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エマの本音が聞けるまで ー見てるだけじゃ満足出来ない次期公爵様とギフトの事情ー  作者: HARUHANA


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1.ギフトの代償


「君が好きだ、エマ」

 

 私の髪を乾かすリヒト様と鏡越しに繋がる視線に、動揺しない訳がないのです。だって私は――

 

「メイドと言いたいんだろう? 僕は初めてエマが邸に来た日からずっと……ずっと心を奪われてるんだ。どうか、エマに溺れた憐れな男を救ってくれ」


 身の丈に合わない言葉に俯く私を、まるで宝物のように扱うリヒト様は「誰にも奪われたくない」と抱きしめるのです。

 その言葉に胸を押さえ、瞳を閉じました。

 再び瞼の隙間から鮮明に映る貴方に、私が出来ることは――



 ***



 広大な領地を駆け回る毎日。

 

 貧乏貴族の定め、と言えば定め……私は今、猛烈に仕事に燃えております。

 都会と違って天候に左右される領地ではありますが、有難いことに、この土地の生産物を懇意にしてくれるところから人手も得られるようになってきたので、借金も徐々に減りつつあります。


 外仕事が終われば邸をひた走り、次から次にやってくる仕事。家事、洗濯、裁縫に事務仕事。でもこれらは強制じゃなく、ただ私がやりたいからやってるだけでして、趣味みたいなものです。人を雇うお金が勿体無いというのもありますが、両親に助けられてる分、私も両親のために何かしたいのです。


 

 何故なら、私エマ・オルセットは、声を発することが出来ないから。


 

 幼い頃、突然倒れて高熱に見舞われた私は生死を彷徨い、なんとか生き永らえました。ですが……喉を水で潤しても、声が出ない――

 喉を押さえ、涙が溢れたのを覚えています。なんで私の声が出ないの? そんなことを考えながら触れた宝物のオルゴール。開けてもいないのに響く音色。


『貴方がギフトを授かったからよ』


 突然聞こえた不思議な声に、辺りを見回しますが誰もいません。

 何度試しても同じこと。


 オルゴールに触れても、自分が何のギフトを得たのか、何故声を失わなければいけなかったのかは教えてくれません。

 ただでさえ、娘の声が出ないと嘆く両親に、不確かなギフトの話など出来るはずもなく月日が過ぎていきました。


 声を失って数年、婚約者であるグート様のお誘いで、たまたま美術館に出向いた時のこと。

 足を踏み入れた、美術品に溢れるギャラリーから吹く優しい風に背中を押され、作品に吸い寄せられるような不思議な感覚を覚えて手を伸ばしたのです。

 

「お嬢さん、ちょっと待ちな」


 後ろから掛けられた声にハッとして、慌てて頭を下げました。

 高価な美術品に触れるなど御法度だと知りながら、思わず伸ばしてしまった手を引っ込めたのです。

 ですが、声を掛けてくれた年配の男性は何を思ったのか白い手袋を差し出し「これで良い」と美術品に触る許可を下さったのです。辺りには私とグート様以外見当たらず、お言葉に甘えて気になった美しい湖の絵画に触れました。


『何年経っても、ここで待ち続けるんだ。愛しい人との思い出の地だからね』


 触れた絵画から聞こえる男性の声。鳥のさえずりすら鮮明に聞こえるのです。

 指先に感じる温かさ、パチンッと何かが弾ける感覚……。驚いて絵画から手を離せば、もう声は聞こえません。


「エマ、美術品を汚したりするなよ? お前の家の金じゃ弁償できないぞ?」


 頷いて白い手袋を男性に返しました。

 館長と書かれた名札が見え、手元のメモに御礼を綴ろうとしましたがグート様に手を引かれてしまい、何も伝えることが出来ず美術館を後にしました。

 余計なことをするなと帰りの馬車でお叱りを受けましたが、そんなことよりも絵画から聞こえた声や御礼が出来なかった気掛かりだけが残りました。


 ですから、後日一人で美術館へ出向きました。

 

 私に気付いた館長へ、御礼を綴ったお手紙を差し出すと「気になるんだろう?」とまた白い手袋を渡されました。

 少し躊躇いもありましたが、有り難く受け取った私は、美術品を見て回りながらそっと作品に触れました。何故でしょう……声が聞こえるものと、そうでないものがあるのです。


「やはり、お嬢さんは美術品の声が聞こえるんだね。この手のギフト持ちは随分前に見かけたきりだったが、そうか……お嬢さんが。名前は?」


 ――エマです


「エマさん、これだけは覚えておいてほしい。そのギフトはね、ある種の人間には薬にもなり、またある種の人間には毒になる。一人で身を守れないうちはギフトを隠すことを勧めるよ」


 ――毒?

 

「気にせず、いつでもおいで。調子が優れなくなった時は、美術品の声を聞きに来ると良い」


 ――ありがとうございます 

 


 

 美術館がとても特別な場所だったのは、間違いありません。

 館長の言葉に甘えた私は、気分が優れなくなると逃げるように美術館を訪れました。匂いも声も、どれも癒しのようだったからです。

 

 ですが……年月とともに、私を取り巻く環境も大きく変わってきてしまったのも事実です。

 特別だった場所も物もどんどん遠くなっていきました……。

 領地の経営が厳しくなったことを境に、王都に構えた邸宅を手放し、領民と共に汗を流す時間が増えた私が、美術品に触れられるはずもありません。


 思い馳せる時間ももちろんありました。

 ですが、変わった物も気持ちも、簡単には戻らないことを知ったのです。

 意思疎通が難しい人間関係。

 心の拠り所であった美術館から離れた、気落ちした心。


 ――声無き身で、締め付けられる心。


「俺しかいないもんね。エマさえ変われば上手くいくよ」


 王都から離れざるを得なくなった時、婚約者のグート様に言われた言葉です。

 その言葉にどんな意味が含まれてるのかなんて、この時の私には全く分かりませんでした。

 

 声を失う少し前にパーティ会場で見初められ、繋いだ縁ですが……家同士の資金援助は疎か、夜会の同伴は勿論、ドレス購入の強制は当たり前。ですが、そうして参加した夜会も、大抵は壁の花となって、グート様はどこかへ行かれてしまう……。

 陰で「無言人形」と呼ばれているのも知っています。唯一の救いは、美しく飾られた美術品だけ。

 

 垣間見える彼への不信感に、溜息を吐く機会も随分増えてしまいました。次第に、私の心に影を落としていったのは、言うまでもありません。

 嫁いだとしても役目は果たせない……それなら実家のために、領地のためにお給金を稼ぎに行きたいと、両親に相談しました。お相手のお父様であるケヴィント伯爵様も、私が声を失ったことを快く思っていなかったのもあり、破談話はあっという間に成立。

 直接、グート様に会うこともなく関係はあっさり終わりを迎えました。


 思い立ったら吉日、そう思って街に出てきた私にのしかった重い現実。

 募集の紙が貼られた掲示板には様々な仕事が並びますが、資格、給金、条件……睨めっこしながら、自分にも出来る仕事がないかと探していると――


「仕事を探してるのかい?」



 ――そう。思えば、この出会いがなければ、今の私はありません。

 ギフトは在っても、声は無い。

 そんな私の全てを受け入れてくれる、彼との……愛の物語。

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