24.欲望
来週に夜会を控え、マダムフランがドレスを携えて私を訪れています。
で、ですが――
「叔母上、ここはもっとボリュームを抑えましょう」
「でも、今の流行りはね――」
「流行りより、エマが引き立つかどうかです。これだけは譲れません」
「本当にこの子ったら……。トレースも、何とか言ってよ」
ドレスに着替えた私の周りを囲むように、マダム、リヒト様、それに奥様まで。
「う〜ん……確かにボリュームを落とした方が映えるけど……」
なんて、着せ替え人形のように布を当てたり外したり。
美しく、私には勿体無いドレスです。直すところ……ありますか?
このままで十分過ぎるのに、宝石にヒールもズラッと並んで、目眩がしそうです。
暫く熱い議論が交わされた後、お針子さんと共にマダムフランも帰られました。まだ、宝石に悩む奥様だけを客間に残し、リヒト様に手を引かれて部屋に戻っては来ましたが……。
「奥様だけ残すなんて……」
「大丈夫大丈夫。それより」
ぎゅっと、優しくリヒト様に包まれています。
「リ、リヒト様……誰か来たら」
「だってさ……仕事が忙しくて、エマとの時間が減ってるなんて死活問題だ」
「死活、問題」
「そう。それに、ドレスを着たエマを見たら……無性に抱き締めたくなった」
「なんですか、それ」
全然、力を緩めてくれる気配がありません。
抱き締められると、いつも迷うのです。自分の手の行方を――
「最近、あまり情勢が良くないんだ。いつ、出張になるかも分からない」
「ギフトを……使う回数が、増えているんですか?」
「そうだね。嘘は、正さなくてはいけないからね」
真っ直ぐなリヒト様が、とても愛おしいと、最近特に強く思うのです。
思わず、リヒト様の腰に手を回してみたり。
「……っ、嬉しいのに、拷問だな」
「す、すいません」
離した手を、リヒト様の手によって腰に戻されました。
「久々に、ここで一緒に食事をしよう」
「え?」
「それで、お風呂に入って、髪も乾かして……今日は、離したくない」
「……っ、つまり……」
「朝まで一緒にいたい、ってこと」
熱が込み上げて、顔が赤いのは間違いないです。
無理です――メイドとしての答えは、これが正解です。でも……その言葉の方が、素直に出なくなるなんて。
「……エマが、否定してこない!」
「いや、えっと……だって……」
「ごめん、エマ。食事の手配を先にお願い出来るかな?」
「あ、はい。行って……参ります」
メイド服の乱れを確認して、慌てて部屋を出て来ましたが……リヒト様の様子も、変……だったような――
***
「危なかった……」
随分、圧迫された心と体を鎮めるように、窓を開けた。前から可愛くて、可愛くて、耐えてきたのは間違いないが……。
「可愛過ぎる……」
最近のエマは、イエスとは言えずとも、ノーも言わない。だから、僕が調子に乗るんだけど。
困惑した瞳で見上げる彼女を見つめると、また勝手にギフトが発動してしまいそうで……それだけが、怖い。
……体が反応してる時点で、アウトか。
手を出すのは……まずいよな。
キス、くらいなら……いや。止められる自信がない。
……でも同じベッドで、寝てみたい。
「はぁ……どこまでなら、許されるんだ?」
「お待たせしました」
「ぅわぁ!!」
ビ、ビックリした。
「何が、許されるんですか?」
「……こっちの話」
――僕の頭の中が、邪念だらけなんて思わないだろう。何とか誤魔化したものの、素直に「同じベッドで寝たい」なんて聞いて、エマは返答をくれるのか?
入浴の準備をしてる間に、仕事の資料に目を通す……はずが、全く内容が頭に入らない。
婚約の誓約書を取り寄せてはいるが、まだ手元に届いていない。プロポーズはしたけど、関係は主人とメイドのまま。……恋人くらいには成長したかな。
「エマ、今日は一人で入ってくる」
まるで精神統一でもするかのように、水を浴びまくり、頭を冷やした。
これで大丈夫、そう意気込んでエマを浴室へ送り出したのに――今度はシャワーの音に意識を持っていかれる。
……もう、どうにでもなれ。
書類を無造作に手から離し、目頭を押さえた。
僕だって男だ。だけど、嫌われたく……ない。
濡れた髪をタオルで拭きながら出てきたエマを、鏡の前に座らせた。
「前にも、同じような場面があったよね」
「そう、ですね。今も恥ずかしさは全く変わりませんけど」
「あの時はさ、エマに気持ちを伝えたくて……必死で、強引だったと思う」
“どうか、エマに溺れた憐れな男を救ってくれないだろうか“
あの時の言葉は、プロポーズした今も変わらない。
形を変えて、結局今も、エマに溺れて救いを求めてるのだから。
「キス……は、して良い?」
「……っ、は……はい」
「抱き締めるのも……」
「……はい」
「同じ布団で寝るのも……」
「…………違うんですか?」
――ドキッ!
この反応は、ダメな方じゃないよな?
「違くない。同じ布団が良い」
「ふふっ、なんかさっきら挙動不審です」
「……嫌われたく、ないんだよ。嫌なことは、したくない。だから正直に答えてほしくて」
「う〜ん……」と口元に手を当てて、何かを悩むエマが、ポツリと言った。
「リヒト様が好きなので、嫌いになんてなりません」
「エマ――」
「ですから、いつものリヒト様で……リヒトでいて下さい」
笑ったエマを見て、また胸がギューっと掴まれた。
どこまでも僕を、抜けられない沼へ沈めていく。
「おいで」
伸ばした手を、エマはちゃんと取ってくれる。
広いベッドにちょこんと座って、僕を見上げた。
――愛しい君に、何度も何度もキスをして。
手を繋いだ僕らは、眠気に誘われるまでずっと、未来について語り合った――




