9.冗談ですよね?
今、私の頭は思考が停止しておりまして。
それは聞いていた話とまるで逆だから。
……衣装のコーディネート?
……入浴のお手伝い!?
テーゼ様から教えていただいたメモも、リヒト様のポケットから返してもらえません。
ここまで説明されて尚更、疑問が浮かぶのです。
なぜ、私が選ばれたんだろう。
求める内容に見合うメイドの方が他にいて、して欲しい事が明確なのに。
私は、実家や公爵家の使用人として掃除洗濯、家事裁縫は卒無くこなせる自信があったけど、服飾の類いは触れてこなかった世界だし、身体のメンテナンスのような繊細な部分は、勉強不足にも程があるのです。
もしまた倒れるようなことがあれば、その時だけ駆けつければ良いのではないのかと……。
――何故、私なんですか?
このメモを見せた時、リヒト様は微かに眉を動かし少し躊躇うように口籠もりされました。何か特別なことがあるわけじゃなく、ただ緊急事態に備えて常に側にいることが理想だから……きっと、そう言うことだと察しています。
「きょ、今日が配属初日となるわけだけど、早速午後からトルナードが来る予定だから、その時にエマを専属メイドにした理由を話そうかな」
まさか最初の仕事が、トルナード殿下へのお茶出しとは……こうしてはいられません! 部屋の掃除はテーゼ様がして下さってるとして。
好まれる茶菓も紅茶も知らない私は、確認に追われることとなりました。
「で、リヒトはエマちゃんを抱き締めたこと、ちゃんと謝った?」
「ぶふっ……!」
訪れたトルナード殿下は今、楽しそうな表情でソファに座り、先日の経緯について説明しに来て下さっています。
「まだ謝ってなかったの? エマちゃん可哀想……」
「いや、だからそれは……今日、漸く専属になってこれから――」
「あぁ〜念願のね! おめでとうリヒト、それじゃ今ここで謝ってもらおうか。エマちゃん、おいで」
壁に控えた私を手招きし、ソファの横まで来たところで「握手で許してやってくれ」と耳打ちされました。握手の目的が本当に謝罪のためだけなのか、答えは否だとすぐ分かります。
「エマ、本当にすまなかった……」
「いえ……あの、大丈夫ですから」
目が点になったリヒト様は、間違ってないと思います。
トルナード殿下も「くくっ」と笑ってリヒト様の反応を楽しまれていますから。
「エ、エマ……君どうして声が」
「リヒト、これが互いを必要とする証拠だよ。リヒトのハイドギフトである無効化、そしてエマちゃんのハイドギフト、正偽判断能力。相性は、抜群だ」
今更ですが、初めて自分のギフトの名前を知りました。正偽……判断能力とは、難しい名前です。
「エマちゃんのギフトはね、その代償として声が封じられてるんだ。君の無効化で解放される仕組み、だと思うよ」
「無効化で……解放?」
「そっ。で、リヒトは、二つ目のギフトが機能するから、体のバランスが取れて回復する。まるで魔法だね」
「これが相性……なのか?」
納得してる二人と違って、私には訳の分からないことばかり。そもそも、リヒト様もギフト持ちだったとは。
「過去、私が知る限り一人だけ、同じように声を失ったギフト持ちがいたんだけど、その人も特定の人物に触れた時だけ話せたらしい。同じような、解放系のギフトだったんじゃないかな」
私の声を解放する……今まで考えた事がなかった発想です。無効化とはつまり、代償を無効にするということでしょうか。
「リヒトのギフトが二つあるのは知ってる?」
リヒト様を一度見てから首を振りました。
そういえば専属になったとは言え、リヒト様のことは何も知らないのです。
「リヒトはね、目で命令を下せる視線支配のギフトと、無効化のハイドギフトの二つを持って生まれたんだよ。とても珍しいけど、身体に掛かる負担が大きくてね」
倒れた理由がこれだとすれば――
「無効化のギフトを発動させないと、もう一つのギフトが衰退するんだ。数あるギフトの中でも、必ず相性が存在する。誰でも、どんなギフトでも良いわけじゃないから、こんなに長く探してきたんだけどね」
トルナード殿下は、その数値が可視化して見えるギフトを持ってるのだと言う。だから街で私を見つけ、ここに連れてきたのだと理解できます。
確かに、王城で見たあの光景は……酷かった。私がリヒト様に必要とされる理由は、これだったんですね。
「それでさ、モノは試しなんだけど。リヒトは安定して仕事に打ち込みたいし、エマちゃんは普通に話したいでしょ?」
普通に話せるなら、それに越した事はありませんから、首を縦に振りました。
「どれくらいの接触があれば、互いに有益なのか実験してみたら?」
「……ん?」
「メイドと主人じゃ体裁は良くないけど、婚約者って立場なら問題ないだろ?」
「婚……約者……」
「体調が安定するまでの期間限定で婚約を結んだって良い」
とっくに離れた手を、思わずリヒト様に重ねました。だってそうでもしないと反論も出来ません!
