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第66話:合図を待つ意味


魔石の鑑定は、予想以上に時間がかかった。


鑑定師が二人呼ばれ、

一つずつ光にかざされる。


空気が少しだけ張りつめる。


「……三つのうち二つはC級相当」


受付が小さく息を吐く。


だが、最後の一つで手が止まった。


鑑定師が眉を寄せる。


「これは……」


マスターが近づく。


「どうだ」


「B級……いえ、準B上位。

 属性の純度が高い」


静かなざわめき。


ロアンが口を開ける。


「は?」


ユーリスが固まる。


ガルドの視線が俺に向く。


フィアだけが、無言。


マスターは俺を見る。


「どこで手に入れた」


「森だ」


「一人でか?」


「あぁ」


嘘はない。


マスターは数秒黙る。


それ以上は何も言わない。


「買い取る。相場より少し上乗せだ」


そう言って、受付に指示を出した。


―――――


数時間後。


俺は組合の前に立っていた。


革鎧。

金属補強の入った肩当て。

動きを阻害しない軽装。


槍も、新調された。


鉄芯入りの柄。

刃は均一に研がれ、

重心が安定している。


持ち直す。


違和感がない。


ロアンが腕を組んで眺める。


「……別人だな」


ユーリスが目を輝かせる。


「かっこいいです!」


ガルドが一言。


「ようやく冒険者だな」


フィアは少しだけ満足そうに頷く。


「これで、見た目で損はしないわね」


俺は肩を回す。


「重さは悪くない」


ロアンが笑う。


「重さの問題じゃねぇ」


周囲の冒険者たちも、

ちらちらとこちらを見る。


さっきまでの“森上がりの野人”ではない。


Cランクの新人。


空気が変わる。


―――――


その夜。


組合二階。


マスターは窓際に立っていた。


フィアが部屋に入る。


「呼んだ?」


「あぁ、すまんな」


短い返事。


マスターは振り向かない。


「うちで買い取った三つのうち一つ。

 ……あれは群れの主級の物だ」


フィアの目がわずかに細まる。


「……そう」


「一人でやったと言ったな?」


「えぇ、言ったわね」


沈黙。


「森はどこの森だ」


「中央の港の外れよ?」


マスターは低く唸る。


「あそこは最近、動きがある」


フィアは黙る。


「偶然かもしれん。

 だがな――」


振り向く。


「群れの主を単独で落とせる新人は、

 普通いない」


静かな疑念。


「怪しいって言いたいの?」


「疑うのが仕事だ」


マスターは腕を組む。


「敵意は感じなかった。

 だが、底が見えん」


フィアは少し笑う。


「それは私も同じ」


マスターの眉が動く。


「信用しているのか」


「保証人になった」


それが答え。


マスターは鼻で笑う。


「君がそこまで言うなら様子を見る」


窓の外、港の灯りが揺れる。


「だがもし森の件が、

 別の何かと繋がっているなら――」


フィアの目が鋭くなる。


「そのときは?」


「組合が動くしかあるまい」


短い言葉。


フィアは踵を返す。


「わかった」


扉が閉まる。


マスターは小さく呟いた。


「本当に……厄介なものを拾ったかもしれんぞ……」


―――――


翌日、俺はフィアたちとともに早速初陣に出ることになった。


依頼は単純。


ヴェルナ港外縁、

岩礁と林が入り混じる地帯での魔物討伐。


Bランク指定。


「群れは三から五体。

 主が一体いる可能性あり」


フィアが地図を指でなぞる。


「正面から行く。

 私とガルドが前衛、ユーリス後方。

 ロアンが遊撃」


そして俺を見る。


「エアは――様子を見てほしい。まずはよく見て」


様子見。


頷いた。


だが、足が止まる感覚がある。


森では違った。


見つけたら仕留める。

逃げられる前に。

囲まれる前に。


それが生き方だった。


―――――


最初の気配は、

林の奥から来た。


低い唸り。

湿った土を踏む音。


三体。


ロアンが小さく頷き、

合図するまえに……俺はもう走っていた。


「!? ちょ! 待て!」


背後で声が上がる。


俺は走る。


枝を蹴り、

石を踏み、

一直線。


一体目が振り向く。


牙。


振り下ろされる前に、

槍を突き出す。


狙いは中心。


核の位置。


森で何度も見た感覚。


手応え。

硬い。貫通。


魔石が砕ける感触。


魔物は声も上げず崩れ落ちた。


二体目が跳ぶ。


横薙ぎ。


喉を裂く。


三体目が逃げようとする。


踏み込み。

槍を投げる。


背中。


核。


一撃。


静寂。


「ふぅ……」


三体、十秒もかからない。


息を整える。


背後から重い足音。


ロアンが追いつく。


「……は?」


ガルドが周囲を確認する。


「……終わってる」


ユーリスが小さく呟く。


「魔石、全部……」


フィアは倒れた魔物を見て、

しゃがむ。


砕けた核。


「あ……すまん」


ロアンが額を押さえる。


「フィアが様子見って言ったよな?」


「見た」


事実だ。


敵は見た。


危険ではなかった。


「そういう意味じゃねぇ!」


背後の林が揺れる。


重い足音。


主。


岩のような皮膚。

盛り上がった筋肉。

通常個体の倍はある体躯。


唸り声が地面を震わせる。


「リーダーだ! エア、今度は――」


ロアンの声。


だが、やはり遅い。


