表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/228

第219話:影、再び


屋敷を後にする。


振り返る者はいない。


……いや。


一人だけいた。


「……」


ミリカだった。


少しだけ歩みを止め、

もう一度だけ家を見る。


俺もつられて振り返る。


屋敷の前。


まだ家族が立っていた。


母であるミレイア。


長男・ラグド。


次男・ルダル。


長女・リゼア。


三女・リエナ。


三男・ルドラ。


そして、

母に抱かれた四男であり末っ子・ラギル。


全員がこちらを見送っている。


「……行くにゃ」


ミリカが小さく呟く。


もう迷いはない。


前を向く。


その横顔は、

さっきまでより少しだけ大人に見えた。


俺達は歩き出す。


次の目的地へ向かうには、

中央広場を経由する必要があった。


その道中。


「あっ、ちょっと待った!」


露店を片付けていた獣人が、

こちらへ駆け寄ってきた。


「あんたら、神木を助けてくれたんだろ!」


木籠いっぱいの果物を差し出す。


「これ持ってってくれ!」


「いや、そんなに――」


「遠慮するな!」


すると。


「だったら、うちの干し肉」「保存の利く木の実があるぞ!」

「あっ、水筒新しくしてやる!」


次々と人が集まってくる。


「ありがとう!」「助かった!」

「また来てくれよ!」


気付けば、

旅立つ前より荷物が増えていた。


ユーリスが、

抱えた包みを見ながら笑う。


「皆さん……ありがとうございます」


ミリカが胸を張る。


「神木は大事にゃ!、

 獣人は恩を忘れないにゃ!」


そのまま歩き、

やがて神木の前にある中央広場へ出た。


族長会議が開かれた建物。


その向こう。


神木。


空を覆うほど巨大な枝葉が、

静かに揺れていた。


俺は足を止める。


見上げる。


あれは幻じゃない。


確かに会った。


リヒト。


ラァ。


二人の子供達。


あれが本人だったのか。


それとも、

神木が残していた記憶だったのか。


…それでも。


「会えてよかった」


胸の奥に残っていたものが、

ほんの少しだけ軽くなっている。


「また来る」


誰に聞かせるでもなく呟いた。


少しだけ、

前へ進めた気がした。


「行こう」


その時。


「もう出るのか」


後ろから声がした。


最長老だった。


その隣には、

狼族の族長も立っている。


「贈り物に埋もれないよう、気を付けろ」


狼族の族長が、

さっき貰った食料の山を見て笑った。


「ああ」


その時だった。


―――サァ……。


冷たい風が吹いた。


「……?」


空を見上げる。


湿った匂いが鼻を抜ける。


水の匂いだ。


「雨か?」


さっきまで青かった空へ、

黒い雲がゆっくりと流れ込んでいた。


一つ。


また一つ。


誰かが呟く。


「変な雲だな……?」


その通りだった。


雲は、

神木の周囲へ集まるように押し寄せてくる。


まるで何かが、

太陽を隠そうとしているみたいに。


神木の枝葉がざわめく。


広場から、

少しずつ光が失われていく。


「暗いな……」


―――ゴロ……ゴロゴロ……。


遠くで雷が鳴った。


その瞬間。


―――ゴォーン!ゴォーン!!ゴォーン!!


鐘の音が、

広場中へ響き渡った。


全員が止まる。


「警鐘?」「なんだなんだ?」

「どっちだ?」


狼族の族長の顔つきが変わる。


続いて。


「族長ォォォ!!」


見張りの獣人が、

息を切らして広場へ飛び込んできた。


「報告します!」


血相を変えて叫ぶ。


「結界外縁部に、正体不明の敵を確認!!

 見張りが交戦中!

 増援も加わりましたが……ですが……!」


そこで言葉が詰まる。


顔から血の気が引いていた。


「何だ?」


狼族の族長が低く問う。


見張りは息を飲み込む。


「……見たことのない魔物です!!」


広場がざわつく。


「どんな奴だ?特徴は?」


見張りは荒い息のまま答える。


「攻撃が……効きません!

