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第92話:図書塔へ向かう流れ


食堂。


まだ昼には少し早い。


席はまばらに空いていた。


人のざわめきも、さっきまでの廊下よりずっと軽い。


焼いた肉の匂いと、湯気が漂っている。


「……助かりましたね」


ユーリスが小さく言う。


「ああ」


短く返す。


並びながら、プレートを取る。


料理を受け取る。


その横で――


マリスが水差しに手を伸ばしていた。


細い手で掴もうとして、プレートが揺らぐ。


マリスはネレイディア。

水の種族だ。


だからなのか、水を余計に持っていくつもりらしい。


(……最初に顔を合わせただけで、

 まともに喋ったのは今が初めてか)


俺は横から手を伸ばして、代わりに持ち上げる。


「……」


マリスが一瞬だけこちらを見る。


何も言わない。


そのまま歩き出す。


少しだけ、間。


「……さっきは、ありがとうな」


マリスは歩いたまま、わずかに目を伏せる。


「……そう。

 気にする必要はない」


声は静かだった。


「流れを切っただけ…」


それだけ言う。


ユーリスが横で少し驚いた顔をする。


「でも、助かりました」


マリスは少しだけ視線を向ける。


「……ならいい」


それ以上は言わない。


席へ向かう。


奥の方。


すでに――


「お、来た来た」


パコダが手を振っていた。


「遅ぇぞ」


「お前が早すぎなんだ」


皿を置く。


ザハクが一度だけ周囲を見る。


「今日は静かだな」


ミリカが椅子に座ったまま言う。


「まだ平和」


オルドが軽く笑う。


「そのうち埋まる」


パコダがマリスを見る。


「お、ほんとに来たな」


にやっと笑う。


「ようこそ、変わり者の集まりに」


マリスは少しだけ間を置いて、


「変わり者……そうかも」


小さく言う。


否定はせず。


ただ、座る。


俺は水差しを置く。


静かに。


それぞれが食事を取り始める。


ざわめきは、少しずつ増えていく。


だが――


さっきの白は、ここにはない。


「……で?」


パコダが口に物を入れながら言う。


「結局なんだったんだよ、あれ」


俺はパンをちぎる。


「勧誘だった」


「は?」


ユーリスが苦笑する。


「まあ……そんな感じでしたね」


ザハクが短く言う。


「早いな」


オルドが頷く。


「目をつけられたか」


ミリカがぼそり。


「めんどくさい」


パコダは笑った。


「断ったんだろ?」


「ああ」


それだけ言う。


パコダが満足そうに頷く。


「ならいい。

 飯がまずくなる話は終わりだ」


ザハクが小さく息を吐く。


「正しい」


オルドが軽く手を叩く。


「じゃあ食うか」


ミリカが頷く。


「食べる」


ユーリスもようやく力を抜いた。


「……はい」


マリスは何も言わない。

静かに食事を口に運ぶ。


その目は――


少しだけ、周囲を見ていた。


流れを、見ている。


俺はそれを一度だけ見る。


(……白とも違う。

 だが、完全にこっち側でもない、か)


食堂の音が、少しずつ満ちていく。


日常は、戻っていた。


しばらくして。


皿の上が半分ほど空いた頃。


ユーリスが、そっとこちらを見た。


「……エアさん」


「なんだ」


「この後、どうしますか?」


少し迷うように言う。


「図書塔、行きますか?

 それとも……少し休みますか?」


周囲の音は賑やかだ。


だが、この卓の中だけは静かだった。


パコダが肉を噛みながら言う。


「お、何だ何だ。

 午後の予定か?」


ザハクが水を飲みつつ言う。


「白服の件がある。

 一人では動かない方がいい」


俺は少しだけ考える。


ユーリスを見る。


(……こいつは、来るだろうな)


わざわざ聞くまでもない。


視線を戻す。


今度は――マリスを見る。


少しだけ間。


「来るか?」


強くはない。


ただ、置くように言う。


マリスが目を上げる。


一瞬だけ、こちらを見る。


それから、少し間を開けてから。


「……行く」


短く答えた。

それだけ。


ユーリスが少しだけ安堵したように息を吐く。


「じゃあ、食べたら行きましょう」


「ああ」


俺は頷く。


パコダが笑う。


「お前ら勉強熱心だなぁ」


一拍。


肉を噛みながら、続ける。


「……で、俺らは置いてく気か?」


ユーリスがきょとんとする。


「え?」


ミリカが顔も上げずに言う。


「行く」


ザハクが短く付け足す。


「一人で動くなと言ったはずだ」


オルドが肩をすくめる。


「付き合う、どうせ暇だ」


パコダが親指で自分たちを指す。


「ほら、護衛付きだぞ?」


軽い調子。


だが、引く気はない。


ユーリスが少し戸惑ってから、


小さく笑った。


「……ありがとうございます」


マリスは一瞬だけ手を止める。


視線が、パコダたちへ向く。


それから、静かに言う。


「助かる」


短い。


だが、はっきりと受け入れた。


俺はそれを見る。


(……そうなるか)


