27.危険な舞踏会
燦然と輝くシャンデリアの下、音楽が優雅に流れる。
色とりどりのドレスが揺れ、笑顔と視線が交差するこの場所は、本来ならば幸福のための舞台。
「エマ」
名を呼ばれ、振り返る間もなく手を取られ――
「……っ、リヒト様」
距離が一気に縮まると同時に、周囲の失意とも取れる吐息が聞こえます。リヒト様の隣を狙うご令嬢が、数多いることは百も承知。
満足そうに微笑むリヒト様に、申し訳なさと、少しの愉悦が混じってしまう。
(それにしても視線が、多い……)
感じるのは、祝福、探るような値踏み、そして――今かと狙う奪取の目。
その全てを遮るように、リヒト様の腕が私の腰へと回されるのです。
「今日は、離さない」
「え……」
「一曲目も、二曲目も……その先も。全部、僕が貰う」
周囲に聞かせるようでいて、確かに私だけに向けられている、甘い宣言のようです。
音楽が変わり、ダンスの輪に入り込んだ互いの瞳には、もう二人しか映りません。
「緊張してる?」
「……少しだけ」
「大丈夫。僕から離れなければ、何も起きない」
まるで、“何も起こさせない”と言っているよう――
だけど、視界に先に見える、こちらを鋭く刺すような視線に背筋がゾクッと震えます。
「……リーゼル様」
遠く、こちらを睨むように立つ姿。その隣には、グートの姿もある。
「見なくていい」
顎に指がかかり、強制的に視線を戻された。
「今は、僕だけ見て」
「……はい」
もう、口には出せません……が、ジッと刺すような視線のスパニー侯爵も見えます。
微笑んでいるのに――目が、笑っていない……。
「……なるほど」
リヒト様が、小さく「囲まれているな」そう呟きました。
「右は執着、左は支配」
さらりと言いながら、抱き寄せる力が強くなるのは……格好良いという表現以外、何かあるのでしょうか。
こんな緊張する場面で、顔を赤らめるなんて――
「どちらも趣味は悪いけど、守り甲斐があるね」
緊張を底上げするように一段と高まる音楽。
回転に合わせて、流れる景色。
横目に見えた、リーゼル様の唇が、何かを告げた。
――今よ
それと同時に動く、スパニー侯爵の指先――
「エマ、目を閉じて」
「はい」
言い終わる前に、強く引き寄せられる低く囁かれた「絶対に、離さない」の声。
――ガンッ!!
鈍い音と同時に、暗闇に包まれ会場の中で、一際強く抱き締められた瞬間でした――
***
――来たか。
どのタイミングを狙ってくるかと思えば、エマを独占出来るダンスか。
暗闇に響く悲鳴のせいで、周囲の音は全く聞き取れない。強く抱き締めたエマが、少し震えている。
――パッと、シャンデリアの灯りが戻ったかと思えば、真横に立つグート・ケヴィントが僕らを見下ろしていた。
「――これが最後だ!」
床に膝をついた僕らに、何かを振り下ろそうとした。すかさず奴の腕を掴み、精一杯の力で握りしめる。
「何をする……止めろ!」
「嫌だ! お前さえいなければ、全部上手くいくんだ」
その言葉に、僕の中の何かがプツッと切れた。
エマを抱える手と、グート・ケヴィントの襟を掴む手。側から見れば、さぞ凄い絵だろう。
「……誰の指示だ」
怒りに任せたせいで、ギフトが発動し、奴の瞳が混濁していく。でも、止めるつもりもない。
「……っ、ス……スパニー、侯爵……が……」
「……が?」
「それで、お前を眠らせろって――」
カコンッと落ちた注射器。
中に入るのが、毒なのか睡眠薬なのか。そんなものは、どっちでも良い。狙いが僕ならまだ良かったが、一歩でもズレたら……そう思うと、怒りが収まらない。
「エマを……どうするつもりだった」
「俺がエマを……エマを……死んでも離すもんか。スパニー侯爵は、約束した。俺ら二人を遠い地に逃してやるって」
ドクン、と心臓が大きく脈打った。
その瞬間――
「リヒト様……!」
エマの声だけ残して、視界がぐらりと揺れて、膝から崩れ落ちた。
「……っ、くそ……」
強引にギフトを断ち切ったが、いつも以上に早く限界を迎えたせいで、顔が歪んでしまう。
掴んでたはずのグートは、その場に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返している。
「リヒト様、大丈夫ですか……!?」
支えられた腕に、エマの体温。これだけは絶対話してはいけないと、脳内で警笛が鳴るようだ。
ざわめきは収まらない。
壇上から両陛下が、前のめりで情報を集めようとしているのが見えるが、手を出してくる気配はない。
――その時。人の波が、自然と割れた。
そこを、悠然と歩いてくる男。
「……随分と、派手にやってくれたようだね」
低く、よく通る声の主は、オズワルド・スパニー――
手にはグラス。揺れる琥珀色が、異様に落ち着いて見えた。
「公の場で、精神干渉のギフトとは……感心しないな」
「お前の差し金だろう」
「証拠は?」
この男は、“証明できない真実”を嘲笑う側の人間だ。自分の手元には何も残さない。
「真実とは、誰かが信じた時に初めて価値を持つ。強制された言葉に、どれほどの価値がある?」
「…………」
こちらの問い掛けには一切応えない。
一歩、また一歩と近付いて、エマに手を伸ばした。
「触れるな!」
「触れないさ。壊れやすそうだからね。だが、不思議だとは思わないか?」
状況を飲み込めない周囲の貴族を眺めながら、何かを示すように手を広げた。
「これだけの人間が集まり、同じ音楽を聴き、同じ光景を見ている。なのに、感じるものはバラバラだ――非効率だとは思わないか?」
「思わない。違うからこその価値だ」
「……甘いな。差異は、摩擦を生む。摩擦は、争いを生む。ならば――最初から均してしまえばいい」
その言葉と同時に。
――パリン、と。どこかで、ガラスの割れる音が響いた。ただでさえ不安な招待客が、次々に耳や胸を押さえて苦しみ出した。
「リ……ヒト……様」
抱き締めるエマも、目を見開いて「音が……聞こえません」と震え始めた。
会場の至る所で、美術品が次々に入れ替えられ、嘘で塗り固めた贋作が会場に張り巡らされた。
「エマ、しっかりするんだ!」
「ハーハッハッハッハ! 安心しろ。命までは取らん。ただ……均すだけだ」
クソッ……頼む、間に合ってくれ――




