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エマの本音が聞けるまで ー見てるだけじゃ満足出来ない次期公爵様とギフトの事情ー  作者: HARUHANA


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17/30

17.同じ香り

 いつも通り湯船に浸かるリヒト様が、あの方に同意していないのだけは分かります。少なくとも、ここに居て良いよって、背中で言ってくれてる気がする……。

 

 私は、与えられた仕事を全うしたい。


 リヒト様の髪に馴染む新しい洗髪剤も、少し目線の高い所にある羊の置物も、ここにある何もかもが私の安らぎになっているのが分かるくらい、心が満たされるのです。

 それを与えて下さるリヒト様の役に立ちたい……!

 

「ここで働く者たちは、濡れても良い服を持ち合わせているの? いつも着替えてるよね?」

「水仕事用のお仕着せがあります。今、私が着ているのもそうですが」

「それは丁度良い」

「え? わわっ……リヒト様!?」

 

 湯船から立ち上がったリヒト様が、バスローブを羽織り、なぜか私を横抱きに抱えるのです。そして、わざと湯船に下ろしたではありませんか!

 

「リヒト様っ、なにをされるのですか!」

「いつも気持ちよく洗ってくれる礼がしたいんだ。だから今日はエマの頭を僕が洗う。頭をリラックスして」

「そ、そんな……」


 水仕事用のお仕着せとは言え、服を着たまま湯船に入るなんて……。驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になった私に「エマの選んだ香りを堪能するのも悪くないだろ?」と、ヘッドレストをポンポン叩いてイタズラっ子みたいです。こちらの焦りなんて梅雨知らずのリヒト様は、頭を置くまで諦めてくれなさそう。


 仕方なく頭を下ろした私に「下手くそだったらごめん」と言ってお湯を流し始めました……。



 ***



 いつも、エマがしてくれる真似なら出来る自信がある。

 指の腹で丁寧に泡立てれば、先程まで自分を包んでいた優しい香りが、エマにも広がるようで何だかくすぐったい。

 それに初めて触れる柔らかなエマの髪は、いつまでも触っていたくなるほど触り心地が良い。これは……癖になりそうだ。

 

「どう? 気持ちよく出来てる?」

「……はい、あの……」

「ん?」

「リヒト様のような美しい髪ではないので、恥ずかしくて。ですが、いつも気持ち良いと言って下さる理由がよく分かります」

「それは良かった。エマ……変なこと聞いても良い?」

「はい?」

「元婚約者殿のこと、好きだった?」

「『はい』か『いいえ』で答えるなら、いいえです。幼心に親しさはありましたが、価値観の違いや色んな相違で私から婚約の解消を願い出ました。実家を助けることが、私のここで働く理由ですから」


 気を許したら、すぐ顔が緩んでしまう。

 

「ご両親や領地のため、それはなかなか出来ることじゃない。僕は、エマをとても尊敬しているよ」

「勿体ないお言葉です。私には、この道しかありませんでした。仕事に出ることでしか実家を助けられないと、悩んだことも確かにあります。ですが、こうして雇って下さった御恩は一生掛けてお返ししたいです」

「エマの仕事ぶりに文句を言う奴が居たとすれば、この公爵家には不要な人間だと断言できる。そんな君を、僕は手放そうと思わないし、出来るならそばにいてほしい。エマのことは全面的に信用してるし、だからって訳じゃないけど僕のことも信じて欲しい」


