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第73話:丘の向こう


丘の上は、風が強い。


焚き火は低く組んである。

炎は小さいが、芯は赤い。


ロアンも座っている。


武器は手の届く位置に置いてあるが、

立ってはいない。


見張りは、いない。


以前なら、必ず一人は起きていた。


だが今は違う。


炎が、静かに揺れている。


俺は火を見る。


手のひらに、小さな火を灯す。


揺れる。

だが、昔の揺れ方ではない。


(……火の意思か……)


変わったのは、俺か。

それとも、この世界か。


あの時、最初に教会で起きた審問官の一件。


俺は命じていない。


だが火は、

俺に向けられた殺意に、

先に反応した。


“選んだ”。


いまの火も、そうだ。


焚き火の中の一つの赤が、

わずかに長く伸びる。


探るように。


俺にはわかる……普通の燃え方ではない。


言葉はない。


だが、敵意が近づけば、

火が教える。


俺の思考より先に、

炎が動く。


だから見張りは、いらない。


皆も今はそれを知っている。

だから座っている。


「……便利だよな、じいさんの火」


ロアンは軽く言う。


俺は短く返す。


「勝手に動き出す分、不便になった」


「はは、そりゃ面倒だな」


ロアンが笑う。


ガルドは干し肉を齧っている。


フィアは水袋を抱え、

炎を見つめている。


そして――


隣に、気配が落ちる。


ユーリスだ。


何も言わず、座る。


近い。


火の円の内側。

俺の影と、重なる位置。


ここ数日、よくこの位置だ。


寒いからだろう……俺の体は冷えない。


火は、内側にある。

だから、基本的に俺の周りは温かいらしい。


ユーリスは何も言わない。

ただ、となりで火を見る。


風が吹く。


髪が揺れ、

俺の腕に触れそうで触れない。


ロアンの視線が、わずかに動く。


「……お?」


ほんの一瞬。

何かを言いかけて口を閉じた。


いつもなら、何か茶化すのだが……。

ガルドも気づいている。


噛む音が、少しだけ止まる。


フィアの指が、

水袋を握る力を強める。


誰も言わない。


ユーリスが、わずかに体を寄せる。


その理由も、何となく分かる。


明日になれば、

この円の形も変わる。


だからだろう。


アルケシア……そこが俺の目的地。


丘の向こう。

夜の闇の先。


槍は今、アルケシアにある魔法学園が保有しているらしい。


原典級。

象徴。

兵器。


それを取り戻すなら、街の中へ入らなければならない。


冒険者PTのままでは無理だ。


国も、宗教も、

白塔も中央も絡む。


面倒な場所だ。


巻き込むべきではない。


ロアンも、

ガルドも、

フィアも、

そして――


隣の体温も。


火が、わずかに揺れる。


(俺が一人でやるしかない……)


