↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
274/298

第274話:覚えているもの


谷へ入ってから、

どれくらい待ったのか。


陽はさっきよりも傾き、

谷を囲む巨大な岩山の片側を橙色に染め始めていた。


若い竜が消えていった風棚は、

遥か上にある。


岩壁から大きく張り出したそこを雲が何度も横切り、

そのたびに岩肌が見えたり隠れたりする。


けれど、

若い竜はまだ戻ってこない。


「……遅いにゃ」


近くの岩へ腰を下ろしていたミリカが、

尻尾の先で地面を弄りながら風棚を見上げた。


「長く生きてると、

 返事も遅くなるにゃ?」


「知らん」


「エアも長く生きてるにゃ?」


「俺に聞くな」


「参考にならないにゃ…」


「何の参考だよ」


そんなやり取りをしながらも、

俺の目は何度も同じ場所へ戻っていた。


最も古く生きる者。


多く覚えている者。


若い竜は、

そう言った。


ルクナスも以前、

竜は覚えていると言っていた。


けれど、

何をどこまで。


それは聞いていない。


俺のことを知っているのか。


ダックのことを知っているのか。


それとも長い時間の中で、

形だけが残り、

肝心なものはもう消えているのか。


考えても、

答えは出なかった。


ただ、

さっき輸送鳥の話を聞いてから…いや、

ここに来てからずっと、どうしても昔のことばかり頭へ浮かんでくる。


長い脚で地面を蹴り、

馬鹿みたいにでかい身体を揺らしながら走るダック。


俺達の近くにいる時は好き勝手に寝転がっていたくせに、

何かが近付けば、

誰に言われるでもなく身体を起こして前へ出た。


あいつから続いた命が、

今では巨大な翼で空を飛び、

鱗を纏い、

火まで吐くようになっている。


俺の知っているダックからは、

もう想像もつかない姿だ。


なのに、

その中へ何かしら残っているという。


「……」


落ち着かなかった。


怖いわけじゃない。


これから敵と会う時の緊張とも違う。


むしろ。


ずっと前に失くしたものの痕跡が、

この先にあるかもしれない。


そう思ってしまっているからこそ、

何も残っていなかった時のことまで考えてしまう。


俺はもう一度、

雲に隠れた風棚を見上げた。


その時だった。


―――ゴォ……。


谷の奥から、

低い音が響いた。


「……?」


ユーリスが顔を上げる。


少し遅れて。


―――ゴォォォ……。


今度は、

足の裏からも振動が伝わってきた。


風じゃない。


岩が軋んでいる。


いや。


谷を囲んでいる山々が、

深い場所でゆっくり身じろぎしたような音だった。


「な、なんにゃ……?」


岩から立ち上がったミリカの耳が、

真っ直ぐ上へ向く。


マリスも白銀の槍へ手を掛け、

セレスの聖杭槍杖が低い位置から僅かに持ち上がった。


二人とも構え切ってはいない。


けれど、

何が来ても動ける位置には入っている。


俺も自然と立ち上がり、

風棚へ目を向けた。


雲が動いている。


風に押されて流れているんじゃない。


白い塊が内側から押し退けられ、

ゆっくりと左右へ割れていく。


その奥。


最初に現れたのは、

岩と見間違えそうなほど太く長い角だった。


一本。


続いて、

もう一本。


片方は途中から折れている。


さらに雲が裂ける。


その向こうから、

巨大な頭が現れた。


「……」


誰も声を出さなかった。


でかい。


