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第67話:夜を越えて持ち帰るもの


夕方。


岩礁の影が長く伸び、

森の縁が橙に染まっていく。


依頼の討伐は終わっている。


だが、まだ気配がある。

俺たちはそのまま森に残っていた。


群れから外れた獣。

はぐれ個体。


二体。


仕留める。


今度は砕かない。

核の位置を外し、貫き、抜く。


静かに倒れる。


魔石を回収する。


背後から声。


「おい、もう戻るぞ」


ロアンだ。


振り向く。


「まだいる」


「いるのは分かる」


ガルドが低く言う。


「だが日が落ちる」


空を見る。


確かに、光は薄い。


だが、まだ見える。


「だから?」


ユーリスが少し焦った声を出す。


「だから、です!

 夜になる前に帰るんです!」


「夜なら何だ?」


思わず言葉が出る。


三人が固まる。


ロアンが苦笑する。


「何だって……お前な」


フィアが静かに前に出る。


「夜の森は昼とは別物よ」


「別物?」


「動きが変わる。

 群れが合流する。

 縄張りを越える個体も出る」


理屈は分かる。


だが。


「なら、今のうちに削る」


空気が止まる。


ロアンが額を押さえる。


「そうじゃねぇ」


「夜は撤退判断が基本だ」


ガルドが続ける。


「依頼外の深追いはしない」


「危険だからか?」


フィアの目が細くなる。


「危険“になる前に”帰るの」


沈黙。


風が抜ける。


森の奥から、

低い唸りが聞こえる。


気配は増えている。


三、いや四。


俺は槍を持ち直す。


「ほら、いる」


ロアンが強く言う。


「だからだ!」


一歩、前に出ようとする。


だが。


フィアの声が止める。


「帰るわよ」


短く。

決定事項。


俺は動きを止める。


森はまだ生きている。

獲物もいる。


仕留められる。


だが――


ロアンが続ける。


ガルドも、ユーリスも。


彼らは撤退を選んだ。


俺は数秒、森を見る。


闇がゆっくり落ちてくる。


「……帰るのか」


「帰るの」


フィアの声は揺れない。


俺は槍を下げる。


森を背にする。


背後で、

唸りが一段低くなる。


追っては来ない。


だが。


逃した。


そんな感覚が、わずかに残る。


門が見える。


灯りが灯っている。


町は守られている。


森とは違う。


フィアが横に並ぶ。


「不満?」


「理解はしている」


「本当に?」


答えない。


夕陽が沈む。


闇が落ちる。


森と町の境界線が、

はっきりと分かれた。


―――――


組合の一階。


夕方のざわめきは少し落ち着き、

木のテーブルに硬貨が並べられている。


主級の討伐報酬。


だが――少ない。


受付が事務的に言う。


「核が破損している分、減額です」


ロアンが鼻で息を吐く。


「まぁ、そうだろうな」


ガルドは無言。


ユーリスが小さく「うぅ……」と声を漏らす。


テーブルの上に袋が置かれる。


フィアがそれを開き、

中身を均等に分けていく。


金属の擦れる音。


一人分。

二人分。

三人分。


そして、俺の前にも置かれる。


渋い顔が、並ぶ。


声には出さない。

だが空気が少しだけ重い。


……俺のせいだな。


三体。

砕いた。


主も半分は潰した。


(まさか頭に核があるとは……)


