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第213話:語るべき言葉


木を叩く音で目が覚めた。


―――コンコン、トントントン。


窓を開ける。


朝日が差し込んだ。


昨日壊れた二階の窓。


ルドルが梯子に乗り、

黙々と修理している。


「朝から大変だな」


「原因を作った奴が逃げたからな」


ルドルは釘を打ちながら答え、

少し呆れたように笑った。


「朝から姿を消した。

 母上に見つかれば説教だからな」


「……すまんな」


「なんであんたが謝るんだ?」


―――トン、テン、カン。


木槌の音だけが、

朝の屋敷に響く。


その時。


「あら?エア」


柔らかな声がした。


振り返る。


廊下の向こうから、

リゼアがこちらへ歩いてくる。


穏やかな笑みは、

昨日と変わらない。


「おはようございます」


「おはよう」


軽く返す。


リゼアはルドルの方を見て、

少しだけ笑った。


「ルドル、朝からありがとう」


「これくらい」


ルドルは肩を竦め、

また木槌を振り始める。


リゼアは改めて俺を見た。


「エア、お母様がお呼びです」


少し申し訳なさそうな顔だった。


「案内しますね」


そう言って、

ゆっくり歩き出す。


俺はその後を追った。


部屋を出る。


木の廊下を歩く。


昨日とは違い、

屋敷は随分と静かだった。


昨夜の騒ぎが、

嘘だったように。


応接室へ入ると、

ミレイアが待っていた。


「昨日、私に話したこと」


開口一番、

静かに言う。


「族長達にも隠さず話せ。

 お前自身の口でな」


俺は頷いた。


「……分かった」


ーーーーー


再び、

巨大樹の広間へ入る。


昨日と同じ場所。


族長達が、

それぞれの席で待っていた。


俺は昨日ミレイアへ話したことを、

そのまま話した。


ルゥのこと。


俺が何者なのか。


何を探し。


何のために旅をしているのか。


話し終えても、

すぐに声は上がらなかった。


広い空間に、

木々の軋む音だけが僅かに響いている。


最初に熊族の族長が頭を掻いた。


「……また、とんでもねぇ話が出てきやがった」


狼族の長も、

困ったように口元を歪める。


「今度は神話の神か」


誰かが小さく息を漏らした。


最長老は杖へ手を添える。


「さて」


低く、

落ち着いた声だった。


「改めて決めねばならぬ」


広間を見渡す。


「この者をどう扱うか」


その一言で、

族長達の空気が変わった。


互いの顔を見ながら、

何人かが口を開こうとする。


「悪いが、その前に」


俺は声を上げた。


「まだ聞いてほしいことがある」


最長老がこちらを見る。


「何だ?」


「ルクナス」


呼ぶ。


マリスが静かに前へ出た。


その瞳が閉じる。


ほんの一瞬。


次に目を開いた時には、

立ち方も表情も少し変わっていた。


「……では、僕から補足しようか」


声まで違う。


広間がざわつく。


「おいおい、今度は何だ?」


熊族の族長が低く唸った。


マリスの姿をしたルクナスは、

困ったように笑う。


「僕はルクナス」


短く名乗る。


「この世界の外側から、

 長くこの世界を見ていた者だ」


空気がさらに揺れた。


狼族の長が、

探るようにルクナスを見る。


「また信じ難い話が増えたな」


「そうだね」


ルクナスは軽く肩を竦めた。


「でも、今必要なのは僕の正体じゃない」


声から笑いが消える。


「アンカーだ」


その言葉に、

俺も顔を上げる。


「神杭とも呼ばれているもの」


ルクナスは族長達を見渡した。


「それは本来、

 世界を安定させるための柱だった」


少し間を置く。


「君達にも、

 大体そんなものとして伝わっているだろ?」


誰かが小さく頷く。


「けれど今は」


ルクナスの金色の瞳が、

僅かに細くなった。


「外側から、

 この世界へ干渉する穴になりつつある」


族長達の顔から、

さっきまでの困惑が消えていく。


「穴?」


熊族の族長が唸る。


「穴っつうことは、

 何かが入ってくるのか?」


ルクナスの笑みが消えた。


