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第204話:選ばれた侵入者


アンカーを封じたおかげか。


魔物の襲撃もなく、

旅は続いた。


そして道中。


森が少しずつ変わっていく。


最初に気付いたのは、

木だった。


太い。


高い。


大きい。


枝が空を覆っている。


人間領域の森とも違う。


切られていない。


道の近くですら、

ほとんど手が入っていなかった。


昔を思い出す。


だが。


あの頃より、

静かだった。


獣の気配はある。


鳥もいる。


なのに、

妙に整っているというか。


まるで、

住み分けが出来ているようだった。


誰かが管理している森。


そんな感じがした。


「……」


前を見る。


街道も変わっていた。


石畳が消えている。


代わりに。


固く踏み固められた土が、

先まで続いている。


荷馬車の轍。


無数の足跡。


長い年月をかけて、

作られた道だった。


道の脇には、

杭が立っている。


背丈ほどの木杭。


古い。


等間隔で並んでいる。


境界を示しているのだろうか。


「見えてきたね」


ルクナスが言う。


少し先。


木々の隙間から、

屋根が見えた。


集落だった。


だが、今まで見てきた街とは違う。


石が少ない。


建物のほとんどが、

木で作られている。


壁も。


柱も。


屋根も。


木。


木。


木。


それが並んでいる。


煙が上がっている。


干した肉が吊るされている。


川沿いには、

大きな水車も見えた。


「変わった作りだな」


俺が言う。


ユーリスが、

横から覗き込む。


「あ、本当ですね」


少し嬉しそうだった。


「獣人領域近くの交易村です」


前を見る。


人も多い。


獣人と人間。


両方いる。


耳の生えた者。


尻尾のある者。


荷を運ぶ者。


鍛冶場で鉄を打つ者。


干した獣皮を運ぶ者。


活気があった。


皆、せわしなく動いている。


だが…。


少しだけ、

空気が張り詰めているようにも見えた。


特に、獣人達。


時折、

村の奥を見ている。


獣人領域の方角だった。


風が吹く。


その風の先。


奥から、

妙な気配がした。


懐かしいような。


知らないような。


上手く言えない感覚だった。


俺は足を止める。


「……どうした?」


セレスが聞く。


俺は遠くを見る。


見えない場所。


さらに奥。


何かがある…、

そんな気がした。


理由は分からないが、

何となく…。


見られているような。


呼ばれているような。


そんな気がした。


「いや……何でもない」


交易村は、

賑わっていた。


道の両側へ、

木造の建物が並んでいる。


干された肉。


燻製。


獣皮。


木工品。


人間領域では、

見ないものも多かった。


「へぇ〜……」


ユーリスが、

露店を見て回る。


目が輝いていた。


「安いです!」


「そうか」


「はい!

 安いです!」


大事なことらしい。


セレスは、

保存食を見ていた。


マリスは、

水袋を確認している。


ユーリスは、

露店の串焼きを眺めていた。


買わない。


眺めるだけだ。


俺は、

少し離れた場所にいた。


武器も防具も、

変える必要はない。


特にやることがない。


だから、

村を見ていた。


いや。


だからというより。


俺にとっては、

こちらの方が大事だった。


獣人が多い。


狼。


猫。


熊。


他にも、

見たことのない種族がいる。


耳も。


尻尾も。


様々だった。


だが。


「またか……」


近くで声が聞こえた。


振り向く。


獣人の男が、

苛立った顔をしている。


「入れねぇんだよ!!」


「だから言っただろ?」


隣の男が答える。


「今日は諦めろ」


「俺はここの生まれだぞ!?」


「知るか。

 俺に当たるなよ」


二人とも、

疲れた顔だった。


「二日も家に帰れてねぇ!」


「安心しろ。

 族長達も調べてるらしい」


「原因は?」


「知ねぇ」


「知ねぇで済むか!

 ちくしょう!」


そんな会話が聞こえる。


結界。


そういえば。


途中で立ち寄った宿でも、

聞いたことがある。


獣人の中心領域は、

許可のない者は入れない。


そういう話だった。


なのに…。


(…獣人が入れないのか?)


