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第78話:無色の章


講堂を出ると、廊下は再び白かった。


だが、人の流れは黒いまま、川のように分岐していく。


「個別登録はこちら!」


監督官の声が、要所要所で反響する。


俺とユーリスも、その流れに乗った。


円形講堂の熱が、背中に残っている。

誰もが、さっきの言葉を飲み込み切れていない顔だ。


廊下の奥。

開けた登録室。


白い石の台が何列も並び、

その上に水晶板が置かれている。


机ではない。

祭壇みたいな形だ。


「……また、これか」


俺は水晶を見て呟いた。


ユーリスが小さく首を傾げる。


「あぁ……そういえば……ですね」


「問題が起こらないといいけどな」


それだけ言って、列に並ぶ。


前の学生が水晶に触れる。


淡い光が走り、帯の色が瞬いた。


火の赤。

水の蒼。

土の黄土。

風の翠。


水晶は反応し、職員は淡々と札を切り替える。

流れ作業……のはずだった。


俺の番になるまでは。


「次。手を」


窓口の職員は顔を上げない。


俺は水晶に触れる。


冷たい。


……何も起きない。


光が走らない。

色も出ない。


水晶は、ただの石みたいに沈黙していた。


「…………」


職員の手が止まる。


もう一度。

触れ直せ、という仕草。


俺は指を置き直す。


やっぱり、何も起きない。


周囲の列が、少しだけざわついた。


「……反応なし?」


後ろの誰かが小声で言う。


職員が初めて顔を上げた。


目が、俺の指先と水晶を往復する。


「……氏名」


「エア」


「紹介状」


言われるまま封書を出す。


封印紋が解け、銀の院章が淡く浮かぶ。


職員の目が、一段階だけ真面目になる。


「……アルケシア直轄」


紙を確認し、次に水晶を見る。


水晶は相変わらず沈黙している。


職員は、短く息を吐いた。


「異常ではありません」


言い切った。


「……え?」「魔力が低いんだろ……」

「でも、今直轄って……」


周囲がざわめく。


「“反応しない”という反応です」


職員は淡々と続ける。


「稀にいます。核が強いのでしょう。

 弱いのではなく、学院式の共鳴入力を超えてしまうタイプですね」


俺は首を傾ける。


「ほう?」


「稀にいます」


職員は筆を走らせる。


紙に刻まれるのは、属性名ではない。


《無反応(外部圧なし)/要観察》


そんな文字。


「属性は?」


「火だな」


俺は答える。


「火? 単色か?」


「単色?」


職員は一瞬だけ眉を動かし、


「……確認は後日、担当教員が行います」


とだけ返した。


そこから先は、流れるように手続きが進む。


薄い金属板が、台の奥から滑り出た。


黒地に銀の縁。

胸章の形だ。


中央に学院章。

名。

そして帯――


帯は色がない。


色の代わりに、銀の細線が一本だけ走っていた。


「学生証です。失くさないように」


「色がないな」


俺が言うと、


職員は目も上げずに答えた。


「あなたは、まだ“分類されていない”だけです」


分類。


……俺は、分類されるものなのか?


