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第84話:火の属性


教室に戻ると、

席はもうほとんど埋まっていた。


ざわめき。


椅子が引かれる音。


ユーリスは自分の席へ向かい、

俺もその後ろに座る。


少しして、

教室の扉が開いた。


教師が入ってくる。


ガレスだ。


教卓の前に立つと、

教室をぐるりと見渡した。


「揃っているな」


声は低い。


相変わらず、軍人みたいな話し方だった。


「今日は座学じゃない」


ざわめきが少し広がる。


ガレスは黒板に手を当てる。


「属性別実技だ」


ぱっと空気が変わる。


何人かが小さく声を上げる。


ガレスは続けた。


「自分の帯色で分かれろ」


指を立てる。


「火は訓練棟一号、

 水は第二演習場、

 風は北庭、

 土は石庭だ」


短く言う。


「分かったら動け」


椅子が一斉に引かれる。


ざわめきが広がる。


白服の連中も立ち上がる。


胸の紋章。


赤い帯。


火だ。


ガレスが教室の前で言う。


「火はついてこい」


そのまま歩き出す。


ユーリスは迷わず立ち上がった。


主軸は火。


自然とその列に入る。


俺も席を立つ。


「エアさん?」


ユーリスが振り返る。


「俺も火だ」


それだけ言って、

肩をすくめる。


ユーリスは小さく頷いた。


「はい」


教室の外へ出ると、

火属性の連中がガレスの後ろに集まり始めていた。


白服の三人も、

その中にいる。


金髪の男がこちらを見る。


口元だけ、

ゆっくり歪んだ。


(……)


俺は何も言わない。


ただ、

ガレスの後ろについて歩き出した。


―――――


訓練棟は、

石と鉄で出来た、

無骨な建物だ。


壁は厚く、

窓は小さい。


中から鈍い音が響いている。


誰かが魔法を撃った音だろう。


ガレスは扉を押し開けた。


重い音。


中は広かった。


床は石。


所々に焼け跡が残っている。


中央には

円形の刻印陣。


周囲にも

同じような陣がいくつも並んでいた。


訓練場だ。


ガレスは歩きながら言う。


「好きな場所に立て」


火の生徒たちが

散っていく。


白服の三人は

迷わず中央の陣へ向かった。


目立つ場所だ。


(自信があるらしい)


