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第209話:族長家の食卓


屋敷の中へ入る。


木の廊下を進んでいくと、

乾いた床板が足の下で小さく鳴った。


後ろからは、

子供達の足音がいくつもついてくる。


「エアこっち!」「早く!」

「こっちにゃ!」


ぱたぱたと廊下を駆け回る音。


「走るな」


ミレイアの一言で、

子供達がぴたりと止まった。


「……」


効き目が凄い。


そのまま奥へ進む。


通されたのは、

広い部屋だった。


大きな木の机。


その周囲には椅子がぐるりと並び、

十人以上が座れそうな食卓になっている。


既に料理も並び始めていた。


焼いた肉。

香草の入った汁。


何かの木の実。

色とりどりの果物。


肉の焼けた匂いと香草の香りが混ざり、

さっきから腹を刺激してくる。


「座れ」


ミレイアが短く言う。


俺が席へ腰を下ろそうとした。


その時。


玄関の方から声が聞こえた。


「戻りました」


細身の方の兄だ。


振り返る。


その後ろには三人。


「エア!」


ユーリスだった。


こちらを見るなり、

ぱっと顔を明るくする。


その隣にはマリス。


さらに一番後ろを、

セレスが静かに歩いてくる。


細身の兄が俺を見る。


「おぉ、本当にいたか」


少しだけ笑う。


「よく来たな」


「ああ、上がらせてもらっている」


俺も頷く。


「連れてきてくれたのか、ありがとう」


「構わん」


細身の兄はそう返すと、

後ろの三人へ目を向けた。


「客人は全員連れてきたぞ」


ミレイアが静かに応じる。


「ご苦労」


その瞬間だった。


「ユーリス!!」


ミリカが勢いよく駆け寄る。


「無事だったにゃ!!」


「わっ!?」


そのまま抱きつかれ、

ユーリスが慌てて身体を支える。


「ミ、ミリカ!?

 心配させました」


「よかったにゃぁ……!」


ミリカの尻尾が、

ぶんぶんと大きく揺れていた。


「手紙ありがとにゃ!」


「いえいえ、届いてよかったです」


「届いたにゃ!

 だから安心できたにゃ!」


ユーリスの顔からも力が抜け、

ほっとしたように笑う。


その横で。


「マリスも無事だったにゃ!」


「うん……」


マリスが小さく返す。


そこまでは、

和やかな再会だった。


だが。


ミリカの目が、

最後の一人へ向く。


「……うへぇ」


露骨だった。


猫耳が、

ぺたんと寝る。


「おまえも居るにゃ……」


セレスが静かにミリカを見る。


少しだけ間を置いて。


「……すまんな」


「にゃ……?」


ミリカが固まった。


その横で。


「ミリカ、客人に対して……ん?」


ミレイアも娘を叱ろうとして、

途中で言葉を止めた。


今度はセレスを見る。


ほんの僅かに、

その顔から険しさが抜ける。


「……そうか」


短く呟き。


セレスがミレイアへ向き直った。


「邪魔をする」


「……ほう?」


ミレイアの目が一瞬だけ鋭くなる。


だが、

何も言わず席を示した。


「座れ」


「感謝する」


「……」


ミリカが、

ぎぎぎ……と錆びついた歯車みたいな動きで、

ゆっくり俺の方を向く。


「……エア」


「何だ」


「今……」


耳が震えていた。


「こいつ……謝ったにゃ?

