25.遭遇
今日は、リヒト様が不在のため、自由を頂きました。
あと数日で王家主催の舞踏会なので、連日ダンスの練習でふらふらです。
「エマと、二曲は踊りたい」
そう言われてしまえば、練習しないわけには……。
同じ相手と踊る、回数には意味があるのです。
婚約者は、二回。夫婦は、三回。
まだ婚約式には至っていませんが、先日ついに両家揃って書面を認めたので、晴れて婚約者となりました。
だからと言って、この間のような同衾はしませんが。
――と、まぁ。仕事とダンスばかりなので、許可を頂いて美術館へ足を伸ばしています。
相変わらず静かな異空間に、コツン……コツン……と、ヒールの音が響く。それに反応するように聞こえてくる美術品たちの声――
「……こないだより、声が少ない?」
今朝のキスが影響して、まだ話せますね。
それにしても……まるで弱まってるかのように、微かな声しか聞こえない美術品が多いのは、気のせいでしょうか。
まるで――何かに、奪われているような……薄められているような。
聞こえない美術品は、変わらず何も聞こえない。正面に立って、細部を見ますが、隣に飾られた美術品と遜色ない出来。これが贋作だと気付くには、困難を極めそうです。
「……お嬢さん」
パッと振り返ると、恰幅の良い貴族……確か、どこかで……
「この美術品が、何か?」
「いえ……素敵、だなって」
「そうでしょう。かの有名なエリアス・フェルメールですからね」
「そう、ですね」
思い出しました。
リーゼル様と公爵邸を訪問された――スパニー侯爵です。
マゼル邸に……エリアス・フェルメールの贋作を寄贈した張本人――
「この絵も、スパニー侯爵の寄贈ですか?」
「……えぇ。素晴らしい絵は、世に広がるべきですから。価値は独占するものではなく、人に合わせて造る物。貴女もそう思いませんか?」
その言葉を聞いて、微笑みながら鳥肌が立ちました。
美術品とは元来、誰かの心から生まれて、誰かの心に届くものだと思うのです。
同じものを見ても、違うものを感じるからこその価値を……この方は、“人に合わせて造る物“と表現するのですね。
隣の絵から感じる温かみは、この絵には無い。それが、私にとっては悲しく感じてしまうのです。
「また、お会いしましょう」
「えぇ……ご機嫌よう」
美術館を出て、緊張を解くように小さく深呼吸しました。
まさか、贋作を広めているかもしれない本人に会うとは、思いもしませんから。
美術品たちの声が弱まる原因も、もし贋作や他の影響があるのだとすれば……突き止めなければいけません。
私のギフトが活かせるなら、やってみて損は無いかもしれません。
***
「エマ、今日はどこに行ってたの?」
入浴中、頭を洗いながら日中の出来事を聞くのが、僕の楽しみの一つ。
丁寧に揉み込まれて、エマの声も聞けて、一石二鳥なのだ。
「今日は、美術館へ……」
エマの言葉が途切れ、振り向いた僕に曖昧な笑みを浮かべた。
「どうしたの? 何かあった?」
「……不確かなお話は、出来れば避けたいのですが。一つだけ気になってまして――」
聞くと、以前よりもずっと美術品から聞こえる声が少ないと言う。
微かに聞こえはするものの、弱まっているのか、まるで薄まっているようにも感じると。
「私には、本物か偽物かの判断しか出来ません……ですが、もしかしたら……」
「ん?」
「あの、本物のエリアス・フェルメールの絵がこの国にどれだけあるのか、調べることは出来ますか?」
「そうだな……美術商でも良いが、文化財保管局に行けばリストがあると思う。明日、調べてみよう」
「それなら私が行き――」
「待って。彼らは、あまり外部の人間を良く思わないんだ。僕にも付き合わせてよ」
大半男だらけの場所に、エマ一人行くなんて考えたら、仕事も手につかない。
それに、昔ながらの友人がきっと力になってくれるだろう。
「ありがとうございます。お仕事も忙しいのに……」
「いや、ふと思ったんだよね。今、僕や殿下が追ってる仕事と……繋がりそうな匂いがする」
「…………」
また、考えを巡らせているのかエマが無言になった。
「エマ」
「は、はい」
「そろそろ逆上せそうだから上がって良い?」
「えっ、あ、ごめんなさい――きゃぁ!」
「エマ!!」
足元の水に滑ったのか、体勢を崩したエマを咄嗟に抱えたかったのに――
――バシャーン……
二人で湯船に浸かってしまった。
「ごめんなさい!! リヒト様、怪我は――」
「全然大丈夫。そんなことより……二人でビシャビシャだ」
「クスッ……前にも、こんなことありましたね」
「……今日も髪、洗ってあげようか?」
「ダ、ダメです」
「即答は、切ないな」
恥じらう姿は、逆効果だと知らないだろう。
そっと首に手を伸ばし、引き寄せた。
「んっ……」
今は、キスだけで我慢するから……。
もっとエマの心が欲しい。もっとエマの心に、僕だけが残るくらい……独占したい――