「君達が闇と呼ぶもの」


広間のざわめきが止まった。


「このまま放置すれば、

 戦争を止めても意味がない」


淡々とした声。


だからこそ、

余計に重く聞こえた。


「いずれ、

 この世界そのものが食われる」


誰もすぐには言葉を返さない。


最長老が杖を握り直した。


「……それは、

 獣人領域にも及ぶのか」


「当然」


即答だった。


「森も。

 神木も。

 種族も関係ない」


ルクナスは静かに続ける。


「世界そのものの問題だからね」


広間の空気が、

一段重くなる。


俺は一歩前へ出た。


「俺はアンカーを封じる」


全員の視線が集まる。


「戦争を止めるためだけじゃない」


一度、

息を吸う。


「この世界を守るためだ」


そして族長達を見る。


「だから」


短く言った。


「力を貸してほしい」


返事はない。


熊族の族長が、

低く喉を鳴らす。


「……世界を守る、か」


狼族の長も腕を組んだ。


「どんどん話が大きくなっていくな」


「だが」


最長老が口を開く。


「真実ならば、

 無視できる話でもない」


杖の先が床へ触れる。


――コツ。


小さな音が広がった。


「まずは聞こう」


最長老は俺を見る。


「我らに何を求める」


今度はルクナスが一歩前へ出た。


「まず一つ」


さっきまでより、

少し低い声だった。


「僕達の存在を秘匿してほしい」


熊族の族長が顔をしかめる。


「闇から隠れるためか?」


ルクナスは首を振った。


「実は、君達の敵はそれだけじゃないんだ」


少し間が空く。


「僕と同じ側の者達」


狼族の長が目を細めた。


「……仲間ではないのか?」


「昔はね」


ルクナスは苦く笑う。


「でも今は違う」


広間をゆっくり見渡す。


「彼らは、この世界を救おうとは思っていない」


誰も口を挟まない。


「十分に育った世界を、

 自分達の器として使う」


熊族の族長の目つきが変わった。


「つまり……」


「乗っ取るのさ」


ルクナスは短く答えた。


「君達も。

 国も。

 世界も」


声だけが落ちていく。


「全部、

 そのための器になる」


最長老の手が、

杖を強く握ったのが見えた。


「……それが真なら」


低い声。


「我らも他人事ではないな」


ルクナスが頷く。


「そして」


ゆっくり俺を見る。


「彼らはエアを狙っている」


次に視線が、

俺の槍へ落ちた。


「その槍も」


広間の空気が、

さらに重く沈む。


「だからお願いしたい」


ルクナスは族長達を見渡した。


「僕達へ力を貸してほしい」


少し間。


「アンカーを封じるまで。

 彼らから、

 エア達を守ってほしい」


しばらく誰も答えなかった。


やがて。


「待て」


ミレイアが静かに口を開く。


広間中の視線が向いた。


「一つ分からん」


ルクナスを見る。


「何故、エアが狙われる」


落ち着いた声だった。


「槍なら分かる。

 神器は強力だ」


一度、

俺を見る。


「だが、

 エア本人を狙う理由は何だ」


ルクナスは少しだけ笑った。


「そこまで話すと長くなる」


肩を竦める。


「今は結論だけで十分かな」


そして、

俺を見る。


「エアは文字通り、

 君達の始まりなんだ」


広間が静まり返った。


「始まり……?」


熊族の族長が、

低く繰り返す。


ルクナスは頷く。


「種族の始まりという意味だけじゃない」


俺を見たまま続ける。


「君達が魔術と呼んでいる力」


少し間。


「その源流は、

 全部エアから始まっている」


誰も口を挟まない。


「本来、

 あの力は魔術じゃない」


ルクナスの声が、

さらに落ちる。


「世界そのものへ干渉する力だ」


最長老の目が僅かに細くなる。


「干渉……」


「そう」


ルクナスは頷いた。


「闇に対抗できる唯一の力」


そこで一度、

言葉を切る。


「そして、それだけじゃない」


族長達を見渡した。


「世界そのものを、

 書き換えられる可能性を持つ力でもある」


何人かが息を呑んだ。


俺自身も、

改めて聞くと面倒な話だと思う。


