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第233話:親なら


「――やめろ!!」


―――ガンッ!!


鈍い音が、

床を叩いた。


俺は槍の石突きを、

強く床へ突き立てる。


その瞬間。


槍身を、

赤い火が走った。


音もなく灯る。


静かな炎だった。


部屋の空気が変わる。


「警護!」


誰かが叫ぶ。


甲冑が鳴る。


一斉に近衛達が前へ出た。


俺とセレネリアの間へ割り込み、

槍を構える。


女王を庇う壁。


誰一人として迷わない。


だが俺は動かない。


槍へ手を添えたまま、

その向こうを見る。


近衛越しに、

セレネリアと目が合った。


涙は残っている。


だが、

その瞳はもう冷え切っていた。


「……脅すつもりですか」


静かな声だった。


「なら、お好きになさい」


少しも怯まない。


「私は退きません」


部屋から音が消える。


赤い火だけが、

静かに揺れていた。


「……違う」


喉の奥から、

声を押し出す。


「脅したいんじゃない」


槍から手を離す。


拳を握る。


「俺にも」


自然と力が入った。


「息子がいた」


セレネリアの瞳が、

僅かに揺れる。


「だから」


言葉を選ぶ。


「お前の気持ちが、

 分からないわけじゃない」


胸の奥が痛む。


焼けるように。


「失いたくない。

 守りたい。

 奪われたくない。

 ……その気持ちは分かる」


少しだけ間を置く。


息を整える。


「……だがな」


俺は腕を上げた。


近衛の向こう。


リリシアとカイルを指差す。


「お前は」


静かに言う。


「その戦いで、

 その二人が死んでも平気なのか?」


部屋が止まる。


リリシアも。

カイルも。


声を失っていた。


俺は言葉を続ける。


「戦争は、

 相手だけが死ぬもんじゃない……。


 味方も死ぬ。

 家族も死ぬ。

 守りたかった奴まで死ぬ」


胸の奥が軋む。


俺はもう一度、

二人を見る。


そして。


ゆっくりと、

セレネリアへ視線を戻した。


「もし」


声が低くなる。


「その二人が、

 互いに剣を向ける日が来ても……」


喉が焼ける。


それでも、

言葉を止める気はなかった。


「殺し合うことになっても」


近衛の向こう。


セレネリアだけを見据える。


「お前は……平気でいられるのか?」


返事はない。


静まり返った部屋で、

赤い火だけが揺れている。


セレネリアの表情が止まった。


「…何を…バカな」


その視線が、ゆっくりとリリシアへ移る。

そして、カイルへ。


唇が、

小さく震えた。


「……違う」


掠れた声だった。


「そんなことには……」


自分へ言い聞かせるような声。


俺は首を振る。


「戦になれば、

 誰も選べない」


短く言う。


「だが」


拳に力が入る。


「俺は、許さない」


言葉が、

自然と漏れた。


「子ども達が」


リリシアを見る。

カイルを見る。


「誰かを殺すのも」


ゆっくりと、

セレネリアへ視線を戻す。


「殺し合うのも……俺は許さない」


槍の火を収める。


「そんな渦に」


ゆっくりと言葉を繋ぐ。


「お前は、自分の子どもまで巻き込む気か」


セレネリアの肩が震えた。


「違う……」


掠れた声が漏れる。


「私は……」


「違わない」


言葉を重ねる。


「戦になれば、あいつらも戦う」


二人とも、

母を見つめたまま動けずにいる。


「守るために剣を取る。

 守るために、誰かを斬る。

 ……そして」


喉の奥が締め付けられる。


「斬られる」


セレネリアが首を振る。


「やめて……そんな話は……そんな事にはならない!」


一歩、

前へ出ようとする。


だが。


近衛達が壁になり、

動けない。


「私は……マリエルを!」


声が響く。


「娘を取り戻すのです!!」


俺は静かに首を振った。


「その子は」


マリスを見る。


不安そうに、

俺達を見つめている。


「マリエルじゃない」


セレネリアが睨みつける。


「違う!」


「その子はマリスだ」


言い切る。


「今、お前が抱き締めるべきなのは……、

 娘と同じ顔をした少女か?」


「違う!!」


セレネリアの叫びが、

部屋を震わせた。


「マリエルよ!私の娘よ!。

 私は分かる、この子は……!」


言葉が詰まる。


涙が溢れる。


「この子は……マリエルなの!」


俺は、

その姿を見つめた。


苦しいのは分かる。


痛いほど……。


だからこそ、

間違えちゃいけない。


「……大事な娘なんだろ」


静かに言う。


「だったら」


自然と言葉が漏れた。


「俺達が見つけてやらなきゃ、駄目だろ?」


「……俺達?」


リリシアが、

小さく呟く。


(しまった…口が滑った)