収入は半分以下。


当然だ。


袋に触れずにいると、

フィアがこちらを見る。


目が合う。


「そんな顔しない」


静かに言う。


「最初だもの」


ロアンが肩をすくめる。


「次から砕かなきゃいいだけだ」


ガルドも短く言う。


「死ななかった。それで十分」


ユーリスが慌てて頷く。


「そうです! 命のほうが高いです!」


高い。


そうか。


俺の時代では、

生き残ることが当たり前だった。


死ねば終わり。


価値の計算はなかった。


フィアが最後に言う。


「制御すればいいのよ」


叱責ではない。


期待だ。


俺は袋を取る。


「……次は壊さない」


「そうして」


それで話は終わる。


―――――


宿へ戻る。


夕食の匂い。

酒の声。

港の灯り。


部屋に入り、

各々が鎧を外す。


ロアンはそのまま寝転ぶ。


「今日は疲れた」


ガルドは短く同意する。


ユーリスは魔導書を開いて何かを書き込んでいる。


フィアは窓際に立ち、

港を見ている。


「明日は昼からでいいわね?」


そう言って振り向く。


「それと……夜は出ないわよ」


言い聞かせるように。


「危険だから」


危険……、

またその言葉だ。


俺は部屋で横になる。


目を閉じる。


だが眠れない。


魔石の袋が、枕元にある。


軽い。


足りない。


三体分。


主級一体。


やろうと思えば、

もっと取れたはずだ。


制御もできる。

壊さずに。


「……埋め合わせは、しないとな」


誰にも迷惑はかからない。


ゆっくりと起きる。


隣の部屋からは寝息。

……静かだ。


音を立てずに槍を取る。


窓を開ける。


夜気が流れ込む。


二階。


「……」


問題ない。


着地。


影のように歩き、外に向かう。


防壁の巡回。


間隔は一定。


壁に手をかけ、

跳び、

越える。


森は暗い。


だが、見える。

今度は壊さない。


埋め合わせるだけだ。


静かに、森へ入る。


―――――


森へ入ってすぐ、

空気が変わった。


さきほどまでとは違う。


静かすぎる。


一歩。


二歩。


土の感触がわずかに重い。


――囲まれている。


まだ姿は見えない。


だが気配はある。


右。

低い位置。


左。

木の影。


正面奥。

二、いや三。


数が、増えていく。


包囲の輪がゆっくりと縮む。


姿を見せない。


試している。


まるで値踏みだ。


「……」


槍を軽く握る。


焦りはない。


むしろ、胸の奥に浮かぶ感覚は――


懐かしさ。


蛇頭に囲まれたとき。


そして、村を守るため、

幾度も立った……あの夜を。


湿った地面。

血の匂い。


村の背後に灯り。


一人で立った。


影の群れと対峙した。


あの時と、同じだ。


数が増え、

輪が閉じる。


違うのは獲物の形だけ。


「そうか」


小さく呟く。


今度は村もない。

守る背もない。


ただ森。


ただ敵。


一歩、前へ出る。


その瞬間――


低い唸りが四方から重なる。


草が揺れる。


黒い影が動く。


一体。


二体。


三。


木の上にもいる。


「増えたな」


輪がさらに縮む。


だが、怖くはない。


昔の夜は、

もっと濃かった。


火のない闇。

空すら見えない闇夜。


あのときは、真正面から来た。


今は違う。


様子を見ている。


知恵がある。


それなら。


一歩踏み込む。


包囲の一角へ。


反応が速い。


背後で枝が鳴る。


右から飛ぶ影。


槍を回す。


刃ではなく、柄で打つ。


骨が鳴る。


転がる。


姿が露わになる。


狼型。


だが目が赤い。


通常個体ではない。


「……獣か」


さらに三体、姿を現す。


囲いは完成した。


夜の森。


円の中心。


俺は立っている。


少しだけ、口元が緩む。


あの感覚だ。


背後に村を背負い、

退路を断たれ、

それでも前へ出た夜。


懐かしい。


「来い」


低く言う。


四方の唸りが、

一段低くなった。


―――――


朝。


ロアンが目を覚ます。


「……ん」


伸びをして、隣を見る。


空。


「……?」


もう一度見る。


やはり空。


「おい」


ガルドが目を開ける。


「んだ、どうした?」


「エアがいねぇ」


ガルドは即座に起きる。


窓を見る。


開いている。


床にわずかな擦れ。


「外だな」


ロアンが舌打ちする。


「馬鹿が……」


隣の部屋。


ユーリスはまだ布団の中。


ロアンが扉を叩く。


「ユーリス! 起きろ」


「は、はいっ」


目をこする。


「エアがいねぇ」


一瞬で青ざめる。


「え……? まさか?」


その声に反応して、

奥の扉が開く。


フィアが出てくる。


寝間着のまま。


「……何?」


ロアンが言う。


「いない」


短い。


フィアの表情が止まる。


昨日。


“夜は出ないわよ”


