バザー
ミサンガをきっかけに浮上した「チャリティーバザー」の構想は、生徒会の全面的な後押しを受け、冬の足音が聞こえ始めた王立ヴァルハイト学園の大講堂でついに現実のものとなった。
講堂内には、生徒たちが持ち寄った書籍やアンティークの小道具、手芸品などが整然と並べられ、一般開放された開場とともに、学園の生徒や地域の人々、遠方からの来訪者で熱気と笑顔に包まれていた。
「大盛況ですね、ヴァルフリート様」
会場全体の様子を見渡しながら、キリルが穏やかに微笑んだ。
「ああ、キリル。君が最初に提案してくれたおかげだよ。生徒たちも普段の貴族としての立場を忘れ、自分たちの手で誰かの役に立とうと活き活きと働いている。本当に素晴らしい光景だ」
ヴァルフリートは感慨深げに碧眼を輝かせた。その隣では、実行委員長として全体を仕切ってきたメルティールが、胸をなで下ろしながら優しい笑みを浮かべている。
「ええ、本当に……。出品していただいた品々も次々と手に取られておりますわ。ハルシオ様、ライラ様、おふたりのブースの様子はいかがかしら?」
「メルティール様、とっても大盛況ですのよ!」
駆け寄ってきたライラが、パッと表情を輝かせて答えた。
「キリルが手掛けたハルシオ領の特製ハーブティーと焼き菓子は、開店と同時に行列ができてしまって……! 先日みんなで編んだミサンガも、『大切な人への贈り物に』と買い求められる方がたくさんいらっしゃいましたわ」
「それは素晴らしいな、レーベン嬢!」
ヴァルフリートが嬉しそうに声を弾ませる。
「ハルシオ領の野菜を使ったポタージュスープも大好評でね」
キリルが丸眼鏡の位置を直しながら続けた。
「ローゼンベルク嬢が事前に素敵な紹介チラシを作ってくださったおかげですよ。購入された方々が『こんなに温かくて美味しい野菜があるんだね』と喜んでくださっています」
「まあ、ハルシオ様……! 私はほんのお手伝いをしただけですわ。スープが美味しいのは、ハルシオ様とライラが大切に育てられたからです」
メルティールが謙遜しながら微笑むと、ヴァルフリートも満足そうに頷いた。
「いや、メルティール。君の事前準備と告知の手腕は見事だった。君とキリル、レーベン嬢が力を合わせてくれたからこそ、このバザーは単なる売り買いではなく『人と人との温かな交流の場』になったんだ」
「ヴァルフリート様……そこまで言ってくださるなんて」
メルティールは少し頬を染め、嬉しそうにヴァルフリートを見つめた。
◇
そんな中、会場の一角で小さな男の子と父親が、ハルシオ領のブースに並べられた手作りの木彫りの小さな動物たちを困った顔で見つめていた。
「どうしましたか?」
キリルがそっと寄り添い、優しく声をかける。
「あ……。お兄ちゃん、あのね、僕、妹にお土産を買っていきたいんだけど、持ってきたお小遣いが少し足りなくて…」
男の子が握りしめた小さな手の中には、数枚の銅貨があった。
その様子に気づいたヴァルフリートとメルティール、頼もしいライラも歩み寄ってくる。
ライラは男の子の目線に合わせてかがみ込むと、優しく微笑みかけた。
「妹さん思いの、とっても優しいお兄ちゃんなのですね」
「うん。妹、最近熱を出してお家にいるから……元気になるような可愛いおもちゃをあげたいと思ったんだ」
男の子の健気な言葉に、メルティールは紫水晶の瞳を潤ませた。
「なんてお優しいのでしょう……。ハルシオ様、何か良い案はありませんかしら?」
キリルは少し考えた後、温かな笑みを浮かべて男の子に提案した。
「それなら、こういうのはどうかな? 実は今、僕たちのブースで『ミサンガの編み方教室』をやっているんだ。君が自分で糸を選んで、妹さんのためにミサンガを編んでプレゼントするなら、そのお小遣いの中で十分足りるよ。僕とライラが編み方を教えるから、挑戦してみないかい?」
「本当!? 僕、作ってみたい!」
男の子の顔が一気に明るくなった。
「よし、それなら私とメルティールも手伝おう!」
ヴァルフリートが腕を捲り上げると、メルティールも「ええ、ヴァルフリート様! 喜んでお伝授いたしますわ」と楽しそうに頷いた。
◇
特別に用意されたワークショップのテーブルで、4人は男の子に囲まれながら、丁寧に糸の編み方を教えていった。
「糸はね、こうして交差させるんだよ。……そう、上手だね、キリルに教わった通りにやれば完璧だ」
「ふふ、ヴァルフリート様ったら、教えるのがとてもお上手ですのね」
「メルティールだって、指先の動きが実に洗練されているよ」
「見て、キリル! 綺麗に編めてきたわ!」
「うん、すごいよ。妹さんも絶対に喜んでくれるね」
王太子、公爵令嬢、男爵令息、男爵令嬢という身分の違いなどそこには一切存在せず、ただひとつの小さな家族の幸せを願って手を差し伸べる4人の姿があった。
やがて完成した色鮮やかなミサンガを手に、男の子は跳び上がって喜んだ。
「できた! 殿下、お姉ちゃんたち、お兄ちゃん、ありがとう! 妹に渡してくるね!」
元気に走っていく男の子と、何度も深く頭を下げて感謝を伝える母親の後姿を、4人は温かな眼差しで見送った。
◇
夕刻。バザーは無事に終了し、大講堂には静けさが戻っていた。
売り上げの集計を終えたメルティールが、弾んだ声で報告する。
「みなさま、本日のバザーの売り上げですが……想定を遥かに上回る額が集まりましたわ! 孤児院への冬の防寒具の寄付や、開拓地への支援金等、多くの用途に役立てることができます」
「素晴らしい成果だ!」
ヴァルフリートは感極まったように声をあげ、3人の顔を見渡した。
「キリル、メルティール、レーベン嬢。君たちとこうして力を合わせ、多くの人々に笑顔を届けることができたことを、私は心から誇りに思う」
「いいえ、ヴァルフリート様」
キリルが静かに、しかし力強く言った。
「ヴァルフリート様とローゼンベルク嬢が、僕たちの小さな提案を真摯に受け止め、実現のために尽力してくださったからです。おふたりが目指す『誰もが助け合い、幸せになれる国』の第一歩が、今日ここで形になったのだと思います」
「殿下、メルティール様……私、今日のバザーで皆様の笑顔を見ていて、胸がいっぱいになりましたわ」
ライラも胸の前で手を組み、幸せそうに微笑む。
「ありがとう、二人とも……」
メルティールはヴァルフリートの腕にそっと手を添え、愛おしそうに瞳を揺らした。
「ヴァルフリート様、私達……これからもこの絆を大切にして、一歩ずつ進んでまいりましょうね」
「ああ、メルティール。君となら、そしてキリルやレーベン嬢のような素晴らしい友人となら、どこまでも行ける」
ヴァルフリートの力強い言葉に、全員が深く頷き合った。
窓の外では、冬の訪れを告げる澄んだ星空が広がり始めていた。
彼らの手首に結ばれた大切なミサンガのように、固く結ばれた4人の絆と温かな志は、これからもこの国を、そして人々の未来を優しく照らし続けていくのだった。




