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M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~  作者: 高谷正弘
第一章 城郭都市マナスル
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九夜 全ての道は――

 マナスルの内側市壁には、柵のついた排水溝が数か所ある。

 ここに雨水が集まりナディ川へと排出されるのだ。ぼくはここをゴールと定め、数日かけて城郭都市内の調査をした。

「側溝で重要となるのは、傾斜が続いて問題なく流れるライン……」

 中学校の学習で調べたとき、ぼくの歩幅は約七五センチだった。

 そしてスーリヤさまから方位磁石をお借りする。磁気コンパスが航海を経て欧州にわたり、一三世紀後期に乾式コンパスへといたった。

 側溝は自然落下に頼るほかない、くまなく傾斜を調べるのに水平器も作る。

 台座に直角になるよう板を立て、重りのついた糸をたらす。地面が傾いていれば重りが左右にズレ(・・)るのだ。

 距離を測る歩幅、方位磁石に水平器、そしてメモ代わりの蝋板。

 排水溝まで伸ばす「道」を導きだすため、データの集積は必須だった。

「側溝にかぶせる蓋は、用意できてもせいぜい木製。ほとんどがむき出しのままになる可能性が高い」

 なので馬車が頻繁に通ると脱輪の危険がある。同じ理由で大通りにはそっても、横切らないようにしなければならない。

 なるべく急激な曲がり角を作らない――など。

 受領した南西の屋敷を中心として、馬や馬車の経路に周辺の交通量を、網目状に広げて記録していく。

「おい不審なガキ! 妙な道具を使い何をしてる!」

「そこの大道芸人、どうにも怪しい態度だな……衛兵に突き出されたいか!」

 市民からは胡散臭そうに睨まれ、居丈高に文句を叫ぶ商人や貴族。

 騒ぎになると見越されていたのか。スーリヤさまに「マナスル伯爵の許可証」を渡されており、恐ろしいまでに手のひらが返った。

「おっお許しくださいませ――~どうかどうか、ご内密にお願いいたしますっ!」

「こっこれは失礼いたしました! ぜひともお詫びをさせていただきたく――」

 字は読めずとも領主の印章は効果抜群である。

 泣きながら伏して謝罪する者や、屋敷に引き入れてご機嫌をとろうとする者まで現れどうにか逃げ出す。

「古代ローマではすでに使用されていた道具。大工でもなければ何をやってるか、わからないかもなあ」


「人通りが多いのに狭い道や、規律を無視した建物。もう少し区画整理しても……いや確か、意図的に乱雑化されてるんだっけ?」

 敵対勢力による進攻を少しでも防ぐため――。

 脳内で描いた3D映像がピタリと地図に重なると、なんだか頬がゆるむ。

 反面家屋の上には城が見えてるのに、たどりつけない複雑な街並み。あまりにも理不尽な都市計画に、どうしても首をかしげてしまう。

現代人(ぼく)の尺度で考える利便性より、これがこの時代の合理性か」

 作成した「都市部の簡易マップ」を眺め、あらためて異世界なのだと実感する。



 ☆



 今日も側溝作りに勤しむ。

 ウールドは鉄のバールを割り箸みたいに振るい、やすやすと溝を開けていく。

「鼻歌まで聞こえそうだ」

 最初は物語を聴きたがっていたのに、今では昼飯が楽しみで仕方がないようだ。

