表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エマの本音が聞けるまで ー見てるだけじゃ満足出来ない次期公爵様とギフトの事情ー  作者: HARUHANA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/30

8.触れられないから

「専属メイドにすればいいんですよ」

 


 メイド長からの甘い誘いは、日に日に胸を締め付けた。だってそうだろ? 届きそうで届かない歯痒さほど気持ち悪いものはない。今日だって食事の席につけば、目の前にいるのに。


 それに、先日ついに倒れてしまった。

 気を失っていた間のことは、それとなくトルナードから聞いたが……エマが私に触れただけで、あの苦しみから解放されたんだとすれば、側に置かない選択肢は最早ない。

 しかし、翌朝目の前で眠るエマに驚きすぎて引き止めることも出来ず、帰ってしまったと言うから酷く後悔した。薄ら残る記憶のカケラには、心地良い香りと何か心を満たしていくような充足感があった。

 引き留めて感謝の気持ちを伝えられていれば――

 

 この身体を制御できるようになるまでは、確かに誰かの助けが必要で、それが彼女ならば手を大きく広げて迎え入れたい。

 

 ……が、しかし。

 何度か直接「専属のメイドになって欲しい」と直談判しようと試みたのに、私を見て目が合うなり避けるようにいなくなってしまうエマに焦った。

 まずい、専属メイドどころか一連のやり取りで嫌われてしまった可能性すら浮上したのだから。


 倒れた経緯や処置、今後の可能性を含めてレジスタンに専属メイドの交代を申し出た。もちろん、エマの名前を告げた上で。

 

「彼女が、リヒト様を救うとなれば適任かもしれません。ただ、リヒト様が思う以上に、女社会は厳しいのですよ。ベテランがいるのにも関わらず、新人が専属に付くと言う事は、妬みも生まれるのです。彼女がそれを望むかどうか」

「……どうしても譲れないと言ったら?」


 社交の場に出ている僕にとって、そんな不条理は山ほど見てきた。プライドや地位、権力に容姿……どれも武器のように扱い、自分を誇示する令嬢たち。だから僕は令嬢が苦手なんだ。


 説得方法はレジスタンに任せ、倒れていた間の仕事に打ち込んで数日後。


 ついに、エマが専属メイドに決まった!

 明日から僕の専属メイドだ……。バレないように素知らぬ顔をして何度も見ていた彼女が、ついに……!

 

 考えた。

 布団に入ってからも。

 嫌われていたとしたら、どう挽回しようか……どうやって僕を知ってもらおうか、どうやって挨拶しようか。


 考えた。

 考えすぎた結果……寝坊した。


 はっ! と目覚めた時には既に陽が高く昇り、部屋を掃除するテーゼに「こんな日に寝坊なんて、坊ちゃんもまだまだ詰めが甘いのですね」と呆れられる始末。


「テーゼ! 朝の挨拶はどうなった!?」

「本来であれば、朝食後にこちらでレジスタンとエマさんが来るはずでしたが……無理でしょう、その顔じゃ」

「やってしまった……」

「とにかく、急いで支度して朝食をお済ませ下さい」


 ベッドから降りて、これ程までに焦ったのはいつぶりだろうか。休日で良かったなどと思えないほど、猛烈に慌てている自分に腹が立つ。


「テーゼ! 食事を済ませてくるから、先に彼女へ引き継ぎをしてくれっ。行ってくる」

「はいはい、行ってらっしゃいませ」



 

 肩を落としながら食べる朝食が、進むはずもない。

 何度となく出る溜息に「お可哀想に……」と聞こえた気がした。何を取って『可哀想』になるのか、僕が何に悲しんでいるのか知ってのセリフなんだろうか。

 なかなか進まない食事にナイフを入れた所で「説明を終えて、今は使用人の休憩場にいますよ」とテーゼが告げ、扉を出て行ってしまった。

 

 きっと僕が何もしなくても、彼女はテーゼから色々聞けば、あっという間に仕事も覚えて、今までと変わらない日常を過ごすことになるだろう。でも、それではダメなのだ。今までと何も変わらないのは良いことであるが、望んではいない。

 いつまでもこんな所で溜息など吐いてる場合ではないのだ。


 食事を終え、自室に戻ろうとも思ったが……テーゼがわざわざ休憩場にいると告げに来た理由を考えた。胸元の懐中時計を見ても使用人が慌ただしく仕事をしている時間。そっと覗いた使用人の休憩場は、案の定彼女一人だった。


 

「今朝はすまなかった」


 メモに集中していた彼女がゆっくり見上げ、ガタンっと立ち上がって僕に頭を下げたが、頭を下げたいのは僕の方だ。

 

「今朝はその……寝過ごしてしまったんだ。挨拶の時間を守らず申し訳ない。改めて今日から専属メイドとして頼むよ、エマ」


 さりげなく呼んだ「エマ」の名に動悸が起きる。名前だけでこうだ。


 咄嗟に、テーブルに置かれたメモを取ろうとするエマに気付き、先に僕がそのメモを取った。部屋の配置や注意事項、テーゼがいつもしてくれてた内容が書かれている。

 何を思ったか、僕はそのメモを自分のポケットに入れ「ついて来て」と彼女を手招きして自室に戻って来た。


「物の配置、欠かさず用意するものはたぶんもう覚えているんだろう?」

 

 振り向きざまに見たエマは、きちんと首を縦に振っている。

 

「よし、それなら」


 普段自分しか入らない衣装部屋に入るなり「ここで……」と、言いかけた。どんな言葉を繋げれば、怪しくならないだろう。

 

「毎日この中からコーディネートして、僕の身支度をしてほしい」


 目を見開くエマもまた可愛……可愛い。

 急いでポケットから取り出した、新たなメモに何かを書き始めた。


 ――着替えはご自分でされると聞きました


「それはテーゼの時の話だ。エ、エマはコーディネートが出来るように勉強してくれ。自信がないなら、暫くは自分が着替えるのを見て、好みを把握して欲しい。それから……」


 次に向かった浴室でも「入浴の際、エマの手で手入れしてくれないか」と告げた。

 目は……見開いてない。

 ……違う。それ以上に、唖然としているのか。ははっ、それもまた可愛……可愛いすぎるぞ、エマ!


 エマを手中に入れてしまった以上、私という存在を存分に知ってもらう必要がある。私の好みは勿論だが、エマの好みも知りたい。それに、私から触れる事が許されないなら、彼女から触れて意識して欲しい。

 あの丁寧な所作で洗われる頭は……どれほど気持ちいいのだろう。


 何年経っても……僕に触れたとて、何の感情も湧かないなら諦めるしかないだろう。年齢からしてもあまり猶予はない。

 それなら遠慮せず彼女を知る機会に心酔しても良い。ダメなら潔く諦めると誓おうじゃないか。

 

 顔を赤くした彼女から一つお願いをされた。

 何かと思えば図書室へ行く許可だと言う。私が仕事で屋敷を空ける間、自分の仕事が終われば好きに使っていいと言うと、何とも嬉しそうな顔をした。メモに何か書き始めたエマは、それを見せるのに躊躇いを見せる。


 ――何故、私なんですか?


 躊躇いながら見せたその言葉を見て、一番最初に説明しなければいけないことをすっ飛ばしていた自分に、今更ながら気づいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