 まるで黒い霧です!」


黒い霧…。

走ってきた獣族はそう言った。


「剣も!槍も!まるで役に立ちません!」


俺はルクナスを見る。


向こうも、

同時にこちらを見ていた。


まさか。


「当たっているはずなのに……

 すり抜けるんです!」


広場のざわめきが消える。


「それだけじゃありません!」


見張りは震える声で続けた。


「奴らに触れられた者が……

 次々と倒れています!」


「倒れた?」


「傷はありません…」


激しく首を横へ振る。


「ですが急激に衰弱し、

 その場から動けなくなって……」


唇が震えていた。


「まるで、

 生気だけを奪われたように……」


狼族の族長の顔が険しくなる。


「周辺の民達は、

 既に結界内へ避難を始めています!

 少なくとも、結界内には入ってこられない模様です!」


最長老が、

杖を強く握る。


「……他の方面は」


低く問う。


「確認中です!」


見張りが答えた。


その時だった。


「族長!!」


今度は反対側から、

別の獣人が広場へ駆け込んでくる。


「熊族より伝令!!」


肩で息をしながら叫ぶ。


「熊族領外縁部でも同じ魔物を確認!!

 現在交戦中!!」


広場がどよめいた。


「熊族の族長が指揮を取り、

 避難を進めていますが、

 触れられた者から次々と倒れています!!」


狼族の族長も表情を硬くする。


「獣人領を……囲んでいる?」

「魔物……?」「戦争か?」


誰かが呟いた。


広場から、

一瞬で音が消えた。


「……」


ルクナスの顔から、

いつもの余裕は消えていた。


「ルクナス」


小さく呼ぶ。


「ああ…」


短く答える。


「黒い霧…」


ぽつりと呟く。


「攻撃が効かず…」


さらに続ける。


「触れた者から生命を削る……」


その目が細くなる。


「……まさか」


胸の奥が冷えた。


「あれが……」


俺も小さく呟く。


「影」


狼族の族長が、

鋭い目でこちらを見る。


「エア」


低い声だった。


「知っているのか?」


広場中の視線が、

一斉に俺達へ集まる。


俺は頷く。


「おそらく……」


短く答える。


「まだ断言は出来ない」


ルクナスも続けた。


「でも、特徴は一致している」


広場が張り詰める。


狼族の族長が一歩前へ出る。


「弱点は」


迷いなく聞く。


「倒せるのか」


俺は即座に答えた。


「火だ」


全員が息を呑む。


「火?」


「火を絶やすな!」


声が自然と強くなる。


「焚き火でもいい!」


さらに言う。


「全員に松明を持たせろ!

 火を使え!」


広場の空気が一気に変わる。


「あいつらは火を嫌う!」


狼族の族長が問い返す。


「確かなのか」


「ああ!」


迷いはない。


「あいつらは火の中へ入れない!」


脳裏へ、

あの夜が蘇る。


焚き火。


火の輪。


その外側を、

苛立つように巡っていた黒い影。


「あいつらは闇の中では襲ってくる」


拳を握る。


「だが、

 火がある場所には近付けない」


ルクナスも頷いた。


最長老が、

杖を強く床へ打ち付ける。


「すぐに伝令を飛ばせ」


狼族の族長も叫ぶ。


「全戦士に通達!!


 松明を持て!!

 火を絶やすな!!


