2.導き
「仕事を探してるのかい?」
ふと、後ろから聞こえた声に振り向くと、少し金縁の多い衣装を着た、騎士様らしき人に声を掛けられました。
頷きはしますが、いつの間にかポケットからメモがないことに気付き、アタフタしてる私に――
「ここなんて良いと思うんだよね。うん、ここが良いと思う! 善は急げって言うし、今から話を聞きに行こう」
と、強引に引っ張るではありませんか。
「大丈夫大丈夫、案内してあげるから一緒に行こう」
手を振り解くことも出来ず、怪しい騎士様にされるがまま乗った馬車は……何とも豪華で、思わず口を開けてしまいました。
これは、まるで想定外です。
「紙とペンを取って彼女に渡してくれ」
「かしこまりました」
騎士様が微笑みながら「名前を教えて」とペンを差し出すのです。何のやり取りもしていないのに、筆談とは驚きました。こんな自然に、話せないことを受け入れてくれる人がいるんだと……。
――エマ・オルセット
「エマちゃんか、私はトルナードだよ」
……エマちゃん?
初対面で、名前を呼ばれたのは初めてです。
「声が出ないんだね。生まれつき?」
――幼い頃に突然
「そっか……辛かっただろうね。それで仕事を探すのって大変でしょ?」
――両親と領地のために働きたいのです。このハンデでも、出来る限りの仕事を探してます
「なかなかできる事じゃないよ、エマちゃんは凄いね。今から行くところは、精鋭の使用人ばかりだから選ばれれば働き甲斐があるよ。頑張ってみて損は無い」
どうして見ず知らずの私なんかのために良くしてくれるかサッパリだけれど、窓から見える大豪邸に思わず唾を飲み込んでしまいました。
「マゼル公爵邸だよ」
……っ!?
マ、マゼル公爵……!?
田舎から来た失声令嬢など『精鋭揃い』の中に飛び込むだけの力量も器量も持ち合わせてはいません。今ならまだ間に合うだろうかと、先に降りて手を伸ばす騎士様に首を振った時――
「お待ちしておりました」
公爵邸の扉が大きく開き、上品なドレスを纏った女性を中心に、ズラッと綺麗に並ぶ使用人の方々の圧巻な事。
どう見ても普通の出迎えではない様子に、とんでもなく特別な騎士様だったのではないかと……思うのは当たり前のこと。
「んっ」と伸ばす、その手を取らない訳にはいかず……これはもう、覚悟するしかないと大きく深呼吸しました。
「ビックリしたよね、まぁ気にせず試験を受けておいで。私は公爵に用事があるから別行動するけど、帰りはちゃんと送ってあげるから」
手を振ってどこかに消えた騎士様と入れ替わりに、ドレスの女性が微笑んで「どうぞ」と手招きして下さいます。
「エマさんね? わたくしはトレース・マゼルよ。ここの女主人なの。メイド募集を見て来てくれたと聞いたわ。早速試験を行いましょう。メイド長と私が審査しますから」
案内された、掃除の行き届いてない客間。
「一時間後に来ますから、部屋を整えて下さい」と、それだけ伝えられ一人になりました。
一通りの仕事が出来るか確認するのでしょう。何ともやり甲斐のありそうな部屋に、結果はどうあれ精一杯頑張ろうと袖を捲りました。
クローゼットを開ければ、洗濯されたシーツ。水周りも、窓磨きも丁寧に仕上げていきます。
絨毯の染み抜きをしながら、部屋に飾られた絵画に目を止めます。この吸い込まれる感じ……触れなくても本物だと確信が持てるのは、館長との時間があったからかもしれません。
見惚れている時間はないと、自分を鼓舞して作業を進めているとメイド長様が戻られました。
「短い時間でしたが、どこまで――まぁ……」
メイド長様と玄関ロビーまで歩きながら、廊下の所々に飾られた絵画や骨董品に目が奪われます。花瓶ひとつとっても、値段を予想することすら困難な、こんな立派なお屋敷に入れただけで一生の思い出に出来そうです。
合否に関わらず素敵な経験が出来たと胸を熱くしていると、ロビーで待つ公爵夫人から――
「エマさん、おめでとう。貴女を、正式に当家で使用人として雇わせて頂きます。住み込みでも、通いでもどちらでも大丈夫ですから、三日後にまた此処で会いましょう」
…………!!
思わず涙が溢れそうになるほど嬉しくて、深々頭を下げてしまいました。
「おめでとう、頑張ったねエマちゃん」
「エマさんを見つけてくれた殿下に感謝しなくちゃいけないわねっ、今後が楽しみだわ」
本当に嬉し――
……今、どなたに感謝をと……?
「感謝なんて良いよ、良いよ。ほら、僕って中も外もイケメンだし……って、あれ? エマちゃん、どうしたの?」
失礼がなかったか、必死に思い出そうと思考が停止する私に気付いたのか「あれ? 言ってなかったっけ?」とウィンクするので……。
「ごめんごめん。改めまして、王太子のトルナード・フレグランツァ。宜しくね」
……すごい人に、職探しを手伝ってもらってたようです。




