19.まとめた荷物
あのメイドを調べたわ。
貧乏貴族で、おまけに婚約破棄してる傷物だったなんて。
それが何? わざわざ服まで与えて外出なんて。
――今すぐ追い出したい。
リヒトの隣にはわたくしが相応しいって、思い知らせてやるんだから!
「お父様、わたくしドレスが欲しいの」
「あぁ、好きなのを選びなさい」
「だからお金を頂戴」
「ん……? いつも後から請求書が……まぁ良い。好きにしなさい」
トランクケースに大金を詰め込んで、ど田舎のオルセット領に着いた。
「貧乏の極みね」
あのメイドの実家に馬車を付けたのに、誰の出迎えもないなんて。
「お嬢様、どうされるのですか?」
「そのトランク持ってきて」
ドアを叩いて出てきたのは、あのメイドに似た女性――
「どちら様ですか?」
「わたくし、リーゼル・と申します。エマさんの友人ですわ。今日は、ご両親に折り入って相談がありまして、王都から参りました」
「まぁ。狭いところですが、どうぞ」
応接室っぽい部屋で待っていると、穏やかそうな伯爵夫妻が入ってきた。
さて、ここからわたくしの腕の見せ所ね。
「エマが、いつもお世話になっています。今日は……エマは、今マゼル邸におりますが」
「えぇ、存じています。相談というのは、まさにその事なんです」
「何か、あったのですか?」
「エマさん、最近とても辛そうな顔をするんです。理由を聞いたら、稼ぐために働きたくもない公爵邸にいるって……わたくし、居ても立ってもいられなくて」
伯爵夫妻が、不安そうに顔を見合わせた。
「わたくし、とてもエマさんにお世話になったのです。ですから、感謝の気持ちを込めてこちらをお持ちしました」
後ろに控えた御者に合図を送り、テーブルの上でトランクを開けた。
反応なんて、言うまでもないでしょ。
「どうか受け取ってください。そして、エマさんをここへ戻してあげて下さい」
「こ、こんなお金……それに、エマがそんなことを? 私たちには、とてもやり甲斐があると――」
「ご両親のために働くのに、愚痴をこぼす様な方ではありませんから。本心を言ってなくて当然ですわ」
こんなお金をチラつかせてるのに、素直じゃないなんて。だから貧乏人って、嫌いなのよ。
「私の父も、是非にと用意をしたのです。それとも……我が家の好意は、受け取って頂けないのかしら?」
「いっいえ、エマが貴方様のために役に立ったのなら光栄です。苦労かけて、親として申し訳ないと思っていたところです。後日、エマに手紙で――」
「それならわたくし、ちょうどマゼル公爵へ用事がありましたの。宜しければ、お預かり致しますわ」
「そこまでお願いしていいのでしょうか……」
「時間は有限ですのよ、お待ちしてますから取り掛かって下さる?」
「娘の負担が減らせるなら……そうですね。少しお待ち下さい」
親から、領地に戻ってくるように認められた手紙を見れば、あの女は間違いなくここに帰ってくるでしょ?
帰り道の馬車で、受け取った手紙をヒラヒラさせながら、緩んだ顔が戻らないわ。
「はぁ、これで清々するわ」
受け取った手紙をヒラヒラさせながら、翌朝マゼル邸へ向かった。
リヒトは確か、殿下に呼ばれてお城にいて、暫く帰らないってお父様が言ってた。
それなら、チャンスは今。
マゼル邸のエントランスに着いてすぐ、どこからか声が聞こえてきた。
「あれ、絶対同じ石鹸の香りだよね」
「私も思った! だって、こないだリヒト様とお出掛けしたって言うのも変な話しじゃない? 使用人の休憩場も全然使わないし」
「噂じゃ、入浴の時のお手伝いまでしてるって言うじゃない? みんなリヒト様とお近付きになりたいのに、なんであんなメガネ娘ばっかり贔屓されるのかしら」
なっ……なんて図々しいメイドなの!?
お、同じ石鹸……入浴のお手伝い!? 信じられない……。近付きたい、なんて口にするのも意味分かんないけど、あの女、早く追い出さなくては――
「ちょっと、そこの貴女達」
肩が跳ねた使用人たちが揃って頭を下げて「失礼しました」って。本当、失礼よ。
「公爵様に用があるの、至急この手紙を届けて頂戴。それからここに、そのエマっていう使用人を一人で連れて来なさい」
「か、かしこまりました」
本当、どいつもこいつも……分を弁えない奴ばっか。
***
リヒト様は、今朝も甘かった。
「行ってきます」と、手の甲にキスをして、ニカっと笑って。
作業の手が止まると、甘い記憶がフラッシュバックして、全然進まない。心臓がキュッとなるような……普段味わうことのない感覚を知ってしまった気分です。
だってほら……もう寂しい。
リヒト様が包んでくださった石鹸を嗅いで、ポケットに仕舞いました。
「エマ、ちょっと庭園に来てほしいの。ついて来て」
先輩メイドに突然、理由も言われず呼ばれました。馬車の時間が迫る中、後をついて行くと――
「やっと来たわね、貴女に大事な話しがあって来たの」
そこにいたのは、リーゼル様です。
フッと鼻で笑って、笑顔の奥に見える異様な雰囲気が、とても怖い。
「貴女、喋れないんですって? 反論されなくて丁度良いわ。リヒト様のメイドは今日でお終いよ、早く支度して出て行って頂戴」
今日で……お終い……?
「貴女のご両親が、仕事を辞めて領地に帰ってくるように、お手紙を認めたんですって」
今日から数日、手伝いに戻る事は伝えています。
何かの間違いかとポケットに手を入れますが、生憎メモもペンも荷物の中。
「リヒト様のお世話なら心配なさらないで。わたくしがいるもの。さぁ、早く荷物をまとめていらっしゃい――早くっ!」
声を裏返す勢いに、ビクッと身体も心も震えます。
慌てて自室に走って行く私の前に、レジスタン様が我が家の家紋入りの手紙を持って立ち尽くしているではありませんか。
「エマさん……」
その声で、全てが事実なのだと悟りました。
自室に駆け込んで、床に崩れるように座ったポケットから、無情にも転がり落ちた石鹸……。
誰にも……何の挨拶も出来ないまま、迫り来る馬車の時間に、駆け足で出て行かざるを得なくなりました。
――なんて……呆気ない終わり方、なんでしょう。




