ミサンガを作ります
文化祭も無事に終わり、秋の深まりとともに朝晩の冷え込みが少しずつ厳しくなってきた頃。
ある放課後、博物学研究会の特別教室には、ヴァルフリートとメルティール、そしてキリルとライラの4人が集まっていた。
テーブルの上には、赤、青、黄色、緑、白といった色鮮やかな刺繍糸が何色も綺麗に並べられている。
「手首に巻き、切れた時に願い事が叶うとされるおまじない……『ミサンガ』、ですか?」
メルティールが興味深そうに糸の束を見つめると、ライラが穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、メルティール様。先日、博物学の資料整理をしていた時に、遠い異国の伝承として見つけたのですの。色によって込められる意味が違っていて……互いの幸せを願いながら手作業で糸を編み込み、相手に贈る風習があるそうなの」
「互いの幸せを願い、糸を編む……とても素敵なおまじないですね、ライラ様」
ヴァルフリートの碧眼が輝く。隣に座るキリルも、丸眼鏡の奥の目を優しく和ませながら語りかけた。
「ハルシオ領の自給野菜の件や音楽祭、文化祭と、最近は怒涛の日々が続いていましたからね。今日は気晴らしも兼ねて、みんなで大切な相手のためにミサンガを作ってみませんか、ヴァルフリート様、ローゼンベルク嬢?」
「まあ、ぜひ作ってみたいですわ! ハルシオ様」
メルティールは嬉しそうに胸を躍らせ、さっそく並べられた糸の中から思いを巡らせ始めた。
◇
「糸を三本ずつ束ねて、こうして交差させながら編んでいくんだよ、ヴァルフリート様」
「ふむ……編み物や刺繍はメルティールが得意な分野だが、自分でやってみると意外と集中力が必要なのだな……」
キリルに教わりながら、ヴァルフリートは真剣な表情で刺繍糸と向き合っていた。
彼が選んだのは、メルティールの美しい髪と瞳を象徴する「銀色」と「薄紫色」、そして絆を表す「白色」の3色だ。
(メルティールが二度と一人で抱え込まず、いつも穏やかな笑顔でいられますように……)
指先を動かすたび、心の中で愚直なまでの祈りを込めていく。かつて理想の王子様を演じていた頃の冷たい器用さではなく、一つひとつの編み目に温かな想いを込めたその手つきは、どこか不器用で、けれど酷く誠実だった。
一方、その向かい側では、メルティールが繊細な指先で素早く鮮やかに糸を編み進めていた。
彼女が選んだのは、ヴァルフリートの輝く金髪と碧眼を映した「金色」と「深青色」、そして彼の情熱を表す「赤色」。
(ヴァルフリート様が王太子としての重責に押し潰されず、自分らしく輝き続けられますように……)
普段は凛とした公爵令嬢である彼女が、まるで恋する乙女そのものの愛おしそうな眼差しで、一筋一筋に愛を紡いでいく。
その横では、キリルとライラも静かに糸を編んでいた。
キリルが選んだのは、ライラの穏やかな栗色の髪と焦げ茶色の瞳を想わせる「茶色」と「暖かみのある橙色」、そして平和を表す「緑色」。
(ライラがこれからも美味しいお茶を飲み、穏やかで幸福な日々を過ごせますように……)
ライラが選んだのは、キリルの柔らかく誠実な人柄を表す「生成り色」と「優しい黄色」、そしてハルシオ領の実りを祈る「深緑色」。
(キリルとふたりで、ずっと変わらない小さな幸せを慈しんでいけますように……)
室内には静かな時間が流れ、窓から差し込む夕陽が、夢中で糸を編む4人を優しく包み込んでいた。
◇
「……出来たわ、ヴァルフリート様!」
最初に声をあげたのはメルティールだった。さすがの手際で、寸分の狂いもない見事な模様のミサンガが完成している。
「私も完成したよ、メルティール」
ヴァルフリートが差し出したものは、メルティールのものに比べると少し網目が揃っていない部分もあったが、とても温かみのある仕上がりになっていた。
二人は顔を見合わせ、照れくさそうに微笑み合うと、お互いの手首に編み上げたミサンガをそっと結び付け合った。
