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第222話:誘い込む、影


火竜が森を裂く。


赤い光が、

雨を押し退けながら走る。


俺はその後を追う。


「逃げてばかりかッ」


槍を振る。


赤火が一直線に伸び、

黒い塊の横腹を焼いた。


―――ギィィィィィィィッ!!


耳障りな悲鳴。


黒が大きく削れる。


焼けた部分が、

ぼろぼろと崩れ落ちた。


「逃がすかッ!!」


火竜が追い付く。


赤い顎が開く。


―――ゴォォォォォッ!!


巨大な牙が、

黒い塊へ食らい付いた。


雨が蒸発する。


白い蒸気が森を覆う。


黒は暴れる。


何本もの影が、

火竜へ絡み付く。


押し潰そうとする。


だが。


火竜は止まらない。


黒を食い千切り、

そのまま飲み込む。


「燃えろ!!」


さらに火を流し込む。


赤火が影の内側まで侵食していく。


「全部……消してやるッ」


少しずつ削る。


面倒な戦い方だが。


いける。


そう思った。


だが。


黒い塊が、

急に大きく震えた。


――ドンッ!!


内側から裂ける。


再び、

火竜が食らい付いていた部分だけを切り捨てるように。


「またかッ!」


影は止まらない。


結界へ激突する。


――ドォンッ!!


緑の光に弾かれる。


その反動で、

今度は外周を滑るように走る。


さらに。


また別の影を飲み込む。


黒が増える。


大きくなる。


「まだ集まるか……面倒な」


槍を握り直す。


火竜も低く唸る。


追う。


今度こそ焼き尽くす。


…その時だった。


前方。


森の向こうで、

白い火が上がった。


「……!」


白火。


セレスだ。


その近くでは、

水が雨とは別に流れている。


マリス。


熊族の方角だ。


そして。


俺が追っていた黒い塊は、

迷わずそちらへ向かっていた。


「狙いは……!」


違う。


逃げていたんじゃない。


最初から。


集まるために動いていた。


あそこで一つになる気だ。


「……なら」


口元が僅かに上がる。


好都合だ。


向こうにはセレスがいる。


マリスもいる。


白火。


水と火。


そして俺。


三人なら、

まとめて焼き尽くせる。


「待ってろ!」


地面を蹴る。


火竜も咆哮を上げた。


赤い炎が森を照らす。


二つの黒い塊は、

互いへ引き寄せられるように距離を縮めていく。


「ここで……終わらせる」


ーーーーー


白火が森を染める。


雨は降り続いていた。


それでも、

白い炎は消えない。


雨を押し返しながら燃え続けている。


「……まだ来る」


マリスの声が響く。


私は前へ出た。


闇。


教典に記された、

古き悪そのもの。


「ならば、聖杭槍杖としての本懐は今ここで」


槍を構える。


黒い影が、

白火を避けるように森を回る。


だが。


逃がさない。


「穿てッ」


白火が走る。


――ゴォォォォッ!!


雨を裂き。


木々を照らし。


黒い霧を飲み込む。


影が崩れる。


白火に焼かれ、

霧となって散っていく。


「次!」


マリスの水流が横を走る。


白火の届かなかった影を押し流し、

進路を塞ぐ。


連携は取れていた。


この程度なら、

まだ押し返せる。


その時だった。


一定の間隔で。


―――ドンッ。


―――ドンッ。


何かが、

結界へぶつかっている。


森の向こう。


淡い緑の光が、

雨の中で何度も揺れていた。


「結界か……何だ?」


目を凝らす。


あれほどの衝撃を、

何が与えている。


次の瞬間。


マリスが森の奥を見た。


「セレス!」


その声で、

私も振り向く。


黒だった。


巨大な黒い塊。


木々を押し退けながら、

一直線にこちらへ向かってくる。


「……ッ!」


大きい。


今までの影とは違う。


群れそのものが、

一つの生き物になったようだった。


さらに。


反対側。


「まだ……!」


もう一つ。


別の巨大な黒が、

結界の外周を滑るように走ってくる。


二つ。


互いへ引き寄せられるように、

距離を縮めていた。


「あれは……」


近付いてくる。


本能で分かった。


あれを一つにしてはいけない。


「マリス!」


「……分かった!」


槍を握る手へ力を込め、

白火を強める。


マリスも前へ出た。


「……あれを止める!」


白い火が、

マリスの身体を走る。


同時に。


薄い水膜が、

全身を覆った。


焼け落ちる前に、

熱を逃がすための水。


白火を維持するための水だった。


「……行く」


白銀の槍が持ち上がる。


白火が、

雨を押し返しながら燃え上がった。


「気に食わないが、今は合わせるぞ!」


槍を構える。


白火が二つ。


雨の森を照らす。


巨大な黒い塊へ向けて、

同時に踏み込んだ。


一直線。


「ハァ!!」


「ッ!!」


私とマリスが、

同時に槍を突き出す。


――ゴォォォォォッ!!