 いや費用対効果がむちゃくちゃ高いので、とんでもなくありがたいけど。

「おいガキども、ちゃんと分けろよ!」

「わかったよ兄ちゃん、おいちゃんとわけろ――!」

「わけろよぉ!」

 主日は子供たちにヨダレ顔で見つめられる。仕方なしに半バーガーを配る姿は、面倒見のいい兄貴にしか見えない。

 やんちゃな男の子や悪ガキっぽい子まで、ウールドを慕いマネをしていた。

「まさしく群れを統率するボス、狼王ロボだなあ」

 でもお嫁さん(ブランカ)はいなそうだねと、失礼な軽口に自分で吹き出す。

「チクチクトントン、すてきな靴ができました――」

「でぇきまちた――~!」

 掘った土を運ぶぼくのそばを、子供たちが手伝いについてくる。

 お兄ちゃんに手を引かれた女の子が輪唱し、心に温かい笑みが咲く。西の農民区に入った辺りで、バラバラと大人も数名混じってきた。

 この時代の三圃農法なら、農業のほかにも農具や家のメンテナンスがある。

 完全な農閑期はない。

 しかし子供から「吟遊詩人っぽい少年が何かやってる」と聞き、娯楽への興味が勝るのだ。

 物語を聴くかたわら、石畳に再利用できそうな石をわけてくれた。

「図書委員長と図書室改革に励んだときより、よっぽど親身になってくれるなあ」

 耳を傾けてくれるのがこんなにもうれしい。

 ぼくは気のむくまま、短い物語などを記憶から選択して話をする。長い物語――「三国志」は失敗だったと、反省したのだ。

 なにしろキャラと視点による変化が異様に多い。

 途中から聞いてもさっぱりだし、いつ語り終わるのか内心怖くなっていた。

「……ウールドの興味が昼食に移って助かった」

 胸をなでおろし、頼むから忘れててと切に願う。

 皮肉にも整備の整った都市部の中心や主要道路より、郊外の人通りの少ない道のほうが掘りやすい。

 目的の内側市壁が見えてくる。

 ウールドのスピードがあがり、ゴール付近に積みあげた土の山が見え――。

「おい坊主、設置できたぞ――! 動かすから試してみろ――!!」

 坂の上から、屋敷で作業をしていた親方が怒鳴った。



 ――それはレンガや石ではなく、鉄製の窯。

 上部にひときわ大きな水槽が設置され、大量の水が貯められている。焚き口には大きな蓋があって、送風用のフイゴが取りつけてあった。

 薪を燃やすと水槽が熱せられ、熱湯となる。

 水槽には熱伝導率の高い銅パイプがコイル状に浸かっており、水を流す水道管と直結していた。

 パイプを通る水が水槽の熱湯によって温められ、お湯となるのだ。

 薪を燃料とし、熱エネルギーを交換する装置――「薪ボイラー」である。



「お湯が出てきたあ!」

 パイプから出てくるお湯に驚き、屋敷についてきた子供が喜んでいた。

 水道管の引きこみ工事はすでに完了しており、無事開通にひと息つく。

「雨が降ったあとみたい、この匂い好き――!」

「それは良かった、水の匂いだね。ここは皆で入るお風呂、公衆浴場なんだ」

「コウシィ……これおふろ?」

 石作りの大きな浴槽にたまっていくお湯に、ピンとこない表情をする。

「うん……古代の、ローマ風呂なんだ」

 誰にも理解できない連想に、少し感慨に浸った。

 元貴族の屋敷は大理石がふんだんに使われている。ならばと再利用し、ホールの三分の一を豪華な「大理石風呂」へと改築したのだ。

 汗をかいてもタオルで拭くしかない。

 居館で部屋を借りている手前、大量のお湯を頼むのも気が引けた。だけどこれで遠慮なく、お風呂に入れるんだ!

