13.焦燥感と優越感
「リヒトの奥さんになってあげる」
エマに、勘違いされたくない――
――――――
確かに僕は、「仕事の続きを」そう伝えたはずのエマが、突然給仕に現れた。
間違っても、僕は呼んでない。
どこから聞いていたんだろうか……聞いてたとしても、気にも留まらない?
案の定と言うべきか、エマはリーゼルと僕が対面していても顔色一つ変えなかった。僕なんて全く意識することなく、完璧に仕事をする。
少し……いや、かなり不満だ。
元はと言えば、トルナードと話したあの婚約話だって結局進みもせず、こうしてリーゼルに気を揉まなければならないなんて……。
僕が自由でいられる時間が、残り少ない現実を目の当たりしただからだろうか。いずれ僕も後継者として妻を迎え、子を成して行かなければいけない。父と母は焦らず見守ってくれているが、やはり適齢期というものは無視できないし、だからこそ時間がないのも承知している。
でも、諦めたくない。
何を聞かれても、僕を意識していないとしても、チャンスがあるなら変化を起こしたい。
だから、駆け足でメイド長に頼みに行った。
「今からエマの支度を頼めないだろうか」
「……お任せ下さい。坊ちゃん、スパニー侯爵様の元にエマさんを行かせたのは旦那様ですよ。どっちですかね、リーゼル様という存在を知らしめたかったのか、エマという存在をリーゼル様に知らしめたかったのか……」
「父さんか……何となくそんな気はした。どちらにせよ、帰ってきたら話すつもりではいるんだ。あっ! それとメガネを外してきてくれ、外しても問題ないから」
「はいはい、では首を長くしてお待ちくださいね」
そして、撃ち抜かれた。
着替えを済ませて髪も肌も整えて、いつものメガネを外したエマは……僕の鼓動をこれでもかと早めてくれる。そうだ、僕をこれほど夢中にさせるのはやっぱり君しかいない。思いつきでも行動して良かったと――
「危ないっ!!」
目が合ったと思いきや、足元のバランスを崩したエマに急いで飛び込んだ。
間一髪、怪我がなくて良かった。
「間に合って良かった」
「も、申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
「エマが無事ならそれで良い。それじゃ、行こうか」
「行こうかって……あの、今からどちらに?」
「僕の買い物に付き合って欲しい。エマもたまに街に出たいだろう?」
「いえ、特に」
僕らのやりとりを側で聞いていたレジスタンが、スッと前に出た。
「エマさん、一つお使いを頼んでも宜しいですか?」
「……お使いですか?」
「来月行われる王家主催の夜会で、リヒト様が身に付けるスカーフを三枚ほどお願いします」
「スカーフ……そ、そう言うことでしたら」
ただの思いつきに、レジスタンが色を付けてくれた。
しかも、スカーフをエマが選んでくれるとなれば……つまらない夜会も多少気分が晴れる。それならいっそ、もう一歩踏み込んでみようか。馬車の扉を開け、エマを乗せてゆっくりと走り出した。
「エマ、とてもよく似合うよ」
「こ……このような贅沢な外出着まで用意して頂いて、ありがとうございます。絶対汚しません」
「別に汚れたら新しいのを買えば良い。それより折角こうして買い物に出るんだ、スカーフ以外にも必要なものがあれば買って帰ろう。手も出来れば繋いだままでいてくれ」
「私は、一介のメイドです。街中で手を触れるのは……」
「ダメ、絶対離してはダメだよ」
目的の場所で、エマをこの腕に引き寄せた。
方々から感じる視線が僕じゃないことくらい分かってるさ。当の本人はまるで無自覚だが、きっと周囲のざわつきくらい感じ取れるはず。
「リヒト様は、やっぱり凄いのですね」
凄いのは君だ、エマ。
そして、僕のこの優越感。
