「4日目:前」
一睡もする事が出来なかった……。
当然だ。昨日は彼女に追われ、知らない空間で走り回って、知らない何かを目の当たりにしたんだ。色んな事が頭の中に詰め込まれ過ぎてて、未だに整理出来てない状態というわけだ。
「はぁ……」
空はこんなに晴れてるというのに、僕の心は雨模様だ。雲に覆われ過ぎていて、正直に言って憂鬱な気分だ。
もし、こんな朝からこの悩みの元凶に遭遇しようものなら、僕の運勢は大凶だと確定申告されてしまうだろう。
「おはよー!なぁにを溜息吐いてるのかなぁ?」
「……」
確定申告されてしまった。
自らフラグを立ててしまった事を呪いたいが、過去に戻る事はどう足掻いても不可能だ。そんな事はあり得ない。
魔法使いにでもなれれば、話は別なのだが……ん?あれ?魔法使い?
つんつん。
「何さ」
「何を難しく考えてるんだろうなぁ、と?」
「それとほっぺをつんつんするのと、何か関係あるかな。僕と君って、別にそんな仲良い関係でも無いよね?」
「うわー、酷いなぁ。昨日はあんなに激しく運動し合った仲なのに。ぐすん」
彼女の言葉によって、様々な誤解を招く結果となった。周囲にいる生徒たちから黄色い声が湧き上がり、挙げ句の果てには血の涙を流してる生徒もいる。
そこまで盛り上がる理由があるのか知りたいが、知りたいだけで興味は全く無い。
そう。ここに居る生徒は恐らく知らないだけだ。
彼女が……人を殺した事を。
「また難しく考えてるね。何に悩んでるのかな?私だったら相談に乗るよ?」
「っ……」
覗き込まれた所為で、彼女の顔が全て視界を覆った。それに胸元が微かに見えてしまい、目のやり場に困る。
彼女の事だ。僕をからかう為なら、手段を選ばないだろう。だからここは、無視を決め込めば僕の勝ちだ。
「ふむ。……見た?下着」
「……!?」
廊下を進んた瞬間、耳元でそう囁かれる。背筋がゾクッとする程の声色を出し、高嶺の花という事を思い出させる妖艶さを醸し出してきた。
こいつ、出来る……!
「ていうか、いつまで僕に着いてくるのさ。今日の授業、朝から体育だよ。着替えなくて良いの?」
「なぁに、そんなに私の下着姿を見たいの?」
「良いから早く行ってくれないかな!僕も着替えたいんだけど!?」
「ははは、はいはい。じゃあまた後でね!」
彼女は白い歯を見せながら、手を振ってそう言った。どうして僕に構うのか、それが今はよく分かる。
それは人を殺した所を見たから……答えは迷うまでもなくそれが理由だろう。他の人間に漏らさないか、監視をしているのだろう。
だがそれでも腑に落ちない部分があり、僕はそれを考えていた。
「ったく……これじゃ考えがまとまらない」
モヤモヤした思考回路では、いずれにしろ考えがまとまる事は無いだろう。それならば、今は学生らしく青春を楽しむとしよう。せめてもの自分への情けである。
ちなみに、今日の体育は長距離走。またしても、運勢は大凶だった。
「……」
「~~♪」
「…………」
「~~~~♪」
体育の授業は基本は、男女別で行われる。球技や体力測定などは別なのだが、長距離走や短距離走と言った陸上競技は男女別では無かったようだ。
……というか、ここ最近で色んな事があって忘れてた。主に後ろを着いて来る彼女が原因なのだが。
「女子はトラック3周半でしょ?同じペースで走ってたら、周りに置いてかれると思うけど」
「君から話しかけてくるの珍しいね!どうしたのかな?かな?」
「特に理由が無いなら良いや。じゃ、速度上げる」
長距離走は苦手なのだが、後ろから追手が居るなら話は別である。他人から逃げ続けた僕の逃亡術、とくと味わうと良い。……
――10分後。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
「あーあー、大丈夫?ペース配分をミスするからそうなるんだよ?」
「誰のせいだと、思って、るのさ」
長距離走を終えて、余った時間は自由行動となる。普通なら喜んで、木陰に入って読書するのだが、今は息を整えたい。
「っていうか、何で君は息切れしてないのさ」
「私これでも中学の時は陸上部だし、このぐらいの長距離なら多少乱されても平気だよ?ブイブイ♪」
「……ふぅ、さいですか」
「あれ?何処行くの?」
「何処だって良いでしょ」
彼女はこの学園の生徒の憧れで、僕はその何も取り柄のない生徒。太陽と月、陰と陽、天才と凡人……色々な言い方があるかもしれないけど、僕と彼女を比例させるのなら、陰と陽というのが妥当だろう。
勿論、陰は僕。彼女が陽である。
「はぁ……」
珍しく追って来なかったから、学校での久々の独りの時間だ。別に孤独を気に入ってる訳では無いが、生徒たちが遊んでいる様子を見る限り、孤独の方が良いと改めて思った。
やはり、静かな時間が好きだ。
「……」
そんな事を思う内に僕は、涼しい風に頬を撫でられながら目を閉じた。心が落ち着く温もりに頭を撫でられて、僕は夢の世界へと旅立つ。




