第203話:何を選ぶのか
再び、
歩き始めていた。
私も歩く。
誰も急かさない。
何も聞いてこない。
だから、
少しだけ困った。
今まで、
自分のことを話したことがない。
必要がなかった。
命令を受ける。
動く。
報告する。
それだけだった。
だから、何でそうしたのかは分からない。
「……私は」
気がつけば口を開いていた。
全員の視線が向く。
「…作られた」
短く言う。
私は続けた。
「…親はいない」
風が吹く。
「…学院が作った」
ユーリスが、
少し目を丸くする。
誰も口を挟まない。
「…人間とネレイディア」
胸元へ触れる。
「…その両方を使って作られた」
それが当たり前だと思っていた。
疑問に思ったこともない。
「…目的は一つ」
少し間を置く。
「神器…」
エアがこちらを見る。
私は続ける。
「…神器を人の手で作り出し、
それに適合する器を生み出す」
短く言う。
「それが……私」
森は静かだった。
鳥の声だけが遠い。
「…私だけじゃない」
前を見る。
昔を思い出す。
白い部屋。
冷たい床。
番号。
訓練。
評価。
選別。
「…似た者はいた」
静かな声。
「…火線祭で集められた、外の人間もいる」
ユーリスの表情が固まる。
私は続けた。
「…そこでは、
神器への適性が全てだった」
才能。
素質。
器。
必要なのは、
それだけ。
「…失敗した者もいる」
風が吹く。
「…消えた者もいる」
その時。
「待て」
低い声だった。
セレス。
私は足を止める。
「失敗とは何だ?」
短い問い。
私は答える。
「…適合できなかった人」
少し間。
「…壊れたり」
さらに間を置く。
「…死んだり」
風が止んだ気がした。
誰も喋らない。
セレスだけが、
前を向いている。
だが。
拳だけが、
強く握られていた。
「……そうか」
静かな声。
怖いほど、
静かだった。
「つまり」
少しずつ、
声が低くなる。
「貴様ら……いや」
一歩。
「学院は生徒を道具として、
選別したのか?」
私は答えない。
セレスは続ける。
「使えるか」
もう一歩。
「使えないか」
白い火が、
僅かに揺れた。
「それだけで、
ふるいにかけたと?」
怒っていた。
私は答える。
「そう」
短く。
セレスの目が細くなる。
「ふざけた真似を……」
低い声。
「それは信仰でもない」
風が吹く。
「使命でもない」
白い火が揺れる。
「ただの私欲ではないか」
私は少しだけ、
視線を落とした。
「かもしれない。でも……」
静かな声。
「そう教えられた」
森が揺れる。
「そう生きてきた」
それが当たり前だった。
「だから、
道具と言われても疑問に思わなかった」
だからなのか。
私は今も、
自分が何なのか。
よく分からない。
その時だった。
「違います!!」
声が響いた。
ユーリスだった。
肩を震わせている。
「そんなの違います!!」
もう一度言う。
「マリスさんは、
道具なんかじゃありません!」
息が荒い。
顔も赤い。
それでも。
真っ直ぐ、
こちらを見ていた。
「私を助けてくれました!」
一歩前へ出る。
声が震えている。
だが、
止まらない。
「エアもいなくて…私が怖い時に、
いつも私を助けてくれました!」
私は黙る。
ユーリスは続ける。
「私の大事な友達です!!」
拳を強く握る。
涙目になりながら。
「だから……」
少しだけ、
声が裏返る。
「そんなふうに言わないでくださいよぉ……」
森が静まる。
風だけが吹く。
「……ユーリス」
思わず名前が漏れた。
ユーリスは首を振る。
「だから駄目です…」
小さく言う。
「そんなふうに言うのは禁止です!」
泣きそうな顔で、
少しだけ笑う。
「マリスさんは、マリスさんです!」
それだけだった。
それだけなのに。
胸の奥が、
少しだけ熱くなった。
「……なるほど」
セレスが、
小さく呟く。
目が細くなる。
「学院は、そこまで堕ちていたか……」
セレスの声は低かった。
「学びと未来を語っておきながら……」
拳が握られる。
「穢らわしい……」
誰も答えない。
エアも何も言わない。
だが、
背中を見れば分かった。
怒っていた。
やがて。
セレスが口を開く。
その声は、
とても静かだった。
「……マリス」
目を向ける。
セレスは数秒、
黙っていた。
迷っている。
珍しい。
「私は……」
そこで一度、
言葉が止まる。
「お前を刺した」