言った。


あの目。


理解はしている、と。


フィアは何も言わず、

窓へ歩く。


外を見る。

目をこらす。


建物の屋根に足跡。


森の方向。


「……」


小さく息を吸う。


ユーリスが震える。


「もしかして、夜に?」


フィアは即答しない。

だがすぐに動いた。


弓を取る。


外套を羽織る。


「準備して」


声が低い。


ロアンが言う。


「朝だ。もしかしたら……」


フィアは答えない。


階段を降りる。


宿の扉を押し開ける。


朝の空気。


門の方がざわついている。


門番の声。


「おい、止まれ!」


全員が振り向く。


門が開く。


逆光。


影が歩いてくる。


肩にまとめた毛皮。


血で染まっている。


袋。


重そうに揺れている。


ユーリスが息を呑む。


「……エア、さん」


ロアンが吐き出す。


「ほんとに行きやがった」


ガルドは黙ったまま観察する。


エアは門をくぐる。


平然と。


朝日に照らされ、

血で染まった毛皮が黒く光る。


袋を下ろす。


無傷の魔石がいくつも転がる。


「埋め合わせだ」


その瞬間。


足音。


速い。


フィアが一直線に近づいていく。


ロアンが小さく目を見開く。


「……おい」


ガルドも視線を向ける。


ユーリスは固まっている。


フィアは止まらない。


エアの前に立つ。


距離がない。


目が合う。


その目は、冷静ではなかった。


怒り。


焦り。


――恐怖。


次の瞬間。


パァン。


乾いた音。


エアの頬がわずかに揺れる。


門前が静まり返る。


ロアンが小さく呟く。


「……まじか」


フィアが叫ぶ。


「何考えてるのよ!」


声が震えている。


いつもの抑えた声ではない。


「夜よ!? 一人で!?」


エアは静かに答える。


「問題はなかった……」


その言葉で、さらに怒りが溢れる。


「そういうことじゃない!」


一歩詰める。


「あなた、戻らなかったらどうするつもりだったの!」


周囲がざわつく。


ロアンは黙る。


止めない。


止められない。


こんなフィアは見たことがない。


ユーリスは両手を握りしめる。


「フィアさん……」


ガルドは無言。


だが視線はフィアに固定されている。


ほんのわずか、

眉が動く。


怒鳴るフィア。


胸が上下している。


「勝手にいなくなるなんて……!」


声が掠れる。


怒りだけじゃない。


本気で心配していた。


「夜の森に、一人で……!」


エアは数秒、黙る。


戻るつもりだった。


それは事実だ。


だが。


「……必ず戻る」


静かな返答。


フィアの顔が歪む。


「保証なんてどこにあるのよ!」


周囲の空気が凍る。


ロアンが小さく言う。


「すげぇ怒ってるな……」


ユーリスは震えている。


「フィアさん、本気です……」


ガルドは腕を組む。


視線が落ちる。


そしてまた上がる。


フィアを見る。


怒りの理由を、

理解しているようで、

理解したくないような目。


フィアが最後に言う。


「二度と、こんな勝手なことしないで……」


低い。


強い。


命令ではない。


願いに近い。


エアは短く答える。


「……わかった」


完全には分からない。


だが、

この怒りが自分だけに向けられていることは分かる。


フィアは背を向ける。


震えている。


ロアンがエアの横に立つ。


「お前……特別扱いだな」


苦笑い。


ユーリスが小さく言う。


「フィアさん、あんなに怒るの初めて見ました……」


ガルドは何も言わない。


ただ一度だけ、

フィアの背を見る。


その視線は、複雑だった。


朝の光が差し込む。


エアは頬に残る熱を感じる。


森の夜よりも、

今のほうが分からなかった。

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