それが今。


この村の空気を、

重くしている。


「……」


村の奥を見る。


さらに先。


木々が続いている。


その時だった。


風が吹く。


木々が揺れる。


耳元を、

通り過ぎていく。


「……?」


足が止まる。


妙だった。


懐かしい。


いや。


違う。


知っている。


でも。


知らない。


そんな感覚だった。


森の奥から、

吹いてくる風。


何かがある。


理由は分からないが、少し気になる。


俺は歩く。


一歩。


また一歩。


村人の声が遠くなる。


露店を抜ける。


人混みを抜ける。


その先。


木で作られた、

大きな門があった。


門と言っても。


壁はない。


両脇に柱。


上に横木。


それだけだ。


だが。


妙な圧迫感があった。


近くには、

獣人達が多く集まっている。


「……」


俺はそのまま歩く。


特に、

考えていなかった。


ただ。


風が向こうから、

吹いている。


だから。


歩いた。


一歩。


門を越える。


そして。


また一歩。


その瞬間だった。


「――は?」


誰かが言った。


振り向く。


獣人達が、

固まっていた。


十人近く。


全員、

こちらを見ている。


目を見開き。


言葉を失って。


何が起きたのか、

理解出来ない顔だった。


「……?」


俺は周囲を見る。


何かあったのか、分からない。


すると。


一人の獣人が叫んだ。


「おい!!」


声が裏返っていた。


「何で入ってる!!」


「入る?」


俺は聞き返す。


男が門を指差した。


「そこだ!!」


「そこは外の奴らは札がなけりゃ、

 入れない場所だぞ!!」


周囲が、

一気にざわめいた。


「嘘だろ……」


「あいつ、

 越えた……?」


「普通に歩いたぞ……」


「弾かれなかった……」


誰かが、

後ずさる。


別の獣人は、

青い顔をしていた。


「結界は!?」


「どうなってる!?」


「壊れたのか!?」


「いや、違う!!」


騒ぎが広がる。


俺は門を見る。


変わったものには、

見えない。


ただの門だ。


その時。


後ろから、

聞き慣れた声がした。


「エア?」


ユーリスだった。


その後ろには。


セレスと、

マリスもいる。


ユーリスは、

周囲の空気を見て首を傾げた。


「どうしたんですか?」


状況が分かっていない。


そう言いながら、

駆け寄ってくる。


次の瞬間。


――ゴンッ。


鈍い音がした。


「いたっ!?」


ユーリスの身体が止まる。


そして。


弾き返され、

尻餅をついた。


「いたた……」


マリスが、

すぐに近付く。


「……大丈夫?」


「だ、大丈夫です」


そう言って。


額をさすりながら、

立ち上がる。


少し赤くなっていた。


セレスも前へ出る。


手を伸ばす。


柵も。


壁もない。


だが。


確かに、

何かへ触れている。


セレスの目が細くなる。


「結界か……」


静かな声だった。


周囲の獣人達は、

未だに騒然としていた。


「エア」


セレスがこちらを見る。


「何故、お前はそちらにいる?」


俺は首を傾げる。


「歩いただけだ」


「そういう意味ではない」


即答だった。


セレスは再び、

結界へ触れる。


押す。


だが。


通れない。


「私は通れん……」


低い声。


「ユーリスも。

 マリスもだ」


周囲の獣人達も、

声を上げる。


「おい!あんた何者だ!」


「外の奴が入れる場所じゃねぇ!」


「そっちのあんたらも仲間か!」


怒号が飛ぶ。


混乱が広がる。


「まずいな……」


俺は周囲を見る。


「とりあえず、

 村から出るか」


そう言って。


戻ろうと、

門へ向かう。


だが。


「――動くな」


低い声だった。


いつの間に現れたのか。


俺の進行方向を塞ぐように。


数人の獣人が、

立っていた。


狼。


熊。


猫。


全員が、

武装している。


槍。


刀。


弓。


ただの村人ではない。


空気が違う。


戦士だ。


ユーリス達の周りにいた獣人達も、

自然と距離を取っている。


「……」


俺は足を止める。


先頭の狼族が、

口を開いた。


「名前は」


「エア」


短く答える。


狼族の眉が、

僅かに動く。


だが。


それ以上は、

何も言わなかった。


代わりに。


「拘束する」


周囲の空気が、

張り詰める。


門の外。


セレスが、

一歩前へ出た。


白火が揺れる。


「待て」


戦士達の視線が向く。


「貴様ら、そいつを――」


「うるせぇ!」


今度は、

熊族が言った。


重い声だった。


大斧を担いでいる。


「外の者は、黙っていろ」


空気が変わる。


ユーリスが息を呑む。


マリスの目も細くなった。


セレスの周囲で、

白火が揺れる。


一触即発だった。


その時。


「待て」


俺が言った。


全員の視線が集まる。


「エア……」


ユーリスが、

不安そうな声を出す。


「大丈夫だ」


俺は答える。


「でも!」


「いい」


短く言う。


それから。


セレスを見る。


「どのみち。

 お前達は、そこから入れない」


少し間。


「待ってろ」


セレスの眉が寄る。


「貴様……」


「俺達が、こいつらと戦う理由はない」


俺は言った。


周囲を見る。


獣人達は、

警戒している。


だが。


まだ武器は向けていない。


「話を聞くだけだろ?」


狼族は答えない。


否定もしない。


だから。


俺は肩を竦めた。


「問題ない」


セレスが舌打ちする。


納得はしていない。


だが。


俺が動く気がないと分かると、

それ以上は前へ出なかった。


狼族が言う。


「連れて行け」


二人の戦士が、

前へ出る。


拘束はしない。


だが、左右につく。


逃がさない位置だった。


「エア!」


ユーリスの声。


心配そうな顔をしていた。


「すぐ戻る」


そう言うと。


周囲の獣人達が、

妙な顔をした。


簡単に戻れると、

思っているのか。


そんな顔だった。


だが。


俺は気にしなかった。


風が吹く。


門の奥。


森の、

さらに奥。


さっきから感じていた気配は。


むしろ。


近付いている。


呼ばれているような。


待っているような。


俺はそのまま歩き出す。


獣人達に囲まれながら。


中心領域の奥へ向かって。

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