今までここで見てきた竜も。


初めて海からこの大陸を見上げた時、

岩壁へ降りてきた竜達も。


十分すぎるほど巨大だった。


けれど、

あれは明らかに違う。


風棚から頭と首の一部が覗いているだけなのに、

それだけで岩山の形そのものが変わったように見える。


鱗の色も、

若い竜達とは違っていた。


黒でも。


赤でもない。


長い年月、

雨と風に晒され続けた岩のような、

灰色に近い鈍い色。


一枚一枚に深い傷が刻まれ、

ところどころ白く色が抜けている。


角は欠け、

鱗も完全な形ではない。


それなのに、

弱っているようには見えなかった。


身体に残る傷も欠けも全部、

こいつがここまで生きてきた時間そのものみたいだった。


「……あれが」


隣から聞こえたユーリスの声が、

普段よりずっと小さい。


「最も……古く生きる竜……」


その言葉へ返す前に、

竜の目が開いた。


金色。


遠くにあるはずなのに、

俺達一人一人が映り込みそうなほど大きな瞳だった。


その目が、

谷底をゆっくりとなぞっていく。


ユーリス。


ミリカ。


マリス。


セレス。


そして。


俺。


そこで、

動きが止まった。


「……?」


気のせいじゃない。


他の四人を見た時とは、

明らかに違う。


金色の瞳が俺の上へ留まり、

そこから動かなくなった。


一瞬なら、

人間が珍しいだけだと思ったかもしれない。


けれど。


長い。


ただ観察しているにしては、

あまりにも長かった。


「エア……」


ユーリスが、

小さく俺を呼ぶ。


「ああ」


返事だけして、

俺も竜から目を逸らさなかった。


知らない竜だ。


当然だ。


俺はこいつと会ったことがない。


ダックとも似ていない。


羽毛は鱗になり、

飛べなかった身体には、

谷を覆えるほどの翼が生えている。


頭の形も。


脚も。


尾も。


何一つ、

俺の知っているあいつとは同じじゃない。


それなのに、

目が離せなかった。


向こうも俺を捉えたまま、

動かない。


ただそれだけのことが、

妙に胸へ引っ掛かった。


―――ズズ……。


風棚の上で、

巨大な前脚が動いた。


爪が岩へ食い込み、

その周囲がひび割れて砕け落ちる。


それでも、

竜は俺から目を離さない。


金色の瞳が、

僅かに見開かれた。


次の瞬間。


―――バサァァァァッ!!


翼が開いた。


谷が、

一瞬で影に沈んだ。


「ッ!」


ユーリスが息を呑む。


岩壁の一部だと思っていたものが動き、

その全てが巨大な翼だったと分かった時には、

頭上の空がほとんど覆われていた。


一度。


翼が風を掴む。


―――ドォンッ!!


風棚の表面が爆ぜた。


砂と小石。


乾いた草。


砕けた岩片。


あらゆるものが一斉に空へ巻き上げられ、

遅れて押し寄せた風が身体を叩く。


腕で顔を庇いながら、

その隙間から上を見る。


竜が降りてくる。


翼を使っているはずなのに、

そうは見えなかった。


山の一部が崩れ、

そのまま谷底へ落下してくる。


そんな光景だった。


「お、おい……!」


ミリカの耳が伏せられ、

身体が低くなる。


マリスも一歩前へ出かけた。


俺達を庇う位置へ入ろうとしたんだと思う。


その横では、

セレスの聖杭槍杖を握る手にも力が入っている。


けれど。


俺は動かなかった。


あの目に、

殺す気がない。


それだけは、

遠くからでも分かった。


―――ドォォォォォンッ!!