 しかも、母上にお礼まで」


「あぁ、言ったな」


「…………」


今度は、

ぎぎぎ……とセレスを見る。


セレスは、

何をそんなに驚いているのか分からない様子で首を傾げた。


「……どうした?」


「う、うそにゃ……」


ミリカが一歩下がる。


「白服が謝ったにゃ……」


本気で信じられないものを見る顔だった。


「今日は血の雨でも降るにゃ……」


「降っておらん」


セレスが淡々と返す。


「喋ったにゃ……」


「喋る」


「普通に返事したにゃ……」


「普通に返す」


ミリカが、

ふらりとさらに後ろへ下がった。


青ざめた顔で俺を見る。


「お前はセレスを何だと思ってるんだ……」


その時。


「いい加減、皆座れ」


ミレイアの声が落ちた。


全員の動きがぴたりと止まる。


「食事が冷める」


その一言で、

ようやく部屋の空気が元へ戻った。


ミリカだけは、

まだ信じられない顔のまま席へ着く。


俺も椅子へ腰を下ろした。


大きな机を囲む。


向かいにはミレイア。


右にはミリカ。


左にはユーリス。


その隣にマリス。


少し離れたところへ、

セレスが静かに腰を下ろす。


その時だった。


「そういえば」


穏やかな声がした。


長女が微笑んでいる。


「まだちゃんと紹介してなかったわね」


立ち上がり、

家族へ目を向ける。


「長男、ラグド」


大柄な兄が軽く手を挙げる。


「次男、ルダル」


細身の兄が会釈した。


「私は長女、リゼア」


柔らかく微笑む。


「次女、家のおてんば問題児、ミリカ」


「誰がにゃ!?」


「三女、リエナ」


小さな少女が元気よく手を挙げた。


「無視するにゃ〜!!」


「黙れ」


「う!?」


すかさずラグドがミリカの首根っこを掴む。


「三男、ルドラ」


「よろしく!」


「四男、ラギル」


一番小さな男の子が、

恥ずかしそうに兄弟の後ろへ隠れた。


「これで全員よ」


リゼアがこちらへ笑いかける。


「改めて、ようこそ」


俺も小さく頷いた。


「よろしく頼む、エアだ」


「こちらこそ」


リゼアはまた少し笑う。


そして。


「……本当によかった」


ぽつりと漏らした。


「?」


何のことか分からず、

リゼアを見る。


「ミリカが元気になって」


「姉ちゃん?」


ミリカが首を傾げる。


リゼアは、

少しだけ困ったように笑った。


「エアが行方不明って聞いた日から、

 この子ずっと部屋に閉じこもってたんですって」


「ね、姉ちゃん!?

