第206話:再会は突撃で
獣人の戦士達が散り、
遠くで鐘の音が鳴り始めた。
その時。
「エアぁぁぁぁぁ!!」
鐘よりも大きな、
聞き覚えのある声が広場へ響く。
人混みが割れた。
その間を、
誰かが駆け抜けてくる。
速い。
狼族の戦士よりも、
速い気がする。
茶色の外套が翻る。
毛皮だ。
装飾された布も組み合わされている。
少し洒落たベルト。
腰には小さな革袋。
見慣れた学院の制服ではない。
猫族の伝統衣装のようだった。
「どけどけどけにゃ!!」
猫耳が揺れる。
金色の瞳。
大きな尻尾。
一直線に、
こちらへ走ってくる。
「……ミリカ?」
思わず声が漏れた。
服装のせいか。
それとも、
雰囲気か。
少しだけ、
大人びて見えた。
族長の娘。
そう呼ばれていた理由が、
少し分かる気がした。
「み〜つ〜け〜た〜!にゃー!!」
叫びながら、
飛び込んでくる。
「うわっ!?
うわ、待て――」
避ける暇はなかった。
――ドンッ!!
身体全体で、
衝撃を受け止める。
抱き止めたわけではない。
ミリカが文字通り突っ込んできたため、
俺は倒れないように立っていただけ。
そのままの形で、
後ろへ滑った。
「生きてたにゃ!!」
身体へしがみつかれる。
尻尾が逆立っていた。
さっきまで感じていた変化は、
一瞬で消えた。
知っているミリカだった。
「げほ…離れろ……」
「嫌にゃ!!」
声が、
少しだけ小さい。
俺は眉をひそめる。
「手紙は届いただろ?」
「届いた…にっ」
ミリカが、
はっとした顔になる。
そして、
周囲を見回した。
この顔は知っている。
くっついているところを見られて、
恥ずかしがっている顔ではない。
「とにかく離れろ……にゃ?」
「『にゃ』なんて言ってない!!!……直接見るのとは違う」
少し怒りながらも、
ミリカは笑っていた。
笑顔だけを見れば、
学院にいた頃と変わらない。
だが。
広場の獣人達は、
誰も笑っていなかった。
「ミリカ様……」
誰かが呟く。
そこで初めて。
ミリカの顔が、
族長の娘へ戻った。
俺を囲んでいた獣人達を見る。
神木の実。
最長老。
広場中から集まる視線。
「何かあった……?」
首を傾げる。
そして。
狼族の戦士が抱えている実を見た。
止まる。
尻尾が止まる。
耳も止まる。
数秒。
「……え?
誰か死んだ?」
もう一度見る。
実。
俺。
実。
花。
そして、
ようやく最長老の姿に気付く。
「……え?」
さっきよりも、
小さな声だった。
周囲の誰も答えない。
その時。
――コツ。
杖の音が響く。
最長老が、
一歩前へ出た。
「ミリカ」
静かな声だった。
ミリカの耳が、
ぴくりと動く。
「おじい……」
さっきまでの勢いが、
少しだけ消えた。
「死ぬにゃ?」
「何でそうなる!?」
思わず声を上げる。
広場が静まり返った。
ミリカは真顔だった。
「だって」
最長老を見る。
次に、
神木の実を見る。
「神木の実が落ちて。
迎え花まで落ちて。
おじいが出てきた……」
もう一度、
真顔で俺を見る。
「誰か死ぬにゃ?」
「だから何でそうなるんだ」
ミリカは、
神木の実を指差した。
「それが落ちるのは…、
誰かが死ぬ時か。
子供が生まれる時だけにゃ」
「待て」
思わず遮る。
「何だ、それは……」
「そういうものにゃ」
「そういうものって何だ」
「そういうものにゃ」
言い切った。
ミリカは譲らない。
周囲の獣人達が、
気まずそうな顔をしている。
どうやら、
本当にそうらしい。
「あと、花」
ミリカが、
俺の手を見る。
「花?」
「迎え花」
そう言って指差す。
「それは?」
「誰かがお嫁に来る時とか」
指を一本折る。
「婿に行く時とか」
もう一本。
「養子になる時とか」
さらに一本。
「他所から家族になる時とか」
少し考える。
「とにかく、家が増える時にゃ」
「家?」
「家族」
即答だった。
「だから、神木の実と迎え花が一緒に落ちるのは変にゃ」
そこで初めて。
ミリカの顔から、
笑顔が消えた。
神木の実を見る。
花を見る。
俺を見る。
そして。
「エア……何したにゃ?」
「何もしていない」
本当に、
何もしていない。
「前に実が落ちた時は、
どうだったんだ?」
聞くと、
ミリカは少し考えた。
「前は……熊族の長老が死んだ時」
指を一本立てる。
「あと、狼族の双子が生まれた時」
二本目。
「あと――」