 どうか、伝わってくれ。


「僕は、リーゼルと婚約しない」

「ですが今日――」

「エマと同じように、幼心に親しさはあったが恋心ではない。今まで異性として意識したことも無いし、この先もない」

「…………」

「洗い流すから念の為、目を閉じて」


 そっと瞳を閉じたエマの顔。

 優しく顔にお湯がかからないよう慎重に泡を流し、迫り来る終わりを惜しむようにエマの髪に触れた。

 もっと触れていたい。もっと話したい。そんな欲ばかりが溢れ出てくるんだ……。


「洗い終わったよ、無理に入れて悪かったね。僕は先に出るからきちんと入浴して上がっておいで」

「宜しいのですか?」

「当たり前だろ、と言いたいけど代わりに一つだけお願いしたい」

「何でしょうか」

「その髪を乾かす役目を、僕に頂戴」


 意外な願いだったんだろうか、一瞬目を瞬かせたエマは、クスっと笑いながらも了承してくれた。

 浴室から出て支度をする間、少し強引だった自分の行動を反省した。意識して欲しいと願う余り……呆れられただろうか。

 もうこれ以上は、抑えよう。

 そう自分に言い聞かせていると、濡れた髪をタオルで拭うエマが戻って来た。


「エマ、おいで」


 渋々ドレッサーの前に腰掛け、なかなか鏡に映る自分に目線を持ってこれず下を向いたまま。風呂上がりの艶っぽい姿で恥じらいを見せる君を、どれだけ見つめたって目は合わない。

 

「エマの髪はずっと触っていたくなるね」

「そ、それはリヒト様の髪です……」

「私はエマの髪を触っていたい。今も、これからも――どういう意味か伝わる?」

「……それは」


 ついさっき、抑えようと決めたはずなのに。

 

「君が好きだ、エマ」

「リヒト様、私はっ」

「メイドと言いたいんだろう? でも、君も立派な貴族の令嬢だ。僕は初めてエマが邸に来た日からずっと……ずっと心を奪われてるんだ」

「……っ、」

「出来るならエマを妻に迎え入れたい。領地のことも僕が共に支えてあげられる。どうか、エマに溺れた憐れな男を救ってくれないだろうか」

「身の丈に合いません……」

「そう? 僕の専属メイドが務まるほど長けたマナーや、領地経営に必要な知識も、人望も、そのどれもが魅力的だ。誰にも渡したくない……誰にも触れさせたくない……これが君を専属にした理由だよ」


 恥じらいに俯くエマが、必死にこちらを見ようとする微妙な上目遣いが、また鼓動を早める。


「返事は今じゃなくて良いんだ。僕が好みでないなら、その時は仕方なく諦める努力をしなくてはいけないけど、少しでも異性として意識して欲しい。だからといって無理に風呂に入れたのは本当……ごめん。でも、後悔はしてない。君の髪に触れるのも、この空間にいてくれるのも全部、エマが良いって知って欲しい」

「……ありがとうございます」


 同じ香りを纏って、こんなに近くにいるのに。

「終わったよ」と告げれば、いつものように「お休みなさい」だ。エマから望んで欲しい、僕から離れたくないと……望んで欲しい!


「……あっ……リヒト様……」


 

 しまった、そう思った時にはもう遅かった。


 

「エマ、待ってっ」


 混濁した瞳はギフトによるもの。

 あまりに強く念じた僕の欲が、視線支配によって暗示が掛かったのは一目瞭然だった。あまりに力強く掴まれた襟口、どんどん近付くエマの顔。いっそ、このまま僕に支配されたエマに口付けされたら――


 だけど、僕はすぐに肩を掴んで離した。


 ――解けろ


「今日は遅くまですまなかった。もう部屋に戻ってくれ」


 まるで突き放すような言い方しか出来なかったのは、そうじゃないと僕の理性が限界だったから。

 本当は、ここにいて欲しい。強く抱きしめて、もっと君が好きだと伝えたいのに。

 いっそ、口付けを……なんて一瞬でも思った自分を恥じた。そんな形でエマを手に入れたいわけじゃない。互いを慈しむ唯一無二になりたいのに、これじゃエマに思われる資格なんて……。


 

 ――出ていけません


 

 震える手で差し出された走り書きの紙には、そう記されていた。見上げるその姿に、僕は何も考えず、強く抱きしめてしまった――

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