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第79話:無色の標的


翌朝。


黒い制服の列が、訓練棟へ向かっていた。


初日から実技。


訓練棟は無骨だ。


石と所々に鉄が使われている。

床には広い刻印陣。


中央に立つのは、一人の男。


鋭い目。

短く整えた髪。


帯は赤――火属性。


人間だ。


男は一度だけ全員を見渡した。


「ガレスだ。主に貴様らの実技を担当する」


低く、よく通る声。


それだけ名乗ると、すぐに続けた。


「初日だ。説明は短く済ませる。

 属性別に分かれろ」


赤は右。

蒼は左。

黄土は中央後方。

翠は外周。


自然と色が分かれていく。


ユーリスが一瞬止まる。


赤と蒼。


教師の視線が向く。


「混合か」


わずかな間。


「主軸へ行け」


ユーリスは赤へ歩く。


火の列の中で、

赤と蒼はやはり目立つ。


そして。


俺だけが残る。


教師の赤い帯が、わずかに揺れた。


「お前は?」


「無色だ」


ざわめき。


火の列がざわつく。


「反応なしの件か」


「らしい」


教師――ガレスはゆっくり歩み寄る。


火の圧。


熱。


「では、お前は中央に立て。

 これでおまえの適正が分かる」


円の中心。


火、水、土、風。


全属性の間。


ガレスが一歩下がる。


「初級詠唱演習だ」


床の刻印陣が淡く光る。


「指定詠唱を行え。

 干渉度によって光量が変わる」


そして。


「無色」


視線が集まる。


「詠唱しろ」


短い命令。


俺は床を見る。


刻印が床に刻まれている。


「……」


詠唱するべきか。


(いや、そもそも詠唱なんて知らない……)


刻印の線が一斉に赤く走る。


一瞬で最大光量。


周囲の空気が、一瞬だけ熱を帯びた。


次の瞬間。


亀裂。


炎が地面から吹き出す。


陣の一部が黒く焦げる。


「そこまで!」


ガレスの赤い帯が揺れる。


「……これは」


火は一瞬止まった。


刻印は沈黙している。


「……演習は中止だ」


ざわめきが爆発する。


「陣が……壊れた?」「無色がやったのか?」


俺は床を見る。


(……脆い)


ガレスがゆっくり近づく。


「お前……詠唱はしたか」


「していない」


「………そうか」


短い沈黙。


「全員一度教室に戻れ」


空気が重い。


赤の列の中で、

ユーリスがこちらを見ている。


不安と、理解。


中心に立った無色は、

陣を壊した。


その事だけが、広場に残った。


―――――


教室は、静かだった。


さっきまでのざわめきが嘘みたいに、

誰も声を出さない。


黒い制服が並ぶ。


机と椅子。

窓から入る光。


普通の光景。


だが、視線だけが違う。


全員が、俺を見ている。


隠しているつもりでも分かる。


「……」


席に座る。


ユーリスが、少し遅れて入ってくる。


目が合う。


一瞬、迷った顔。


だが――


隣に座った。


「……大丈夫ですか?」


小さな声。


「何がだ?」


「……さっきの」


「分からん」


短く答える。


ユーリスは少しだけ、息を吐いた。


「でも……怪我とかなくて良かったです」


「だな。でもすげぇな、エア?」


前の席から、声がした。


振り向くと、パコダがいた。


ウサギ耳の獣人、細身の背中。


「お前、やったな。

 すごい目立ってるぜ?」


楽しそうな声。


「まさか、壊すとは思わなかったぞ」


「勝手に壊れただけだ」


「同じだろ?」


小さく笑う。


その時。


扉が開いた。


ガレスが入ってくる。


赤い帯が揺れる。


教室の空気が一瞬で固まる。


ガレスは教壇に立ち、

一度だけ全員を見渡した。


「先ほどの件については、調査中だ」


それだけ言う。


説明はしない。


質問も受けない。


ただ一言。


「……無色」


視線が集まる。


「後で来い」


静かな命令。


教室が、さらに静かになる。


ユーリスの指が、

机の上でわずかに止まった。


ガレスはそれ以上何も言わず、

授業を始めた。


だが、誰も内容を聞いていない。


初日。


俺は無色の名で知れわたった。


―――――


今度こそ無事、授業が終わった。


誰も声をかけてこない。


だが、視線だけは消えない。


席を立ち、扉へ向かう。


背中に、気配が集まる。


教室を出た瞬間、

空気が少し軽くなった。


廊下は静かだ。


石の床。

窓から入る光。


遠くで誰かの声がする。


だが、ここには届かない。


指定された場所は、

訓練棟の奥だった。


扉の前に立つ。


ノックをする前に、中から声がした。


「入れ」


低い声。


扉を開ける。


中は簡素な部屋だった。


机と椅子。

壁には武具。

窓は一つ。


その前に、ガレスが立っている。


赤い帯が静かに揺れていた。


「座れ」


短い指示。


椅子に腰を下ろす。


ガレスは向かいに座った。


しばらく、沈黙。


視線だけが、こちらを見ている。


「詠唱をしなかったな」


「知らないからな」


即答。


ガレスの目が、わずかに細くなる。


「知らない、か」


短く息を吐く。


机の引き出しを開ける。


中から、小さな石を取り出した。


掌に収まるくらいの大きさ。

赤みを帯びた、半透明の石だ。


「触れろ」


短い命令。


俺は石を見る。


(……またこれか)