巨体が谷底へ降りた。


足元が本当に跳ねた。


踏んでいた小石が一瞬宙へ浮き、

膝へ衝撃が突き上がる。


谷壁から砂と石が崩れ落ち、

視界が一気に茶色へ染まった。


遅れて風が押し寄せる。


「ッ……!」


セレスが足を開いて踏ん張り、

ユーリスは杖の先を地面へ突き立てる。


ミリカの尻尾は大きく膨らみ、

マリスも片腕で顔を覆いながら、

俺のすぐ横へ残っていた。


しばらくして、

舞い上がった砂埃が薄れていく。


その向こう。


巨大な影が立っていた。


近い。


さっきまで雲の中にいたはずなのに、

今は顔を上げれば、

鱗一枚一枚に刻まれた傷まで分かる。


首を伸ばされれば、

俺達全員を一度に呑み込めるんじゃないかと思うほどの距離だった。


若い竜も、

少し遅れて風棚から降りてきている。


けれど、

誰もそちらを見なかった。


古い竜の目が、

最初からずっとこちらを捉えていたからだ。


「……」


敵意はない。


殺気も、

警戒しているようにも見えない。


それなのに、

こいつは俺を見たまま動こうとしない。


いや…それも違う。


…お互いに動けない。


目の前にいる俺を、

知っているものとして扱えばいいのか。

知らないものとして扱えばいいのか。


その間で止まっているみたいだった。


巨大な瞳が俺の顔を確かめ、

裸の上半身へ降り、

槍へ移る。


それから、

また顔へ戻った。


「……人」


声が落ちた。


低い。


若い竜とは、

声の深さそのものが違う。


喋ったというより、

谷の底で何か巨大なものが鳴ったような響きが、

腹の奥まで届いた。


「そうだ」


俺が答えると、

金色の目が少し狭まる。


「……人」


もう一度。


同じ言葉。


けれど、

今度は呼び掛けじゃなかった。


確かめている。


目の前にいる俺が本当に人なのか。


自分の中にある何かと比べている。


そんなふうに聞こえた。


「何だ?」


問い返しても、

すぐには答えない。


古い竜の首が下がり、

巨大な鼻先がこちらへ近付いてくる。


―――スン……。


息を吸い込む音だけで、

周囲の空気まで引かれた。


髪が前へ流れ、

腰の布まで揺れる。


匂いを嗅いでいる。


何度か鼻孔が動いたあと、

竜の目が俺の胸元へ落ちた。


全燃焼のあとに浮かんでいた青い紋様は、

もうほとんど消えかけている。


でも、

こいつが確かめているのは、

そこじゃないように見えた。


もっと奥。


俺の身体の中に残っている火そのものを、

探ろうとしているみたいだった。


やがて、

古い竜の喉が深く震える。


「……火を」


「何?」


「火を、灯せ…」


その声に、

後ろへ降りた若い竜が頭を上げた。


俺は一度だけ、

そちらを見る。


こいつが話したのか。


そう考えたが。


試し原を出る前、

火のことを伝えるのかと聞いた時、

若い竜は「見ればよい」と答えた。


なら。


目の前のこいつが、

俺自身を見て求めている。


「…これでいいのか?」


右手を上げる。


戦う必要はない。


さっきみたいに、

身体ごと燃やす理由もない。


だから昔から何度もやってきたように、

手の上へ小さな火だけを灯した。


―――ボッ。


赤い火が生まれる。


熱が指の間を通る。


俺にとっては、

いつもの火だ。


けれど、

目の前の竜にとっては違ったらしい。


巨体が止まった。


翼も。


尾も。


地面へ食い込んでいた爪も。


さっきまで確かに動いていた全てが、

一瞬で固まったみたいに静止する。


金色の目だけが、

俺の手の火を見ていた。


まばたきもしない。


やがて喉の奥から、

何かを押し出そうとするような音が漏れた。


―――グ……。


声にはならない。


「おい?」


呼び掛けても、

返事はなかった。


視線だけが、

火から俺へ移り、

また火へ戻る。


何度も。


何度も。


さっきまで俺を観察していた時とは違う。


何かを確かめているというより、

自分の中にあるものと目の前の俺を、

どうにか重ねようとしている。


そんなふうに見えた。


「……知っている」


