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エマの本音が聞けるまで ー見てるだけじゃ満足出来ない次期公爵様とギフトの事情ー  作者: HARUHANA


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7.異例の異動

 然程(さほど)いつもと変わらない日常を過ごしながら、今日も食堂の中を眺めます。然程と言う、曖昧な表現が付いたのは、他ならない、リヒト様の件があったからでして。

 

 結局あの後、リヒト様の部屋を飛び出した私は、王城で彷徨う所をトルナード殿下に助けられ、無事に邸まで帰ってきたのです。

 帰り際「エマちゃんがいなければ、リヒトは本当に危険な状態だったんだ」そう言って私なんかに頭を下げられたのです。

 意地悪にも「で、リヒトと何かあったの?」なんて是非聞かないで頂きたかったです。こういう時は、話せなくてラッキーと思った方が気が楽なのかもしれません。

 

 本当は、もう一度……声が出せるか、試してみたいなと思ったりもします。が、いち使用人が気安く公爵家の方に触れるなんて御法度ですから、控えるに限ります。

 記憶が蘇るたびに恥ずかしさが込み上げるので、普段表情を変えない私でも、リヒト様と目が合おうものなら慌てて逸らし、こちらに向かって歩いてこようものなら避けるようになってしまいました。

 

 

 一月が経った頃、仕事を終えて部屋に戻る途中、執事頭のレジスタン様に「エマさん、少し宜しいですか?」と突然呼ばれました。

 客間のような部屋に、紅茶の良い香りが溢れます。

 

「いつも丁寧な給仕をありがとうございます。一つ提案なんですが……リヒト様の専属メイドが、だいぶ年を重ねてきてね。長年勤めるベテランメイドではあるんだけど、そろそろ交代しようかなと考えているんですよ。そこで、誰が良いか悩んでいたんだけど、メイド長が君を推挙しててね」


 まだ、食堂に配属されてひと月の私が?

 それ以前に、この公爵邸に来て間もない私が? 

 

 ――折角のお誘いですが

 

「給金が今までの倍、になってもですか?」


 ……倍!?

 今までだって、他の仕事に比べたら十分すぎるお給金なのに……倍!?

 こ、これは……仕事が激務すぎて死にそうなほど働かされて、リヒト様に尽くして、新人ペーペー使用人なら死んでも構わない倍、なのかもしれません。


「ふふっ、エマさん。なにか誤解があるようなので、予めお伝えしておきます。この異動は、とても異例なことです。確かに、リヒト様の起床から就寝までのお世話になるので、就業時間は不規則かもしれません。ですが、日中仕事に行かれるリヒト様に同行するようなこともありません。あくまで邸にいる間のお世話なので死ぬほど激務、というわけではありませんからね」


 とは言え、増額して私になるより、仕事が完璧な使用人の先輩方が良いに決まっています。

 

「リヒト様が心地良くお過ごしになれる環境を整えて下さいませんか?」


 心地良く過ごす環境……誰かのために尽くすのが大好きな私にとって、魅惑的な響きであることに違いはないけど……。


「他のメイドが気になります?」


 やっぱり、レジスタン様にはお見通しのようです。

 だって、どう考えても……直接お世話するメイドなんて高みの仕事ですし、なりたいと思っても早々なれるものではありません。長く勤める方々のプライドも考えると、認めてもらえるまでにどのくらいの期間を要するのか。

 

「気持ちは重々承知しています。私たちも、もちろん検討しましたが、エマさんだからお願いしたいと言うことだけ先に申し上げておきます。きっと、理由を知れば『なるほど』となる時が来るはずですから」


  ……そう言われて思い当たる節は、万が一倒れられた時。側にいられるから、というのが濃厚です。

 単純にお給金が増えて、領地を助けることが出来るのは素直に嬉しいんです。こうして声を掛けていただける仕事が出来てると、自分を誇ることもできます。

 もう陰で何か言われるのは、仕方ないと割り切るしかないとして……認めてもらえる仕事をするだけ、ですね。

 

 ――承知しました

 

「ありがとう、エマさん。リヒト様は、明日お仕事が休みのため、朝食後に一緒に挨拶へ行きましょう。前任のメイドが丁寧に教えてくれますから、安心して下さい」


 ――よろしくお願いします



  

 しかし翌朝、リヒト様は朝食の席に現れませんでした。

 

 一部の使用人からは「専属メイドが新人になるからご不満なんじゃない?」と、わざとらしく私に聞こえるように言ってくる辺り、やっぱり認められるまでには、かなりの時間を要しそうです。


 朝食後、改めて支給された新品のメイド服に着替えて、鏡で最終チェックを済ませました。


「諸事情で、リヒト様への挨拶が後回しになります。先に、前任のテーゼから引継ぎをお願いします」


 なんとも申し訳なさそうなレジスタン様が、曖昧な笑みで頭を下げました。


 一人、リヒト様のお部屋へ向かいます。

 ノックしたお部屋から顔を出したのは、何度か廊下ですれ違ったことのあるテーゼ様でした。


「どうぞ、入って。説明するから」

 

 まるで高級ホテルのような……いえ、私は高級ホテルなんて入ったことありませんが。

 分厚い本がたくさん並んだ本棚、書類が重ねられたデスク、綺麗に生けられた花。テーゼ様の丁寧さや、リヒト様の性格が分かるようなお部屋です。


「エマさん、ね?」


 頭を下げ、メモで自己紹介を済ませます。

 

「宜しくね。置いてあるものは基本そのまま掃除して。衣装部屋は、リヒト様がご自分で準備されるので、お洗濯の終わったものを片付ける程度で大丈夫」

 

 ――承知しました。他に注意する点はありますか?

 

「特にないわ。エマさんに出来ることをして差し上げて。実はね、私やってみたい仕事があったの。だから貴方に交代してもらえて嬉しいのよ。貴女の仕事ぶりは耳にしていますから、私ちっとも心配してないわ。リヒト様が戻られるまでまだ時間がありそうだから、休憩場で待っててもらえるかしら」

 

 ――ありがとうございました


 誰もいない休憩場で、もう一度復習しておきましょう。

 カップにお気に入りの紅茶を入れて、大きく深呼吸をして……ふと思います。当たり前ですけど、吸い込む空気がリヒト様の部屋とまるで違く感じるということを。リヒト様の部屋を纏う品の良い香りは、何だか心が落ち着いた気がしたからでしょうか。


 それにしても、目が合うだけで焦ってしまうのを……どうにかしないと専属メイドなんてやってられません。リヒト様のことは、何も考えない……考えない……。

 メモと睨めっこしては紅茶を飲む。睨めっこして、紅茶を……


 

「今朝はすまなかった」


 

 メモに集中してたはずの目線を少しずつ上げ――


 視線が逃げ場を失ってしまいました。

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