表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/116

第71話:家族会議


宿へ戻ると、ちょうど飯時だった。


食堂はそれなりに賑わっている。


だが――


空気が一角だけ、おかしい。


視線を向ける。


ガルドがいる。


いつも通りの席。

だが姿勢が違う。


無駄に胸を張り、

腕を組み、

やたらと堂々としている。


(……分かりやすい)


その向かい。


フィア。


背筋は真っ直ぐ。

だが視線は下。


皿を見つめたまま、

微動だにしない。


耳まで赤い。


……さらに分かりやすい。


横でロアンが肘をつき、

顎に手を当ててニタニタしている。


「おかえり〜」


やけに機嫌がいい。


俺は無言で席に着く。


視線を二人に向ける。


沈黙。


フィアがぴくりと肩を震わせる。


ガルドは視線を逸らさない。

だが、やや力が入りすぎている。


「……何かあったのか?」


軽く投げる。


ロアンが吹き出す。


「いやぁ? 別にぃ?」


胡散臭い。


ガルドが咳払いをする。


「……市場、行っただけだ」


言い方が妙に誇らしい。


フィアの肩がまた震える。


赤さが増した気がする。


(……なるほど)


俺は視線を戻す。


(そうか)


余計なことは言わない。


火の残滓はもう消えている。


だが、ここには別の熱がある。


(悪くない……)


ロアンが小声で囁く。


「まぁ、これもある意味エアのおかげだよ、な?」


「黙れ……」


「俺の?」


即座に遮られる。


フィアが小さく息を吐く。


それでも、席は離れない。


なんとなく、ガルドと距離は近い。

以前より、わずかに。


俺は箸を取る。


「……子供が出来たら、大事にしてやれ」


ぽつりと。


何気ない調子で。


食堂の空気が止まる。


フィアが顔を上げた。


ガルドの目が見開かれる。


「……は?」


「っな!?」


ロアンが一瞬固まり、


次の瞬間、腹を抱えた。


「ぶはっ……あははははは!!」


フィアの顔が、一瞬で耳の先まで赤く染まる。


「な、な、なにを言ってるのよ……!」


ガルドは椅子ごと後ろにずれかけている。


「い、いきなり何の話だ!?」


横でユーリスが完全に混乱している。


「え? 子供? えぇええええ!?

