十一夜 夢を視た
「午前中は領主としての責務があるの、昼食後にそこで話をしましょう」
城の居館三階に、スーリヤさまが「探究部屋」と呼ぶ居室があった。
信用してくれたのか鍵を授けてくれる。
領主の責務……王都が中央なら、マナスルは地方になるのかな。ぼくの感覚では都道府県知事が近い。
「政治の中枢に携わる高い地位、きっと精力的に働いておられるのだろう」
重責をになう立場に頭が下がる。
昼食後に矢も盾もたまらず部屋に向かった。中庭では豚と鶏の散歩とすれ違い、牧歌的な風景に心和む。
「えっと……ここで、いいんだよね?」
探究部屋の扉を開け、少しの間戸惑う。
尖頭アーチの格子窓にガラスが光り、昼の陽気を演出していたのだ。
城塞は外部からの攻撃を想定した、防御の機能が主である。窓は高い位置にしか配置されないなど、常に「戦場」となる状況を想定して建造された。
ゆえに聖堂や王族の部屋など例外を除き、扉はむろん窓も厚い板戸を使用する。
「最初に通された部屋にも窓はなかったのに……もしかしたら高い地位の威光で、勝手に改築してしまわれたのかな」
早すぎたのかスーリヤさまはまだいない。
少しばかり不敬な感想をもらし、後ろ手で扉を閉める。気を取りなおして部屋を見回してみた。
中学校の教室ほどの広さなのに、空きスペースは件の窓の前しかない。
十字架や植物を装飾した家具が迷路を作り、タペストリーが石壁をおおい隠し、蝋板がジェンガとなり、足元に羊皮紙が咲き乱れ、奇怪なウォード錠が口を開き、なぜか竿旋盤が横たわって、形の異なる天文コンパスが空を見上げている。
壁に床にあらゆる隙間に、所狭しと物があふれていたのだ。
「鏡なんかのお化粧道具が見当たらないのは、スーリヤさまらしいというか」
中世の雑貨屋をぼんやりと眺めて歩く。
本棚にクォータースタッフがわたされ、衣服が無造作にかけられている。
「本棚……あっ写本だ! わあ本がある、本がある――っ!!」
多様な装丁を持つ本が鎖で鉄柱に繋がれ、棚に大切に収まっていた。
まさしく「貴重品」な本の存在に感動してしまう。手で触れるのもはばかられ、いろんな角度で眺めつくす。
背表紙に少しだけ触れたのは、黙っておこう。
外壁には木製の扉があり、六畳ほどのバルコニーに出られるようだ。狭間胸壁になっていて、そこだけは城であると主張している。
「学者姿が似合いそうだったけど。気になる物を手あたり次第集めたとばかりの、堂々たる雑多さだなあ」
方位磁石はあるのかお聞きすると、すんなり出てきて驚いたっけ。
だけど……たぶん本人には意味のある配置なのだ。放置されただけに見える床の焦げ跡も、きっと大切な思い出。
『魔境よ』
笑って自虐されていたけどわかってしまう。
「本人だけの、聖域なんだ」
図書室と、理科準備室と、ものぐさジャージ大学生が織りなす共演。
ぼくは唯一座れる椅子に腰をかけ、サイコロを指で弾き、没食子インクの匂いを嗅いで、装飾の凝った燭台を揺らす。
なんだか懐かしい空間で、この探究部屋が気に入ってしまう。
飽きるまで、周囲を見回していた。
「ただ待ってるのもなんだし、掃除していようか? 整理整頓してチリひとつない部屋にしたら、スーリヤさまはどんな顔をされるかな」
胸中で発生したいたずら心に肩で息をし、机につっぷして耐える。
ああ、想像しただけで頬の上気が止まらない――。
視点が固定せず風景がぼやける……漂ってる感じだ。
俯瞰視点で、あおり視点で。
変わった夢だ。
左の頬が妙に熱い、握られてるような押しつけられてるような。
風邪をひいて朦朧としてるときみたいだ。
記憶が回る……誰かがおでこに、濡れタオルを乗せてくれたっけ。
気持ちがいいな。
子供のころそうしてくれたように――…。
ここは向こうの世界だと、なぜか理解していた。
確かなはずなのに、どうにも意識が集中しない。
あらゆるものが漠然と視える。
人がいてビルが……山に変わった、と思う間のなく海に動物に。
わらぶき屋根がダムに重なり、騎兵隊が戦艦に追われている。
時代が世界が重なり、要領を得ない。
どうせ視るなら知っている場所――学校の図書室。
気がついたら図書室にいた。
図書委員の定位置、貸し出し机に座っている。
都合がいいなと、どこかで笑う。
夢だと認識して夢を視る、けっこう自在に話を展開できたっけ。
どこか騒然としていて、変だなと周囲を見回す。
図書室に似つかわしくないスーツ姿の……先生?