ユーリスは

少し端の陣へ向かう。


長い杖を両手で持ち、

足元を整える。


慣れた動きだ。


俺もその隣に立つ。


手には、

ただの木の棒。


杖ではない。


そこらで拾ったような

細い棒だ。


何も持たずに火を使えば、余計に目立つ。


だから、

カモフラージュだ。


ガレスが振り返る。


全員を見渡す。


「いいか」


指揮棒を肩に乗せる。


「火は拡張の属性だ。

 押す力が強い」


石床を軽く叩く。


「だから制御を失うと」


視線が少し鋭くなる。


「一番事故を起こす」


何人かの顔が引き締まる。


ガレスは続けた。


「今日は簡単な実技だ。火を出せ」


それだけだった。


ざわめきが広がる。


生徒たちが

杖を構え始める。


白服の三人は

すでに詠唱を始めていた。


「――炎よ」

「――赤き力よ」

「――火よ、顕れよ」


長い詠唱。


魔力が集まり始める。


ユーリスも杖を構える。


静かな声で詠唱する。


「――火よ」


杖の先に

炎が灯った。


安定した火だ。


揺れも少ない。


俺は棒を軽く持ち上げる。


周囲ではまだ

詠唱が続いている。


「――燃えよ」

「――火よ集え」


回りくどい。


俺は棒を前に出す。


「火」


それだけ言った。


ぼっ


棒の先に炎が灯る。


近くの生徒が

ちらりとこちらを見る。


「……え?」


小さな声。


だが

それ以上は何も言わない。


ユーリスだけが

一瞬だけこちらを見る。


すぐに視線を戻した。


生徒たちは

それぞれの位置に立っていた。


杖を構える。


その先に

火が浮かび始める。


大小様々だ。


小さな灯りほどの火。


拳ほどの炎。


中央では――


白服の三人の火が

一段大きい。


杖の先で

赤い炎がゆっくり燃えている。


明らかに

見せつける火だ。


金髪の男が

ユーリスを見る。


その視線は

あからさまだった。


ユーリスの杖の先には

中くらいの火。


男が口元を歪める。


「へぇ」


小さく言う。


「混ざり物でも

それくらいは出せるんだな」


仲間の二人が

くすっと笑う。


ユーリスは

何も言わない。


ただ、

杖を握る手が

少しだけ強くなる。


その時。


男の視線が

横に動く。


俺を見る。


棒。


ただの木の棒だ。


その先に

小さな火が灯っている。


灯り程度の炎。


男は一瞬見て――


鼻で笑った。


「……それ」


小さく言う。


「火って呼ぶのか?」


仲間が笑う。


その時だった。


「遊ぶな」


低い声が響く。


ガレスだ。


腕を組んで

全員を見ている。


「集中しろ」


短く言う。


「実技だ」


ざわめきが

すっと止まる。


ガレスは

足元の陣を

指揮棒で軽く叩く。


コン、と音。


「今から」


視線が

全員をなめる。


「お前たちの制御の力を見る」


足元の刻印が

わずかに光った。


赤い線が

ゆっくり走る。


中央。


白服の一人が

少し顔を上げる。


「な!?