「皆さんはお風呂――体を洗いたいときは、どうしてます?」

 歴史は完全に同一ではないけどと独語しながら、大人に質問する。

「そりゃあタオルで拭くなあ」

 ウールドがこれしかないと、腰に巻いていたタオルで汗を拭いた。

「パン屋の二階に蒸し風呂(おふろ)があるよ、でも体に悪いって聞くしねえ」

「暑い日は水運びのついでに、川で行水くらいはするさ」

 手伝ってくれたおばさんが奇妙なモノを見る目になっている。

 まあもう慣れたけど。

「たま~に桶にお湯をためて拭くけどさ、ここまで大袈裟にするとはなあ」

 呆れの混じったため息に、苦笑を返すしかない。

 大理石の浴槽は、座れば胸まではつかれる深さがあるからだ。

「そうそうお湯を沸かすのもひと苦労だし、近ごろは薪だって高いんだよ」

「後片づけにも手間がかかってねえ、その間は窯が使えないから不便でさあ」

 誰もがわかると賛同し、城で使用人さんから聞いたとおりだったとうなずく。

 ぼくはほとんど勝利を確信していた。

「彼らはたっぷりのお湯につかり、手足を伸ばす快感を知らない!」


 ――お風呂の起源は(クワ)よりもさらに古く、紀元前四千年の古代メソポタミアまでさかのぼる。

 公衆浴場は古代ギリシアから古代ローマへ、連綿と受け継がれていった。

 常に人類のそばで、湯気を立ちのぼらせていたお風呂。欧州でも入湯は一般的な娯楽だったが、少しばかり状況が異なっていく。

 インフラが整っていない時代。

 湧き水など豊富な水量を当てにできない地域では、労力のかかる水の搬入はどうしてもなおざりにされる。

 お湯を大量に使う風呂屋では、水を使いまわして病原菌の温床となったのだ。

 さらに当時は混浴で、売春により性病が蔓延したのも要因に拍車をかけた。

「入湯すると病気になる」

 肌から水の毒が染みこむと医学的に唱えられる。裸体での入浴は肉欲に繋がり、不浄であると教義により叱責対象とされた。

 不安感と罪悪感。

 水は忌避すべき存在と習慣化され、社会の常識となっていく。どうにか蒸し風呂は残ったけど、入湯は禁忌となってしまったのだ。

 そしてこの思想は、さらなる問題の発生を引き起こすことになる。

「さてここはOK! ウールド、長椅子を用意しない解決方法を見せるよ」

 いきなり振られてわからず、少しして「あ――っ」なんて声が響く。

「さーて、うまくいったらおなぐさみ」

 ぼくはお湯を抜き排水溝へ流すと、隣の部屋へ回った。

「親方、薪ボイラーは成功です! お疲れさまでした――!」

「ったりめえだ! 誰の仕事だと思っとる!」

 暖炉に設置された、時代にそぐわない鉄製の窯――ホーマ親方が当然とばかりに睨みつける。

 親方は御年四十七歳、今なおかくしゃくたる現役の鍛冶職人。

 ぼくの感覚からすると七十歳を超えていても納得できた。浅黒い肌に深いシワが刻まれており、腕は樹皮を彷彿とさせる。少し弛んだ皮膚にしっかりとした筋肉と太い血管が隆起する、歴戦の戦士だった。



「すまんなあ少年、親方資格者が少なくてね……徒弟の口はないよ」

 職人ギルド――鍛冶屋の同職組合へ、「薪ボイラー」の製作依頼に向かう。

 炉の火は落とされ、若干埃がかぶる鍛冶場。

 さらに役員の表情は暗く職人も少ない、仕事がないのだ。やる気のある若手は、仕事の多い新王都への派遣を希望する。

 残った親方も十年の間に亡くなった方や、引退された方が続く。

 王都を支えた親方層の役員は年寄りが多く、加盟成員の少なさを露呈していた。

 マナスルの過疎化がどれほど深刻か。

 生活必需品を製作する鍛冶屋ですらこれなのだ、ほかの職人ギルドの惨状は推して知るべしと言えよう。

「あっいえ、こういった品は作れないかとご相談に」

「ああ製作の依頼かね! よかったどれどれ……いや少年、これはちょっと」

 通常は指定された製品――農具や鉈や斧、ナイフや鍋など生活に必要な道具しか製作許可が降りない。

 なぜなら鉄や銅や銀にいたるまで、領主が独占権を持っていたからだ。

 統治者が職人を直接雇用し、製品の製造を認める。高い技術を持った職人は独自に水車を使用できるなど、特権を持ち優遇措置も受けられた。

「領主の許可証を持っていただけで、少年にすら頭を下げる。社会のあらゆる面に身分格差があるんだ……怖いな封建制度」

 領地を統べる領主の意向がすべて――。

 生産者である領民を「身分」で支配する、経済体系である。

「特殊な製品を発注したいなら、領主に拝謁し許可をいただかなければならない。まずなんらかの功績を立て、よしみのある貴族の従者となる。登城の供を許されるまで重用されれば……そうだね五年もがんばれば、きっとご尊顔を拝めるよ」