前にも似たようなものに触った。


あの時も、

結果は妙だった。


俺は石に指を置く。


熱はない。


光も走らない。


ただ――


石の中で揺れていた赤い粒だけが、

すっと静まった。


ガレスの眉がわずかに動く。


「……反応しない」


低い声。


確認するように、

石を少し持ち上げる。


角度を変えて見る。


だが変わらない。


光らない。

共鳴しない。


俺は手を離した。


「何だ、それは」


「属性石だ」


ガレスは短く答える。


「通常なら触れた時点で、

 核に呼応して発光する」


一拍。


「だが、お前には反応しない」


「その通り。俺は無色ってことだろ?」


「……いや」


ガレスは石を見たまま言う。


「反応していない、というより」


少しだけ言葉を選ぶ。


「押さえ込まれているように見える。

 あいつが居たら…」


ガレスは石を少し見たあと、口に笑みを浮かべ机に置く。


小さな音。


部屋がまた静かになる。


「では、本題だ...何をした」


「何も……ただ火を使った」


嘘ではない。


ガレスは黙る。


机に指を軽く置き、

小さく叩く。


思考している音だ。


「詠唱なし。

 媒介なし。

 構造なし」


一つずつ、確認するように言う。


「その上で、属性石にも呼応しない」


教師の視線が、真っ直ぐ刺さる。


「……お前の力は、

 通常の魔法とは違う」


断定。


「そうか?」


「違う」


迷いはない。


「それでいて火だけを扱い、陣を破壊した」


少しだけ、間が落ちる。


「……お前は、何だ」


初めての問い。


だが、答えは変わらない。


「無色だ」


ガレスは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。


「そうだな」


否定はしない。


だが、理解はしている。


「質問を変える」


ガレスの声が、少しだけ低くなる。


「この学院に来た目的は何だ」


沈黙。


答えるかどうか、

少しだけ考える。


だが、隠す理由はない。


「槍を取りに来た」


ガレスの目が動く。


反応した。


「槍?……、……やはりか」


小さな呟き。


机の上の指が止まる。


「お前のような力を持つ者が、

 わざわざ学園に来る理由は限られる」


納得した声だった。


「それは、ここにあるのか?」


ガレスはすぐには答えない。


代わりに、ゆっくり立ち上がる。


窓の方へ歩く。


外を見る。


しばらくして、静かに口を開いた。


「……ある」


短い答え。


「この学院にな」


振り向かずに続ける。


「人工的に造られた迷宮がある」


迷宮。


自然のものではない、という言い方だった。


「何のための?」


「試練だ」


ガレスはゆっくり振り向く。


「魔力制御、戦闘技術、判断力。

 全てを試すための場所だ」


ただの保管場所ではない。


「その最奥に、槍はある」


視線がこちらを射抜く。


「だが、誰でも入れるわけではない」


当然だ。


「迷宮に入れるのは、年に一度だけ」


静かな言葉。


「学院の祭事だ」


少しだけ、空気が変わる。


「選ばれた生徒だけが挑戦できる」


ガレスは机に手を置いた。


「最奥まで辿り着き、槍を持ち帰った者には――」


一瞬、言葉を切る。


「名誉が与えられる」


名誉。


つまり、それだけ難しい。


「歴代でも、到達した者は数えるほどだ」


簡単ではないことだけは分かる。


「お前なら、辿り着けるかもしれん」


ガレスはそう言った。


試すでもなく、

疑うでもなく。


ただ、事実として。


「だが」


少しだけ声が低くなる。


「知っての通り、この学院には中央の信徒もいる……その意味が分かるか?」


重い言葉だった。


「彼らにとって、地下にある槍は、ただの武具ではない」


分かっている。


「そして…お前のその力、それに気がつけば必ず動く」


ガレスははっきりと言った。


「今日の件は、既に中央の本拠の奴らにも報告が上がっているだろう」


隠す気はない。


現実だけを告げる。


「……そうか」


「そうだ。……だが」


ガレスの声が、わずかに柔らぐ。


「お前は今は、生徒だ」


初めての“立場”の言葉。


「学院にいる限り、

 私の管轄下にある」


守る、という意味だ。


「あまり騒ぎを起こすな」


短い忠告。


俺は立ち上がる。


「分かった」


ガレスは頷いた。


「下がっていい」


扉に向かう。


手をかけた時、

背後から声が来た。


「無色」


振り向かない。


「お前の力は、

 武器にもなるが、標的にもなる」


静かな警告。


「覚えておけ」


それだけ言って、

ガレスは何も続けなかった。


部屋を出る。


廊下の空気は、

さっきより重い。


だが、はっきりした。


槍は地下の迷宮にある。


そして――


年に一度だけ、そこへ行ける。


俺は、必ず辿り着く。

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