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第93話:揺らぎの夜


それから机には本が積み上がっていた。


ユーリスが開く。


「この辺り……読めますか?」


俺は文字を見る。


少しだけ、間。


「……読めんな」


沈黙。


パコダが顔を上げる。


「は?」


ザハクも眉を寄せる。


「読めない?」


ミリカがぽつり。


「本、読めないの?」


ユーリスが慌てて首を振る。


「あ、いえ、その……」


俺はページを指でなぞる。


「違う」


短く言う。


「形は分かる」


一拍。


「だが、これは後の書き方だ」


沈黙。


誰も理解していない顔。


俺は本を閉じる。


「俺が使ってるのは、もっと古い」


それだけ言う。


ユーリスが小さく頷く。


「……はい。なので今は、変換して読んでます」


パコダが固まる。


「……は?」


オルドが笑う。


「なるほど……」


ミリカがぽつり。


「変」


ザハクが静かに言う。


「……面倒だな」


俺は肩をすくめる。


「そうでもない」


ユーリスを見る。


「こいつがいる」


ユーリスが少しだけ顔を赤くする。


「……はい」


俺は積み上がってる本のひとつに手を伸ばす。


少しだけ視線を動かす。


並んだ背表紙の中から、一冊引き抜く。


埃の匂い。


古い紙の感触。


表紙には、かすれた文字。


遺跡調査。


ユーリスが覗き込む。


「それ……かなり古い資料ですね」


俺は開く。


ページをめくる。


「……これは読める」


沈黙。


パコダが顔をしかめる。


「は?」


ザハクも視線を寄せる。


「さっきは読めないと言っただろう」


ミリカがぽつり。


「むしろ読めない」


ユーリスが本を覗き込む。


そして、一瞬止まる。


「……あ」


小さく声が漏れる。


「これ……古式に近いです」


オルドが片眉を上げる。


「近い?」


ユーリスが頷く。


「はい。今の文字より、ずっと前の書き方です」


俺はそのままページをめくる。


内容を追う。

問題なく読める。


ザハクが低く言う。


「……お前、どこでそれを覚えた」


俺は視線を上げないまま答える。


「覚えたわけじゃない。元からこうだ」


パコダが肩をすくめた。


「なんだそれ」


ミリカがぼそり。


「やっぱり変」


ユーリスは少しだけ考える顔をしていた。


「やっぱり……これが原型なら、もしかしたら」


小さく呟く。

そしてぶつぶつと独り言を始めた。


俺はページを閉じる。


「古いものの方が、俺には合うだけだ」


それだけ言う。


オルドが息を吐く。


「まるでご隠居だな……」


「当たらずとも遠からず、だな」


パコダが頭をかきながら言う。


「そう言えばよう?」


軽い声。


「さっきの白服と、なんの話してたんだ?」


視線がこちらに向く。


「神杭って、コルムナのことだろ?」


ユーリスも、言葉には出さないがこちらを見る。


聞きたそうな顔。


ザハクも黙っているが、視線は外していない。


ミリカも本から顔を上げる。


全員、待っている。


俺は少しだけ考える。


特に隠す理由もない。


「……あぁ」


短く言う。


「逢引だ」


沈黙。


止まる。


完全に。


パコダが固まる。


「……は?」


ユーリスが真っ赤になる。


「な……!?」


ザハクの眉がぴくりと動く。


ミリカがぽつり。


「意味が分からない」


オルドが吹き出す。


「はは……いや、それは――」


言葉を探す。


見つからない。


パコダがようやく動く。


「お前……誰とだよ!?」


俺はページをめくる。


「さっきのカイナだ」


沈黙。


一瞬。


ユーリスが息を吸う。


「えっ……」


止まる。


理解が追いつかない顔。


次の瞬間――


「えぇえええええっ!?」


図書塔に響いた。


ザハクが即座に言う。


「静かにしろ」


ユーリスがはっとして口を押さえる。


「す、すみません……!」


顔は真っ赤なまま。


パコダが吹き出す。


「いや今のは無理だろ!」


ミリカがぽつり。


「無理」


オルドが笑いを堪えながら言う。


「それは説明してもらおうか」


みんなの反応は少し面白かったが、さすがにこれ以上はからかわないでおこう。


俺はページをめくったまま言う。


「……冗談だ」


一拍。


顔を上げる。


「夜に、調べものをしてたときに出くわしただけだ」


沈黙。


パコダが目を細める。


「……ほんとか?」


俺は肩をすくめる。


「まぁな」


軽く言う。


オルドが笑う。


「信用できないな」


ミリカがぽつり。


「どっちでも変」


ザハクが短く言う。


「少なくとも、関わる相手ではない」


ユーリスはまだ顔が赤いまま、


小さく息を吐いた。


「……びっくりしました」


俺は本に視線を戻す。


「そうか? 少なくとも、あいつは……」


言いかける。


一瞬だけ、止まる。

まだカイナのことは知ってるわけでもないし、

そこまで言う必要はないか。


俺は言葉を切る。


「……いや、なんでもない」


ページをめくる。


紙の擦れる音だけが、少し響いた。


沈黙。


ユーリスが、わずかにこちらを見ている。


何か言いたげで、

だが、言わない。


そのまま視線を落とす。


指先が、本の端を少しだけ強く押していた。


