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第218話:盟友と旅立ち


最長老が杖を鳴らした。


「まあ待て」


静かな声だった。


「旅に出るのはもう止めはしないが、エアの扱いを決める」


族長達が頷く。


「外でする話ではあるまい。

 広間へ」


最長老の提案で、

俺達は再び族長会議の広間へ戻った。


旅立つ前に、

決めなければならないことがある。


俺達のこと。


そして、

これから獣人がどう関わるか。


広間へ集まった族長達へ向け、

ルクナスは改めて自らの正体を明かした。


マリスの身体を借りている理由。


アンカー。


世界の外側。


俺が何者なのか。


これから向かう旅の目的。


そして、

神木の結界が何に侵されていたのか。


先ほど神木の下で起きた出来事も含め、

全てを包み隠さず話した。


誰一人として口を挟まない。


族長達は、

最後まで黙って聞き続けた。


長い話が終わる。


広間には、

重い空気だけが残った。


誰一人、

すぐには口を開かなかった。


熊族の族長が、

大きく頭を掻く。


「……正直な」


重く息を吐く。


「今でも半分は信じられねぇ」


誰も笑わない。


「神だの、世界の外だの……」


肩を揺らす。


「普通なら全部、

 馬鹿話で終わりだ」


狼族の族長が静かに口を開く。


「だが」


腕を組む。


「エアが神木へ触れた瞬間、

 あの場にいた全員が見た」


神木の方角へ目を向ける。


「神木が応えた」


少しだけ間を置く。


「神木の杭が、こいつを受け入れた」


熊族の族長も頷く。


「しかも結果まで出してる」


別の族長が続ける。


「結界は安定した」

「締め出されていた者達も帰れた」

「全部、辻褄が合う」


最長老が、

ゆっくりと目を開く。


「リヒト」


静かな声だった。


「牙王ラルドの時代より、

 さらに昔の名」


一度、瞼を伏せる。


「我らには伝わっておらぬ名じゃ」


それから神木へ目を向けた。


「いや……彼の者こそが、

 今の神木へ続く始祖なのかもしれぬ」


ゆっくりと俺を見る。


「そして神木は、

 お前を迎えた」


杖を静かに鳴らす。


コツ。


「もう十分じゃ」


広間を見渡す。


「異論のある者はおるか」


誰も動かない。


熊族の族長が腕を組んだまま笑った。


「ねぇな」


狼族の族長も頷く。


「俺もだ」


他の族長達も、

一人、また一人と首を縦に振っていく。


最長老は小さく息を吐いた。


「ならば決まりじゃ」


杖を強く鳴らす。


コツン。


「今日この時をもって――」


低い声が、

広間の隅々まで届く。


「エアは我ら獣人の客人である」


少しだけ間を置き、

首を横へ振った。


「……いや」


神木を見上げる。


「神木が迎えた者」


再び俺を見る。


「その者へ、

 我ら獣人は力を貸そう」


熊族の族長が立ち上がる。


「困った時は呼べ」


豪快に笑う。


「熊族が貸せる力なら、

 惜しまねぇ」


狼族の族長も続く。


「狼族の森は好きに使え」


腕を組む。


「俺達が道を開こう」


ミレイアも口を開いた。


「猫族も異論はない」


真っ直ぐ俺を見る。


「娘も世話になる」


ほんの少しだけ口元を緩めた。


「よろしく頼む」


他の族長達も、

一人、また一人と同意を示す。


最長老が静かに締めくくる。


「今日この時より」


杖を強く鳴らす。


「我ら獣人は、

 エア達の味方となろう」


その声には、

先ほどまでの迷いがなかった。


「神木を守った恩に、

 必ず報いよう」


少しだけ笑う。


「そして――」


真っ直ぐ俺を見る。


「この世界を守るためにもな」


一瞬、

広間から音が消えた。


そして。


ドンッ!!


熊族の族長が、

拳で机を叩いた。


「異議なしだ」


続けて。


ドンッ!!


