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第89話:詠唱という形


翌日。


教室は静かだった。


椅子が引かれる音。

紙をめくる音。


教師が黒板の前に立つ。


ガレスだ。


腕を組み、

教室を見渡す。


「今日は魔術理論だ。知っての通り――」


チョークが走る。


黒板に三つの言葉が書かれた。


感知

構築

発動


「魔術はこの三工程で成る」


振り返る。


「感知。魔力を捉える。

 構築。術式を組む。

 発動。魔力を流し、現象として現す」


教室は静かだ。


皆、ノートを取っている。


ユーリスも真剣な顔で書いていた。


ガレスは続ける。


「詠唱は術式を安定させるためのものだ」


チョークが黒板を叩く。


「言葉で現象を固定する。

 

 火を起こすなら火の形を、風を呼ぶなら風の流れを。

 

 魔力は形を持たない。

 だから言葉で縛る」


黒板にさらに書かれる。


媒介


「杖や魔石は媒介だ。

 魔力の流れを整え、魔法陣は術式の安定化」


チョークが止まる。


「これが現代の魔術の基本になる」


沈黙。


紙をめくる音だけが残った。


ユーリスは必死に書いている。


俺は。


(……?)


詠唱?

術式?

言葉で縛る?


(何の話だ……)


授業はそこで終わった。


――――――――


ざわめきが広がる。


椅子が引かれ、

生徒たちが席を立つ。


俺は前の席を見る。


「ユーリス」


ユーリスが振り返る。


「はい?」


「詠唱とは何だ?」


一瞬。


ユーリスが止まった。


「……え?」


「詠唱だ」


ユーリスの目が大きくなる。


「えぇ!?」


慌てて声を落とす。


「ちょ、ちょっと待ってください……、

 今の授業……ですよね?」


「そうだ」


ユーリスは少し困った顔をする。


「エアさん……」


「あぁ」


「詠唱……、ほんとに何も知らないんですか?」


「知らない」


ユーリスは額に手を当てた。


「そっちですか……」


小さく息をつく。


「ちょっと来てもらっていいですか」


「どこだ」


「訓練場です」


――――――――


学院の訓練場。


石の地面。


刻印陣。


人はまばらだった。


ユーリスが立ち止まる。


杖を握る。


「普通の魔術はこうやります」


杖を前に向ける。


小さく息を吸う。


「火よ――灯れ」


空気が揺れる。


小さな火球が生まれた。


ユーリスがこちらを見る。


「これが詠唱です。一番簡単な」


俺は火を見る。


それからユーリスを見る。


「……なぜ言葉を言った」


ユーリスは少し考える。


「あー……」


「魔力って、そのままだと形が曖昧なんです。

 だから言葉で術式を固定するんです。

 詠唱すると、魔法が安定するんですよ」


俺は火を見る。


少し考える。


指を鳴らす。


パチン。


火が生まれる。


ユーリスはそれを見ても驚かなかった。


「はい……」


普通に頷く。


「エアさんはそれできますよね……」


「まぁな」


ユーリスは少し笑う。


「むしろそれが普通だった時代の人ですから」


少し間。


ユーリスが火を見る。


それから俺を見る。


「問題はそこじゃなくて」


指を立てる。


「詠唱って概念を知らなかったことです」


俺はユーリスを見る。


ユーリスは少し肩をすくめた。


「普通の魔術師は」


火を見る。


「こうしないと魔法出ませんから」


杖を軽く振る。


火が消える。


ユーリスは少し考えながら続ける。


「えっとですね。

 まず魔術には階位があります」


指を一本立てる。


「第一階位」


二本。


「第二階位」


三本。


「第三階位」


四本。


「第四階位」


五本。


「第五階位」


少し間。


「ここまでが、学院で教えられる魔術です」


俺は聞いている。


ユーリスは少し笑う。


「卒業までに第五階位に届けば、かなりちゃんとした魔術師って扱いですね」


少し困った顔になる。


「逆に言うと」


少し言いづらそうに続ける。


「そこに届かないと……魔術師とは名乗れませんね……」


俺はユーリスを見る。


ユーリスは慌てて手を振った。


「あ、いや! でも!

 エアさんの火は普通じゃないですし!