小さく息を吐き、

天井の向こうを見る。


この海のさらに先。


遥か彼方の地上へ向けるように、

言葉を吐く。


「……俺だって、泣き顔なんて見たくない」


そして、

セレネリアだけを見る。


「俺が見つけ出してやる。

 マリエルを……必ず」


「……見つける?」


セレネリアが俺を見る。


瞳が揺れた。


何かを言おうとして、

唇が開く。


言葉にならない。


肩が、

小さく震えていた。


俺は黙って待つ。


部屋には、

誰も口を挟まない。


セレネリアは俺を見つめたまま、

何度も首を横に振った。


「あなたは……なぜ」


掠れた声だった。


「なぜ……そこまで……」


その言葉に、

俺は少しだけ笑った。


「泣いてる子どもを、

 放っておく親はいない」


それだけ言う。


部屋が静まり返る。


セレネリアの瞳が、

ゆっくりと見開かれた。


「親……?」


小さく呟く。


その声は震えていた。


俺は何も言わない。


ただ、

真っ直ぐに見返す。


セレネリアは俯く。


肩が震える。


何度も首を横へ振る。


「いったい……」


その先の言葉は、

最後まで続かなかった。


部屋を包んでいた静寂を。


「お願いします!」


震える声が破った。


リリシアだった。


涙を滲ませたまま、

一歩前へ出る。


「どうか……」


唇を噛む。


「姉様を……」


頭を深く下げた。


「見つけてください!」


「リリシア……!」


セレネリアが息を呑む。


娘は顔を上げない。


「お母様」


震えながら言う。


「私は……」


拳を握る。


「私は、信じたいです」


その言葉に。


隣へ一人、

並んだ。


カイルだった。


「俺も」


短く言う。


「お願いします」


真っ直ぐ俺を見る。


「どうか姉上を……連れて帰ってください」


部屋が静まり返る。


俺は二人を見た。


そのまま、静かに頷く。


「あぁ」


短く返す。


「任せろ」


その一言だけだった。


「……本気なのか?」


静かな声。


セレスだった。


今まで一度も口を開かなかった彼女が、

初めて前へ出る。


俺を見る。


その目は揺れない。


「相手は、

 七年前に姿を消した王女だ」


淡々と続ける。


「生きている保証もない。

 行方を示す手掛かりも……、

 ほとんど残ってはいないだろう?」


聖杭槍杖を握る手に、

僅かに力が入る。


「それでも……見つけ出すと言うのか?」


俺は迷わなかった。


「あぁ」


短く返す。


「必ず見つける」


セレスは、

しばらく俺を見つめていた。


その表情は変わらない。


やがて。

ふっと、鼻で笑う。


「……そうか」


小さな声だった。


「お前らしい」


その一言に。


部屋の空気が、

僅かに緩む。


セレスは一歩前へ出た。


聖杭槍杖を、

軽く握り直す。


「なら」


真っ直ぐ俺を見る。


「私も反対はしない」


少しだけ目を細める。


「では」


淡々と問い掛ける。


「どこから手を付ける気だ?」


部屋中の視線が、

俺へ集まる。


マリスに、ユーリスも。

ミリカも。

リリシアも。

カイルも。


そして。


アーダと、

セレネリアも。


俺は少し考えた。


七年前。


地上へ向かった痕跡。


それだけで、

闇雲に海を探しても意味はない。


「何にしても、

 まずは調べる」


短く答える。


セレスが、

僅かに目を細めた。


「何をだ?」


「マリエルがいなくなった日のことを、

 全部だ」


アーダを見る。


「最後に見た奴。

 城を出た時間。

 通った可能性のある道。

 地上へ向かったと判断した理由」


一つずつ挙げる。


「ここに残っているものを、

 最初から調べ直す」


アーダは、

黙って俺を見ていた。


俺は続ける。


「手を貸してくれ」


「……」


「俺達だけじゃ、

 この国のことは何も分からない」


少し間を置く。


「マリエルを見つけたいなら、

 あんた達の力が必要だ」


アーダは、

ゆっくりと頷いた。


「……分かった」


短い言葉だった。


だが、

迷いはなかった。


「君達に協力しよう」


リリシアが顔を上げる。


カイルも、

僅かに息を吐いた。


アーダは、

近衛の一人へ目を向ける。


「持ってこい」


「はっ」


近衛が一礼し、

部屋の奥へ向かう。


「何だ?」


俺が聞くと。


アーダは、

俺達を見渡した。


「この国を調べるつもりなのだろう?」


「あぁ」


「ならば、

 そのままでは不便だ」


しばらくして。


近衛が小さな箱を抱え、

戻ってきた。


アーダの前で膝をつき、

箱を差し出す。


蓋が開かれる。


中には。


青白い石が嵌め込まれた腕輪が、

いくつか並んでいた。


水面のような光が、

表面を静かに流れている。


ユーリスが目を見開く。


「これは……?」


アーダは、

その一つを手に取った。


「海王の加護を宿した腕輪だ」


俺へ差し出す。


「身に着ければ、

 水中でも息ができる」


続ける。


「水圧を和らげ、

 この海の中を自ら動くことも可能になる」


俺は腕輪を見る。


「海王鯨と同じ力か?」


「似てはいる」


アーダは首を横に振った。


「だが、

 あれほど強いものではない。


 海王鯨は自らの意思で動く、

 海の意思そのもの。


 我々が自由に使役できる存在ではない」


静かに言う。


「細かな場所を調べるなら、

 君達自身が海へ出る必要がある」


俺は、

差し出された腕輪を受け取った。


冷たい。


触れた瞬間。


中で水が揺れたような、

妙な感触が指先へ伝わった。


「これを使え」


アーダが言う。


「マリエルを探すために」


少しだけ間を置く。


「この海で、

 何が起きているのかを知るためにも必要だ」


俺は腕輪を握る。


「あぁ」


短く頷いた。


「借りる」


青白い光が。


俺の手の中で、

静かに揺れていた。

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