二本の白火が、

左右から巨大な黒へ食らい付く。


雨が一瞬で消えた。


森が白く染まる。


黒い塊が大きく揺れる。


―――ギィィィィィィィィッ!!


鉄が裂けるような悲鳴が響く。


そこへ。


「どけぇぇぇぇぇッ!!」


森の奥から、

赤い咆哮が響いた。


火竜。


一直線。


白火の間を突き抜けるように、

巨大な赤い身体が飛び込んでくる。


――ゴォォォォォォォッ!!


赤い顎が開く。


そのまま、

巨大な黒へ噛み付いた。


白火が焼き。


赤火が喰う。


黒い塊が、

三方向から引き裂かれる。


「先にこっちを食ったらどう出る!!」


「エア!そのまま逃がすな!!」


黒は暴れる。


無数の影が、

火竜へ。


私達へ。


マリスへ。


一斉に伸びた。


「散らすな!」


マリスが低く呟く。


「私が支える!…」


白銀の槍が振るわれる。


白火が円を描いた。


結界に弾かれながら迫っていた影は、

合流しようとした塊へ触れる前に、

マリスの火に焼かれ削れ落ちる。


私は踏み込んだ。


「穿て!!」


槍を突く。


白火が、

巨大な黒を貫いた。


同時だった。


「燃え尽きろォッ!!」


エアの赤火が、

開いた穴から黒の内側へ流れ込む。


火竜がさらに深く食い込む。


黒い塊が、

今までで一番大きく膨らんだ。


――ドォォォォォンッ!!


赤。


白。


白。


三つの火が、

巨大な黒の中心で爆ぜた。


森が揺れる。


熱風が吹き抜け、

雨が一瞬消える。


「……ッ!」


黒い塊が悲鳴を上げた。


――ギィィィィィィィィッ!!!


耳を裂く絶叫。


巨大だった黒が、

内側から崩れていく。


紙が燃えるように、

形を失っていく。


「喰らい尽くせ!!」


エアが叫ぶ。


火竜がさらに噛み砕く。


私も白火を流し込む。


マリスも止めない。


白火が、

最後まで影を焼き続ける。


そして。


巨大な黒は――

音もなく崩れた。


黒い灰すら残さず、

雨の中へ溶けるように消えていく。


「……終わっ――」


そう思った。


だが。


「ッ!」


エアだけが動いた。


「まだだ!!」


叫ぶより早い。


火竜が森の奥を向く。


その視線の先。


一塊の影。


先ほどよりは小さいが、

焼け残った黒い影が森の奥へ走っていた。


さっきまで結界へぶつかっていた、

あの影の残りだった。


「逃がすかッ!!」


エアが地面を蹴る。


火竜も咆哮を上げ、

赤い炎を引きながら森へ飛び込む。


思わず叫ぶ。


「待て、エア!」


だが返事はない。


赤い火だけが、

木々の間を駆け抜けていく。


その時だった。


「……追って」


マリスだ。


肩で息をしながら、

槍を握っている。


白火はまだ消えていない。


「ここは……私が守る」


周囲を見る。


まだ小さな影は残っている。


結界の外。


避難民。


負傷者。


火の輪。


確かに。


誰かが残らなければならない。


「でも……」


「エア一人じゃ……危険」


短く言う。


「あなたが必要…」


私は森の奥を見る。


赤い火は、

もう遠くなっていた。


「ここは……私で足りる」


少し息を整える。


「押されたら、内側へ下がる…。

 だから……行って」


「分かった」


槍を握り直す。


「……うん」


短い返事。


私は踵を返した。


雨の森へ飛び込む。


エアが残した赤い炎だけを目印に、

その後を追った。


ーーーーー


俺は森を駆ける。


赤い火が木々を照らす。


逃げる影は、

もうすぐそこだった。


「終わりだ」


槍を握る。


火竜が低く唸る。


その瞬間だった。


森が――静かになった。


「……?」


雨音だけが残る。


逃げていた影も、

ぴたりと止まった。


振り返る。


俺を見る。


……不気味に笑った気がした。


まるで、

何かを待っているように。


「……何だ?」


次の瞬間。


――ドン。


地面が鳴った。


低く。


重い。


もう一度。


――ドン。


木々の葉から、

雨粒が一斉に落ちる。


火竜が牙を剥いた。


唸る。


影じゃない。


もっと大きな何かへ。


森の奥。


太い木が一本、

音を立てて倒れた。


続いて、

もう一本。


何かが、

真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


「……」


逃げていた影が、

その足元へ集まっていく。


黒が絡み付く。


飲み込む。


俺は槍を構えた。


「……まさか」


小さく笑う。


「俺をここまでおびき出した?」


森の奥から。


巨大な角が姿を現した。


「……嘘だろ」


巨体。


あの禍々しさ。


忘れるはずがない。


「ッ……」


握った槍が軋む。


胸の奥で、

熱より先に怒りが込み上げる。


「……ふざけるな」

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