 実技は多分……大丈夫だと思います」


少し間。


ユーリスが視線を逸らす。


「問題は……」


小さく咳払いする。


「筆記なんですよね」


「筆記?」


「はい」


ユーリスは苦笑する。


「魔術理論とか、術式の基礎とか、詠唱の意味とか」


杖の先で地面を軽くつつく。


「そういうの、試験に出るんです」


俺は黙る。


ユーリスが続ける。


「しかも」


少し肩をすくめる。


「エアさんは今、文字覚えてる途中じゃないですか」


沈黙。


風が訓練場を抜ける。


ユーリスは少し困った顔でこちらを見る。


「なので……」


指を立てる。


「詠唱」


もう一本立てる。


「魔術理論」


少し間。


「それ、覚えないと」


困ったように笑う。


「進級試験、ちょっと危ないかもしれません」


少し間。


俺はユーリスを見る。


「覚えればいいのか」


ユーリスは一瞬止まった。


「……え?」


「詠唱と魔術理論だ」


ユーリスは苦笑する。


「まぁ……そうなんですけど」


少し考えてから言う。


「ここで説明するより」


杖で学院の方を指す。


「図書塔行きましょう。

 本の方が早いです」


「分かった」


――――――――


図書塔。


巨大な石の塔。


高い窓から光が落ちている。


扉を開けると、

紙とインクの匂いが広がった。


本棚が並んでいる。


ユーリスの目が少し輝いた。


「えっとですね」


迷いなく奥へ歩く。


「詠唱っていうのは」


棚から一冊抜く。


分厚い本だ。


机に置く。


どさりと音がする。


「術式の“形”を決める言葉なんです」


本を開く。


指で文字を追う。


「魔力って、そのままだと」


少し考えて言う。


「流れるだけで形がないんです」


指を動かす。


「だから詠唱で、

 形を決める」


ページをめくる。


「例えばさっきの

『火よ――灯れ』

 これは」


指で文章を指す。


「火属性の魔力を集めて、小さな燃焼現象を作る術式」


少し間。


ユーリスがこちらを見る。


「本当はもっと長い詠唱もあります」


ページをめくる。


びっしり文字が並んでいる。


「上級魔術になると、詠唱も長くなります。

 術式が複雑になるからです」


俺は本を見る。


文字の列。


(……)


ユーリスが気付く。


「あ、えっと」


少し気まずそうに言う。


「まず文字からですね」


俺は頷く。


「そうだな、すまん……」


ユーリスは苦笑する。


「大丈夫です」


椅子を引く。


「今日は詠唱の基礎からやりましょう」


本をもう一冊出す。


「魔術理論、初級」


机に並べる。


「進級試験までまだ時間あります」


少し笑う。


「たぶん」


少し間。


「……たぶん大丈夫です」


ユーリスは本を閉じた。


ぱたん、と乾いた音が図書塔に響く。


それから俺を見る。


「……ただ」


少し困った顔になる。


「詠唱って、理屈だけだと覚えにくいんですよね」


「そうなのか」


「はい」


ユーリスは立ち上がる。


杖を持つ。


「実際にやった方が早いです」


本を棚に戻す。


「さっきの訓練場、まだ空いてましたし。

 初級に関しては私も教えられますから、やってみましょう!」


俺は頷く。


「分かった」


――――――――


再び訓練場。


さっきより人は増えていたが、

端の方はまだ空いている。


ユーリスが立ち止まる。


「じゃあまず!」


杖を軽く回す。


「一番簡単な詠唱からです」


俺を見る。


「さっきの」


指を立てる。


「火よ――灯れ」


少し間。


「これを言いながら」


杖で円を描く。


「魔力を前に流す感じです」


俺は黙って聞く。


ユーリスが続ける。


「イメージは」


少し考える。


「えっと、火種を作る感じです」


「火種か」


「はい」


ユーリスは笑う。


「小さな火を置く感じ。

 それが第一階位の魔術です」


少し間。


ユーリスが杖を下ろす。


「やってみます?」


俺は頷く。


「分かった」


少し息を吸う。


言葉を思い出す。


「火よ――灯れ」


その瞬間。


空気が震えた。


次の瞬間。


ゴォォッ!!


爆炎が噴き上がった。


熱風が地面を叩く。


刻印陣が赤く光る。


火柱は数秒続き、


やがて消えた。


沈黙。


ユーリスが固まっている。


周囲の学生も何人か振り向いていた。


ユーリスがゆっくりこちらを見る。


「……」


少し間。


「エアさん」


「なんだ」


ユーリスは額を押さえる。


「それ」


深く息を吐く。


「第一階位じゃないです」


俺は火の消えた場所を見る。


「そうなのか」


ユーリスは苦笑した。


「むしろ……と言うか……」


空を見上げる。


「……なんで詠唱したら威力上がるんですか?」


俺は少し考える。


「分からん」


ユーリスはしばらく黙った。


やがて肩をすくめる。


「……まぁ」


少し笑う。


「実技はやっぱり大丈夫そうですね」


その様子を、

訓練場の端から、

見覚えのある人物が黙って見ていた。

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