「……とても綺麗だよ、メルティール。君の銀髪と紫の瞳にぴったりだ。私を想って編んでくれたことが、何より嬉しい」
「ヴァルフリート様……ありがとうございます。あなたの温かいお心が込もったこのミサンガ、私の生涯の宝物にしますわ」
二人の手首に結ばれた色とりどりの糸が、夕暮れの光を受けて優しく輝く。
そして、キリルとライラも完成したミサンガを互いに交換していた。
「ライラ、僕の祈りを込めたよ。これからもずっと、僕の側にいてね」
「キリル……ありがとう。私も、キリルの幸せを一番に願って編みましたの。ふたりで大切にしましょうね」
お互いの手首に結ばれた素朴で温かなミサンガを見つめ、二人は幸せそうに微笑み合った。
◇
「相手の幸せを願いながら手作業で物を作り、それを贈る……本当に心が温まる素敵な風習ですね」
手首のミサンガを愛おしそうになでながら、ヴァルフリートが感銘を受けたように呟いた。
「ええ、ヴァルフリート様」
キリルが穏やかに頷き、言葉を継ぐ。
「手作りのものには、作った人の『誰かを喜ばせたい』という心が宿りますから。……実はこのミサンガを作りながら考えていたのですが、こうした手作りの温もりを、学園全体や地域の人々とも分かち合えたら素敵だと思いませんか?」
「分かち合う……? それは具体的にどういうことかい、キリル?」
ヴァルフリートが興味深そうに身を乗り出すと、キリルは丸眼鏡の位置を直しながら言った。
「例えばですが……学園で『チャリティーバザー』を開催するのはどうでしょう。生徒たちが家で眠っている本や日用品、あるいは手作りの工芸品や焼き菓子を持ち寄り、安価で販売するのです。その売り上げを、孤児院やハルシオ領のような開拓地の支援金として寄付する仕組みです」
その提案に、真っ先に目を輝かせたのはメルティールだった。
「まあ……! それは素晴らしいアイデアですわ、ハルシオ様!」
メルティールは胸の前で手を組み、即座に頭の中で構想を膨らませ始めた。
「貴族の嗜みとしてノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を果たす場にもなりますし、何より生徒たちが楽しみながら社会貢献を学べますわ。文化祭とはまた違った、心温まる交流の場になるはずです!」
「素晴らしいよ、キリル、レーベン嬢!」
ヴァルフリートも大きく頷き、碧眼を力強く輝かせた。
「我が国の貴族子弟は、どうしても庶民の暮らしや支援の現場から遠ざかりがちだ。自分たちの手で作り、販売し、それが誰かの助けになるという体験は、将来国を背負う者たちにとってかけがえのない財産になるだろう。ぜひ生徒会の正式な事業として検討しよう!」
興奮気味に語る二人を見つめ、ライラがふっと柔らかく微笑んだ。
「殿下、メルティール様。もしバザーが実現いたしましたら、私とキリルで特製のハーブティーや手作りジャム、それに……このミサンガもたくさん編んで出品しますわ」
「そうだね、ライラ」
キリルも優しく微笑みかける。
「ハルシオ領の美味しいお野菜も持ってきましょう。ヴァルフリート様とローゼンベルク嬢の素晴らしい企画なら、きっとたくさんの人が笑顔になれるバザーになりますね」
「ありがとう、二人とも!」
ヴァルフリートは心からの感謝を込めて二人を見つめ、それからメルティールと顔を見合わせた。
「すごいな、メルティール。私たちが手を取り合い、二人のような温かな友人たちと共に歩めば、こんなにも素晴らしい未来の構想が次々と生まれるんだ」
「ええ、ヴァルフリート様……! 私、この国に生まれて、あなたやライラ様、ハルシオ様と出会えて……本当に幸せですわ」
メルティールの紫水晶の瞳に、感動の涙が静かに浮かぶ。
夕闇が迫る教室で、手首に結ばれた4つのミサンガが、まるで彼らの深く温かな絆と、これから訪れる優しい未来を祝福するように、静かに、そして確かな光を放ち続けていたのだった。