 火を焚け!!」


「はっ!!」


見張り達が一斉に駆け出した。


「……」


俺は拳を握る。


指の隙間から、

赤い火が漏れた。


「エア……?」


ミリカの声が聞こえる。


だが、

返事が出来なかった。


黒い霧。


触れた者が倒れる。


生気を奪う。


脳裏に、

あの夜が蘇る。


火の輪。


崩れた集落。


腕の中で、

少しずつ冷えていったルゥ。


「……ふざけるな」


声が漏れた。


せっかく。


せっかく影のいない場所まで来た。


神木が守り、

リヒト達が繋いだ場所。


ここには、

もう影が届かないはずだった。


それを――。


「エア」


ユーリスが一歩近付く。


俺は歩き出した。


「来るな」


低く言う。


槍を強く握る。


「危険だ」


「行きます」


ユーリスは即答した。


「危険なら尚更です」


「来るなッ!!」


声が、

広場へ響いた。


自分でも分かるほど荒い声だった。


「お前達が触れられたら終わる……」


拳の火が強くなる。


「ただの魔物とは違う……」


喉の奥で、

言葉が詰まる。


ルゥの冷たい身体が、

腕の中に重なる。


「……失うのは、ごめんだ」


それ以上は言えなかった。


ユーリスは怯まない。


目元を濡らしながら、

それでも一歩前へ出た。


「だからです」


静かな声だった。


「エアがまた一人で抱えて、

 誰かを失った時みたいな顔をするなら」


拳を握る。


「私は行きます」


セレスも前へ出た。


「今、火を使えるのは貴様だけではない」


聖杭槍杖を握る。


「お前一人に背負わせる理由はない」


ルクナスから切り替わったマリスも、

静かに頷く。


「……私も行く」


ミリカも隣へ並んだ。


「ついて来るなって言っても無駄にゃ」


真っ直ぐ俺を見る。


「それに、

 あたしも母ちゃんと約束したから平気にゃ」


少しだけ胸を張る。


「ちゃんと帰るって」


風が吹く。


空は、

さらに暗くなっていた。


俺の手の火だけが、

赤く揺れている。


「……」


目を閉じる。


一瞬だけ。


ルゥの顔が浮かんだ。


守れなかった。


「……」


ゆっくり息を吐く。


拳を開く。


漏れていた火が、

静かに収まった。


目を開く。


皆を見る。


ユーリス。


セレス。


マリス。


ミリカ。


「……分かった」


小さく言う。


全員が黙って聞いている。


俺は周囲を見渡した。


「だが、狼族側には――」


狼族の族長を見る。


「俺が一人で行く」


続けて振り返る。


「熊族側は、

 セレスとマリス」


二人が応じる。


「ミリカ」


「ん?」


「お前はユーリスと一緒に猫族側へ行け。

 土地勘もあるだろ」


「でも、

 結局エア一人にゃ……?」


「俺にはこいつがある」


燃える槍を前へ出す。


赤い炎が、

穂先から柄へ這う。


「避難誘導と、

 火の確保を優先しろ」


広場にいる獣人達へ目を向ける。


「獣人の魔術師は、

 ほとんど土属性なんだろ?」


最長老が答える。


「その通りじゃ」


「なら、

 それぞれ火を切らさないようにしてやれ」


ミリカを見る。


「避難している獣人達をまとめろ」


「任せるにゃ!」


胸を叩く。


「ユーリス。

 お前はミリカと回って、

 足りない所へ火を配れ」


「はい!」


「焚き火でも松明でも何でもいい」


短く言う。


「火を絶やすな」


「分かりました!」


今度は、

マリスとセレスを見る。


「お前達なら、

 特に言わなくても平気だな」


セレスは、

ほんの少しだけ口元を動かした。


「まさか、

 私が獣人を守る日が来るとはな」


マリスも槍を握る。


「任せて」


俺は頷いた。


「お前達に、

 信じて任せる」


短く言う。


「だから、死ぬな」


誰も軽く返事をしなかった。


それぞれが、

一度だけ俺を見た。


俺は槍を担ぐ。


赤い火が、

槍身を包む。


「行くぞ」


言葉は要らなかった。


次の瞬間。


俺達はそれぞれの方向へ、

一斉に駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