「ご冗談はおやめ下さい、私はメイドです。貴族とは言え、貧乏伯爵の娘が一時的とは言え、次期公爵様となんて有り得ません。私は実家のためにここへ来ました……触れる事で回復されるなら、いくらでも手を繋ぎます。お戯れは――」
「婚約しよう、エマ」
い……今、私の話しを聞いていましたっ?
「互いの有益を確認し合うなら、コソコソ手を握るだけじゃダメだろう。それに、専属メイドになって僕の一番近くに君が来たら、もう我慢はしないと決めたんだ」
「な、なんの我慢ですか! いや、あの……トルナード殿下も笑ってないで止めて下さい」
今にも吹き出しそうな顔でお腹を抱える殿下に、軽い怒りすら覚えるのは間違ってないはず。私が喋れないのなんて日常ですから……そんな今更、ベラベラ喋れるようになったところで、ですよ。
「似合いだと思うけどな。それにリヒトは本気だろ? エマちゃんの覚悟が出来たら話しを進めれば良いさ。じゃ、私はこの後、城で会議があるから行くよ」
私の肩に、ポンッと手を乗せたトルナード殿下が、小声で「メガネは外さないほうが良い」と言って、お二人とも部屋から出て行かれました。
……とりあえず、嵐が過ぎ去ったので、静かにテーブルを片付けます。
それにしても、トルナード殿下の楽観的な思考は、王族特有なんでしょうか。
***
「トルナード、僕で楽しむのは止めてくれ」
「なんで? 今まで仕事一筋で、令嬢の視線も鬱陶しくしてた堅物が、ため息混じりに空を見るなんてこれ以上に楽しいことある?」
「……」
否定できない自分が情けない……。
女は嫌いだと平然と言ってたはずなのに、抱きしめた感触や身体を抜ける爽快感が忘れられない。
「良い提案だったでしょ? 感謝してね、お礼はマゼル領のワインで良いよ」
「…………すぐ取り寄せる」
「これで実験が上手くいけば、お互いウィンウィンでしょ」
「実験はさすがに……」
「実験と託けて男のリヒトを見せられるし、彼女の一番になれる。一石二鳥じゃないか」
「彼女の同意なしに、手を出すつもりはない。それに……いや、良い。会議に遅れるぞ」
遠のく馬車を見ながら、トルナードが口にした「婚約者」の響きが、すでに脳内を占めた。専属メイドと言い婚約者と言い……何度欲に支配されれば気が済むのだろうかと、空を見上げる。
自分が、周りからどう見えるかなんてもう気にしていられない。だからって、彼女へ手を出すなど――
とにかく、予定外の会話ばかりで専属メイドになった経緯も言えなかった。
互いのギフトが関係してると聞いたのだから、エマはきっと、僕の体調を考慮しての配属だと思ったに違いない。
今はどんな理由であれ、側にいてほしい。
配属初日から振り回して……辞めるなんて言われたら……それこそ倒れそうだ。