なぜだろう、普段はめったに来ないのに。
学生のなかに別の制服も混ざっていた。
あっ違う、警察官だ。
図書委員の女子が身ぶり手ぶりでなにか説明をしている。
ぼくが消えた?
そうなるのか、行方不明扱いだな。
視線を移すと窓の外に「影供――…
…――の丘」……意識と場所が飛ぶ。
さっきまでいた図書室は、校舎に連なる窓のひとつとなっている。
丘のベンチの横には「元図書委員長」がいた。
警察官になにか説明をしている。
時間が経ってる、西日じゃないし翌日かな?
――ふと、ビニール袋に入ったぼくの制服が見えた。
そういえば召喚されたとき、靴下すら履いていなかったっけ。
現代製品を持ち込み歴史に干渉してはいけない――なんて言われてもないのに。
融通が利かない、まあぼくならそう主張しそうだけど。
「元図書委員長」は何度も目頭をこすっている。
彼女にすれば、話をしていた相手が忽然と消えた……となるのか。
神隠し――なんて説明で、どこまで通じるんだろう。
自分に起こったことすら、ちゃんと理解できてるとは言いがたい。
それを他者に説明して、どれだけわかってもらえるのか。
場合によってははなっから理解する気もなく、質問という追及をくり返す。
そういった人の言葉は、ときに酷く心を傷つける。
澱となって積もり、けっして消えない傷となるのをぼくは知っていた。
申し訳ないな。
彼女にはなんの責任もないのに。
謝罪の言葉すら届けられないのがもどかしい。
できるならひと言――いや、そんなことを望まれてはいないか。
彼女の想いは――…。
「ごめんなさい」
届かないのは、良かったのか悪かったのか。
彼女はどこかヴィーラ殿下に似ていた。
真面目で融通が利かず、不正を見れば誰にでもきつく当たる。
頭二つはでかい体育教師に、一歩も引かず持論を突きつけていた。
真剣であるからこそ、到達は人一倍うれしい。
真剣であるからこそ、ついてこれない人がいる。
ぼくはヴィーラ殿下の面影を、追いかけていたんだろうか。
これは言えないな、失礼にもほどがある。
両方から殴られそうだ。
苦笑する気配――自分の?
眠りながら「クスクス」と笑っている自分に気がついた。
それもありかなと。
覚醒が近いのか、体の感覚がよみがえってきた――と脳裏をよぎる間に。
意識は影に沈み、虚空へ舞う。
そうして闇の海へ――。
光の宇宙へ――。
想いは消えていった――…。
☆
「――目の前で話をしていたのに、図書委員の後輩が消えたんです!」
ある事件があり、私ははからずも渦中となる。
自分の身に起こったことすら、ちゃんと理解しているとは言いがたい。誰も信じないだろうと承知しつつ、それでも説明をくり返した。
過去形となって中学校は落ちつきを取り戻し、ほとんどの生徒は日常へ返る。
一時的な部活動の停止や、下校時間も通常に戻った。さして部活動に熱中していない生徒にとっては、いい休日となったようだ。
必死に頑張っている生徒には、晴天の霹靂だったろうけど。
私は、閑散とした校舎を歩く。
ため息さえ加害者には許されないのだとため息をつき、白い息が散る。
「はぁ……これで、最後にしますけどね」
何か思い出したらすぐに知らせなさいと、疑いのまなざしにも慣れた。
「真面目な生徒だったのに――」
先生の物言いたげな視線にさらされ、職員室から退出。
三年生は学級活動だったので、授業がなかったのは幸いである。離れて指をさす下級生の、好奇心にさらされるだけですんだのだから。
「嘘をつきたくないのに、嘘をつかないと勘ぐられる理不尽さ。きっと皆が求めているのは、『誰もが納得できる』理由なんだ……」
「影供の丘」はしばらくの間、立ち入り禁止となった。
在校生が一人行方不明なのだから、学校の対応としては真っ当と言える。しかし時期が時期なので、禁止解除の声が図書委員から突きあがっていた。
空気が沈殿し漂っている、かきわけて歩くのは足が重いからだ。
不安と――それでも後悔はないと、自分に言い聞かせる。
図書室に気配があった。
イベントを台無しにしたのだ、罵倒され白い目で見られる覚悟はできている。
二年半もお世話になった、なじみの深い図書室のドア。戸惑っても当然なのに、平然と開けた自分に少し驚く。
輪になり何事かを相談していた図書委員が振り返り、全員の視線が集まった。
話題の張本人を前に、皆の目が批判に染まった気がする。開口一番に謝罪すると決めていた、後悔はないと自分に――。
「あっ先輩先輩――! 学校の対応、酷すぎませんっ!?」