元は、俺の槍だ。

終わらせるのも、俺だ。


風が強くなる。

焚き火の赤が、深く沈む。


そのとき。


ロアンが、空を見上げたまま言った。


「……明日は、もうアルケシアだな」


軽い声。

だが、どこか確認するような響き。


ガルドが短く答える。


「天気が持てば、朝には見えるな……」


フィアは何も言わない。


ユーリスの肩が、

ほんのわずかに強張る。


俺は火を見る。


「そうだな」


短く返す。


夜は深く。

丘の上の火は、小さい。


だが消えない。


炎を見つめたまま、

俺は言った。


「……世話になった」


風が止まる。


ロアンの視線が、ゆっくりこちらへ向く。


ガルドの噛む音が、止まる。


フィアのまぶたが、わずかに動く。


それだけの言葉。


だが、軽くはない。

まだ別れではない。


だが、含みはある。


俺は続けない。


火を見る。


赤が崩れ、

灰が落ちる。


ロアンが、鼻で笑った。


「まだ街にも着いてねぇぞ、じいさん」


いつもの軽口。

だが、探る声だ……。


俺は短く言う。


「区切りだからな」


それだけ。


沈黙が落ちる。


隣で、ユーリスの呼吸がわずかに乱れた。


そして。


「……え、エアさん!」


意を決したようにはっきりと。


「街に着いたら、すぐ解散、っていうのは」


一度、言葉を止める。


「……もったいないです」


ロアンが眉を上げる。


ガルドは黙っている。

フィアは視線をユーリスへ向けた。


ユーリスは、俺を見る。


近い距離のまま。


「せっかく、アルケシアに行くなら……、

 師匠に会ってください……」


風が、草を揺らす。


「学院に入るなら、紹介状がいるかもしれない。

 手続きも、許可も……、師匠なら……力を貸してくれます。……たぶん」


少しだけ早口になる。


「変な人ですけど」


小さく笑う。


「でも、信用はできます」


火が、ぱち、と鳴る。


俺は、ユーリスを見る。


「いや、……俺一人でやる。下手に巻き込めん」


反射のように出た言葉。


ユーリスは、首を振らない。

ただ、言う。


「巻き込まれてるのは、もう今さらです」


静かだった。


責めるでもなく、

泣くでもなく。


事実を置くように。


「教会も、白塔も、中央も」


「エアさんと一緒にいた時点で、十分巻き込まれてます。

 ……中央の方だと手配書が出てるらしいですし」


ロアンが小さく笑う。


「そりゃそうだ」


ガルドも肩をすくめる。


フィアは、何も言わない。


ユーリスは続ける。


「だから……危ないから離れる、は……ちょっと遅いです」


ほんの少しだけ、視線が揺れる。


「それに」


一拍。


「学院は、エアさんが思ってるより面倒です。

 正面から入れば、審査、身元照会、推薦状。

 教会側からもいろいろ怪しまれるかもしれません」


風が吹く。


焚き火が、低く鳴る。


「師匠なら、裏口も知ってます。

 少なくとも、エアさんを神様扱いはしません!

 ……研究はされそうですけど……」


その言葉だけ、

わずかに強かった。


俺は火を見る。


炎は、静かだ。


敵意はない。


夜も穏やかだ。


「だが……俺の問題だ」


短く言う。


ユーリスは、うなずかない。

否定もしない。


ただ、もう一歩だけ寄る。

肩が、わずかに触れる。


偶然の距離ではない。


「だから、だったら」


声は、落ち着いている。


「一人でやる、って決めるなら。

 師匠に会ってからでも、遅くないです」


火が、ぱち、と弾ける。


ロアンが空を見たまま言う。


「紹介ぐらいなら、減るもんじゃねぇだろ?」


ガルドが低く続ける。


「学院に突っ込む前に、地図ぐらいもらっとけってことだな!」


フィアは、やっと口を開く。


「私も、そう思うわ」


俺は、沈黙する。


火の中の赤が、

ゆっくりと形を変える。


敵意はない。


だが、

未来は静かに揺れている。


「紹介……か」


低く言う。


「たしかにな……頼めるか?」


ユーリスの肩の力が、抜ける。


「はい!」


小さな返事。

だが、隠せない安堵。


丘の上。


風は強い。


だが、

火は消えない。


まだ、この円は崩れない。


―――――


夜が、ゆっくりと薄れていく。


丘の上の風は、まだ冷たい。


焚き火は灰になり、

赤はほとんど消えていた。


東の空が、淡く白む。


ロアンが、先に立ち上がる。


「お?……見えるぞ〜?」


言葉は短い。


丘の向こう。


霧が、ゆっくりと流れる。


やがて――それは現れた。


アルケシア。


朝靄の中、

都市が段々に広がっている。


石造りの街並み。

塔と尖塔。

水路が光を拾い、

屋根の上に朝日が落ちる。


そして――中央。


ひときわ高く、

まっすぐ天を突く塔。


増築された外壁。

装飾。

渡り廊下。


だが。


(……あれは)


目を細める。


装飾と石の化粧の奥。


芯がある。


“柱”だ。


少し形が違う。

だが、誤魔化せない。


(あれは……アンカーだな)


アンカーの周囲に作られている建物は、

あとから積まれたものだな……。


学院は、あれを囲うように建てられている。


利用か。

封印か。

監視か。

研究か。


どれでもいい。


あれは、まだ生きている。


静かに。


俺達を見下ろしている。


(ちょうどいい……聞きたいことがいろいろある)


フィアが、小さく息を吐く。


「……綺麗ね」


ガルドが腕を組む。


「でかいな」


ロアンが笑う。


「これが学園都市ってやつか」


ユーリスは、塔を見ている。


誇らしげでもあり、

どこか緊張している。


俺は、塔から目を離さない。


あそこの下に……、


“俺の槍”がある。


手の中で火が、わずかに揺れた。


都市は朝日を受けて輝いている。


だが、その中心だけが、

わずかに重い。


「よし! 行くか!」


ロアンが言う。


丘を下る。


だが。


この先で、円の形は変わる。

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