「だから彼らは恐れている」


ルクナスは続ける。


「その中でもエアは特別だ」


俺を見る。


「成長すれば、

 自分達の計画が崩れるどころか」


少しだけ声を落とした。


「自分達にまで、

 危害が及ぶ可能性がある」


広間に、

木々の軋む音が聞こえる。


「だから消したい」


俺を見る。


「あるいは」


今度は槍へ視線を落とす。


「奪いたい」


誰も口を開かなかった。


「エアは彼らにとって」


ルクナスが静かに言う。


「闇以上に危険な存在なんだ」


熊族の族長が、

大きな手で頭を掻いた。


「……信じられねぇぜ」


低く息を吐く。


「だが……ここまで話を盛る意味も分からねぇ」


狼族の長も腕を組んだまま動かない。


「神木が迎えた男」


僅かに目を細める。


「しかも、

 神木の実まで反応した」


台座へ視線を移す。


「偶然で片付けるには、

 出来すぎている」


別の族長が、

低く口を挟んだ。


「だが証拠はない」


続いて、

別の声。


「全て口頭だ」


その時だった。


ルクナスが、

小さく口を開いた。


「証拠なら」


広間の視線が集まる。


「一つ、

 気になっていることがある」


最長老が顔を上げる。


「君達の結界」


その一言で。


最長老だけではない。


何人かの族長の顔が、

明らかに変わった。


ルクナスはそれを見逃さなかった。


「最近、

 不安定じゃないかな?」


ざわめきが起こる。


熊族の族長が、

勢いよく顔を上げた。


「……それが何だって言うんだ?」


ルクナスは肩を竦める。


「ここへ来る途中、

 この辺りを少し見させてもらった」


声は軽い。


だが、

表情は真面目だった。


「この一帯だけ、

 僕達の干渉をほとんど受けていない」


誰も口を挟まない。


「世界中探しても、

 かなり珍しい場所だ」


狼族の長が静かに言った。


「……結界が揺らいでいる原因を知っているのか?」


ルクナスは、

すぐには答えなかった。


少し考える。


「正確には分からない」


その一言で、

空気が僅かに緩む。


だが。


「ただ」


ルクナスは、

巨大樹のある方角へ顔を向けた。


「アンカーの影響で、

 世界は軋み始めている」


少しだけ眉が寄る。


「それなのに」


言葉を選ぶように続ける。


「この領域だけは、

 今も外側からほとんど干渉されていない」


静かな声だった。


「僕にも分からない何かが、

 この土地にはある」


最長老が、

ゆっくり目を閉じた。


「……なるほど」


杖へ両手を重ねる。


「そこまでは分からぬか」


「分からない」


ルクナスは素直に答えた。


「だから知りたい」


少しだけ笑う。


「結界を直せるかもしれないし」


指を一本立てた。


「もしかしたら、

 アンカーを一つ一つ封じなくても」


楽しそうな顔に戻る。


「世界を守れる方法が、

 見つかるかもしれないからね」


最長老は、

しばらく何も言わなかった。


やがて。


「……ならば」


杖を支えに、

ゆっくり立ち上がる。


その瞬間。


広間の空気が変わった。


族長達が口を閉じる。


「獣人だけに伝わる話をしよう」


熊族の族長が、

驚いたように最長老を見る。


「長老、それを話すのか」


「ここまで来れば、

 隠す意味もあるまい」


最長老は静かに、

巨大樹の方角へ顔を向ける。


「神木がこの者を迎えた」


そして、

俺を見る。


「それだけで十分だ」


杖を握る手へ、

僅かに力が入る。


「これより話すことは」


静かな声だった。


「族長だけが、

 代々受け継いできた秘伝」


広間にいる全員が、

息を潜める。


「牙王ラルドの真実」


俺の中で、

昨夜聞いた歌が一瞬蘇った。


雪。


群れ。


傷だらけの背中。


そして。


最長老は、

さらに続けた。


「そして」


巨大樹へ視線を向ける。


「我らが代々守り続けてきた――」


少し間。


「神器についてだ」

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