3.有難い職場
勢いのまま訪れた、マゼル公爵邸の使用人採用試験で……見事に合格を掴み取った訳なんですけど――
「トルナード殿下、まさか身分を隠しておられたのですか?」
「あぁ〜……名前は名乗ったけど、言ってなかったっけ? まぁ細かいことは気にしない気にしない。エマちゃんなら合格すると思っていたし、良い人材が確保できて公爵邸も万々歳でしょ? あとはほら、エマちゃんの働き次第だからさっ」
――この御恩は必ずお返しします
急いで、目の前に停まる馬車の中から紙とペンを拝借し、殿下と夫人にお礼を綴ります。
本当は、こんな言葉じゃ足りません。
もっと時間がかかると思ってた職探しがこんなにスムーズに、しかも最高の職場に決める事ができたのは、他でもない殿下と呼ばれる目の前の方のおかげですから。
「時々遊びに来るから,その時はお茶でも付き合ってよ。それに、その恩とやらはきっとすぐ返してもらうことになると思うからさっ」
そう言って、馬車の扉を開けて下さいました。
「さて……約束したからエマちゃんを送っていくとするか。夫人、リヒトにくれぐれも宜しく伝えてくれ」
「承知しました。次いらっしゃる時は、もう少し早くお知らせ下さいね」
「善処しよう」
手招きされた馬車に手を掛け、振り向きざまに見上げた宮殿のようなお屋敷……誰かに自慢したい気持ちでいっぱいです。
きっと皆様は、令息令嬢として尽くされたい側かもしれませんが、私は逆に尽くして差し上げたいテイク人間。
精一杯お仕事してお給金を実家に送れれば、きっと少しずつゆとりも出来るはずです。
両親に仕事が決まった事を伝え、出来る限りの準備を進め、寝る間も惜しんでしばしの飛び立ちに備えたのでした。
***
……私にとっても、彼にとっても紛れもなく僥倖だった。
王子として、次期国王として、民の暮らしの現状と問題点を洗い出すため、私は週に一度は必ず街に出る。
だが、それだけが街に出る理由ではない。
私にはどうしても救いたい友がいるのだ。
幼い頃から共に過ごし、互いが良き理解者である友は、職務を行う上で欠かせない存在である。そんな彼の身体に燻っていた異常の芽が大きくなった今、一刻も早く打開策を探さねばならないのだ。その打開策を模索する目的もあって私は街へ出ている。
「なぁ、あの子可愛くないか?」
「本当だな、おいっ声掛けてみろよ」
エマちゃんを見つけたのは、そんな男たちの騒めきからだった。街行く雑多の中から、一際目を引く彼女が、真剣に見つめるのが職探しの掲示板とは少々驚いた。掲示板に夢中だからなのか、本人に自覚がないのか、今にも色香に釣られた輩に声を掛けられそうな状況に、思わず割って入った。
「仕事を探しているのかい?」
振り向いた彼女を見て驚いた。
この子なら私の友が救えるかもしれない……長年探してきた可能性を、ついに目の前にしたのだから。迷いなく、掲示板に貼られたマゼル公爵邸の使用人募集を勧め、屋敷に連れて行こうと半ば強引に馬車へ乗せた。移動の前に、いくつか問いかけたが返答はない。案の定、紙とペンを渡せば声が出せないのだと教えてくれた。
この子だ。この子に違いない。
過去を振り返りながら、漸く手にした希望を胸に、エマという名の可愛らしい女の子を乗せ、善は急げとマゼル公爵邸へ向かった。
それにしても、エマ・オルセット……オルセット伯爵家の令嬢を目にするのは、今日が初めてだ。確かにここ数年、税の取り立ても多少厳しいところがあるのも事実で、声も出ない娘が仕事を探さざるを得ない状況は、王子として心が痛むほど申し訳ないと溜息が漏れた。
公爵邸に着いて早々、私はエマを託して駆け足でマゼル公爵の元へ向かった。
「マゼル公爵、急ぎの訪問ですまない」
マゼル公爵家直伝の紅茶は、いつ飲んでも最高の香りで癒してくれる。しばし香りと芳醇な味わいに浸って、カップを置いた。
「殿下直々に、どのような御用でしょうか?」
「見つけたぞ、リヒトの助けになる相手を」
「……っ、それは本当ですか!?」
「間違いない。これならリヒトの身体の負担も減らせると思う」
「今、どこにいるのです?」
「まぁ落ち着いてくれ、公爵。名は、エマ・オルセット。オルセット伯爵家の娘で、街にいるところに声を掛けた。私のギフトが何か知っているだろう?」
「もちろんですとも。殿下の数値化特性は、誤差のない正確な分析で有名ですから」
「対人対物を数値化し、互換性や相性と言った目に見えない分析が出来る……だから長年、リヒトのために探してた。彼女は、幼少期に声を失ったようでね、詳しくは調べてみないと何とも言えないけど、恐らくギフトの影響だろう。職を探して街に来ているようだったから、ここを紹介させてもらった。使えるようなら雇って良いし、もし基準に満たないのであれば私が貰い受けよう」
残りの紅茶を啜りながら、もしエマちゃんが不採用になった場合の処遇を考えた。いきなり王城勤めは荷が重いだろうか。
「妻に確認して参りますので、しばしお待ち下さい。……ん?」
扉を開けた公爵が廊下をまじまじと見るので、気になった私も覗かせてもらうと、少し早歩きで和かにこちらに向かってくる夫人が目に入った。
「まぁ殿下、あの子を雇わせて頂きます!」
「夫人のお眼鏡にかなったのかな?」
「彼女は凄いですわ。私どもは手入れをしない部屋を試験の場に設けますが、過去彼女ほど部屋を替えた者はおりません。途中何度か覗きましたが、痛く感動致しました。責任をもってお預かり致します」
彼女なら上手くやるだろうと思っていたが、ここまで感動させるほどの仕事ぶりというのは逆に気になる。痛く気に入ったようだし、隠さずリヒトの助けとなる娘だと伝えた。
「左様でございますか。それならいずれわたくし達が何もしなくてもリヒトが気付くでしょう。とにかく、わたくしはあの子の仕事ぶりをもっと見てみたいですわっ」
クルッと踵を返し、向かってきた時の迫力のまま去っていった。これは面白くなりそうだ……が、間近で見れないのが少し残念だ。
漸く、報われる気がする。
さて……リヒトはどう出るのだろうか。