 それでは――」


言いかける。


ガレスの視線が

向く。


一瞬の沈黙。


そして

静かに言った。


「不利、とでも言いたいのか?」


低い声。


だが

少しだけ皮肉が混じる。


「火を出せ、とは言った」


白服を、冷たい目でみる。


「誇示しろとは命じていない」


中央の三人が

黙る。


視線が少し下がる。


だが

火は消さない。


金髪の男が

小さく息を吐く。


そして

何も言わず

炎を維持した。


プライドだ。


ガレスは

それ以上何も言わない。


ただ

短く告げる。


「続けろ」


ガレスの声のあと。


足元の陣が、

ゆっくりと光を強めた。


赤い線が走る。


床の刻印が、

じわりと熱を持つ。


その瞬間。


火が揺れた。


一人の生徒の炎が

大きくぶれる。


「くっ……」


杖を握る手が震える。


火が膨らみ――


ぼっ


消えた。


「……っ」


その生徒は

小さく舌打ちして、

杖を下げる。


脱落だ。


ガレスは何も言わない。


ただ

腕を組んだまま見ている。


陣の光は

さらに強くなる。


火が暴れる。


また一人。


炎が制御を失いかけ、

慌てて切った。


「……ちっ、限界だ」


次々に

火が消えていく。


訓練場の空気が

少しずつ変わる。


残っている火が

減っていく。


中央。


白服の三人の表情は少し曇っているが、

火はまだ残っている。


大きな炎。


だが――


さっきより揺れている。


その中で。


金髪の男の視線が

動いた。


ユーリスを見る。


ユーリスの火は

まだ安定していた。


杖の先で

静かに燃えている。


男の眉が

わずかに動く。


その隣。


白服のもう一人が

視線を送る。


ほんの一瞬。


目配せ。


三人の間で

何かが通った。


次の瞬間。


一人の火が

大きく揺れた。


「っ……!」


杖を握る腕が

わざとらしくぶれる。


炎が

膨れ上がる。


そして――


暴れた。


「危ない!」


誰かが声を上げる。


炎が弾けた。


白服の一人の火が

大きく膨らみ――


横へ流れる。


赤い火の塊。


向かう先は


ユーリス。


ユーリスの目が

一瞬だけ見開かれる。


杖を構える。


反射的に。


だが――


火が届く前に。


ふっ……。


消えた。


最初からそこに

無かったみたいに。


訓練場が

一瞬だけ静まる。


「……?」


誰かが小さく声を漏らす。


白服の男も

一瞬だけ目を見開いた。


炎は

完全に消えている。


ガレスも

わずかに眉を動かす。


ユーリスの前。


杖を構えたまま

止まっている。


そして

ゆっくりと目を開く。


炎は無い。


消えている。


ガレスは

一瞬だけ周囲を見る。


何が起きたのか

確認するように。


その中で俺と目が合う。


「……」


貴様か……? とでも言いたげな顔だった。


だが、何も言わない。


そのまま

短く言った。


「他は続けろ。貴様は残れ!」


それだけだった。


再び

視線が前に戻る。


訓練場の空気が

また動き出す。


その中で。


ユーリスだけが

ゆっくりと横を見る。


俺を見る。


ほんの一瞬。


そして

すぐ前を向いた。


杖の先の火は

まだ揺れている。


しばらくして……、

また一人。


炎が揺れる。


中央。


白服の一人の火が

大きくぶれた。


「くっ……」


杖を握る腕が震える。


炎が膨らみ――


ぼっ


消えた。


小さく舌打ちする。


その隣。


もう一人の火も

大きく揺れる。


持ちこたえるが――


「……っく」


消えた。


中央に残る火は

一つだけになる。


金髪の男だ。


だがその火も、

さっきより激しく揺れている。


足元の陣が光る。


魔力が乱れている。


炎が暴れる。


男の眉が歪む。


「……ここまでかッ」


ぼっ


火が消えた。


中央の火は

すべて消えた。


周囲の視線が

少し動く。


残っている火は

もう多くない。


ユーリスの火も

揺れていた。


杖を握る手が

わずかに震えている。


そして――


ぼっ


消えた。


ユーリスは

小さく息を吐き、


「はぁ……」


杖を下ろす。


残った火は


一つ。


俺の棒の先の

小さな炎だけだった。


訓練場が

ざわめく。


「……え? まじかよ?」

「だいぶ陣の力も強くなってるのに……まだ残ってる」


ガレスは腕を組んだまま

それを見ている。


その時。


「待て!」


声が上がる。


金髪の男だ。


ガレスが視線を向ける。


「なんだ?」


男は

少し苛立った顔で言った。


「こんなことに意味があるのか?」


周囲が静まる。


男は続ける。


「これだったら最初から小さい火を出していた方が有利だ!」


視線が

俺の棒の先を見る。


「こんなの試験になっていない!」


一瞬の沈黙。


ガレスは

しばらく黙っていた。


そして

ゆっくり口を開く。


「言ったはずだ」


低い声。


「制御の力量を見る、と」


男が黙る。


ガレスは続けた。


「火を大きくする試験ではない」


一歩近づく。


「誇示する場でもない」


視線が鋭くなる。


「制御だ」


一拍。


「それが出来ないなら」


冷たく言う。


「最初から小さく出せばよかった」


訓練場が

静まり返る。


金髪の男の顔が

わずかに歪む。


何も言えない。


ガレスは

それ以上追わない。


短く言う。


「……居残れ」


男の眉が動く。


「貴様だ」


指揮棒で

軽く指す。


「制御不足だ」


そして

訓練場を見渡す。


そこで鐘がカーンカーンと鳴った。


「今日はここまで。解散」


鐘の音が止む。


生徒たちは

ざわざわと動き始めた。


杖を下ろす者。


小さく息を吐く者。


陣の外へ歩き出す者。


「……今の見たか?」


誰かが小さく言う。


「最後まで残ってたの、あいつだよな」

「あれ杖か? 棒じゃね?」「いや、それより……」


声がさらに小さくなる。


「中央って、火の精鋭じゃなかったか?」

「だよな」「普通に負けてたぞ」


ひそひそと

囁きが広がる。


中央。


金髪の男は

その場に立ったままだった。


表情は固い。


仲間の二人も

何も言わない。


ガレスが

指揮棒を軽く肩に乗せる。


「……行け」


短く言う。


他の生徒たちは

訓練棟の出口へ向かい始めた。


俺も棒を肩に乗せる。


そのまま歩き出す。


横で

ユーリスが小さく言った。


「エアさん」


声は

いつもより少し低い。


「……さっきの」


俺は肩をすくめる。


「何のことだ」


ユーリスは

それ以上言わない。


ただ

一瞬だけこちらを見る。


そして

小さく笑った。


「ふふふ。

 行きましょうか」


訓練場の奥。


ガレスの視線が

一度だけこちらを追った。

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