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第87話:白の先、ムカつく顔


揺れは一瞬だった。


次の瞬間。


足元の感覚が消える。


重さが消える。


音も、風も。


白。


ただ、白だけが広がる。


境界のない空間。


上も、

下も、

遠さもない。


意識だけが浮いている。


「やぁ……久しぶりだね」


軽い声が白を震わせた。


聞き慣れた声。


少しだけ、

面倒そうで。


少しだけ、

楽しそうな声。


「また、ちゃんと来たね」


俺はゆっくり顔を上げる。


白の奥。


形はない。


だが――そこにいる。


「……ルクナス」


名を呼ぶ。


やがて、

淡い光の輪郭が浮かび上がる。


長い金髪。


気の抜けた笑み。


「うん。元気そうで何よりだ」


昼寝から起こすみたいな声だった。


だが。


俺は答えない。


沈黙。


ルクナスが少しだけ首を傾げた。


「……どうしたの?」


その言葉が落ちた瞬間。


俺は言う。


「何故黙っていた」


白がわずかに軋む。


ルクナスの笑みが止まる。


「……何のこと?」


「戦争だ」


即答。


間を置かない。


「神器、神話、兵器」


一つずつ落とす。


「全部だ!」


沈黙。


ルクナスが息を吐く。


「……ああ」


少し困った顔になる。


「それか……」


俺は動かない。


「知っていたんだろ……、

 俺の見ていない時を……お前は知っている」


白の奥で光が揺らぐ。


ルクナスは少し考える。


「そうだ。

 でも……見ているのは」


ゆっくり言う。


「君だけじゃない。

 時間の流れの中で、

 いくつかの可能性を観測している。君が眠っていた後の時代も」


息を一つ挟む。


「そして……その先も」


俺は動かない。


「……なら」


低く言う。


「知っていたはずだ……」


空間がわずかに重くなる。


「俺の槍がどうなったのか……」


ルクナスは答えない。


だから続ける。


「俺が死んだあと、リヒトやナハトのその先で……」


言葉がゆっくり落ちる。


「何が起きたのか……」


拳がわずかに握られる。

平穏だけが続くとは思っていない。


だが……。


「俺の槍で……俺の力で、

 子孫が――大勢死んだ」


白がわずかに震える。


「それを」


視線を向ける。


「お前は知っていた」


沈黙。


ルクナスは、

ほんの少しだけ目を伏せた。


俺は続ける。


怒鳴らない。


ただ、低く。


「……なのに、お前は黙っていた」


言葉が落ちる。


「俺は夢を見ていた。

 リヒトとナハトの続きを。

 子孫が生きている未来を」


息を吐く。


「だがその裏で、俺の槍は」


ゆっくり言う。


「大陸を裂いた……」


沈黙。


「……どういうつもりだ?」


静かな声だった。


怒りはある。


だが。


暴れてはいない。


「なぜ……話さなかった」


ただ――責任を問う声。


白の奥で、

ルクナスが小さく息を吐いた。


「……うん」


苦笑する。


「怒るのは、当然だ」


視線を上げる。


「君に言わなかったのは事実だ」


肩をすくめる。


「そして……たぶん、君の想像通りの理由だよ」


その言い方をされると――何も言えない。


理由は分かる。


ルクナスは、

俺を騙すために黙っていたわけじゃない。


おそらく。


知れば俺は迷った。

知れば動きは遅くなった。


だから黙っていた。


それくらいのことは分かる。


……分かるが。


それでも。


「……一つ」


俺は言う。


ルクナスが少しだけ目を向ける。


「俺が見ていた」


言葉を選ぶ。


「リヒトとナハトの未来」


白の奥で光が揺らぐ。


「……あれは」


わずかな間。


「嘘か?」


ルクナスの眉が少しだけ動く。


「偽物か?」


短く問う。


沈黙。


ルクナスはすぐに首を振った。


「いや」


即答だった。


「何もしていない」


軽く肩をすくめる。


「君が見ていたのは、あの時点での“そのままの世界”だ」


そして優しい目で俺を見る。


「私は触ってない」


少しだけ笑う。