「……続きを、やりますか」


少しだけ早い声。


俺は頷く。


「ああ」


―――――夜


廊下は静まり返っていた。


灯りは一定で、

影は薄い。


足音だけが響く。


カイナは一人で歩いている。


手には何も持っていない。


ただ、歩いている。


「……」


昼の出来事が、頭に残っていた。


図書塔。


黒髪の男。


「……」


思い出す。


亜人たちと共にいた。


楽しそうな顔だった。


言葉。


態度。


間。


どれも、引っかかる。


だが――首を振る。


「関係ない」


小さく言う。


それは事実だ。


任務ではない。


教示にも関わらない。


……巻き込むべきではない。


「報告も、不要」


確認するように呟く。


信徒としての判断。


それで正しい。


――正しい、はずだ。


足が、わずかに止まる。


静かな廊下。


誰もいない。


「……人間が、正しい」


口にする。


習った言葉。

何度も聞いた言葉。


火は人に与えられた。


エンラの加護。


その器にふさわしいのは、人間だけだと。

それ以外は――


「……副産物」


言葉が、少しだけ遅れる。


わずかに。

ほんのわずかに。


カイナは目を閉じる。


思い出す。


昼間の光景。


訓練場。


図書塔。


交わした視線。


「……」


あの場にいた者たち。


亜人もいた。


混ざりものもいた。


だが――


「……」


敵意はあっても、悪意はなかった。


少なくとも、表には。


見下す目も、

拒絶も、

なかった。


こちらとは違う……。


カイナは目を開ける。


「……例外はある」


小さく呟く。


だが、その言葉に自分で違和感を覚える。


例外。


そう処理すれば、簡単だ。

教示と矛盾しない。


だが。


「……それで、いいのか」


問いが落ちる。


誰に向けたものでもない。


答えもない。


ただ、残る。


静かな廊下。


白い壁。


一定の灯り。


変わらない世界。


その中で――


ほんのわずかに、


揺れているものがあった。


カイナは視線を落とす。


自分の手。


白い手袋。


迷いは見えない。


だが。


「……」


拳を、少しだけ握る。


すぐに力を抜く。


「……不要な思考だ」


切る。


それ以上は踏み込まない。


踏み込めば、


揺らぐ。


それは分かっている。


だから。


「……任務に戻る」


小さく言う。


足を動かす。


「任務ってなんだ?」


背後からの声。


カイナの肩がわずかに跳ねる。


反射で振り向く。


口が開く。


「――」


声を出しかけた、その瞬間。


視界に黒が入る。


そして――

カイナの口元に、手を当てた。


すぐそこにいた。


気配は、なかった。


「落ち着け」


「……っ」


わずかに目が見開かれる。


だが。


暴れない。


白服としての訓練か、

それとも別の理由か。


一瞬で状況を飲み込む。


足音はない。


廊下は静かだ。


誰も来ない。


エアは視線だけで奥を示す。


物陰。


薄い柱の影。


カイナは一拍だけ迷う。


ほんのわずかに。


だが――


従う。


二人は影に入る。


音はない。


エアが手を離す。


「……何を聞いていた」


低い声。


責めるでもなく、

ただ確認する声音。


「最初からだ」


エアは隠さない。

事実だけを落とした。


―――――


夜になって、もしかしたらと思い寮を抜け出した。

案の定カイナはいた。


俺の答えに、

カイナは一瞬だけ目を細める。


「……そうか」


短く受ける。


沈黙。


静かな廊下。


息遣いすら、薄い。


「聞かれて困る内容だったか?」


「困る、というほどでもない。

 ただ、面倒になる」


「……同じだな」


カイナの目が、わずかに揺れた。

答えない。

だが、否定もしない。


カイナが壁に背を預ける。


白い手袋の指先が、

わずかに揺れていた。


「……報告はしない」


短く言う。


「今のも、

 昼のことも」


俺は肩をすくめる。


「好きにしろ」


「……そうする」


カイナはすぐに答えた。


迷いはある。


だが、

決めた後の声だった。


少しだけ、沈黙。


俺は壁の向こう、

白い廊下の先を見る。


「で」


短く言う。


「任務ってなんだ?」


カイナはすぐには答えなかった。

視線を落とす。


「……詮索はしないんじゃなかったのか」


「そうだな」


頷く。


「だが、お前が一人で夜に動く理由くらいは気になる」


カイナが、ほんの少しだけ苦い顔をした。


「……勝手だな」


カイナは小さく息を吐いた。


そして、低く言う。


「探しているものがある」


「何だ」


また少しだけ間が空く。


「……答える義理はない」


「そうか」


それ以上は追わない。


沈黙。


カイナは、こちらを見る。


「お前もだろう」


「何がだ」


「何をしている?

 まさか俺を探していたわけでもないだろう」


俺は少しだけ考える。


それから、わざとらしく、わずかに肩をすくめた。


「……いや」


短く言う。


「お前が気になったから、探してた」


沈黙。

カイナの表情が、そこで初めて止まった。

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