23.同じ価値観
ヒールとズカズカ鳴らして、勢いよく出てきた。
「何なのよ……どうして、こうも上手くいかないのよ……!」
「……お前、案外役に立たないんだな」
公爵邸の門を抜けた所で、まるで待ち伏せでもしてたようにグート・ケヴィントが現れた。
いつ見ても陰気臭い男。
「役に立たない、ですって? 誰に向かってそんな――」
「だって事実だろう。エマの実家も教えてやったし、声が出ないことだって教えてやったのに」
「……っ、元はと言えば、あんたが婚約破棄なんかするからでしょ」
自分の失敗を、人に押し付けるなんて。
「――俺たちの目的は、ハッキリしてる。俺はエマを、お前はリヒト……そうだろ?」
「そう……だけど、時間がないのよ! あと一ヶ月で、あの女を引き離さないとリヒトは……」
わたくしのものには、ならない。
悔しい。憎い……憎い……憎い。
日に日に、この感情だけが湧いてくる。
「……夜会で、手を打とう」
「夜会って、王家主催の舞踏会のことを言ってるなら、無謀ね」
「人が大勢集まって、雑多になるんだ。勝機は、そこしかない」
「……何をするっていうのよ」
口角をあげて、薄ら笑う表情に、背筋がゾクッと震えた。
「お前は、リヒトの事だけ考えてれば良い。計画を練ったら、知らせる」
そう言って、どこかへ走って消えて行った。
人のことを、“役立たず“と罵った男なんて、本当は気にしたくないのに。なのに、リヒトが手に入る術は……もうあの男に賭けるしかない。
ねぇリヒト……貴女が悪いのよ。
さっさと、わたくしを選ばないから。
どうなったって……知らないんだから。
***
「リーゼルは、まだ諦めていないのか?」
「はい。本日も、マゼル公爵邸へ行かれておいででした」
「諦めが悪い。ハハッ、血は……争えんな」
娘が静かだと、夜の書斎も静かだ。
灯りに照らされた絵画が、まるで呼吸をしているように揺らめいて見える。
――いや、違うな。
「“本物”は、呼吸などしない」
壁に掛けられた、エリアス・フェルメールの作。厳密に言えば、“そう扱われている”一枚の絵を見ながら、ワイングラスを回した。
「価値とは何だと思う?」
儂の側近は答えない。答えを求めていないことを知っているからだ。
「希少性か? 歴史か? 作者の名か? ……違うな。人は、“信じたもの”に価値を見出す。そうだろ?」
額縁に触れながら、静かに笑みが零れた。
グラスの中で揺れる琥珀色。その奥に映る絵画は、どこまでも精巧で――そして、空虚だ。
「本物である必要が、どこにある。本物が持つという“力”は、実に曖昧で、実に不安定だ。見る者の感性に依存し、揺らぎ、個に委ねられる」
……馬鹿馬鹿しい。だから面白くないのだ。
本物の力など、贋作が持つ空虚に喰われれば、それでお終い。
たとえば、飢えた貴族に“奇跡を起こす絵”だと囁けば、それはもう本物以上の価値を持つ。
結局、嘘で固められた世界の方が、現実味がある。
それに、よく言うだろう。
“正直者は、馬鹿を見る“ とな。
「誰にでも同じ顔を見せる贋作は、なんて扱いやすいことか。均一で、安定して、操作しやすい……実に、美しい」
空いたグラスに、側近がまた注ぎ込むワインの香りが堪らん。
これだから、“注ぐこと“を止められないのだ。
「おい、次の絵を卸せ」
「かしこまりました」
均された価値は、管理できる。管理できるものは、支配できる。
そして、何も与えない。だからこそ……余計なものを生まない。
「ノイズのない世界は、美しい――もっとも、厄介な“異物”もいるがね」
真を感じ取る存在。あれは、厄介で、この静寂を乱す、唯一の存在。
――均したはずの価値を、一瞬で崩す“例外”。
「まぁ良い。もしも毒ならば、抜けばいい。それこそが、最も効率的で……最も美しい秩序だ」
「……明日、例の邸宅へ届く予定です」
「そうか。夜会までに可能な限り広めるのだ。爆発するなら……そこが一番、面白い」
散々儂を馬鹿にしてきた輩ども。
カウントダウンは、始まったぞ――




