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第85話:度が過ぎた火


訓練棟を出ると、

長い石の通路が続いていた。


生徒たちは

それぞれ寮や講義棟へ散っていく。


ざわめきはまだ残っている。


「中央ってのも、意外と大したことないんだな」

「やめとけ、聞こえるぞ?」「あぁ、睨まれたら面倒だ」


ひそひそと

声が流れていく。


ユーリスは

それを気にした様子もなく歩いていた。


杖を肩にかけている。


俺も横を歩く。


その時だった。


「待て!」


後ろから声が飛ぶ。


足音が二つ。


振り返るまでもない。


白服だ。


居残りにならなかった

二人。


そのまま

こちらの前に回り込む。


通路の真ん中で

道を塞ぐ形になった。


金髪の男が

ユーリスを見下ろす。


表情は

さっきの訓練場より

明らかに苛立っている。


「貴様ッ」


低い声。


「さっき何をした?」


ユーリスが

瞬きをする。


「……何を、とは?」


男の眉が歪む。


「とぼけるな!」


一歩近づく。


「火が当たる前に消えた!

 貴様が何かしただろう!」


通路の空気が

少し張り詰める。


周囲を歩いていた生徒も

足を止め始めた。


「そうでなければ、我々が混ざり物の貴様に劣る結果になるわけがない!」


ユーリスは

少し困った顔をする。


「いえ……」


小さく首を振る。


「私は何も……」


男が鼻で笑う。


「嘘をつくな!!」


視線が鋭くなる。


「混ざり物のくせに!」


吐き捨てるように言う。


「中央の火に手を出すとはな?」


横にいたもう一人の男が詰め寄る。


「え?……あ、あの……」


ユーリスは

完全に塞がれた。


通路の真ん中。


逃げ場はない。


周囲の生徒も

少し距離を取りながら見ている。


(……流石に、だな)


俺は小さく息を吐いた。


一歩前に出る。


二人の間に

軽く割り込んだ。


「道、塞いでるぞ。邪魔だ」


それだけ言った。


白服の男が

ゆっくりこちらを見る。


眉が歪む。


「……貴様」


視線が

俺の手に向く。


木の棒。


訓練場でも持っていたやつだ。


男は鼻で笑う。


「そんな杖ですらないものを持っている奴が口を挟むな!」


もう一人の男も

薄く笑う。


「火の試験で遊んでいただけの小物が出る幕じゃない」


周囲の生徒が

少しざわつく。


だが俺は

肩をすくめる。


「火は出てた……お前達が勝手に道化になった、それだけだ」


それだけ言った。


男の表情が

わずかに歪む。


プライドだ。


その時。


ユーリスが

小さく言う。


「……エアさん」


声は低い。


だが止める気配ではない。


白服の男が

さらに一歩近づく。


「言ったな?……いいだろう」


低く言う。


「だったら今ここで証明してみろ」


俺は小さくため息を吐いた。


(証明? 意味が分からん。……筋違いもいいところだ)


子供の癇癪を相手にする気はない。


そのまま間を押しのけ、通り過ぎる。


「あ、エアさん」


ユーリスが小さく呼ぶ。


俺は振り返らない。


「行くぞ」


それだけ言って

歩き出した。


ユーリスは一瞬だけ

白服たちを見る。


それから慌てて

俺の背中に追いついた。


早足で

後ろにくっつく。


通路に

ざわめきが戻り始める。


その時だった。


「貴様ッ!」


背後で

魔力が弾ける。


「炎よ――ッ!」


振り返るより

先だった。


ゴォッ――!!


火。


赤い炎が

一直線に走る。


狙いは――


ユーリス。


周囲の生徒が

一斉に息を呑む。


悲鳴が聞こえた。


だが。


火は

ユーリスに届かなかった。


その手前で。


ふっ


消えた。


煙だけが

空中に残る。


静寂。


ユーリスが

ゆっくり振り返る。


「……?」


そして。


ちらりと


俺を見る。


「はぁ……」


小さく息を吐く。


俺はゆっくり立ち止まった。


それから――振り返る。


白服の二人。


通路の奥で

まだ構えたまま立っている。


周囲の生徒たちは

完全に静まり返っていた。


俺は少しだけ首を傾ける。


「……なぁ」


声は低い。


怒鳴りはしない。


ただ、

静かだった。


「悪口だの、言い争いだのはな」


視線を白服に向ける。


「ユーリスが自分でどうにかする話だ。

 ……いちいち俺が出て守るだけじゃ意味がない」


ユーリスが

小さく目を見開く。


俺は続ける。


「だから今まで黙ってた」


通路に

足音一つ落ちない。


「だが」


ゆっくりと白服の二人を見据える。


「これは違う」


白服の男の顔が

わずかに歪む。


「子どもの悪ふざけにしては……」


視線を細める。


「……度が過ぎたな」


空気が

変わる。


何かが

沈んだような感覚。


白服の男が

一瞬だけ言葉を失う。


「な、何を――」


言い終わる前に。


俺は

一歩だけ前に出た。


その瞬間。


「舐めるなッ!」


白服の一人が

再び杖を振り上げる。


魔力が弾ける。


「炎よ――!」


ゴォッ!!