「そこまで器用じゃないよ」


俺はしばらく黙る。


胸の奥の何かが、

わずかにほどける。


「……そうか」


短く答える。


そして。


もう一つ。


今度は迷わず聞く。


「戦争は」


白の空間が静まる。


「いつ起こる」


ルクナスはすぐには答えない。


少しだけ視線を遠くに向ける。


まるで。


未来を見直すみたいに。


数秒。


それから言う。


「すぐじゃない」


空間がわずかに波打つ。


「少なくとも」


指を軽く立てる。


「数年は先だ」


短い間。


「今はまだ」


静かな声になる。


「火種の段階」


俺は何も言わない。


だが。


それだけで十分だった。


数年。


なら――まだ動ける。

まだ間に合う。


ルクナスがこちらを見る。


「……槍のことを考えているね」


俺は答えない。


だが。


否定もしない。


ルクナスは苦笑する。


「やっぱりそうか、君は」


小さく肩をすくめる。


「そういうやつだ」


沈黙が落ちる。


やがて、

俺は言う。


「……もう一つある」


ルクナスが少しだけ眉を上げる。


「なんだい?」


俺は少しだけ考える。


言葉を選ぶ。


「この世界に来てから」


ゆっくり言う。


「分かったことがある」


白の奥で光が揺らぐ。


「俺の火だ」


ルクナスは黙って聞いている。


「昔は違った」


短く言う。


「使うだけだった」


意思を向ける。


世界が応える。


それだけだ。


だが――


「今は違う」


空間がわずかに重くなる。


「火が」


少し間を置く。


「俺を守ろうとする」


ルクナスの目がわずかに細くなる。


俺は続ける。


「廊下で火が消えた。

 あの時俺は何もしていない……だが消えた」


視線を上げる。


「まるで」


言葉を選ぶ。


「俺に当たらないように」


沈黙。


「……あれは」


ゆっくり言う。


「何だ」


短い沈黙。


そしてもう一つ。


「俺の槍も同じか?」


空間がわずかに波打つ。


「戦争をひっくり返すほどの力。

 俺の鉄の槍は……もう、ただの武器じゃない。

 同じ理由で変質したのか?」


ルクナスはしばらく黙る。


視線を少し遠くへ向ける。


まるで、

世界そのものを見ているように。


数秒。


それから息を吐いた。


「……半分正解」


軽い声だった。


だが目は真面目だ。


「君の火が変わったのは事実だ」


白の空間に光が流れる。


「でも」


指を軽く立てる。


「原因は君じゃない、世界だ」


俺は黙る。


ルクナスは続ける。


「人はね」


少しだけ笑う。


「思った以上に世界を書き換える」


白の奥で光がゆっくり広がる。


「君は神になった。

 伝説になった。

 信仰になった」


短く区切る。


「そして」


静かに言う。


「世界はそれを“仕様”として取り込んだ」


俺は目を細める。


「……仕様」


ルクナスが肩をすくめる。


「そう。君に与えた力は分岐した。

 世界へ干渉するプログラムは」


少しだけ楽しそうに笑う。


「利用者の入力に影響される」


白がゆっくり揺れる。


「人間は何百年も、君を火の神として扱った」


目を閉じ、数えるように続ける。


「火は神の証、

 火はエンラの意思、

 火は守護」


ゆっくり言う。


「だから世界は」


軽く指を鳴らす。


「そう振る舞うようになった」


空間が静かに波打つ。


「つまり」


小さく笑う。


「火が君を守るのは」


少しだけ首を傾ける。


「信仰の副作用だ」


俺は黙る。


ルク,

「槍も同じ」


「神器化、神格。

 戦争兵器、世界の象徴」


言葉を並べる。


「人間は何百年も、

 君の名前、そして残った槍に意味を与え続けた」


白の奥の光が少し強くなる。


「結果」


静かな声になる。


「世界はそれを“事実”として処理した」


短く言う。


「だから強い……とてつもなく。

 だから歴史をひっくり返す」


ルクナスが俺を見る。


「君の槍が強いんじゃない」


少しだけ笑う。


「世界が強くした」


俺はしばらく黙っていた。


納得したわけではない。


だが、

理屈は通っている。