 エアさん、いきなり何を――」


俺は淡々と飯を口に運ぶ。


「違うのか?」


全員が止まる。


俺は首を傾げる。


「告白はしたのだろう?」


ガルドが固まる。


フィアが真っ赤なまま震える。


ロアンは机を叩いて笑っている。


「お、おまえ……何で知ってんだよ!?」


「知らんが、分かりやすい」


短く答える。


再び箸を動かす。


「それに、断られたわけではあるまい……。

 なら、いずれそうなる」


沈黙。


フィアが両手で顔を覆う。


「ば、ばか……!」


ガルドはもう何も言えない。


ユーリスはまだ混乱している。


俺は静かに続ける。


「……孫は多くても困らん」


完全に素の声。


ロアンが笑いの限界を迎えて椅子から落ちかける。


「……ちがうのか?」


ガルドは顔を真っ赤にしたまま、言葉を探している。


「ち、違うとかじゃねぇけどよ……!」


「まだそこまで考えてねぇ!」


フィアが両手で顔を覆ったまま叫ぶ。


「考えるわけないでしょうが!!」


ロアンは机に突っ伏している。


「ははははは! だぁ〜! 無理!……お前ら最高かよ!」


ユーリスはまだ状況を処理できていない。


「え、でも、告白……? 受けたってことで、つまりもう――」


「ユーリス、黙れ!」


「はいっ!」


食堂の他の客も何事かと視線を向けている。


俺は茶を一口飲む。


「俺は真面目に言っている」


全員が一瞬止まる。


「覚悟があるなら、最後まで守れ」


視線はガルドに向いている。


笑っていない。

ふざけてもいない。

真っ直ぐだ。


ガルドの表情が、わずかに変わる。


赤さの奥に、真面目な色が混じる。


「……ああ」


短い返事。


今度は胸を張るでもなく、

ただ、頷いた。


フィアがゆっくりと手を下ろす。


まだ赤い。


だが、さっきより少しだけ落ち着いている。


「……エア、あんたって本当に……」


呆れたように言う。


だが声は柔らかい。


俺は首を傾げる。


「何だ?」


ロアンが横から笑う。


「あはは……いやぁ〜、家族会議かよ?」


「違わなくもないと思うが?」


何気なく言う。


また静まる。


ロアンはまた吹き出した。


だが、フィアが小さく目を瞬かせたのが見えた。


その横で、ガルドはわずかに視線を逸らす。


ユーリスは静かに微笑んでいる。


俺のしている火の残滓はもうないのかもしれない。


でも、


この食堂の一角は、

確かにあたたかい。


俺は箸を動かす。


「飯が冷める」


それだけ言う。


騒ぎは、少しずつ戻る。


だが席の距離は、

さっきより、もう少し近かった。


―――――


翌朝。


街門はまだ半分しか開いていない。


朝靄が低く漂い、

石畳が白く霞んでいる。


俺たちは門前に立っていた。


荷は最小限。

武器と、水と、干し肉。


アルケシアまでは数日。


道は長い。


「ふぁ……眠ぃ」


ロアンが欠伸をする。


「お前が一番騒いでいただろうが」


「いやぁ昨日は良い夜だったからな。なぁガルド?」


横目でガルドを見る。


ガルドは無言で荷を背負い、

やたらと張り切った顔をしている。


……分かりやすい。


その横。


フィアは腕を組み、

こちらを見ない。


昨日よりは赤くない。

だが、機嫌が良いとは言えない。


門が軋みながら完全に開く。


俺は歩き出す。


石畳が終わり、

土の道へ。


街の喧騒が、背後へ遠ざかる。


しばらくは誰も話さなかった。


風の音と、

足音だけ。


やがて、俺は何気なく口を開く。


「……家はどこに建てるつもりだ?」


足音が止まる。


フィアが振り返る。


「は?」


「村か? それとも街か?」


淡々と続ける。


「家か……俺達の故郷でもいいな。

 土地が広いから子供は育てやすいと思う……」


「ちょ、ちょっと待って!」


フィアが声を上げる。


「なんでそんな話になるのよ!?」


俺は首を傾げる。


「……告白はしたのだろう?」


「したけど!」


「……なら考えるだろう」


当然のことを言ったつもりだった。


フィアの頬がまた赤くなる。


「考えるけど!

 それは“私たち”の問題でしょ!?」


「そうだが? お前達の話だ……」


「だから!」


地面を踏み鳴らす。


「エアには関係ないの!」


空気が少しだけ張る。


ガルドが視線を泳がせる。


「いや、でもよ……」


「あなたは黙ってて!」


一刀両断。


ロアンが後ろで笑いを堪えている。


「っぷ」


俺は少しだけ間を置いた。


「余計だったか……そうか……」


風が吹く。


フィアが一瞬、言葉を失う。


怒鳴るつもりだったのだろう。

だが、その顔が少し曇る。


俺は視線を前へ戻す。


「家族は増えるものだ……いつの間にか……」


歩き出す。


「守る対象が増えるなら、備えるのは当然だ」


背中越しに言う。


「俺はそうして来た」


沈黙。


しばらくして、足音が追いつく。


ガルドだ。


「俺の村は悪くねぇぞ?」


真面目な声。


「土地は余ってる。畑もある」


ガルドはちらりとフィアを見る。


「……帰る場所があるのは、悪くねぇと思う」


フィアは何も言わない。


だが、怒鳴らない。


ただ、小さく息を吐いた。


「……勝手に決めないで」


「まだ決めてねぇ」


ロアンが吹き出す。


「早くしてやれよ? きっとこのじいさん、もう孫の数まで考えてるぜ?」


「三人はいるな」


「三人!?」


フィアが叫ぶ。


空気が崩れる。


ユーリスが後ろでくすくす笑っている。


道は続く。


アルケシアはまだ遠い。


だが、

朝の光の中。


足並みは揃っていた。


―――――


三日目。


道は森へ入っていた。


アルケシアへ向かう街道は整っているが、

魔物が出ないわけではない。


すでに何度か小競り合いはあった。


最初は俺が前に出た。


二度目は、ガルドが仕留めた。


三度目からは――


「右、二体! 来るぜ!」


ロアンが警告する。


ユーリスは俺の隣で詠唱をするが、短い。

すぐに杖から攻撃が放たれた。


「炎矢・散射!」


火の矢が枝葉の間を縫う。


魔物が飛び出す。


その軌道を、俺は見ている。


ユーリスの火は暴れない。


だがまだ若い。制御が甘い。


だから、俺は押さえる。


指をわずかに動かす。


ユーリスの火の矢が、風に煽られない。


散らない。

一瞬だけ、軌道が滑らかになる。


魔物の喉を正確に貫いた。


「っ……曲がった!?」


ユーリスが驚く。


だが詠唱は止めない。


「次! 来るわよ!」


「前は任せろ!」


ガルドが飛び込む。


剣が振り下ろされる。


背後からもう一体。


フィアの矢が飛ぶ。


だが足りない。


知っている。


二人はもう俺に任せてくれている……。


「ッ」


俺は踏み込む。


ガルドの背中に迫る爪を、

横から弾き飛ばす。


「助かった!」


「あぁ。ユーリス!」


ユーリスの第二詠唱。


「はい!」


今度は俺は触れない。


軌道は乱れる。


だが、自力で修正した。


魔物が崩れる。


森が静まる。


しばらくして、全てが止んだ。


ガルドが肩で息をする。


フィアが矢を下ろす。


ユーリスが杖を握ったまま、こちらを見る。


「……今、エアさんなにかしましたよね?」


「少しだけ」


「私の術式に?」


「暴れそうだったからな」


ユーリスは目を見開く。


「発動した魔法に!? どうやって!?」


「火は俺の言うことを聞く。

 次はもう少し自分で抑えられるようにやってみろ」


即答する。

だが、責める口調ではない。


ユーリスは悔しそうに唇を噛む。


「わ……分かりました……。

 ……次は自分で抑えます」


俺は頷く。


「期待している……」


ガルドが笑う。


「なんだ、ちゃんと連携してんじゃねぇか」


ロアンが肩を竦める。


「最初は一人で全部燃やしてたくせにな」


俺は森の奥を見る。


「倒すだけなら、燃やせば早い。

 でも……それじゃ駄目だろ?」


「そうよ。

 せっかくの獲物と素材が黒焦げじゃあね?」


フィアが微笑みながらこちらを向く。


風が抜ける。


前と違う。


俺は前に立っているが、

一人ではない。


ユーリスが小さく息を吐く。


「悔しいですけど……」


視線を上げる。


「合わせてくれたのは……嬉しいです」


俺は答えず、代わりにユーリスの頭に手をおいた。


そして、魔物から魔石を回収して、

ただ歩き出す。


「行くぞ」


足音が続く。


森の奥へ。


アルケシアはまだ遠い。


だが、

戦い方は、もう変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