ようやく出た声は、

最初に聞いた時より掠れていた。


「何?」


問い返す。


竜は答えない。


代わりに、

一歩こちらへ踏み出した。


―――ズン。


爪の下で地面が沈む。


さらに、

もう一歩。


―――ズン。


距離が縮まるたび、

背後の気配が張っていく。


セレスが聖杭槍杖を握り直し、

マリスも半歩だけ俺との距離を詰めた。


ユーリスは杖を持ったまま動かない。


ミリカも、

さっきまでみたいに茶化すことはなかった。


それでも、

俺は下がらなかった。


古い竜の目には、

やっぱり敵意がない。


むしろ。


近付けば近付くほど、

何かに苦しんでいるように見えた。


言葉にしたいものがある。


けれど、

それが何なのか、

自分でも掴めない。


そんな顔だった。


巨大な頭が、

俺の前まで下りてくる。


鼻先だけで、

俺の身体より大きい。


吐き出される息に、

乾いた土と熱の匂いが混じっていた。


「……火を」


竜がもう一度呟く。


「…知っている」


「俺の?」


「……違う」


すぐに否定された。


「違う?」


「いや……」


金色の瞳が揺れる。


「……違わぬ」


「どっちだよ」


いつもなら、

そこで軽く返して終わる。


でも今は、

それ以上何かを言う気になれなかった。


目の前の竜が、

明らかに普通じゃない。


「我は……」


言葉が途切れる。


巨大な爪が地面を掴み、

力を掛けられた岩が低い音を立てて割れた。


「我は、お前を知らぬ」


「ああ」


それは当然だ。


俺も、

こいつを知らない。


「だが……覚えている」


胸の奥が、

強く鳴った。


同じ言葉を若い竜から聞いたばかりなのに、

今はまるで違う意味に聞こえる。


「……何を」


自分の声が、

思ったより低かった。


古い竜は、

すぐには答えなかった。


目を閉じる。


俺を見ていた金色が隠れ、

その鼻先がもう一度、

俺の方へ寄ってきた。


深く。


確かめるように、

息を吸い込む。


「……匂い」


「匂い?」


竜の喉が震えた。


「父の……匂い」


「……父?」


何を言われたのか、

すぐには飲み込めなかった。


こいつと会ったことはない。


竜を育てたことだってない。


なのに。


目の前の竜は、

俺の匂いを嗅いで。


父。


そう言った。


聞き間違えたのかとも思ったが、

竜の様子を見る限り、

冗談を言っているようには見えない。


「何の話だ?」


問い返しても、

すぐには答えが返らない。


古い竜は目を閉じたまま、

何かを探るように首を僅かに動かした。


「森……」


低い声が落ちた。


その一言だけで、

頭の中へあの頃の森が浮かぶ。


木々の間を抜ける風。


湿った土。


朝露の残った草。


「土……」


裸足で踏んだ地面。


獲物を追い。


ルゥと歩き。


毎日のように、

同じ森の中を行き来した。


「火……」


手の上で揺れていた小さな炎が、

僅かに形を変えた。


俺が動かしたわけじゃない。


竜の言葉に引かれて、

胸の奥へ昔の感覚が戻るたび、

そこにある火まで揺れている。


古い竜は、

目を閉じたまま続けた。


「今よりも……小さき者達……」


こいつの口から、

そんなものが出てくる。


「緑の……小さき人」


喉の奥が詰まった。


今度は、

考える必要すらなかった。


緑の肌。


俺よりずっと小さな身体。


最初は食料を盗もうとして、

殴って。


その後はいつの間にか、

当たり前みたいに隣にいた。


笑った顔。


怒った顔。


何か変なものを口へ入れようとすれば、

容赦なく止めに入っていた姿。


「……ルゥのことか?」


返事はなかった。


ただ、

古い竜の喉がまた低く震える。


「走る……地を」


その言葉を聞いた瞬間。


森の中へ響いていた、

あの重い足音が蘇った。


―――ドッ、ドッ、ドッ。


長い脚で地面を蹴るたび、

土が跳ねる。


あいつが走れば、

近くにいるだけで足元へ振動が伝わってきた。


「背に……重み」


「……」


今度は、

すぐには意味が繋がらなかった。