「先輩の話を全然聞いてもいない、あたし悔しくって――!!」
「口裏を合わせてるわけねえだろ! 嘘ならもっとましな嘘つくっての!」
図書委員がつめ寄ってきて、学校への不満を声高に主張した。
「先輩はなんにも悪くないです、むしろ勇気をもらいましたっ!」
彼と同じ二年生の娘だ、興奮して鼻息が荒い。
暖房はついているし、けっして寒いからではない。
「壁裏くんて神秘的で人気があったんです。でも誰も告白できなくって、こっそりファンクラブを作るのが関の山だったんです」
「先輩みたいに怒鳴っ……命令なんて、とてもできませんよお」
「そういやあいつ、小学生のときドラキュラって呼ばれてた! きっとコウモリに化けて飛んでったんじゃ――ない、かと……」
場の雰囲気を変えようとしたのか。男子の冗談は女子全員の殺気と、鬼の形相によって立ち消えていった。
嫌われてる自覚はあったので、図書委員たちの軽口に呆然としてしまう。
「嫌ってないですよお、怖かっただけです」
それは嫌っているのではと苦笑する。
「先輩と真剣に向き合っていたのは、壁裏くんだけだったんですね。私たちは怒られるのが怖くて、言われたことをやっていただけ」
見てくださいコレと、記録用紙をしめす。
「図書室利用者の学年統計です。三年生より二年生、そして一年生の利用者が増えてるんです! ほら新刊の感想や要望も増えてます!」
本当に楽しそうにデータを見せてくる。
「お二人が推進し取り組まれていた図書室の改革で、ここまで変わったんです! 真剣に考えて行動すれば、結果が出るんですね!」
「今後も推移を見て検討を続けよう!」
再び輪になって盛り上がる、すでに意識は図書室改革に向けられていた。
図書委員をやってよかったと誇らしい反面、何をしにきたんだっけと照れる。
「少なくともここに、私の場所はもうないんだ」
「気が強い、たまには引くことも覚えなさい」
それでは社会に出てやっていけない――と、幾度も諭された。
きっとそれがただしい大人なんだ。
彼が好きだと話した、赤い髪留めをチェックする。今日こそは優しく接しよう、丸くなろうと毎朝鏡に誓う。
それなのに彼の前で挫け、強気に出てしまう。
夢を視たのだ、好きな男性と手をつないで歩く夢。
「我ながら似合わない――…」
私は、閑散とした校舎を歩く。
心なしか気温が上がり、暖かな風が胸をすべり落ちていく気さえする。
「あれ、ここ……二年生の教室前?」
いつの間にか足がそちらに向いていた。
隣の校舎の影で一部光が届かない場所があり、彼はよくここにたたずんでいた。
彼に会いたいときは、ここにくればよかったのだ。
少し長くなった前髪をもてあそんでは、切るべきかと悩んでいる。
「どうせ伸びるじゃない、悩むくらいならさっさと切りなさい!」
悩むときはもう結論が出てる、後押しすればどっちかには進めるんじゃない?
「怒られるのがうれしいの!? なんとか言いなさいよ!」
構ってもらえるのが幸せなのだと、少し寂しげにほほえんだ。
なんだか消えてしまいそうなんです。ここにいていいのだと、誰かの役に立てるのがうれしいのだと。
「当たり前でしょ、あんた図書委員じゃない!」
そうでしたとまたもや笑う。
真剣にやればやるほど空回りし煙たがられ、「空気」を読めって陰口が飛んだ。
嫌われ者の私に普通に接してくれた。不備を反論で返してくるのが悔しくって、意地になって取り組んだ。
勝ち誇っている私のそばで、だって彼は笑うのだ。
「参りました――」
その屈託のない笑顔に、私は惚れたんだ。
「暇なら返本整理を手伝いなさい、仕事は自ら探すの!」
「管理問題ですね、まずは図書委員の人材配置から見直すべきです」
「っ――わかってるわよ! あんたひと言多いのよ!」
「現在クラスから一名ずつ出向しています、判断材料を増やしデータを――…」
「本当に消えること、ないじゃない」
図書委員の人材配置案、まだ決まってなかったでしょ?
「ごめんなさい」
――ふと、彼の声が聞こえた気がして振り向く。
そこは隣の校舎の影で、一部光が届かない場所。
遠くで部活中の男子が騒いでいる。かけ声が響いて笛の音がした。日常の喧騒が薄く流れ、なぜか寂しくて景色が歪む。
白い息がはずんだ。
今日も当り前に日が傾き西日が射すのだろう。彼の謝罪がどちらに対してだったかはわからない。
わからないまま、私は腰に手を当て、胸を張って勝利宣言!
「ほらねっ! 私がただしい!」
――どこかで、楽しそうな笑顔が重なった。
もうすぐこの校舎ともお別れだ。