俺の火が変わったのは、

俺が望んだからじゃない。


人がそう信じ、

世界がそれを受け入れた。


槍も同じ。


ただの武器だったはずのものに、

神の名が貼り付けられ、

意味を重ねられ、

神の力を持つ兵器として“完成”してしまった。


「分かった……、……なら次だ」


低く言う。


ルクナスが目を向ける。


「あれのせいで戦争が起こるなら」


白の奥の光がわずかに揺れた。


「俺が壊す」


短く言う。


「壊せないなら、沈める」


一拍。


「二度と誰にも見つからない場所へ」


静かな声だった。


だが、

迷いはない。


「どうすればいい」


俺は真っ直ぐ見る。


「戦争を防ぐ」


少しだけ間を置く。


「助言をくれ」


白の空間が静まる。


ルクナスはすぐには答えなかった。


ただ、

こちらを見ている。


その目に、

いつもの軽さは少ない。


やがて、

小さく息を吐く。


「……壊すのは、たぶん無理だ」


即答だった。


俺の目が細くなる。


ルクナスは続ける。


「今のあれは、

 ただの槍じゃない」


白の奥に、

淡い光が集まる。


やがて、

一本の槍の輪郭が浮かぶ。


神々しいほどの光。


だが俺には分かる。


元は、

ただの鉄だ。


「人々が意味を与えすぎた」


ルクナスが静かに言う。


「世界が補強した。

 信仰が固定した。

 歴史が層になった」


槍の輪郭が、

わずかに脈打つ。


「いま破壊しようとすれば」


声が少し低くなる。


「それ自体が巨大な“事件”になる」


空間が波打つ。


「中央が動く。

 白塔も動く。

 他の勢力も動く」


短い間。


「戦争を止めるつもりが、

 むしろ早める可能性が高い」


俺は黙る。


それは分かる。


目立ちすぎれば、

争いは加速する。


「……なら、沈める」


ルクナスは少しだけ首を傾げる。


「それは現実的だ」


白い空間に、

今度は海のような光景が浮かぶ。


深い底。


光の届かない暗い場所。


「ただし」


輪郭が消える。


「隠すだけでは足りない」


俺は目を細める。


「どういう意味だ?」


「象徴は」


ルクナスが指を立てる。


「無くなっただけじゃ、神話化する」


一拍。


「見えなくなれば、

 人は余計に欲しがる」


確かに。


手が届かないからこそ、

祈りは強くなる。


「だから必要なのは二つ」


白の空間に、

二つの光点が浮かぶ。


「一つ」


指先が一つを示す。


「槍そのものを、

 今の持ち主から切り離すこと」


もう一つを示す。


「もう一つ」


静かな声。


「槍に結びついた“意味”を壊すこと」


俺は黙る。


ルクナスは続ける。


「前者は物理だ。

 奪う、隠す、封じる、このどれかで成立する」


二本目の指を立てる。


「後者は思想だ。

 神話を壊す。

 正義を壊す。

 “あれは絶対ではない”と世界に理解させる。

 ……すごく大変だけどね」


空間がわずかに軋む。


「君がやるべきなのは」


少しだけ笑う。


「たぶん、その両方だ」


俺は視線を落とす。


槍を取るだけでは足りない。


神話も壊さなければならない。


「本当に……面倒だな……」


小さく言う。


ルクナスが肩をすくめる。


「うん」


いつもの調子に少し戻る。


「でも君は、

 昔からそういう“面倒な方”を選ぶ」


俺は答えない。


否定もしない。


沈黙。


やがて、

俺は静かに言う。


「まずは奪う」


短い言葉。


「そして持つ」


白の奥の光が揺れる。


「その後で、

 神話を壊す」


ルクナスはしばらく俺を見ていた。


それから、

ほんの少しだけ真面目な顔になる。


「それでいい」


短い肯定だった。


「ただし、急がずに」


一拍。


「戦争はまだ火種だ。

 今ならまだ、手順を選べる」


俺は頷く。


「分かった」


ルクナスは小さく笑う。


「本当に?」


「……善処する」


それを聞いて、

ルクナスが吹き出した。


「君にしては上出来だ」


ムカつく顔だ……。

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