人数が増える。


だが、問題はない。


むしろ――


「じゃあ決まりだな!」


パコダが手を叩く。


「食ったら図書塔な!」


ミリカが頷く。


「本、読む」


ザハクが息を吐く。


「騒ぐなよ」


オルドが笑う。


「無理だろうな」


ユーリスが小さく笑う。


「にぎやかになりそうですね」


マリスは何も言わない。


ただ、静かに食事へ戻る。


だが――


さっきより、少しだけ距離が近い。


俺はそれを見て、


何も言わず、パンを口に運ぶ。


食堂のざわめきが満ちていく。


午後の流れは、もう動き出していた。


―――――


図書塔。


高い天井。


静かな空気。


だが――


人数のせいで、少しだけ空気が違う。


パコダが能天気に声を出す。


「図書館とか久しぶりだな!」


「静かにしろ」


ザハクが即座に言う。


「あ、悪い」


小声で返す。


ミリカはすでに棚を見ている。


「本、多い」


オルドが肩をすくめる。


「読む気か?」


「読まない」


即答だった。


「じゃあなんで来た」


「なんとなく」


会話が軽い。


だが――


さっきまでの白の空気はない。


俺は棚を見る。


並んでいる。


揃っている。


人間の記録。

種族の記録。

魔法の記録。


「……で?」


パコダがこちらを見る。


「お前ら、何探してんだ?」


ユーリスが口を開きかける。


その前に言う。


「全部だ」


沈黙。


「……は?」


パコダが止まる。


ザハクが眉をひそめる。


「全部?」


ユーリスが慌てる。


「え、いや、その……」


説明しようとして、詰まる。


俺は棚を見たまま言う。


「あるもの全部だ」


それだけ。


オルドが笑う。


「雑だな」


ミリカがぽつり。


「分からない」


その時だった。


扉が開く音がした。


空気が変わる。

静かな足音。


全員がそちらを見る。


白服。


カイナだった。


一瞬で、空気が張る。


パコダが一歩前に出る。


ザハクの視線が鋭くなる。


ミリカが動きを止める。


完全に警戒。


だが――


敵意が来ない。


構えたまま、

誰も動けない。


カイナはそれを受け止めたまま、

歩みを止めない。


「……」


短い沈黙。


パコダが低く言う。


「なんの用だ?」


敵意を隠さない声。


カイナは一度だけ全員を見る。


それから、俺に視線を向けた。


「……エア」


名前を呼ばれ、俺は前に出る。


「おい」


パコダが止めたが、俺はそのまま進み。


カイナの前で止まる。


少しだけ顔を見る。


「どうした?」


短く言う。


カイナの目がわずかに揺れる。


一瞬。


言葉を選ぶ間。


それから、低く言った。


「……すまない」


沈黙。


全員が止まる。


パコダが眉をひそめる。


「は?」


カイナは視線を少しだけ落とす。


「……話さなければならなかった」


俺は何も言わない。


カイナは続ける。


「神杭の件だ」


空気が変わる。


ユーリスが息を呑む。


ザハクの足がわずかに動く。


戦闘距離。


カイナはそれを理解している。


それでも言う。


「報告した」


短い言葉。


「お前が触れたこと」


一拍。


「……光ったことも」


沈黙。


図書塔の空気が重くなる。


「隠せなかった」


事実だけを置く声。


「だから話した」


視線が上がる。


まっすぐこちらを見る。


「……お前は目を付けられた」


はっきりと。


ユーリスが小さく呟く。


「……中央に?」


カイナは答えない。


だが、否定もしない。


沈黙。


パコダが眉をひそめる。


「……は?」


ザハクも視線を動かす。


「何の話だ」


ミリカが小さく首を傾げる。


「分からない」


オルドも笑みを消す。


「共有されてないな」


ユーリスも同じだった。


「え……神杭って……?」


完全に置いていかれている。


俺はカイナを見る。


表情。

目。

そこにあるものを。


揺れているが、濁ってはいない。


それから言う。


「そうか。

 別に、それでもいいさ」


パコダが振り向く。


「よくはないだろ?」


苛立ち。


「状況はさっぱりだけどよ、神杭ってコルムナのことだろ?」


ザハクも言う。


「笑えない」


ミリカがぼそり。


「面倒に巻き込まれてる」


オルドは黙ったまま。


ユーリスは困惑している。


「え、え?……」


言葉が出ない。


カイナがわずかに目を細める。


「……怒らないのか」


俺は首を傾ける。


「なぜだ?」


カイナは言葉を失う。


俺は続ける。


「お前が判断して決めたことだ。

 なら、それでいい」


沈黙。


カイナの目がほんの少しだけ揺れる。


「……そうか」


小さく言う。


それ以上は何も言わない。


一歩、下がる。


距離を取る。


警戒は解けないまま。


パコダが頭をかきながらカイナをにらむ。


「なんだかなぁ~」


それでも、それ以上は出ない。


カイナは背を向ける。


少しだけ止まる。


「……気をつけろ」


それだけ言った。


振り返らない。


そのまま去っていく。


図書塔の空気が、ゆっくり戻る。


パコダが小さく舌打ちする。


「……なんだあいつ」


ザハクは視線を落としたまま言う。


「白服だが……敵意がないな…」


ミリカが小さく言う。


「気持ち悪い…」


オルドが息を吐く。


「だが……嘘は言ってなさそうだ」


ユーリスはまだ整理できていない顔だった。


「……エアさん、あの……」


言いかけて、止まる。


「さてと」


俺は棚に視線を戻す。


並んだ本。


整えられた記録。


だが――ほんの少しだけ、抜けている。


不自然な空白。


俺は一冊、手に取る。


何でもいい。

ただの本だ。


ページをめくる。


「探すか」


小さく言う。


誰に向けたわけでもない。


だが――全員がそれを聞いた。


パコダがにやっと笑う。


「……よし! 仕切り直しだな」


ザハクが短く頷く。


「付き合う」


ミリカが本を抱えたまま言う。


「探す」


オルドが肩をすくめる。


「で、結局何を探している?」


ユーリスも、小さく頷いた。


「全部です! よね?」


マリスは何も言わない。


だが、すでに動いていた。


棚の奥へ。


より深い方へ。


俺はそれを見て、


もう一度ページをめくる。


静かな図書塔の奥で――ずれていた何かが、少しだけ本当に近づいた。

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