さっきよりも

大きな火。


赤い炎が

一直線に走る。


通路の生徒たちが

悲鳴を上げる。


だが。


俺は

止まらない。


歩いたまま

その火の中へ進む。


炎は――触れる直前で


ふっ


と、消えた。


煙すら立たない。


まるで、最初からそこに存在していなかったように。


通路に

ざわめきが広がる。


白服の男の目が

見開かれる。


「な……なんだと!?」


俺は

そのまま歩き続ける。


距離が縮まる。


あと数歩。


男は

思わず後ろへ下がった。


俺は足を止める。


目の前。


静かに言う。


「……廊下で火を使うな」


それだけだった。


声は低い。

怒鳴っていない。


だが


「次はない……わかったな?」


通路の空気が

凍りつく。


白服の二人は

言葉を失っていた。


後ろで

ユーリスが

小さく息を呑む。


周囲の生徒たちは

誰一人として

声を出さない。


俺は

もう一度だけ


白服の二人を見た。


それから


何事もなかったように


背を向けて歩き出した。


―――――


昼時だった。


食堂に入ると、

昼の熱気が一気に押し寄せた。


皿の音。


人の声。


湯気と、

焼いた肉の匂い。


昼時だ。


席はかなり埋まっている。


赤。

蒼。

黄土。

翠。


帯の色ごとに、なんとなく固まりが出来ていた。


やはり中央寄りには

赤が多い。


火は目立つ。


目立つから、

中心を取りやすいのだろう。


ユーリスは

少しだけ肩の力を抜いた。


さっきの訓練棟の空気とは違う。


だが――視線はある。


赤帯の生徒が、

ちらちらとこちらを見る。


あからさまではない。


だが、

隠す気もない。


「……」


ユーリスもそれに気づいている。


だが何も言わない。


その時だった。


「エア!」


聞き慣れた声が飛ぶ。


黄土の席の縁。


パコダが

大きく手を振っていた。


「こっちだこっち!」


その隣には


ザハク。

ミリカ。

オルド。


昨日と同じ顔ぶれだ。


俺たちはそちらへ向かう。


パコダは

俺たちが席に着く前から、

もう分かっている顔をしていた。


耳が立っている。


兎らしく、

周囲の気配に敏感みたいだ。


「……なんかあったな?」


開口一番、

そう言った。


ユーリスが目を瞬く。


「え?」


パコダが顎をしゃくる。


「赤のやつら」


食堂の中央寄りをちらりと見る。


「さっきから

 こっちばっか気にしてる」


ザハクも静かに頷く。


犬耳が

わずかに動く。


「匂いが荒い」


短い言葉。


だが十分だ。


ミリカがぼそりと言う。


「ぴりぴり……してる」


オルドは

皿を置きながら鼻を鳴らした。


「中央絡みか?」


俺は席に着く。


「そんなところだ」


パコダが目を細める。


「そんなところ、で済ませる顔じゃねぇな」


ユーリスが

少し苦笑する。


「実技で、ちょっと……」


「ちょっと?」


ミリカが首を傾げる。


パコダは

両肘を机についた。


「いや、絶対ちょっとじゃねぇだろ」


ザハクが

赤の席をもう一度見る。


「二人ほど、

 明らかにこっちを見ている」


俺も見る。


確かに。


赤帯の生徒が数人、

食事をしながらも

こちらを気にしていた。


その中には、

さっきの白服の仲間らしい顔もある。


露骨ではない。

だが、完全に無関心を装っているわけでもない。


「……訓練棟で少しな」


短く言う。


パコダが眉を上げる。


「少し、でその視線かよ」


オルドが笑う。


「また中央と揉めたな?」


ユーリスが

小さく肩をすくめた。


「揉めた、というか……向こうが勝手に……」


ミリカがぼそり。


「いつも通り……あいつら邪魔」


ザハクが静かに言う。


「混合は目をつけられやすい。おそらくそれ絡みだろう?」


ユーリスは

少しだけ視線を落とす。


だが今日は、

前みたいに縮こまらない。


「……まぁ、はい」


パコダが

その顔を見て、

少しだけ口元を緩めた。


「でも前よりマシな顔してるな」


ユーリスが顔を上げる。


「え?」


「前ならもっと、

 “すみません”って顔してた」


パコダは笑う。


「今日はちょっと違う」


ユーリスは

少しだけ考えてから、

照れたように笑った。


「……かもしれません」


「そっちのほうが……良い」


ミリカも頷いた。


その時。


赤帯の席の方で、

椅子が引かれる音がした。


数人が立つ。


視線だけが、

こっちへ流れる。


パコダの耳が

ぴくりと動いた。


ザハクの視線も細くなる。


「来るか?」


オルドが小さく言う。


俺は皿を見たまま答える。


「飯が黒焦げになったらすまない」


パコダが吹き出す。


「それは困るぞ」


ミリカが頷く。


「大問題」


少しだけ

卓の空気が緩む。


だが、

視線はまだある。


食堂のざわめきの中で、

こちらの卓だけが

別の温度を持っていた。


特に何事もなく、白服の一団は去っていった。


皆の肩の力が抜ける。


ユーリスが

小さく俺を見る。


「……エアさん」


「何だ」


「今日、

 色々ありすぎですね」


俺は

パンをちぎる。


「学院ってのは、

 そういう場所なんだろ」


パコダが笑う。


「違いねぇ」


ザハクが

静かに付け足した。


「だが、

 昼飯の時くらいは

 少し肩の力を抜け」


ミリカも言う。


「食べないと勝てない」


オルドが頷く。


「それは本当だ」


ユーリスが

ようやく少しだけ笑った。


「……はい」


そう言って、

やっと食事に手をつける。


周囲の視線は

まだ消えない。


だが――


今は、

この卓の方が

少しだけ強かった。

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