狼族の族長が拳を落とす。


「異議なし」


さらに。


ドンッ。

ドンッ。

ドンッ。


族長達が、

次々と机へ拳を落としていく。


言葉は少ない。


だが、

その響きだけで十分だった。


獣人にとって、

それが承認なのだろう。


最後に。


最長老が杖を鳴らす。


コツン。


「決まりじゃ」


静かな声が、

広間へ響く。


「今日この時より、

 獣人領はエア達を盟友として迎える」


ーーーーー


ミリカの旅支度のため屋敷へ戻ると、

家の中は慌ただしくなった。


ミリカは部屋へ飛び込み、

旅袋へ荷物を詰め始める。


「これもいるにゃ!」


「それは置いていけ。

 そんな物はいらん」


「えぇっ!?」


母であるミレイアが、

呆れたように息を吐く。


「荷物は最低限にしろ」


「分かったにゃ……」


ぶつぶつ言いながら、

ミリカは荷物を入れ替えていく。


その様子を、

兄弟達が部屋の入口から眺めていた。


「ミリカ姉ぇ……」


小さく声を漏らしたのは、

六男であり末っ子のラギルだった。


服の裾をぎゅっと握る。


「また行っちゃうの……?」


部屋の空気が止まる。


ミリカも手を止めた。


「ラギル……」


「やだ……」


ラギルの目に涙が溜まる。


「また帰ってこないの……?」


ぽろり。


涙が零れた。


ミリカは荷物を置く。


ゆっくりしゃがみ込み、

ラギルをそっと抱き寄せた。


「泣くなにゃ」


背中を優しく撫でる。


「ちゃんと帰ってくる」


照れくさそうに笑う。


「約束するにゃ」


小指を差し出す。


ラギルは涙を拭きながら、

小さな指を絡めた。


「……約束」


その光景を見ていた四女のリエナが、

唇を噛んだ。


「……ずるい」


ぽろり。


頬を涙が伝う。


「私も……」


我慢できなかったのか、

そのままミリカへ飛び付いた。


「ミリカ姉ぇ……!」


続いて。


「俺も」


五男のルドラも、

顔を背けながら近寄る。


「……またいなくなるの嫌だ」


そのまま抱き付いた。


気付けば三人とも、

ミリカへしがみついていた。


「帰ってきて……」


「約束だからね……」


「絶対だから!」


ミリカは困ったように笑う。


その目尻が、

僅かに濡れていた。


「お、おいおい」


三人の頭を、

順番に優しく撫でる。


「…ちゃんと帰るにゃ」


四女のリエナを見る。


「リエナ」


頭をぽんと叩く。


「母上の言うことをちゃんと聞くにゃ」


「……うん」


今度は五男のルドラ。


「ルドラ」


目を合わせる。


「リエナとラギルを頼んだにゃ」


ルドラは涙を拭きながら、

胸を叩いた。


「任せろ!」


最後に末っ子のラギル。


もう一度、

小さな頭を撫でる。


「帰ったらいっぱい遊ぶにゃ」


「ほんと?」


「ほんとにゃ。

 冒険話も聞かせてやるにゃ」


ラギルは、

ようやく笑った。


その様子を見ていた長女のリゼアが、

柔らかく微笑む。


「本当に」


少しだけ目を細める。


「慕われてるわね」


長男のラグドは腕を組み、

静かに笑った。


「昔はお前が一番泣き虫だったのにな」


「兄ィ、それ今言うにゃ!?」


次男のルダルも続ける。


「学院へ向かう日も、

 玄関で一番泣いていたのはミリカだった」


「にゃっ!?」


「『行きたくないにゃ!』って、

 母上にしがみついてな」


「言うなにゃああ!!」


部屋に笑いが広がる。


涙は、

まだ残っていた。


それでも。


さっきまでとは違う。


泣きながらでも送り出そうとする家族の声が、

部屋いっぱいに満ちていた。


やがて、

全員で玄関まで見送りに出る。


荷物を背負ったミリカが、

振り返って笑った。


「行ってくるにゃ!」


ミレイアは静かに頷く。


「ああ」


短く答える。


「生きて帰れ」


「もちろんにゃ!」


その時だった。


とことこ、と。


末っ子のラギルが、

ミレイアの服をちょんちょんと引っ張る。


「母上」


「どうした」


「抱っこ」


ミレイアは何も言わず、

ラギルを抱き上げた。


ラギルは安心したように、

母の首へ腕を回す。


そして。


小さな手で、

ミレイアの頭を優しく撫で始めた。


「……?」


ミリカが首を傾げる。


「ラギル?」


ラギルは無邪気に答える。


「大丈夫」


にこっと笑う。


「ミリカ姉ぇが学院へ行った時も、

 母上いっぱい泣いてたから」


玄関先が静まり返った。


「……」


ミレイアの動きが止まる。


ラギルは気付かない。


頭をなでなでし続ける。


「ラギル」


静かな声だった。


「ん?」


「……それは言わなくていい」


「え?」


ラギルはきょとんとする。


「だって母上、

 ずっと泣いて――」


「ラギル」


少しだけ強く名前を呼ぶ。


ようやくラギルは口を押さえた。


「あっ……」


長女のリゼアが、

くすっと笑う。


「バレちゃったわね?」


長男のラグドも苦笑する。


「母上があんなに泣いたのは、

 あの時くらいだったな」


次男のルダルも続く。


「俺達も驚いた」


ミレイアは小さく息を吐く。


「まったく……

 子供というものは」


ラギルの頭を軽く撫でる。


「余計なことまで覚えている」


ミリカは少しだけ黙った。


それから笑って、

ミレイアへ歩み寄る。


「……母ちゃん」


ミレイアは娘を見る。


「大丈夫」


ミリカは照れくさそうに笑う。


「また、帰ってくる」


「……そうか」


ミレイアは静かに頷く。


「なら笑って帰ってこい」


「うん!」


ミリカは力強く頷いた。


それから一歩下がり、

家族全員を見渡す。


「行ってくるにゃ!」


満面の笑みだった。


リゼアが優しく手を振る。


「行ってらっしゃい」


ラグドが腕を組んだまま頷く。


「無茶だけはするな」


ルダルも静かに笑う。


「土産話を楽しみにしている」


リエナは両手を大きく振る。


「ミリカ姉ぇー!」


ルドラも負けじと叫ぶ。


「ちゃんと帰ってこいよー!」


末っ子のラギルは、

ミレイアに抱かれたまま小さな手を振った。


「待ってる……!」


ミリカも何度も手を振り返す。


「任せるにゃー!」


ーーーーー


くるりと踵を返す。


玄関を飛び出し、

一直線に駆けていく。


外では、

エア達が待っていた。


エア。


ユーリス。


マリス。


セレス。


そして、

マリスの中にいるルクナス。


みんなが私を見る。


大きく息を吸った。


寂しくない。


――嘘だ。


寂しい。


振り返れば、

今すぐ家へ戻りたくなるくらい。


でも。


それ以上に、

胸の奥が熱かった。


家族が見送ってくれた。


母上が送り出してくれた。


だから。


絶対に帰る。


今度は自分の足で旅をして。


ちゃんと、

ここへ帰ってくる。


「待たせたにゃ!」


私は笑って、

エアの隣へ並んだ。


「行くにゃ、エア!」


エアは短く頷く。


「ああ」


もう一度だけ振り返る。


屋敷の前では、

まだ家族が手を振っていた。

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