俺はもう前に出ていた。


地面を蹴る。


主の腕が振り下ろされる。


重い。


だが真正面から受ける。


槍を横に構え、

衝撃を受け止める。


鉄芯が軋む。


足が土にめり込む。


押し返す。


主の体勢が崩れる。


一瞬。


頭が、空く。


顎の下その奥へ。


踏み込み。


突く。


迷わず押し込む。


主の唸りが止まる。


巨体が揺れ、

崩れ落ちた。


土煙。


静寂。


槍を引き抜く。


俺は振り返る。


全員、止まっている。


ロアンが口を開けたまま。


ガルドの目が細くなる。


ユーリスが蒼白。


フィアだけが、

ゆっくりと息を吐いた。


「……早すぎる」


ロアンが呟く。


「連携も何もねぇぞ」


ガルドが低く言う。


「俺たち、必要だったか?」


その言葉で、少しだけ理解する。


あぁ……これはまずい。


森では一人だった。


だが今は違う。


フィアが立ち上がる。


視線は真っ直ぐ俺へ。


怒ってはいない。


だが、冷たい。


「合図を待ちなさい」


短い。


重い。


「……わかった」


本当は、まだ分からない。


待つ理由も、

合わせる意味も。


だが今は……一人ではない。


ロアンが肩を回す。


「初陣でこれかよ……」


ユーリスが小さく言う。


「心臓に悪いです……」


ガルドが主の死体を蹴る。


「核が...一撃が正確すぎる」


フィアが魔石の破片を見る。


「砕きすぎ」


静かな叱責。


俺は主を見る。


問題はなかった。


だが。


空気は、重い。


「……次からは、合わせる」


言葉にすると、

少しだけ違和感がある。


森では必要なかった言葉。


だが、ここでは必要らしい。


フィアは頷いた。


「そうして」


林を抜ける風が、

静かに吹いた。


―――――


林を抜けた小さな空き地。


昼。


焚き火がぱちぱちと音を立てる。


ユーリスが小枝を組み、

火打石を取り出す。


「ちょっと待ってくださいね――」


俺はそれを見る。


火。


森では石を擦るより早い方法があった。


手をかざす。


息を整える。

手の奥に、あの感覚。


小さく、熱。


ぱ、と火が走る。


乾いた枝に移る。


一瞬で安定する炎。


「……!」


ユーリスが固まる。


「え、え、えっ!?」


ユーリスが身を乗り出す。


「すごいです! それ! どうやったんですか!?」


「火を出しただけだ」


「だけじゃないです! ほんとに詠唱なし!?」


詠唱。


よく分からない。


「出せるから出した」


ユーリスは目を輝かせる。


「便利すぎます!」


ロアンが肉を串に刺しながら言う。


「いや便利ってか……」


ちら、と俺を見る。


「お前、やっぱいろいろおかしくねぇか?」


焚き火の上で肉が焼ける。

油が落ちる。


「焼けた肉が食えりゃいいだろ」


ガルドがぶっきらぼうに言う。


「でも、魔石が……あっ」


ユーリスが小さく言うが、途中でハッとして口をふさいだ。


空気が、少しだけ沈む。


(……まぁ、仕方ない。俺がやった事だ)


三体分、砕いた。


ロアンが苦笑する。


「まぁ、初陣だしな」


ガルドが現実的に言う。


「収入は半分だが、肉はある」


フィアは火を見つめたまま。


「次からは調整することね」


責める声ではない。


だが事実。


俺は肉を受け取る。


「……すまん」


俺の時代では、綺麗に仕留める事に価値がなかった。


核もない……。


だがここでは違う。


ユーリスが慌てて首を振る。


「い、生きてるほうが大事ですし!」


ロアンが笑う。


「それはそうだ」


だが少しだけ、

気まずい。


そのとき。


ユーリスが急に顔を上げる。


「でも!」


身振りが大きい。


「主級の腕、受け止めましたよね!?」


ロアンが噛んでいた肉を止める。


「あぁ、確かに見たな」


ガルドも頷く。


「しかも正面からな」


ユーリスが目を丸くする。


「あれ、すごく重かったはずです。

 さっき地面、えぐれてました」


ロアンが俺を見る。


「ガルドなら分かるが」


ガルドが淡々と言う。


「俺でも真正面は嫌だ」


「だよな?」


ロアンが笑う。


「なのに押し返した」


俺は肉をかじる。


「押せたから押した」


ユーリスが興奮気味に言う。


「しかも崩したあと、迷いがなかったです!」


ロアンが頷く。


「あれは経験だな」


ガルドが低く言う。


「力だけじゃない。強い」


焚き火が揺れる。


炎が、少し強く跳ねる。


ユーリスが炎を見る。


「……エアさんの火も、なんか変です」


フィアが視線を向ける。


「変?」


「普通の火より、熱が安定してるっていうか……

 暴れない」


俺は炎を見る。


ただの火だ。


だがユーリスは真剣だ。


「魔力の揺らぎがほとんどないです」


ロアンが苦笑する。


「魔力の揺らぎとか分かんねぇけど」


少しだけ沈黙。


そしてロアンが立ち上がる。


「ま、いい」


伸びをする。


「強いのは悪いことじゃねぇ」


ちら、と俺を見る。


「ただな」


指を立てる。


「次からは合図だ」


「……あぁ」


頷く。


焚き火が、静かに燃える。


昼の風が抜ける。


微妙な空気は、

完全には消えていない。


だが。


さっきよりは、軽い。

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