違和感を飲み込んで章を受け取る。


「次の者は?」


ユーリスが前に出る。


水晶に手を置く。


一瞬、静かな赤。


その直後――


蒼が、重なった。


燃える赤の奥に、

透き通る水の色が滑り込む。


二色は混ざらない。


だが、反発もしない。


均衡している。


水晶内部で、光が二重に脈打つ。


「……ほう?」


職員の筆が止まる。


背後の列が、小さくざわつく。


「混合……?」


「火と水だぞ?」

「こんな安定してるの見たことない」

「すげぇ……二系統、本当にいるのかよ」


ざわめきが一段だけ上がる。


水晶は揺れない。


赤と蒼が、綺麗に並び続ける。


職員がゆっくりと息を吐く。


「主軸・火。副軸・水。

 干渉衝突なし。……しかし……」


その“しかし”が、周囲の耳に残る。


ユーリスの指が、わずかに震えた。


「な、何か問題が……?」


「問題ではありません」


職員は淡々と続ける。


「ただ、ここまで反発しないのは珍しいだけです」


後ろで誰かが小さく言う。


「中央が嫌うやつだな」

「混ざりものってやつか」


「穢らわしい……」


言葉は小さい。


だが、届く。


ユーリスの肩が、ほんの少しだけ固まる。


俺は一歩、前に出る。


そして、その頭に手を置く。


「綺麗な色だった」


ざわめきが、すっと引く。


職員が軽く頷く。


「登録完了」


学生章が滑り出る。


黒地に、赤と蒼の二本帯。


並んでいる。


混ざらない。


それが、逆に目立つ。


ユーリスは章を受け取り、

一瞬だけ、それを見つめる。


誇らしいのか。

怖いのか。


両方だ。


廊下に戻ると、視線が残っている。


だが誰も何も言わない。


講堂の余韻が、まだ効いている。


俺は横目でユーリスを見る。


「緊張したか?」


ユーリスが顔を上げる。


「……はい。でも、嬉しかったです。

 エアさんが……褒めてくれて」


その返事は、さっきよりも少し強かった。


―――――


寮は、学院本棟から少し離れた石造りの建物だった。


白い校舎とは違う。


外壁は黒に近い灰。

窓枠と縁取りに銀。


「……こっちは黒か」


中央の白とは、真逆だな。


受付で学生章を見せると、

淡々と鍵が渡された。


「三階、東棟。個室です」


個室。


悪くない。


廊下は静かだった。

足音が吸い込まれる。


部屋の扉を開ける。


狭い。

だが十分だ。


ベッド。

机。

小さな棚。

そして壁に、武装用の固定具。


……冒険者仕様か。


俺は荷物を下ろす。


背負袋を床に置き、

槍をゆっくりと壁に立てかける。


銀の穂先が、わずかに光を拾う。


「ここまでだな」


冒険者としての姿は。


外套を脱ぎ、

黒の制服に袖を通す。


生地は軽い。

だが芯がある。


実用の黒。


腰の帯を締め、

胸に学生章を留める。


銀の細線が、静かに光った。


……似合っているかは知らんが、

少なくとも動きやすい。


一度、鏡を見る。


「……学生、か」


肩の力を抜き、

部屋を出た。


階下には共用ラウンジがあった。


天井は高く、

中央に円形の長机。


壁際には低いソファと暖炉。


談笑する声。

種族の違う匂い。


空気は、悪くない。


その中で――


一人の獣人が、こちらを見ていた。


獣耳がわずかに動く。


腕を組み、観察するような目。


「……あんた」


先に口を開いたのは向こうだった。


「さっきの“無色”だろ」


周囲の会話が、ほんの一瞬だけ薄くなる。


俺は視線だけ向ける。


「そうだが」


獣人は、口の端を上げた。


「へぇ。面白ぇのが来たな」


一歩、近づいてくる。


距離を測る足取り。


「俺はパコダ。土属性だ」


短く名乗る。


帯は黄土色。


視線はまだ探っている。


俺も短く返す。


「エア」


それだけでいい。


パコダは鼻を鳴らした。


「……それだけかよ」


「十分だろ」


「違いねぇ」


少しだけ、空気が緩む。


そのやり取りに、


「パコダ?」


別の声がかかる。


細身のエルフ。

翠の帯。


「そっちは、はじめましてね」


「そいつはルエルだ、風」


続いて、


「そんでそっちはマリス、水属性」


蒼の帯の少女。


軽く会釈する。


「エアだ」


簡潔に返す。


中央みたいな露骨な視線はない。

だが、探る空気はある。


その空気を、軽い足音が切った。


「エアさん!」


振り向く。


黒の制服。

黒い髪を整え、

帯は赤と蒼。


並んでいる。


ユーリスだ。


さっきより、少しだけ緊張した顔。


だが目は、真っ直ぐこっちを見ている。


数歩、近づく。


そして小さく息を吸った。


「……似合いますか? っわぁ」


ユーリスは俺の手前でコケて、

俺が受け止めた。


「あぁ、綺麗だ」


一瞬、ラウンジの空気が止まる。


パコダが片眉を上げる。

ルエルが微妙に口元を隠す。

マリスが視線を泳がせる。


制服の黒に、

赤と蒼がよく映えている。


混ざらない二色。


だが、堂々としている。


「似合ってる」


短く言う。


「よく映えてる」


ユーリスの頬が、わずかに赤くなる。


「あ、ありがとう……ございます……」


安堵と誇らしさが、混ざる。


ラウンジの空気が、

少しだけ柔らいだ。


黒の中で、赤と蒼は、確かに目立っていた。

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