けれど。


次に続いた言葉で、

身体が止まった。


「人の……重み」


ダックの背中。


羽毛。


走るたび、

上下へ大きく揺れる身体。


俺は何度も、

その背へ乗った。


リヒトも。


ナハトも。


ルゥだって、

一緒に乗ったことがある。


振り落とされないよう、

羽毛へ指を食い込ませた感触は、

俺の方にも残っている。


でも。


背中に乗っていた俺達が、

どんな重さだったのか。


そんなもの、

考えたこともなかった。


「小さな……手」


古い竜の声が続く。


「掴む…手」


指が、

僅かに動いた。


羽毛を掴んだ、

自分の手。


俺が覚えているのは、

掴んだ側の感触だ。


けれど今、

目の前のこいつが口にしたのは。


掴まれた側の感覚だった。


「……」


何だ。


これは。


古い竜が語っているものと、

俺が覚えているものが。


同じ場所にある。


なのに、

向きが違う。


それなのに…。


「声……」


竜の呼吸が、

少し深くなる。


「呼ぶ声」


胸の奥が軋んだ。


何度呼んだ。


狩りへ行く時。


勝手に先へ走った時。


飯を見つけた時。


また変なものを食おうとしている時。


戻ってこいと怒鳴ったこともある。


名前を呼べば、

あいつは大きな頭をこっちへ向けた。


「……」


手の火が、

また揺れた。


「火の者……」


古い竜の目が開く。


遠くを見ていたような金色が、

今度は真っ直ぐ俺を捉えた。


鼻先が近付く。


俺の匂いを、

もう一度確かめる。


それから。


手の火。


顔。


声。


順番に、

何かを重ねるように見ていく。


「その匂い……」


低い声が震えた。


「その声……その火……」


「……」


「知らぬ」


古い竜は、

はっきり言った。


「今のお前を、我は知らぬ」


あぁ…そうだ。


俺だって、

今のお前を知らない。


「だが……覚えている」


また、

あの言葉。


今度は、

さっきよりも強かった。


古い竜の爪が地面から力を抜き、

割れていた岩が小さく崩れる。


「森を」


「……」


「土を」


金色の目が、

俺を離さない。


「緑の小さき者を。

 小さき人らを。

 背にある重みを。

 我を呼ぶ声を」


また同じ事だ。


確認するように…。


息が止まった。


でもそれとは別に、

一つの言葉が胸に残る。


我。


今、

こいつは何を指した。


目の前にいる竜自身なのか。


それとも。


もっと別の何かなのか。


若い竜は、

多く覚えている者だと言った。


ルクナスも、

竜は覚えていると言った。


でも、

こんな話は聞いていない。


何をどう覚えるのかも。


どうして、

こいつの中に俺の知らないはずの感覚があるのかも。


まだ繋がらない。


ただ。


聞けば聞くほど、

頭の中へ浮かんでくるものがある。


森。

土。


ルゥ。

リル。


リヒト。

ナハト。


背中の羽毛。


俺の声。


…そして。


俺を見ていたもの。


「父の面影を……」


今度は、

迷わなかった。


竜はそのまま、

鼻先を俺の手へ近付けた。


火が灯っている。


それでも避けない。


熱を嫌がる様子もなく、

すぐ近くで炎の揺れを見つめる。


「火の者…」


低い声が落ちる。


「我らの始まりを育てた……父よ」


その一言で。


胸の奥に引っ掛かっていたものが、

一気に繋がった。


竜なんて、

俺は育てていない。


こんな翼のある生き物を、

卵から孵した覚えもない。


俺が育てたのは、

一羽だけだ。


親を殺し、

卵を拾って。


最初は食おうかとも思って。


ルゥが気に入ったから、

そのまま家に置いて。


何でも口へ入れて。


馬鹿みたいにでかくなって。


俺達を乗せ。


森を走り。


何かあれば、

前へ出た。


あいつだけ。


俺の知らないはずの竜が、

俺を父と呼ぶ理由があるとすれば。


その間にいるのは、

一つしかない。


「……ダック」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。