 やめろにゃ!?」


「ご飯もあまり食べなくて」


「言うにゃ!」


「お母様も火線祭が終わったあと、

 しばらく学院へ残って付き添っていたのよ」


ミレイアは否定しなかった。


ただ、

静かに食卓を見ている。


「そこへ届いたのが」


リゼアはユーリスを見る。


「あなたの手紙」


ユーリスが少し照れたように笑った。


「あ……」


「その日のうちに元気になって」


リゼアは小さく肩を揺らす。


「今度は『探しに行くにゃ!』って、

 荷物をまとめ始めて飛び出したらしくって」


「ちょっ……!」


ミレイアが静かに口を開く。


「だから私が連れ帰った」


「監禁にゃ! 誘拐にゃ!」


ルダルが笑いを堪えるように口元を歪める。


「途中で何度も抜け出そうとしてな」


ラグドが腕を組む。


「首根っこを掴むのも大変だった」


「言うなにゃああ!!」


笑い声が、

大きな食卓へ広がる。


そして。


―――グゥ〜ッ。


その中で、

やけに間の抜けた音が響いた。


「……」


全員の目が、

ミリカへ向く。


「腹減ったにゃ……」


ミリカは何事もなかったように、

目の前の肉へ手を伸ばした。


「いただきますにゃ!」


「待て」


パシッ。


ミレイアの箸が、

伸びた手を軽く叩く。


「痛っ」


「全員でだ」


「お腹空いたにゃ……」


「少し待て」


ミリカの耳がしょんぼりと垂れる。


それを見て、

リエナとルドラがくすくす笑った。


「ミリカ姉ぇまた怒られてる」


「姉ちゃん子供」


「うるさいにゃ!」


「ほら、また怒られる」


「……」


ラグドが無言でミリカを見る。


それだけだった。


「……ちゃんと座るにゃ」


一瞬で背筋が伸びる。


「よろしい」


ルダルが笑う。


「兄上相手だと昔から素直なんだ」


「だって怖いにゃ……」


「聞こえてるぞ」


「にゃ……」


また笑いが起きた。


その時。


ミレイアが静かに立ち上がる。


食卓をぐるりと見回した。


すると、

騒いでいた子供達まで自然と姿勢を正す。


「では……いただく」


全員が手を合わせる。


「「いただきます」」


幾つもの声が重なった。


ようやく、

食事が始まる。


焼きたての肉。


香草の香り。


温かな汁。


久しぶりに、

大勢で囲む食卓だった。


肉は外側が香ばしく焼け、

噛めば中から脂が滲む。


汁物は、

学院で食べていたものより香草の癖が強い。


だが、

肉の濃い味にはよく合った。


木の実も、

噛むと少し甘い。


どれも学院で食べた料理とは趣が違う。


だが、

美味かった。


食事が少し進んだ頃。


「エア!」


リエナが机へ身を乗り出した。


「外ってどんな所なの?」


それを皮切りに、

幼い兄弟達まで一斉に口を開く。


「人間って怖い?」


「学院って大きいの?」


「魔物倒したことある?」


右から左から、

質問が飛んでくる。


「順番に聞きなさい」


リゼアが止める。


「一人ずつ」


「「「はーい」」」


子供達が揃って返事をした。


「まず私!」


リエナが元気よく手を挙げる。


「エアって強いの?」


俺は少し考えた。


「……普通だ」


「嘘だにゃ!」


横から、

肉を頬張ったミリカが割り込んできた。


「強いにゃ!

 兄ぃ達より力持ちにゃ!」


ラグドの手が止まる。


肉を口へ運ぶ寸前だった。


「……ほう」


ゆっくりこちらを見る。


「兄上よりもか?」


「強いにゃ!」


ルダルまで俺を見始める。


「ミリカ、お前がそこまで言うとは珍しいな」


ミリカはぶんぶん頷く。


「学院でも狼族のオルドと殴り合って勝ったにゃ!」


「……狼族?」


ラグドの眉が僅かに動く。


「あいつも兄ぃくらいデカいにゃ!

 でもエアが勝ったにゃ!」


ルダルが尋ねる。


「その狼族は、どの程度の腕だ?」


「ルダはザハク覚えてるにゃ?

 あれと一緒にいたもう片方にゃ」


「あれか……。

 見どころのある若い狼族だ」


ラグドが腕を組んだ。


「それを人間が……正面からか?」


そこでユーリスが小さく笑う。


「真正面から受け止めて、

 そのまま打ち返していましたね?」


「打ち返した?」


ルダルの顔から、

さっきまでの柔らかさが少し消える。


「吹き飛んだにゃ!」


ミリカが身振り手振りまで加え始める。


「拳と拳でぶつかって、

 そのあと空飛んだにゃ!」


リエナ達の目が一斉に輝く。


「すごーい!」


「飛んだの!?」


「本当に?」


「話を大きくするな」


俺は汁を飲みながら言う。


「少しぶっ飛んだだけだ」


「かなり飛んだにゃ!」


「盛るな!

 ……いや、飛んだか?」


言ってから、

俺自身も少し考える。


確かに飛んでいた気がする。


それでまた、

食卓に笑いが広がった。


だが。


ラグドだけは笑っていなかった。


向かい側から、

黙ったまま俺を見ている。


先ほどまでとは、

目つきが違う。


しばらくして。


「母上」


短く呼んだ。


「この者と少し、

 手合わせを願いたい」


笑い声が止まる。


ミリカの耳が、

ぴくりと動いた。


「兄ぃ?」


ルダルも、

僅かに目を見開いている。


ミレイアはラグドではなく、

俺を見た。


「エア」


静かな声。


「受けるのはお前だ。

 どうする?」


俺は少しだけ考える。


目の前には、

まだ肉が残っている。


「飯も食わせてもらってるしな」


短く答えた。


ミレイアが頷く。


「では、食後だ」


それだけだった。


ラグドも応じる。


「承知」


その瞬間。


ミリカが勢いよく立ち上がった。


「やったにゃ!」


「座れ」


「にゃ……」


今度は言われる前よりも早く、

席へ戻った。

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