 お声をかけていただけるかは別だけど――佩刀していてもまったく騎士に見えない少年に、役員のおじさんは慰めながら説明した。


「その方なら今朝、二次発酵に成功したクロワッサンを『全部私の――っ!』と、抱えこんで食べてました」

 レーズン酵母のパンを提供してから、頻繁にねだられるようになってしまう。

「マナスル伯爵の許可証」のお礼がそれでいいのか、少し不安もあるけど。


 許可証を見せると、最高の鍛冶屋として紹介されたのがホーマ親方だった。

 最初は難色をしめしたのに、「マナスル伯爵の許可証」を見せたら一変する。

「なんだマナスル伯爵に認められてるのか、それを早くいわんか!」

 権威におもねっているわけではない。

 手のひらを返した方たちと違い、親方の目には信頼が宿っていた。スーリヤさまは職人たちにとても人気があったのだ。

 職人として本音を言えば、「好きな物を作りたい」のである。

 培った技術を自由に振るってみたい。

 しかしギルドの役員の説明どおり、通常なら利益にならない物――つまり売れて税金が取れない物に、製作許可が下りるわけがない。

 財産を好き勝手されて、怒らない領主はいないのだ。

 なのにスーリヤさまは簡単に許可し、なんだったら事後承諾でも許してくれた。

「家族の食いぶちを稼いだら、あとは職人の自由にしてよし!」

 職人を集めた会合で言い放ったこの宣言は、今でも語り草となっているらしい。

 徴税官は苦虫を噛み潰していたそうだけど。

「学者姿が似合いそうだったけど、スーリヤさまも大概アバウトな領主だ。ふふっ今度はスコーンを作ってあげようかな」

 身分差なんかどこ吹く風と、ナイショ話をする姉が笑う。

 いつの時代も自由な発想から革新が生まれる。スーリヤさまが領主だからこそ、残っている職人も多いに違いない。

 それもジリ貧になりつつあるのだ。

「鉄の(クワ)はすぐ作ってやる、だが坊主いくら自由たってこっちはやりすぎだ!」

 薪ボイラーの設計図を手に、やっぱり無理かなと口が滑った。

「そうですか、難しい(・・・)ですよねえ……」

「てめえふざけんなっ! やってやろうじゃねえかっ!!」



 ☆



「――坊主の仕事は二度とごめんだからな! 注文が細かすぎるっ!!」

 通常ならレンガと石で組む窯の外装を、鉄で製作する。

 特に燃焼室と配管の一部は、耐用性を上げるため厚みを設定してあるのだ。

 水は城壁周りの水車をお借りしてポンプで引く。パイプを通っていったん屋敷の倉庫でためられ、ろ過装置を通り供給される仕組みとなる。

 労力としては薪の補充と水道の管理、ろ過装置の定期的なチェックですむ。

 ランニングコストは申し分ない。けれども親方は本気でたいへんだったようで、腰を下ろし大きく息を吐いていた。

「ええっでもきっと、追加発注することになりますよ?」

「マジでか!?」

「皆さんの反応からもおそらくそうなります。そんなに困難でしたら、少しくらい精度が落ちても構いませんが……」

 やっぱり難しいかなと妥協案をだす。

「てめえふざけんなっ! むしろ性能上げたるわっ!!」

アユム(・・・)――っ!!」

 ウールドが屋敷裏手の路地で叫んでいる、絶叫に近い。

「ああじゃあ、うまくいった(・・・・・・)んだな」

 ホーマ親方に会釈し、ぼくはゆっくりと彼の元へ歩いていった。

 窓から覗けば、路地に白い靄が沈んでいる。

「アユムっ! これがおまえの、答えかっ!!」

 ぼくの顔を見てウールドがもう一度叫ぶ。

 まだ夕暮れ前で夕食の時間でもないのに、白い靄が発生していたのだ。それは、お風呂のお湯。

 ぼくの屋敷を始発(・・)とし、排水溝から路地に連結して側溝を流れていく。

 まるで温泉街の一角と化し、足元に湯気が立ちのぼる。


 いつかウールドが蹴って側溝に入れた「塊」も、すでに流れていた――。

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