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エマの本音が聞けるまで ー見てるだけじゃ満足出来ない次期公爵様とギフトの事情ー  作者: HARUHANA


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29.存在理由

 温かくて、景色の良い場所で、何もせず座ってる私の前に誰かがいます……。


「ジッとして」

「はい……」


 キャンバスの向こうの誰かに言われるがまま。

 鳥のさえずり、そよぐ風の音……この場面を、私は知ってる気がするのです。


「何年経っても、ここで待ち続けるんだ。愛しい人との思い出の地だからね」

「待っていて、苦しくないのですか?」

「苦しいよ。忘れたくても忘れられない。いっそ、記憶喪失にでもなれれば楽かもしれない」

「それでも……待つのですね」

「あぁ。生涯を掛けた愛だった。彼女を思うと、絵に魂が宿る。愛は、世界を救う……そう、信じているからね」


 ……今なら、その言葉の意味が分かる気がします。

 私も愛しい――リヒト様の側に……行かなくちゃ。


「私、もう行かなくちゃ……」

「忘れてはいけないよ。見分けるだけが全てではない。灯し、繋いでいく……それが、私から力を継いだ君の役目」

「貴方は――」

「声が戻る方法は一つ。愛しい人と――」

 

 巻き上がった風に目を閉じ、愛しい人の名前を呼ぶ――


 “――リヒト様“



 ***

 


 エマが舞踏会で倒れてから、一週間が経った。

 僕があの時、もっと力があったら限界など迎えなかったのに――後悔が、後から後から押し寄せた。

 目を覚さないエマの手を握るだけで、こうして回復してしまうんだから……やっぱり、僕にはエマが必要なんだ……。


「リヒト、少し良いか?」


 ドアから顔を覗かせたのは、トルナードだった。

 まともに返事もしてないのに、勝手に隣に来て「まだ、目を覚さないか……」と。


「トルナード……すまないが、目を覚ますまで仕事は……」

「仕事の催促に来たんじゃない。報告だけだ」

「……報告……」


 今更、何を聞いたって……なんの意味もない。


「グート・ケヴィントが持っていたのは、折り畳まれた贋作だった。本人曰く、スパニーに「御守りだ」と渡されたらしい」

「……ふざけてる」

「偽画家がいた部屋の贋作は全て潰したが、ケヴィント家の息子が持っていた様に、贋作が散らばっているとしたら――そこは、我々に任せてくれ」

「……わかった」

「エマちゃんは、エリアス・フェルメールの力を維持する存在だ。彼もまた声を失い、正偽具現化能力を持って絵画を書き続けたんだ」


 エマを見つめても、僕らの声に応える気配はない。


「彼の絵に力を与えられるのは、この世界でエマちゃん、ただ一人だろうね」

「多くの人を救ったエマが、僕を庇ってこんな風になるなんて……自分を許せない」

「……今日は、帰るよ。リヒト、エマちゃんが目を覚ましたら教えてくれ。フェルメールが残した書物が、城の禁書庫に保管されてる」

「それが、何だと――」

「声が戻る方法が、書かれているはずだ。彼は、ちゃんと声を取り戻したよ」

「二人で見においで。許可は取っておくから。それじゃ――」


 

 エマは今、どんな夢を見てるんだろう……。

 夕食も取らず、窓の外が暗くなった今も、エマの側を離れられない。目が覚める、そう信じてる。

 だけど、万が一……それを考えるのすら怖い。


「エマ……エマがいるから僕が生きれるんだよ。君がいなかったら、僕は今頃死んでたかもしれない。もう……二度と、僕の前から姿を消すなんて許さないと、言っただろ……」


 ――お願いだ……どうか、目を覚ましてくれ……


 横たわるエマの手を掬い上げて、甲にキスをした。



「……ん……」

「……エマ?」


 ゆっくり開いていく瞼を、確かめる様に見つめた。


「……リ……ヒト……様」

「エマ……!」


 手を握って、自分の額に付けながら、涙が溢れてくる。出口の見えないゴールを、ただ……ただ、ひたすらに待っていた。


「……ただいま、リヒト……様」

「おかえり」


 ――少し落ち着いたのを確認して、医者と入れ替わった。診察の結果、特に異常もなく、上半身を起こして幾つもの枕に支えられている。


「……ご迷惑をお掛けしました」

「謝らなきゃいけないのは、僕の方だ。情けなくも、エマに守られた。本当にごめん……」

「ち、違います」


 必死に状況を説明するエマの手に、手を重ねて制止した。


「……ありがとう」

「はい」


 微笑んで、側にいてくれる幸せを、どう表現したら良いのだろう。立ち上がって、そっとエマを抱き締めた。


「……リヒト様。夢で、フェルメール様に会いました」

「それは、凄いな」

「フェルメール様が言ってたんです……声が戻る方法を。でも、最後まで聞き取れなくて……」

「そのことなんだけど――」


 トルナードの話を伝えた。

 闇雲に試すより、可能性の一つかもしれないと。


「……リヒト様は、どうされたいですか?」

「え……? 声が戻ることは、エマの願いだっただろう。どうしてそんなこと聞くの?」

「これでも専属のメイドです。その表情が何を示してるのかくらい、分かります。私は、このままでも構いません。公爵夫人としては相応しくないかもしれませんが……」

「違うよ、エマ。僕もエマに声を取り戻してほしい。確かに、僕の側だけにいてほしいと願ってしまう自分もいるけど、いつだってその可愛らしい声を聞いていたいし、不自由なく生活してほしい。だけど……」


 エマに降りかかる災いは、もう怖くて仕方ない。

 その力ゆえ、また狙われないとも限らない。それに、声を取り戻す方法だって曖昧だ。例え方法が分かったとしても、危険がないとは限らない。


「怖いんだ……」


 公爵家の跡取りが、なんて弱気な姿を見せるんだろう。

 こんな情けない姿……幻滅させるかもしれない。


「リヒト様」

「……ん?」

「どんな未来も甘んじて受け入れます。貴方と出会い、愛し、満たされる私には、怖いものなんてありません。声を取り戻し、少しでもリヒト様のお役に立てるなら、私は禁書庫へ行きます。愛は、世界を救う……そう、信じていますから」

「ふふっ、何だいそれ。僕より、格好良いな」


 前に進むための駒、か。


「分かった。体調が戻ったら、一緒にトルナードを訪ねよう」

「はい。よろしくお願いします」


 吐息が触れそうな距離で「愛してる」と伝えた。

 自惚れてるかもしれないけど、返ってくる言葉なら分かってる。


「私も愛しています、リヒト様」


 ……ほらね。

 分かっていたはずなのに、胸が締め付けられるんだ。

 

 あぁ、本当に……愛してるんだ、エマ――

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