風が吹いた。
誰も喋らない。
セレスだけが続ける。
「お前は敵で」
短く言う。
「危険と判断した」
さらに短く。
「だから刺した」
言い訳ではなかった。
事実だけだった。
だが。
そこで終わらない。
「……だが」
少しだけ、
拳が震える。
「今なら…」
声が低くなる。
「…別の方法もあったと思う」
私は完全に止まった。
ユーリスも固まる。
エアだけが、
黙って聞いていた。
「私は中央の信徒だった」
セレスは前を向く。
「聖杭槍杖であることを優先した」
森が揺れる。
「見る前に」
短く息を吐く。
「枠の外にある者は敵だと決めていた」
そして。
逃げずに、
真っ直ぐこちらを見る。
「……すまなかった」
静かな声だった。
大きくもない。
派手でもない。
だが。
セレスにとっては、
きっと何より重い言葉だった。
風だけが吹く。
私は言葉を失った。
謝った。
今。
セレスが。
一瞬、
理解が追い付かなかった。
昔のセレスを知っている。
中央の白しか見ていなかった頃の姿を。
異端を焼き。
獣人を嫌い。
火の以外を切り捨てていた頃の。
あのセレスだ。
自分で決めたなら、
最後まで貫く。
そういう人だった。
だから。
今の言葉が、
信じられなかった。
「……」
気付けば、
立ち止まっていた。
セレスも何も言わない。
ただ待っている。
言い訳もしない。
誤魔化しもしない。
自分がしたことを、
そのまま受け止めている。
私は小さく息を吐いた。
「……そう」
声が漏れる。
少しだけ目を伏せる。
それから。
もう一度、
セレスを見る。
「あなたも……」
短く言う。
セレスが視線を向ける。
「変わったんだね…」
森が静まる。
セレスは答えない。
だが。
否定もしなかった。
私は昔を思い出す。
アルケシア。
白服。
火線祭。
あの頃なら。
きっと今の言葉は存在しない。
謝罪も。
迷いも。
人を見る目も。
全て。
不思議だった。
ユーリスも変わった。
セレスも変わった。
そして。
多分、
私も変わった。
昔なら。
謝られても、
何も感じなかったと思う。
命令だから。
役目だから。
その場に合うように返して、
終わっていた。
でも。
今は違う。
胸の奥が、
少しだけ温かかった。
「……私も」
小さく呟く。
「同じだった」
セレスを見る。
「だから」
少しだけ間を置く。
「謝らなくていい」
首を振る。
「……でも」
そこで言葉を切る。
自分でも、
少しだけ不思議だった。
「…嬉しかった」
そして。
「ありがとう…」
風が吹く。
ーーーーー
それから。
ルクナスは、
私の中で休むと言って出てこなかった。
「……」
ふと。
前を歩くエアを見る。
不思議な人だった。
私が何者なのか。
どこで作られたのか。
何のために生まれたのか。
そんな話を聞いても、
あの人はほとんど変わらない。
道具だと言っても。
敵だったと言っても。
命令で動いていたと言っても。
気にしていない。
いや。
多分、違う。
気にしていないわけではない。
最初から。
そこを見ていない。
私達はずっと、
役目で見られてきた。
適性で見られてきた。
価値で見られてきた。
でも…。
ユーリスが苦しんでいることに気付き、
私を呼び出したことも。
セレスが言葉に詰まっていることに気付き、
黙って待っていたことも。
きっと同じだ。
あの人は…。
何かを見ているようで、
何も見ていない…。
けど。
何も見ていないようで、
一番大事なところだけを見ている。
思い返せば。
最初からそうだった。
私が敵として現れた時も。
仮面達と行動していた時も。
私を見ているはずなのに。
どこか違うものを見ていた。
敵か味方か。
使えるか、
使えないか。
そんな見方をしていなかった。
だからだろうか。
私は何度も、
あの人が分からなくなった。
でも。
今は少しだけ、
分かる気がする。
あの人は最初から。
私が何者なのかではなく。
私が何を選ぶのかを見ていた。
だから。
あんなにも簡単に。
『お前はマリスだろ』
そう言えたのかもしれない。
「……変な人」
誰にも聞こえないくらい、
小さく呟く。
すると。
前を歩いていたエアが振り返った。
「ん?」
「……何でもない」
そう答える。
エアは首を傾げたあと。
本当に何も気にせず、
前へ向き直った。
私は僅かに目を細める。
やはり。
よく分からない人だった。