「やめんか」
最長老が遮った。
疲れたような。
呆れたような声だった。
ミリカは口を閉じる。
「とにかく」
最長老が杖を鳴らす。
――コツ。
「今回は違う」
「違う……?」
「違う」
即答だった。
「わしも、
まだ死ぬ気はない」
少し間を置く。
そして。
「問題はそこではない」
広場が静まり返った。
その時。
遠くから、
足音が聞こえてきた。
一人ではない。
複数だ。
石畳を踏む音が、
広場へ近付いてくる。
最初に現れたのは、
狼族だった。
黒い外套。
肩まで伸びた灰色の髪。
最長老によく似ている。
年齢は、
最長老よりもずっと若い。
だが。
周囲の獣人達が、
一斉に頭を下げた。
「待たせた」
男は軽く手を上げただけだった。
戦士達を引き連れ、
そのまま広場へ入ってくる。
そして。
俺。
木の実。
花。
順番に見る。
最後に、
最長老へ視線を向けた。
「……これか」
短い言葉だった。
最長老は頷く。
それだけで、
男の表情が消えた。
「冗談ではないらしいな」
そう言って、
腕を組む。
さらに、
足音が続いた。
重い。
今度は、
もっと分かりやすかった。
熊族だ。
大きい。
俺より、
頭一つ分は高い。
筋肉の塊のような身体だった。
先頭にいるのが、
熊族の族長なのだろう。
男は俺を見る。
そして。
「……人間?。
見ない顔だな?、
何故ここにいる?」
第一声が、
それだった。
最長老が答える。
「だから呼んだ」
熊族の族長は黙る。
数秒。
「訳が分からん」
全員、
同じ感想だった。
そして。
最後に、
猫族が現れた。
黒髪。
揺れる尾。
豪華な装飾の入った、
民族衣装。
ミリカと似ている。
だが。
纏う空気は、
全く違った。
ミリカが猫なら。
こちらは、
良い意味で獣と呼べる。
堂々としている。
迷いがない。
周囲の視線を、
当然のように受け止めていた。
猫族の族長。
ミリカの母だった。
「……」
彼女は広場へ入るなり、
足を止めた。
視線が、
俺のところで止まる。
一瞬。
本当に、
一瞬だけ。
目が見開かれた。
「……何故」
低い声だった。
「何故、お前がここにいる?」
俺は少しだけ首を傾げる。
「連れてこられた」
「そういう意味ではない……」
声に怒りはない。
だが、
空気が重くなる。
学院で見た時のような、
親子喧嘩の勢いはなかった。
今ここにいるのは。
ミリカの母親ではない。
猫族の族長だった。
「母ちゃん」
ミリカが、
小さく声を漏らす。
猫族の族長は、
娘を一瞥した。
「後だ」
それだけだった。
ミリカの耳が伏せる。
今回は、
反論しなかった。
猫族の族長は、
再び俺を見る。
次に。
木の実。
花。
最長老。
その順に、
視線を動かした。
「……最悪だな」
眉間を押さえながら、
ぽつりと呟く。
熊族の族長が、
声を上げた。
「知っているのか?ミレイア?。この人間を」
「学院でな……」
猫族の族長は、
短く答える。
「娘が色目を使っている」
「言い方!?」
「黙れ。後だ」
声は荒くない。
だが。
ミリカは、
それ以上何も言わなかった。
猫族の族長。
ミレイアは、
最長老へ向き直る。
「結界を人間が抜け。
神木の実を落とされ。
迎え花まで受けたか……」
そこで、
少しだけ間を置いた。
「その中心が、
こいつか……」
最長老は頷いた。
「ああ」
ミレイアの尾が、
ゆっくりと揺れる。
「……笑えんな」
低い声だった。
「ミリカの雄だからと。
軽く扱える話ではない」
広場が静まり返る。
俺は何も言わなかった。
言えることがない。
本当に、
何もしていない。
ミレイアは。
それを見透かすように、
目を細めた。
「厄介な顔をしている」
「何がだ」
「自分では、
何もしていないと思っている顔だ」
「実際、そうだ」
「だから厄介なのだ」
言い返せなかった。
周囲も、
似たような顔をしている。
狼族の族長は、
腕を組み。
熊族の族長は、
眉をひそめ。
最長老は、
深いため息を吐いていた。
誰も答えを持っていない。
神木の実。
迎え花。
そして。
結界を抜けた人間。
全てが、
前例の外だった。
風が吹く。
頭上で、
巨大樹が揺れる。
花びらが舞った。
まるで。
こちらを見ているみたいに。
だが。
何を伝えたいのかまでは、
分からない。
少なくとも。
困っているのは、
俺だけではないらしかった。