視線を送り、手を伸ばしたくてウズウズする男どもが、どう頑張っても振り向かない。エマは、僕しか見ないし、僕の腕から逃しもしない。存分に羨ましがればいい。
雑貨屋、花屋、カフェに仕立て屋……多くの店が並ぶメイン通りを進みながら、目を輝かせるエマを愛でた。
エマの実家は王都から離れ、経済状況は芳しくないと聞いている。物欲が無いのも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。自由に育てられた令嬢のような我儘も、一度として聞いた事がないのは好ましいが、尽くしてやりたいと思う今は、やはり寂しい。
歩いてる途中で見つけた雑貨屋で、香りの良い洗髪石鹸を見つけ、ついでに入浴剤も購入した。
「エマは次、どこに行きたい?」
「スカーフを探したいですね、夜会に身に付けられる大切な物ですから」
「それなら行きつけの仕立て屋に行こう。ほら、あそこなら小物の品揃えが豊富だから」
「あそこって……マダムフランのお店ですか!?」
「なんだ知ってるのか」
「知ってるも何も……予約なしには入れないで有名な一流店ですよ? 予約は――」
「してない。大丈夫だからおいで」
そうか、そんな話もあったな。
外堀から埋めていくなら、まずはここだ。
「ようこそいらっしゃいました。今、マダムをお呼びいたします」
「頼む」
パタパタパタパタ――
「リヒト〜!!」
「叔母上、お久しぶりです」
***
予約なしには絶対入れないと有名な、仕立て屋のマダムフラン……が、叔母様!?
一介のメイドが外出着を着て、しかもマダムからすれば甥っ子のリヒト様の腕に寄り添うなど……リヒト様も何を考えているのでしょう……。
「よく来たわね〜、今日はどうしたの?」
「小物を見に来たんだ。その前に、叔母上に紹介させてほしい。こちら、エマ・オルセット伯爵令嬢で僕の連れなんだ」
「エ、エマ・オルセットと申します」
「叔母上、来月の夜会に彼女を連れて行きたいんだけど、一着仕立ててくれないかな」
「まぁまぁまぁ、エマさんというのね! ついに自慢の甥っ子にもこんな可愛いレディが……これは気合いが入るってものねぇ」
「可愛いだろ? でも本人にまるで自覚がなくて困ってるんだ」
慌てて、「え、あのっ」と制止しようとしたのに。
「ダメだよ、エマ」
リヒト様の人差し指が私の唇に触れ、それ以上何も言わせないととんでもない目力で見つめられる始末。なんだか、ギャラリーのお針子さんたちの小さな悲鳴が聞こえた気が……。
「こんな甥っ子が見れるなんて、今日は良い日だわっ。エマさんが一番映えるドレスを仕立てましょうね、こちらへ」
「エマ、行っておいで。僕はここで待ってるから」
「……はい」
こんな予定じゃありません……!
服を脱がされ、シュミーズで両手を広げながら恥ずかしさでいっぱいの私なんてお構いなしに、お針子さんがあれよあれよとサイズを細かく計測しては記入していきます。カーテンで仕切られた向こうから、デザインを描くマダムとリヒト様のやり取りが微かに聞こえます……。
「――じゃなくて、ここは――」
「――それならここに、ほらっ、これなら際立つと思わない?」
「さすが叔母上。で、仕上がりは――」
結局、デザインの打ち合わせに熱が入ったリヒト様は、ルンルンで私とスカーフを選んでお店を出たわけです。終始ご機嫌なリヒト様に、思わずクスッと笑ってしまったのは、どうか許して頂きたい。
「エマが笑った……」
「ドレスなんて聞いてません」
「良いだろ? 美しい君を見せびらかしたいんだ。それに日頃の御礼もしたかったし」
「そんなこと……」
リヒト様の手が私の頬に触れそうな距離――
「リヒトッ!!」
リーゼル様に包まれたリヒト様を、ただただ眺めるだけ……でした。




