判を聞いたことがない。
親方に「マナスル伯爵に献上するんですよ」と説明したら、寝ずに薪ボイラーを製作し設置してくれたのだ。
そのうえ若干だけど性能まで上っている。
市民の誰もが慕ってるんだと、鼻息も荒く桶に乗りだし目を合わせた。
――スーリヤさまが後ろを向き、耳まで完全に熟したリンゴになっている。
なんだかすでに懐かしい。
「エールで酔ったんだ……やっぱり危険だし、アルコールの販売は要検討だな」
「ん"ん"っ……まっまあその件はおいといて。あなたはとても貴重な存在なのよ、あの狼が――因果伯が護衛についてたのなら安心ね~うんうん」
真っ赤になって視線をそらし、妙に明るく気遣ってくれる。
ぼくは気が回るほうだけど、ご迷惑をかけているのかもしれない。
「側溝やこのお風呂を見れば理解できるわ。アユムの知識は『カルマ』に匹敵するほど重要だって、殿下もお認めになられてるのよ」
「そういえばウールドも言ってましたね、その『カルマ』とはなんですか?」
期せずして出た質問に、スーリヤさまは平静を取り戻された。
「ん――~…そうねえ、アユムは謁見の間で体験してるわね」
謁見の間――ヴィーラ殿下の、魔法?
「アユムの軽口が『原因』で、ヴィーラ殿下の炎の鞭という『結果』をまねいた」
目の色が変わり、学者が真剣な表情で迫る。
「それが『カルマ』――この世の理よ」
奇天烈な少年「風が吹けば桶屋が儲かる……って話では、なさそうですね」




