28.真の力
「――その必要はない」
大扉が開き、現れたのは――トルナードだ。間に合った。
うずくまる貴族も、そうでない招待客も、皆がその姿に騒めいた。
数人の護衛と共に現れたその姿は、この混乱の中でさえ揺るがない、“秩序“そのもの。
「遅れてすまない、リヒト」
「……いや、十分だ」
その背後。運び込まれてくる、厳重に包まれた複数の絵画に、スパニー侯爵の目が細められた。
「ほう……それを持ち出すとは」
「均衡を崩されたのなら、戻すだけだ」
運び込まれた絵画が、次々と会場の中心へと並べられていく。
――あの時。
エマと訪れた文化財保管局を出た後、その足でトルナードを訪ねたのは、正解だった。聞いたままを説明した時の「そこまで辿り着いたんだ」と言われた言葉。
トルナードは、最初から判っていたのかもしれない。
「エマちゃん、こっち」
僕の胸にいるエマに、トルナードが手を伸ばした。
「君の力を貸して欲しい」
「……私の、力……」
「君にしか出来ない、特別な力だ」
エマが、不安そうに僕を見たから、小さく頷いて笑って見せた。
「大丈夫。何があっても、側にいるよ」
「……やってみます」
エマは、自分のギフトを"本当か偽物か見分けるだけ"と話していた。だけど、トルナードに導かれ、絵画に触れた途端――息を吹き返し、圧倒的な存在感を放つ様な……。
「ば、馬鹿な……」
重く沈んだ空気が変わり、床に座り込んでいた貴族たちも立ち上がり始めた。
エマの力とは、一体――
***
触れた瞬間、指先から全身へ温かさが貫いた気がしました。穏やかに聞こえる美術品の声――
"二人の力が合わさる時。それはまさに、唯一無二になる"
周囲の空気が変わって、会場全体が軽くなる不思議な感覚です。
「でも、まだ終わってないよ」
「……はい」
会場に集められた贋作がある限り、この均衡が崩れることはないのです。
かつて、この絵を描いた人がいた。想いを込めて、願いを込めて。
誰かに届くようにと――
「本物は……ちゃんと、生きてる……」
次の一枚、また一枚へと灯りが増えていくように、空間に温度が戻っていく。
「……面白い」
低く、笑うスパニー侯爵の余裕ぶった声。
「それで全てを覆せると思うなよ」
パチンッ――と指を鳴らした途端、会場の各所に散っている贋作が、尚も均そうと圧をかけてくる。
本物と偽物が、空間でせめぎ合うのです……絵画に触れる私の手も、震えてしまう――
「エマ!」
限界を押して立つリヒト様が、私に触れて「足りないなら、僕を使え」と言うのです。
「君が届かせるなら、僕が繋ぐ」
その意味を理解しますが、決して現実的ではない。
感覚に刺す私のギフトと、強制に刺すリヒト様のギフト――
「……無茶です」
「今さらだろ」
いつもの、強引な優しさ。
「やるよ」
小さく頷いて、私が触れた“本物”の温もりが、リヒトを通して波のように、広がっていく。
「なっ……!」
スパニー侯爵が後ろに押され、贋作の“均す力”が、押し返されていく。
「馬鹿な……均一であるはずのものが……!」
「均一だからだよ」
リヒト様が、息を切らしながら笑って――
「中身がないものは、押し返されると脆い」
見えない圧が霧散し、次々に贋作そのものを破壊していくのです。
――粉々に崩れて灰になっていく。
「これで、終わりです。スパニー侯爵」
「……いいや。価値とは、揺らぐものだ。今日崩れたなら、また作ればいい。次はもっと上手くやってやろう」
「そうは、いきません」
「何?」
コツコツと近づく足音。
いつもの穏やかな瞳とは裏腹に、刺すような鋭い視線のトルナード殿下がスパニー侯爵の足元に近付きます。
「残念だったね。全て、掌握済みだ」
「……なっ、」
「彼のギフトは封じたし、作品も全て処分した。跡形もなくね」
無言で踵を返すスパニー侯爵が、扉に向かって歩いていく――ふと、こちらを見て口元を動かした気がしたけど……。
「大丈夫だよ。外にいる騎士団が、捕える。こんな大勢いる舞踏会で、辱めは受けたくなかったんだろう」
「そう、ですか……」
騒然とした会場に、トルナード殿下の声が響く――
「今宵、出会うことのないエリアス・フェルメールの絵画が、我々の舞踏会に花を添えた。芸術を楽しむも良し、ダンスを楽しむも、食事を楽しむも良し。どうか、皆で――」
「危ないっ!!!」
床に落ちた、折り畳まれた紙を握りしめて、リヒト様に向かってくるグート様の姿。
「これがあれば、守れるんだ……!」
「――やめてっ!」
慌てて、両手を広げてリヒト様を庇った――
“間に合って、良かった……“
――ドサッ……
「ちが……ちがう……俺は――」
「エマッ!! エマ! しっかりしろ……ダメだ、エマ!!」




